要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

イチ力ハチ力

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第七章 悠久

違和感

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「おらぁ!」

「のじゃ!」

 俺とシェンラは、攻撃スキルも防御スキルも使わず己の肉体のみを使い、お互いを殴りあっていた。勿論、俺は『不撓不屈折れない心』の発動も止めている。その為、気を抜けば普通に倒れるだろう。

「はぁはぁ……のじゃ! ってなんじゃそりゃぁ!」

「別にいいじゃろ!」

 俺は、シェンラの気合いの掛け声が、『のじゃ!』なことにイチャモンをつけながら殴り掛かり、シェンラはそれに対して、意地でも殴り返してくる。


「なんか、だんだん子供の喧嘩みたいになってきたわね」
「シェンラちゃんは、見た目通り子供ですが、ヤナ様も大概子供ですからね」
「ヤナ様は、子供の心を忘れない方ですから」

「わたしと一緒?」

「そうですね、マスターは悪い意味で、ライ様よりも子供でしょうね」


「ほれ、なんか言われとるぞ? お子ちゃまめ!」

「……お前に、言われたくないわぁあああ!」

 そして、二人の右拳が交錯した。

「ごぶへぇ!」
「ぎゃぷら!」

「両者同時に、渾身の右ストレートが顔面に炸裂ぅううう! 耐えるのは、マスター変態か! それともシェンラのじゃロリかぁああ!」

 ヤナビの悪ノリした実況が、場に響き渡った。

 そして、俺とシェンラは顔面に突き刺さったお互いの右腕を、自分の元へと引き戻した。

「ごふっ……中々やるじゃないか、そろそろ一時間だ」

 俺は、先ほどのシェンラの顔面を殴りつけた右拳を開いて、相手に差し出す。所謂握手の姿勢だ。

「こふっ……お主もな。決着はまた今度だの」

 シェンラが差し出した俺の右手を握り、握手を交わしたのだった。


「「「うぉおおおお!」」」


 そして怖いもの見たさに、途中から観客席に集まっていた冒険者達から、割れんばかりの歓声が上がった。

 この日、ヤナの新しい二つ名がギルド本部の冒険者の間でも広がった。

「今回はそのまんま『鬼畜』ですって、マスター」

「シンプルだけど、今までの二つ名の中でも、上位に食い込む酷さじゃね!?」

 俺は、すぐさま不撓不屈折れない心を発動し、新たな二つ名の酷さに耐えたのだった。



「そして、マスターはめでたく出禁になったと」

「はい、すみません。調子に乗りすぎました」

 俺は、申請通りに一時間の大訓練場の使用を終えて、訓練場から出て行こうとした。しかし、にこやかな笑顔に青筋を立てるという器用な事をしているゴーンベ室長に、呼び止められた。

 後ろの方では、ギルドマスターのキョウシロウが俺に目配せして、訓練場を指差し笑っていた。

「あっ」

「えぇ、お分かりかと思っていましたが、そのまま帰ろうとしていたので、呼び止めさせて貰いました……破壊した床及び壁の瓦礫の撤去作業と……ヤナ殿はギルドの訓練場の使用をしばらく禁止とします」

「……はい、すみませんでした」

 そして、全員・・で撤去作業を終えた頃には、完全に夕飯の時間となっていた。

「はぁ、腹減った。それじゃ、宿に行くか」

「「「「はぁい」」」」

「のじゃ」

「……のじゃ?」

 俺達は撤去作業を終え、宿に向かう為にギルドの正面玄関から出た所で、違和感に気付いた。

「シェンラは、何故付いてこようとしている? 早く、自分の寝床に帰れよ」

「何を言っておるのじゃ? ステゴロで、分かり合った仲ではないか。一緒に付いて行ってやらん事もないのじゃ」

 シェンラは、絶壁な正面を張りながら、そう返答してきた。

「いえ、間に合ってます」

 俺は軽く一礼し、宿に向かおうとした・・

「宿はここから、近いのかの? 夕食が楽しみじゃの」

 シェンラが、ウキウキした感じで後ろの四人に混ざって、俺の後を付いてきていた。

「待て待て待て、その言い方は同じ宿を偶々取っている訳じゃねぇだろ」

「宿なぞ取っておらんのじゃ。何しろ金なぞ持っておらんでの!」

「そんな事を、ドヤ顔で言い放つなよ……金もなくてどうやって、これまで生きてきたんだよ、全く」

 俺は、シェンラのあの強さであれば、てっきり冒険者だろうと思っていた。しかし、金が無いという様子を見ると、実はそうではないのかも知れないと考え直した。

「今まで、どうしてたんだよ? 金もなくて、誰かと暮らしてたのか?」

「うむ、友の家に住んでいたのだが、今回ちょっと用があって出てきたのだ」

「あぁ、ここにも居たのか居候が」

 俺が、呆れた目線をシェンラに向けると、最終手段をシェンラはとろうと、目に涙を一杯に溜めていた。

「……どうする気だ……」

「置いていかないって言っておったのに……置いて行くなら……大通りで大泣きして、ヤナに酷い事をされたと喚いて、お主を社会的に抹殺してやるのじゃ!」

「最悪だな!? ふざけんな! 只でさえ、既に社会的にギリギリだってのに!」

「マスター……ギリギリどころか、すでにアウトな気がしてますが?」

 ヤナビの言葉をスルー無視して、取り敢えず宿に向かった。決して、シェンラの脅しに屈したわけでは無い。宿に行く方が、優先順位が高かっただけだ。それ以外の理由はない。

「……マスター、それを問題の先送りと言うのですよ」



「……一人追加で頼む……」

「マスター……」

「何も言うな……」

 既に他の四人と短期間で恐ろしいほど、仲良くなっているシェンラのコミュニケーション能力に愕然としながらも、シェンラの分の宿代を支払った。

「部屋は、アシェリ達と同じ部屋で良いってよ。他に空いてる部屋も、今日はないらしいからな」

「何じゃ、皆でお主と一緒の部屋ではないのか」

「そんなわけあるかよ。俺をどんな奴だと思っているんだ」

「血に飢えた獣の、かの?」

「餌? なんだそりゃ……ひぃ!?」

 ライ、シェンラを除く三人の目が、完全に獲物を狙う肉食獣のソレだった。

「ライを、あの三人に預けるのに酷く抵抗感があるな……かと言って、ライだけ俺の部屋って訳にも……」

 俺が悩んでいると、ヤナビが悪魔の囁きをしてくる。

「マスター、私が身体を持ってあちらの部屋に行けば、三人を御し切れると思いますよ?」

「……余計不安なんだが? しかも、ここに来て身体を要求して来るとは、怪しいな。ヤナビ、お前何か俺に隠してないか?」

「……いいえ?」

「本当に?」

「……スキルが嘘をつくとでも?」

「……既視感デジャブか?……まぁ、いい。偶にはヤナビも、身体で過ごしてみるのも悪くないかも知れないしな」

 俺は、いつもサングラスの形状のヤナビが、珍しく身体を要求しているのだから、偶には良いかと許可した。折角なので、ヤナビに神火の式神シキガミを与えてやる為に、自分の部屋へと向かい、部屋の中で腕輪と指輪をそっと外し、神火の式神シキガミを創った。

「くれぐれもライを、変な方向に成長させてくれるなよ?」

「承知しました、マスター」

「……素直すぎる返事は、逆に怪しいぞ?」

「……では、また明日。おやすみなさい、マスター」

「あぁ、おやすみ、ヤナビ」

 そして、ヤナビは俺の部屋を出て行った。

「……選択肢、間違えたか?」

 俺は、今更ながら言い知れぬ不安感に、心がざわつくのであった。



「シェンラか……結局何者なんだ? 俺の世界の言葉も知っているようだったし、実は勇者コウヤ達の知り合いだったりするのか?」

 俺たち召喚者の世界の言葉を知っているという事は、俺にはそれぐらいしか考えられなかったのだ。

「それに……俺自体が、シェンラを何だかんだと言っても、受け入れている事が、一番の驚きだな。まさか、本当にステゴロで分かり合えたとか? 漫画じゃあるまいし、まさかな」

 突然、空から降ってきたシェンラは、一貫して俺に対して全くの遠慮のない行動を取っていた。見た目は幼女だが、完全に悪ノリして来る感じが、悪友といった感じだった。

「流石に、幼女と悪友になりたいという願望はないぞ?……」

 一瞬、そういう存在を求めていたのかも知れないと自己分析しそうになったが、対象が『のじゃロリ』とは認めたくなく、その説を否定した。

「今度は拳でなく、言葉をちゃんと交わさないとな」

 シェンラが悪い奴ではない事は、拳を交える事で不思議と分かってしまった。しかし、流石に拳で全てが分かる訳でもない。

「取り敢えず、明日は迷宮に少し潜ってみないとな……ふぁあ」

 そして、俺は一人部屋で、当たり前だが一人で眠りについた。



 翌朝、いつものように夜明け前のジョギングに行こうと宿の前に出ると、既に六人が準備していた。

「おはようってか、どうした? 朝から三人は顔がにやけてるが」

「「「……何でもないです」」」

「何故、顔を赤らめながら目を逸らした?……ヤナビ? お前か?」

 あからさまな異常は、完全にヤナビに原因があると判断したが、首謀者はポーカーフェイスで答える。

「拒否権を行使します」

「このタイミングでソレは、ほぼ自白だからな!?」

 俺とヤナビが騒いでいる後ろで、シェンラがライに話しかけていた。

「大変だの……ライの世話人も」
「ヤナなら、きっと大丈夫」

 ライの根拠のない自信に、俺は大いに励まされながらジョギングを始めたのだった。

 そして俺たちは、ジョギングを終え朝食をすませると、早速迷宮へと向かった。



「迷宮デキスラニア専門の探索者?」

 迷宮の出入り口の横に建てられている建物の中で、俺は他の冒険者が話している『迷宮デキスラニア専門探索者』という言葉を初めて耳にした。

 そして、現在の最深到達深度の更新も、あるパーティが目の前に迫っているという。

「Aランクへのランクアップ試験だが、挑戦する前から難易度が上がりそうだな」

 俺は、やはり一筋縄では行かないという予感を感じながらも、何処か胸騒ぎもするのだった。



「焦ることはない。先ずは、準備が大事なのだ。我々は遊びに来ているのでは無い。必ずや、我が神に喜んで貰おう。そろそろ業火竜の奴も、瘴気に完全に纏われるであろうからな」

 迷宮の最深到達深度である二百階層が目前に迫る階層で、誰かに聞かせる訳でもなくその男は呟いた。

 そして、その男の言葉を聞いていた他の四人は、返事こそしなかったが、一糸乱れぬ動きで迷宮を踏破していくのだった。


『……なに?……違和感?……でも、なんだろ』

 迷宮の最深部である迷宮ダンジョンコア部屋で、何処か不安げで何かに警戒するような呟きが、広がっていった。



 水面に波紋が広がるが如く、日常は非日常へと変わろうとしていた
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