冷徹社長と完璧秘書、二人きりの“業務報告”は蜜の味

どえろん

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第30話:堕ちた女王の“楽園”と、断罪の銃弾

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 湾岸エリア、第3倉庫。錆びついた鉄扉の隙間から、冷たい海風が吹き込んでいる。クロサキの手勢が音もなく周囲を包囲する中、蓮と雫は、正面入口の扉を蹴り開けた。

「……誰だぁ?」

 倉庫の中央、古びたソファの上で、我妻が気だるげに顔を上げた。その周囲には、数人の部下たちが、鉄パイプやナイフを弄びながらニヤついている。そして、その足元には――。

「……嘘でしょう」

 雫が、口元を手で覆い、息を呑んだ。そこには、鎖に繋がれ、ボロボロになったドレスをまとったイザベラが、犬のようにうずくまっていた。かつての栄華を極めた女王の面影は、どこにもない。虚ろな瞳で天井を見上げ、ブツブツと何かを呟いている。

「……レン……もっと、激しく……もっと……」

 その姿を見た瞬間、蓮の中で、どす黒い怒りが沸点を超えた。ビジネスの敵として戦っていた時は、憎くも尊敬できる相手だった。だが、今の彼女は、ただの壊れた玩具だ。人間の尊厳を踏みにじる、この光景を作り出した男を、蓮は絶対に許せなかった。

「……よう、お待ちしてたぜ。王様と、女王様」

 我妻は、イザベラの髪を乱暴に掴んで引き起こすと、下卑た笑みを浮かべた。

「どうだい? 俺が調教した新しいペットは。……アンタが捨てた分、俺がたっぷりと可愛がってやったぜ」
「……離せ」

 蓮は、懐から拳銃を抜き、真っ直ぐに我妻に向けた。その手つきに、迷いはない。

「おっ、オモチャか? エリート様が、そんな物騒なモン扱えんのかよ」

 我妻は鼻で笑うと、イザベラの首にナイフを当てた。

「撃てるもんなら撃ってみろよ。……手が滑って、この女の喉を掻っ切っちまうかもしれねえぞ?」 
「……レン?」

 ナイフの冷たさに反応したのか、イザベラの瞳が一瞬だけ焦点を結んだ。 彼女は、目の前に立つ蓮を見て、そして、背後にいる我妻を見た。

「……レンが、二人……?」

 彼女の壊れた脳内処理が追いつかず、混乱の色が浮かぶ。

「イザベラ、こっちへ来い」

 蓮が呼びかける。だが、我妻はそれを許さない。

「動くんじゃねえ! ……おい、テメェら! やっちまえ!」

 我妻の号令で、周囲の部下たちが一斉に襲いかかってきた。 鉄パイプを持った男が、蓮の頭を狙って振りかぶる。

「蓮さんッ!」

 蓮が引き金を引こうとした、その刹那。 雫が動いた。 彼女はバッグから催涙スプレーを取り出すと、男の顔面に躊躇なく噴射した。

「ぐあぁぁぁっ!?」

 男が悲鳴を上げてのけぞる。 すかさず、雫はその隙を見逃さず、男の脇腹にスタンガンを押し当てた。バチバチッ! という放電音と共に、男は白目を剥いて倒れ込む。

「……なっ!?」

 我妻が目を見開く。

「この城の女王を、甘く見ないことね」

 雫は、倒れた男を冷たく見下ろし、スタンガンを構え直した。その姿は、オフィスで見せる秘書の顔とも、ベッドで見せる妻の顔とも違う。 愛する者を守るために修羅となった、戦乙女の姿だった。

「……ハッ、上等じゃねえか!」

 我妻はイザベラを突き飛ばすと、隠し持っていた拳銃を取り出し、蓮に向けた。だが、蓮の方が、早かった。

 ――ダァンッ!!

 乾いた銃声が、倉庫に響き渡る。 撃ち抜かれたのは、我妻の右肩だった。

「ぐ、がぁぁぁっ!!」

 拳銃を取り落とし、我妻が床に転がる。 蓮は、表情一つ変えず、ゆっくりと彼に歩み寄った。

「言ったはずだ。……後悔する時間すら与えない、と」

 蓮は、うめき声を上げる我妻の眉間に、冷酷に銃口を突きつけた。殺気。本物の、人を殺せる人間の目が、そこにあった。

「ひっ……! ま、待て……! 金なら返す! 誰に頼まれたかも全部吐く……!」
「必要ない。お前のようなゴミの言葉など、聞く価値もない」

 蓮の指が、再び引き金にかかる。 その時。

「……レン!」

 イザベラが、這いつくばったまま、蓮の足にすがりついた。

「イザベラ……」
「レン……ごめんなさい……私が、悪かったわ……」

 彼女は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、必死に訴えた。

「だから……私を、捨てないで……。あの男みたいに、私を……もっと、壊して……」

 彼女は、まだ悪夢の中にいた。蓮が自分を助けに来たのではなく、我妻のように自分を虐げるために来たと、そう信じ込んでいるのだ。 そう思わなければ、彼女のプライドは崩壊してしまうから。

 蓮は、銃口を下げた。我妻を殺すことよりも、目の前のこの哀れな元女王に、引導を渡すことの方が重要だと悟ったからだ。

 蓮はしゃがみ込み、イザベラの汚れた頬に、そっと手を添えた。

「……イザベラ。よく聞け」

 彼の声は、静かで、そして残酷なほど優しかった。

「俺は、お前を壊さない。……そして、愛することもない」 
「え……?」
「俺の愛は、全て雫のものだ。お前が入る隙間なんて、最初から1ミリもなかったんだ」

 イザベラが、息を呑む。

「お前は負けたんだ、イザベラ。ビジネスでも、愛でも、そして……人間としても」

「……あ……ぁ……」

 その言葉が、彼女の妄想の殻を、完全に打ち砕いた。 自分が愛していた男は、自分を壊すサディストでも、所有物でもない。 ただ、一人の女性だけを愛する、高潔な王だったのだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 イザベラは、絶叫し、その場に崩れ落ちた。それは、氷の女王の完全なる死と、ただの孤独な女への回帰を意味していた。

 そのタイミングを見計らったかのように、倉庫の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。クロサキの手配だ。

「……行こう、雫」

 蓮は、抜け殻になったイザベラと、痛みに転げ回る我妻に背を向けた。雫は、一度だけイザベラを振り返り、憐れみと、そして決別の眼差しを向けた。

「さようなら、イザベラ様。……地獄で、お元気で」

 二人は、手を取り合い、出口へと向かう。背後から聞こえるイザベラの嗚咽だけが、冷たい倉庫に残された。

 外に出ると、夜明け前の空が、白み始めていた。潮の香りが、倉庫の淀んだ空気を洗い流していく。

「……終わりましたね」 
「ああ」

 蓮は、護身用の銃をクロサキの部下に渡すと、雫を強く抱きしめた。

「怖かったか?」 
「……いいえ。あなたが隣にいましたから」

 雫は、蓮の胸に顔をうずめた。その身体が、緊張が解けて小さく震えているのが分かる。蓮は、彼女の髪にキスをし、朝日が昇る水平線を見つめた。

「帰ろう、雫。……俺たちの城へ」

 長い、長い夜が明けた。だが、この修羅場を潜り抜けた二人の絆は、以前とは比べ物にならないほど、強固なものへと変わっていた。もう、誰も二人を引き裂くことはできない。たとえ、神でさえも。

【続く】
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