33 / 35
第33話:胎動する未来と、本家からの招待状
しおりを挟む
箱根への旅行から数週間。『ネオ・フロンティア』は、かつてないほどの繁栄の時を迎えていた。イザベラの一件で名を上げた同社には、世界中からオファーが殺到し、オフィスは連日、熱気に包まれていた。だが、その喧騒の中にあって、COOである水瀬雫の様子が、どこか違っていた。
「……雫?」
「あ、はい。何でしょうか、CEO」
昼下がりのキングスルーム。蓮が声をかけると、雫はハッとしたように顔を上げた。その顔色は少し蒼白く、いつもの切れ味鋭い覇気が薄れているように見える。蓮はデスクを回り込み、彼女の額に手を当てた。
「顔色が悪い。……少し熱っぽいんじゃないか?」
「いえ、大丈夫です。ただの貧血気味で……」
「無理をするな。今日はもう上がれ」
「ですが、午後の会議が……」
「王の命令だ。……大事な身体なんだぞ」
蓮の真剣な眼差しに、雫は観念したように小さく頷いた。その瞳の奥には、不安と、それを上回る“ある予感”が揺らめいていた。
その夜。早めに帰宅していた雫を追って、蓮がペントハウスに戻ると、リビングの空気は張り詰めていた。雫はソファに座り、ローテーブルの上に置かれた“白いスティック”を、祈るように見つめていた。
「……雫?」
蓮が恐る恐る近づくと、雫はゆっくりと顔を上げた。その目には、大粒の涙が溜まっている。
「……蓮さん」
「どうした。何かあったのか」
「……できました」
「え?」
「わたくしの中に……あなたの、赤ちゃんが」
雫は震える手で、テーブルの上の検査薬を差し出した。そこには、陽性を示す鮮明なラインが浮かび上がっていた。蓮は息を呑み、言葉を失った。箱根でのあの夜。二人が魂を込めて願った未来が、今、現実に宿ったのだ。
「……本当か」
「はい。……まだ、豆粒のような大きさですけれど」
蓮は膝から崩れ落ちるようにして、雫の目の前に跪いた。そして、彼女の腹部に、まだ膨らみさえ感じられないその場所に、震える手で触れた。温かい。この中に、俺と雫の、命の続きがある。
「ありがとう……雫……!ありがとう……!」
蓮は、雫の腹に顔を埋め、男泣きした。会社を追われた時も、イザベラに追い詰められた時も、決して弱音を吐かなかった男が、歓喜に肩を震わせている。雫は、そんな彼の頭を優しく抱きしめ、共に涙を流した。
「……蓮さん。お願いがあります」
「なんだ。何でも言え。世界中の果物でも、宝石でも、今すぐ持ってきてやる」
「違います」
雫は、濡れた瞳で、しかし熱っぽい視線で蓮を見つめた。
「……愛してください。今すぐ」
「だ、だが、身体は……」
「大丈夫です。……ただ、確かめたいのです。パパとママになる前に……もう一度だけ、男と女として、愛し合いたい」
その切実な願いを、蓮が拒めるはずがなかった。蓮は雫を姫抱きにして、ベッドルームへと運んだ。その扱いは、まるで壊れやすいガラス細工に触れるように慎重だった。
「……愛している。世界で一番、愛している」
ベッドの上で、蓮は雫の衣服を一枚ずつ、丁寧に解いていく。露わになった彼女の身体は、母になる準備を始めたせいか、以前よりも丸みを帯び、神々しいほどの柔らかさを放っていた。蓮は、彼女の乳房に顔を埋め、慈しむように舌を這わせた。
「んぁ……っ……優し、すぎます……蓮さん……っ」
「当然だ。お前は今、聖域なんだからな」
蓮の指が、秘所へと滑り込む。濡れそぼったそこは、命を受け入れる準備ができているかのように、熱く脈打っていた。蓮は、自身の剛直をゆっくりと、センチ単位で確かめるように沈めていった。
「あ……っ、はいってる……っ、蓮さんの、命が……っ」
「雫……っ、感じるか……俺たちの、結晶を……」
激しいピストンなど必要なかった。ただ深く、繋がっていること。互いの体温と魂を、胎内の小さな命に注ぎ込むような、静かで濃密な交わり。蓮は、雫の腹部を手で覆いながら、その奥にいる我が子に語りかけるように腰を動かした。
「俺が、守るからな……。お前も、ママも……絶対に」
「はい……っ、嬉しい……っ、幸せです……っ!」
クライマックスの瞬間、蓮は雫の最奥に、新たな誓いと共に熱いものを注ぎ込んだ。それは快楽の果てというよりも、生命への祈りに近かった。
