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第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅩⅡ 悪意の坩堝

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「さて、16人も居ますから、一人一人にかける時間は少なくしないといけませんね。」

 わたくしはそう言いながら、巨大な鍋に水を入れ火を点けました。そうして子供のうちの一人を掴み、鍋の中に無造作に突っ込みました。

「いやぁぁぁぁ!熱いよぉぉぉ!!」
「ヒィィィ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「あぁん、そう、これこれ……。ここに来てから今日が一番愉しい日ですわぁん!」

 一人の子供が耐えきれず、泣きながらドアに向かって走りだし外に出ようとしました。しかしわたくしがその子の頭部を蹴り潰し、

「外に出ようとしたり、おしおきから目を逸らしたらこうなりますからね。」

 と言い放つと、彼らは心底怯えきった表情で縮こまってしまいました。負の感情もより濃密になりわたくしはより一層テンションが上がっていきます。鍋に放り込んだ子供は既に溺れ死んでいるようだったので、鍋から取り出し次の子を吟味しました。

「先生!」
「あら、ノービス。何か言いたそうですわねぇ。」
「こんなこと……こんなことやめてください!」
「なぜ?それに、辞めさせたいなら貴方が力づくで辞めさせてみればよろしいじゃない?」

 ガタガタを歯の音が合わず震えながら啖呵をきったノービスを縛っていた紐を解き、自由の身にさせました。

「好きにすればいいわ。わたくしに挑むもよし、逃げ帰ってもよし。」
「逃げたって、さっきみたいに殺すんでしょ。」
「あら、貴方だけは見逃してあげてもいいわよ。まあ、そんなことをしたら残りの子がどうなるかくらいは分かっているわよね?」
「え……?」
「そうだ、こうしましょう。貴方がここに残ってくれると決めたなら、残りの子は生きて返しますわ。貴方だけが死ぬか、貴方以外が死ぬか。選びなさい。」
「ぼ、ぼくは……」

 ノービスは周りの子供たちを見回す。懇願するように目で訴えられたノービスは、恐怖で震える身体に力を込めて息を吸い、クリステラを睨みつけながら言った。

「ぼくは、ここにのこ……」
「いやぁぁぁぁ!!!」

 ノービスの決意の宣言が終わらないうちに、わたくしは孤児の一人を掴み、鎖骨付近にナイフを突き立てました。決意は悲鳴にかき消され、ノービスは腰を抜かし、顔をみるみるうちに青ざめていきます。

「あら、悲鳴で聞こえませんでしたわ。もう一度言ってくださる?」
「あ……あぁ……」
「ノービス、どうしたの?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ノービスはそう叫び、ドアの鍵をこじ開けて逃げ出した。ノービスの恐怖と他の子供たちの絶望がビリビリと快感として流れ込んでくる。

「気持ちいいわぁ……もっともっと、快楽をちょうだい!!!!」

 それからわたくしは子供たちから四肢の骨を抉りだして鍋で出汁を取り、残りの子供たちを瀉血の要領で血を抜き、最後に全員の心臓ともも肉と肝臓を入れて混ぜました。純粋で穢れを全く知らない子達が痛めつけられ憎悪と恐怖に染まっていく様は、何にも変え難い快感でありました。
 程なくして、ノービスが孤児院の先生方を連れて戻って来ました。院長室に入った大人たちは血まみれの部屋を見て言葉を失っています。わたくしはそこへ、返り血がべっとりと着いたエプロン姿で鍋を持って行き

「あら皆様、仔羊のスープはいかがですか?」

 と皆様に振る舞おうと致しましたが、誰一人として答えた方は居ませんでした。不躾な人達です。なのでわたくしは仔羊のスープをコーヒーカップに注ぎ、月夜のティータイムを堪能致しました。しばらくお茶に舌鼓を打っていましたが、どうやら教会に応援を要請した先生がいたらしく、院長室は百人程度の騎士たちに包囲されてしまいました。すると、院長室の状態に眉一つ動かすことなく足を踏み入れた者が一人。

「やってくれたな……クリステラ。」
「あら、お父様。ご無沙汰しておりますわ。」
「挨拶など要らぬ。我がバートリー家一番の期待の星がよもやこんな腐れ外道に堕ちてしまうとは。」
「アハハハハ!お父様や周りの愚民たちが勝手にわたくしに余計な負担を与え続けたことを期待の星だなんて……面白い冗談ですわね。心というのはね、抑圧すると潰れて元に戻らなくなってしまいますのよ!」
「人の心も分からぬ畜生に、説法などされても響かぬよ。」
「うふふ……。そういえば、お兄様達はどうなさったんです?」
「あ奴らは寝ておる。お前達は仲が良かったらしいからな、あ奴らの知らぬうちに処理して結果だけを教えてやれば良い。」
「仲が良かったらしい、なんて……そういうところですよお父様。貴方は良き修道士かもしれませんが、良き父親ではなかったということです。」
「減らず口を!!!」

 お父様は大剣を抜きわたくしにゆっくりと飛びかかって来ました……いえ、語弊がありましたね。お父様や騎士団、先生方やノービスから受けていた負の感情により無尽蔵に強化されていたわたくしにとっては、お父様の突撃はまるで落ちる木の葉のような動きでしかありませんでした。わたくしはその動きに合わせ、横薙ぎに切りつける大剣を左手であっさりと受け止め、余った右手をゆっくりとお父様の喉元へ突き出します。

「ごふぉおあ」
「お父様、首元がお留守ですわよ……あれ?」

 突き出した右手はお父様の首を貫通し、お父様の身体から力が抜ける。剣を奪い右手を無理やり引き抜くと、お父様はどさりとその場で崩れ落ちました。わたくしは汚くなった右手を流し場で洗い、剣をお父様の身体に無理やり突き立て

「それじゃ、ごきげんよう」

 と、騎士たちが犇めく部屋の出入り口から歩いてアタラクシアから出ました。総大将を失い、恐怖に支配された騎士たちは何もしないまま、わたくしを素通りさせていきました。ただ一人を除いて。

「あら、デミスじゃない。」
「……教えてくれ。あの事件も、お前が?」
「貴方はどう思うの?」
「俺は……それでも信じていたい。」
「ふふふ……それは残念だったわね。」
「そうか。お前にとってあの日の俺は、随分滑稽な男に見えていたんだろうな。」
「まあ、そうね。目の前の女を簡単に守るとか言っちゃって、扱いやすいと思っていたわ。」
「……その、イカれた身体強化魔法も、そのときに作ったのか。」
「随分、察しがいいわね。彼女の尊い犠牲の上に成り立ったのよ。」
「そうか……。」

 デミスはそう言い、槍を下ろして塞いでいた道を開ける。

「あら、どうも。」
「いつか必ず、お前を殺すために強くなってやる。ただ……本当は教皇には俺かお前のどちらかがなると思ってた。」
「ほう」
「それくらい、お前は修道士としても……人間としても、大好きなひとだった。初恋だったんだがな。」
「それはそれは……見る目がないんですのね。」
「ハッ、違いねえな。俺はいずれ教皇になって、お前を殺してみせる。首を洗って待っていろ。」
「そんな日は来るのかしらね……じゃ、またね。」

 わたくしはそう言い、行方をくらませた。
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