事後、二人は幸福な余韻に浸りながら、寄り添っていた。だが、その静寂を破るように、蓮のスマートフォンが、無機質な着信音を響かせた。こんな時間に、誰だ。蓮が画面を見ると、そこには表示されていない番号。嫌な予感を覚えながら通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは、懐かしくも冷徹な、あの声だった。
『……久しぶりね、蓮さん。随分と、ご活躍のようじゃない』
蓮の背筋が凍りついた。母、橘靜子だった。
「……何のご用ですか、母さん」
『用がなければ、親が子に電話をしてはいけないのかしら?……まあいいわ。単刀直入に言うわね』
靜子の声は、千里眼のように全てを見透かしているかのように響いた。
『その秘書……妊娠したそうね』
「……ッ!?」
「え……?」
隣で聞いていた雫も、息を呑んで硬直した。まだ誰にも、病院にさえ行っていない事実を、なぜ。
『驚くことはないわ。橘家の情報網を甘く見ないことね。……おめでとう、と言っておくわ』
祝いの言葉なのに、そこには氷のような冷たさしか感じられない。
『つきましては、明日の夜、本家へいらっしゃい。二人でね』
「断ると言ったら?」
『あら、いいのかしら?そのお腹の子……“橘家の直系”として、正しく認知してあげなくても』
靜子は、愉悦を含んだ声で続けた。
『逃げれば、その子は一生“日陰者”よ。……父親であるあなたが、それでいいと言うなら止めないけれど』
プツン、と通話が切れた。蓮は、携帯を握りしめたまま、歯噛みした。このタイミングでの接触。母は、最初からこの時を待っていたのだ。俺たちが築いた城も、名声も、そして新たに宿った命さえも、橘家に取り込むために。
「……蓮さん」
雫が、不安そうに蓮の袖を掴む。蓮は、彼女の手を力強く握り返した。
「大丈夫だ。……行こう、本家へ」
蓮の目に、決意の炎が灯る。
「あの子は、俺たちの子だ。橘家の道具にはさせない。……俺が、守り抜いてみせる」
新たな命の胎動と共に、最強にして最後の敵、“家”との戦争が始まろうとしていた。
【続く】
「……雫?」
「あ、はい。何でしょうか、CEO」
昼下がりのキングスルーム。蓮が声をかけると、雫はハッとしたように顔を上げた。その顔色は少し蒼白く、いつもの切れ味鋭い覇気が薄れているように見える。蓮はデスクを回り込み、彼女の額に手を当てた。
「顔色が悪い。……少し熱っぽいんじゃないか?」
「いえ、大丈夫です。ただの貧血気味で……」
「無理をするな。今日はもう上がれ」
「ですが、午後の会議が……」
「王の命令だ。……大事な身体なんだぞ」
蓮の真剣な眼差しに、雫は観念したように小さく頷いた。その瞳の奥には、不安と、それを上回る“ある予感”が揺らめいていた。
その夜。早めに帰宅していた雫を追って、蓮がペントハウスに戻ると、リビングの空気は張り詰めていた。雫はソファに座り、ローテーブルの上に置かれた“白いスティック”を、祈るように見つめていた。
「……雫?」
蓮が恐る恐る近づくと、雫はゆっくりと顔を上げた。その目には、大粒の涙が溜まっている。
「……蓮さん」
「どうした。何かあったのか」
「……できました」
「え?」
「わたくしの中に……あなたの、赤ちゃんが」
雫は震える手で、テーブルの上の検査薬を差し出した。そこには、陽性を示す鮮明なラインが浮かび上がっていた。蓮は息を呑み、言葉を失った。箱根でのあの夜。二人が魂を込めて願った未来が、今、現実に宿ったのだ。
「……本当か」
「はい。……まだ、豆粒のような大きさですけれど」
蓮は膝から崩れ落ちるようにして、雫の目の前に跪いた。そして、彼女の腹部に、まだ膨らみさえ感じられないその場所に、震える手で触れた。温かい。この中に、俺と雫の、命の続きがある。
「ありがとう……雫……!ありがとう……!」
蓮は、雫の腹に顔を埋め、男泣きした。会社を追われた時も、イザベラに追い詰められた時も、決して弱音を吐かなかった男が、歓喜に肩を震わせている。雫は、そんな彼の頭を優しく抱きしめ、共に涙を流した。
「……蓮さん。お願いがあります」
「なんだ。何でも言え。世界中の果物でも、宝石でも、今すぐ持ってきてやる」
「違います」
雫は、濡れた瞳で、しかし熱っぽい視線で蓮を見つめた。
「……愛してください。今すぐ」
「だ、だが、身体は……」
「大丈夫です。……ただ、確かめたいのです。パパとママになる前に……もう一度だけ、男と女として、愛し合いたい」
その切実な願いを、蓮が拒めるはずがなかった。蓮は雫を姫抱きにして、ベッドルームへと運んだ。その扱いは、まるで壊れやすいガラス細工に触れるように慎重だった。
「……愛している。世界で一番、愛している」
ベッドの上で、蓮は雫の衣服を一枚ずつ、丁寧に解いていく。露わになった彼女の身体は、母になる準備を始めたせいか、以前よりも丸みを帯び、神々しいほどの柔らかさを放っていた。蓮は、彼女の乳房に顔を埋め、慈しむように舌を這わせた。
「んぁ……っ……優し、すぎます……蓮さん……っ」
「当然だ。お前は今、聖域なんだからな」
蓮の指が、秘所へと滑り込む。濡れそぼったそこは、命を受け入れる準備ができているかのように、熱く脈打っていた。蓮は、自身の剛直をゆっくりと、センチ単位で確かめるように沈めていった。
「あ……っ、はいってる……っ、蓮さんの、命が……っ」
「雫……っ、感じるか……俺たちの、結晶を……」
激しいピストンなど必要なかった。ただ深く、繋がっていること。互いの体温と魂を、胎内の小さな命に注ぎ込むような、静かで濃密な交わり。蓮は、雫の腹部を手で覆いながら、その奥にいる我が子に語りかけるように腰を動かした。
「俺が、守るからな……。お前も、ママも……絶対に」
「はい……っ、嬉しい……っ、幸せです……っ!」
クライマックスの瞬間、蓮は雫の最奥に、新たな誓いと共に熱いものを注ぎ込んだ。それは快楽の果てというよりも、生命への祈りに近かった。
事後、二人は幸福な余韻に浸りながら、寄り添っていた。だが、その静寂を破るように、蓮のスマートフォンが、無機質な着信音を響かせた。こんな時間に、誰だ。蓮が画面を見ると、そこには表示されていない番号。嫌な予感を覚えながら通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは、懐かしくも冷徹な、あの声だった。
『……久しぶりね、蓮さん。随分と、ご活躍のようじゃない』
蓮の背筋が凍りついた。母、橘靜子だった。
「……何のご用ですか、母さん」
『用がなければ、親が子に電話をしてはいけないのかしら?……まあいいわ。単刀直入に言うわね』
靜子の声は、千里眼のように全てを見透かしているかのように響いた。
『その秘書……妊娠したそうね』
「……ッ!?」
「え……?」
隣で聞いていた雫も、息を呑んで硬直した。まだ誰にも、病院にさえ行っていない事実を、なぜ。
『驚くことはないわ。橘家の情報網を甘く見ないことね。……おめでとう、と言っておくわ』
祝いの言葉なのに、そこには氷のような冷たさしか感じられない。
『つきましては、明日の夜、本家へいらっしゃい。二人でね』
「断ると言ったら?」
『あら、いいのかしら?そのお腹の子……“橘家の直系”として、正しく認知してあげなくても』
靜子は、愉悦を含んだ声で続けた。
『逃げれば、その子は一生“日陰者”よ。……父親であるあなたが、それでいいと言うなら止めないけれど』
プツン、と通話が切れた。蓮は、携帯を握りしめたまま、歯噛みした。このタイミングでの接触。母は、最初からこの時を待っていたのだ。俺たちが築いた城も、名声も、そして新たに宿った命さえも、橘家に取り込むために。
「……蓮さん」
雫が、不安そうに蓮の袖を掴む。蓮は、彼女の手を力強く握り返した。
「大丈夫だ。……行こう、本家へ」
蓮の目に、決意の炎が灯る。
「あの子は、俺たちの子だ。橘家の道具にはさせない。……俺が、守り抜いてみせる」
新たな命の胎動と共に、最強にして最後の敵、“家”との戦争が始まろうとしていた。
【続く】
0
あなたにおすすめの小説
M&A成立の代償は、冷徹CEOとの夜の“特別業務”でした〜完璧な右腕(秘書)は、幼馴染の執着から逃げられない〜
どえろん
経済・企業
経営危機に陥った老舗メーカーを立て直すべく、若くしてCEOに就任した御堂 蓮(みどう れん)。その完璧な右腕として冷徹に業務を遂行する敏腕秘書の結衣(ゆい)。
社内では「氷の最強タッグ」と恐れられる二人だが、実は幼馴染。ある夜、大型買収(M&A)の成功を祝う社長室で、張り詰めていた糸が切れ、二人は“一夜の過ち”を犯してしまう。
「ビジネスパートナー」という一線を越えた日から、昼間は厳しい上司、夜は結衣を甘く縛り付ける雄へと変貌する蓮。企業戦略の裏で繰り広げられる、執着と快楽のオフィス・ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる