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「これは一体何の騒ぎだ」
食堂の入り口から聞こえた大音声に食堂にいた全員の視線が集まる。
入り口にはいつの間にか騎士服の男が立っている。
顔に傷のある屈強な体つきの騎士は鋭い視線で食堂内を睥睨している。
その背にある緋色のマントを目にした食堂の学生のつぶやきが聞こえる。
「っ、近衛騎士!?」
近衛騎士はその名の通り近衛隊に所属する騎士で、王族の近くでその警護にあたる名誉ある役職だ。
隊員はその誉れとしてベルフェイン王家の色である緋色のマントを身につけることが許される。
ちなみに通常の騎士は青で、騎士見習いはマントの着用を許されていない。
「どうして近衛騎士が食堂に?」
外野から漏れ聞こえた声にエリアスも内心で同意を示す。
近衛騎士は王族の警護が主な仕事であるが、外交の場にも顔をだすこともあり、強さ以外に教養と礼儀作法なども要求される。 そのためか、ほぼ、上級貴族で構成されているのが特長だった。 当然、この騎士も上級貴族出身者であろうが、普段この食堂で上級貴族を見ることはない。
それというのも、騎士学校では身分によって食堂が異なっており、この食堂は主に男爵や子爵という下級貴族の子息らが利用する、騎士学校内では最低ランクの食堂だった。
当然ここでエリアスは上級貴族を見たことがなかった。
「おい、何の騒ぎか聞いているのだが?」
男が居丈高に詰問する声が食堂に響くが、誰も答えない。
おそらく彼の持つ色に戸惑っている。
ベルフェイン王国では髪や目の色が薄いほど、王族に血が近く、平民になるほど髪や目の色が濃くなる傾向があった。
現れたこの騎士の髪は金で、目の色は薄い水色。
かなり王族に近い名家の出身であることをわかる容姿の相手に、下手な態度は取れない。
自分たちの行動いかんによっては家の取り潰しもあり得るほど、ここにいる学生と近衛騎士とでは立場が違うのだ。
そのことを理解しているのかいないのか。
近衛騎士はなかなか答えない学生たちに苛立ちを隠さず、唸るように質問を続ける。
「なぜ、答えない? 先程賭けがどうだ、と聞こえたが、よもや神聖な騎士学校でそのような低俗な行いをしようとしていたわけではあるまいな?」
騎士が食堂を人にらみすると、全員が気まずい顔をして黙り込んだ。
「あと、お前」
突然近衛騎士はルティンに目を向け、その鋭い眼光を受けた彼の口から小さな悲鳴が漏れ聞こえる。
「騎士見習いだな? まだ勤務時間内のはずだが、どうしてここにいる?」
騎士に睨まれ、ルティンは今にも失神しそうなほど青い顔をしている。
気持ちは分からないでもなかった。
横にいるだけだと言うのに、エリアスですら震えそうになるほど、騎士の視線は鋭く、顔につけられた刀傷と相まって、恐ろしいほどの威圧感を覚えた。
近衛騎士は教養の他にも見目も要求される。緋色のマントをつけていることに違和感を覚えるほど、この金髪の騎士は堅気に見えなかった。
「それに、その手の木刀はなんだ? よもやそれをこの場で使おうとしていたわけではあるまいな?」
「そ、それは……」
騎士学校では当然ながら決闘行為は禁じられており、いかなる理由があろうと学校内の暴力沙汰はご法度だ。
卒業生であるルティンだが、その行為がバレれば、おそらく騎士見習いの地位を剥奪の上、学校に再び戻される可能性がある。
それは貴族の子息にとって、とても不名誉なことだ。
そこまで考えて、エリアスは嫌な予感を覚えたが、ルティンの方が動きが早い。
「こ、これはそこのそいつが僕に握らせたものです!」
ルティンがまっすぐエリアスのことを指差した。
全く事実とは逆の話に唖然とするしかない。呆然としている間もルティンは有る事無い事べらべらと喋り続けている。
「在学中からなにかと、目の敵にされておりまして。騎士団の用事で、食堂に立ち寄りましたら、突然絡んできたかと思うと、無理やり木刀を握らされて『決闘しろ』と……」
「は? なに言ってんのよ? それはあんたでしょ?」
エリアスの影から、アリーナが出てきて反論する。
彼女の姿を認めた瞬間、なぜか近衛騎士がたじろいだ。
「な、なんで女がここにいる?」
「? ここの食堂の手伝いをしている者よ。怪しいものじゃないわ。それよりそいつの言ってることは全部デタラメ。決闘はエリアスがしかけたわけじゃなくて……」
「……エリアスだと?」
アリーナの話を遮る形で、近衛騎士が突然エリアスの名前に反応した。
「女、エリアス=フォスター子爵を知っているのか?」
「え? ええ、この人だけど」
近衛騎士の質問にアリーナが反射的に答えてしまい、騎士の視線がエリアスに向いた。
「お前がエリアス=フォスター子爵なのか?」
近衛騎士の問いにエリアスは頷くか少々迷った。
これまで会ったことのない上級貴族が自分の名前を知っているなど、どう考えても厄介ごとの前触れにしか感じない。
しかし爵位付きの名字まで問われると、違うともいいにくい。
「そうですが」
肯定すると、途端騎士の目つきが鋭くなった。
その態度はお世辞にも好意的とは言えず、敵意さえ感じる。
だが、その理由がエリアスには見当もつかない。
エリアスはとある理由で、他の貴族との接触を極力持たないように過ごしてきた。
上級貴族にかぎらず、下級貴族だって知り合いは少ないエリアスなのに、どうして近衛騎士が自分の名前を知っているのか。
困惑していると、近衛騎士は腕組みをしたかと思うと、横柄に命令した。
「そこの騎士見習い、及びエリアス=フォスター。お前たちに一年の騎士学校のやり直しを命じる」
「は?」
突然の話に唖然とする。
「ちょっと待って下さい。なぜそんなことに?」
「そうです。エリアスはともかく、僕も、て……」
ルティンの勝手な台詞にも近衛騎士は一顧だにしない。
「決闘行為は騎士学校の規則に違反する。本来なら、除籍されてもおかしくないところを、一年のやり直しで済ませてやるんだ。ありがたく思え」
ありがたく思うも何もない。
すでに、単位は取った上で、荷物も実家に送る手配もしていた。
一週間後には王都を立つ予定にしているのだ。
今後の予定もあるし、もう一年学校をやり直せと言われて「はい、そうですか」とうなずける訳がない。
だがエリアスが反論するより先に声を上げる存在があった。
「勝手なこと言わないで!」
アリーナだった。彼女は近衛騎士に詰め寄る。
「言い分くらい聞きなさいよ。そもそも決闘云々を言っていたのはルティンだけであって、エリアスは断ろうとしてたのよ? なのに一緒に罰するとかないわ!」
「っ、決闘を申し込まれて、受けないのも騎士の名折れ。両成敗だろ!」
「なんなのよ! それは」
アリーナが怒り狂ったように、一歩前に出る。
すると、その剣幕に気圧されたのか、近衛騎士が一歩下がった。
「っ、それ以上近づくことを許さん。女」
「何なのよ。それはこっちの話は一切聞かないっていうことなわけ?」
怒りのためかアリーナは近衛騎士に詰め寄るのをやめない。
「あんたたち、貴族っていつもそう! あたしたちにだって意志があることを無視して……」
「っ、触るな!」
突然、金髪の近衛騎士がアリーナを突き飛ばした。
突き飛ばされたアリーナは悲鳴をあげて転びかけるが、エリアスはとっさにその体を受け止める。
「っ、アリーナ、大丈夫?」
「イタタ、ありがとう、エリアス」
転びこそしなかったが、アリーナは突き飛ばされた肩を押さえて顔をしかめている。
その光景にエリアスは怒りを覚えて、近衛騎士を非難した。
「ちょっと、女の子を突き飛ばすなんて、なにをするんですか?」
「っ、俺は悪くない。女が……でしゃばるからだ!」
近衛騎士の言葉にエリアスは自分の中で何かブチ切れる音を聞いた気がした。
「……謝ってください」
「……? なんだって?」
「アリーナにあやまれ、って言ったんだ。あんたが好きそうな言葉で言えば騎士のくせに女に乱暴働いていいと思ってんのか!」
「貴様、学生の分際で、俺にそんな口を聞いていいとでも……」
「知るか! あんたら、上級貴族はいつもそうだ! 騎士は人民を守るものとか学校で教えときながら、弱いものを虐げる!」
「っ、なんだと? 一体俺がいつ、虐げたと……」
「確かに、今のカディスはそう言われても仕方ないよねえ」
突然割って入った声に視線を向けると、入り口に新たな騎士の姿があった。
マントが赤いため、近衛騎士だとわかるが、その容姿は目の前にいる金髪の騎士と大きくことなる。
平民のような濃い茶色の髪に藍色の瞳を持つ、柔和な顔立ちの男だった。
「ルーカスか? 何のようだ、こんなところまで」
新たに現れた近衛騎士に向かって金髪の騎士、カディスが声をかけるも、ルーカスと呼ばれた茶髪の騎士は無視して、エリアスたちの元に歩いてきた。
その姿に警戒を露わにしていたら、彼はなにを思ったのか、アリーナの前に立つと、突然膝をついた。
「失礼。お怪我はありませんでしたか? お嬢さん」
そのまま深々と頭を垂れるルーカスの姿にさすがのアリーナもわずかにたじろいだ。
「な、なによ?」
「同僚のカディスが失礼しました。根は悪いやつではないのですが、無頼漢で女性の扱いに慣れていない男でして」
そこで一度言葉を切ったルーカスは立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
「あ、上司にはちゃんと報告しますので。上司はこういうの嫌いなので、ちゃんと処罰はされると思いますよ」
「っ、おいっ!」
泡食った様子のカディスの様子に、ルーカスの言葉を信じたのか、アリーナは溜飲を下げた様子だ。
「別にあたしはいいわ。怪我もないし。エリアスへの罰則だけを取り消してもらえれば」
「ええ、もちろんです」
「おい、そんな勝手な事を……」
「勝手なのはカディスだろう? いくら殿下直々のご指名だからといって難癖つけて嫌がらせするんじゃないよ」
「別に難癖など……」
「じゃあ、今のやり取りを殿下に報告してから判断を仰ぐからね? 難癖だと言われるのが落ちだと思うけど……」
「ぐ、本当に殿下に言うつもりなのか?」
「当然でしょ? 怒られるってわかってんのに、意地悪したんだから自業自得」
呆れた様子のルーカスにカディスが「ぐぬぬ」と唸っている。
二人の気安いやり取りを呆然と見つめながらも、先程からエリアスは嫌な予感を感じずにいられなかった。
先程から、二人の会話に出てくる『殿下』という単語。
近衛騎士は王族の警護が仕事だけに彼らの口から出て来る単語としては特別な印象は受けない。
しかし、彼らの会話からその殿下とやらは自分に何らか関係があるように聞こえた。
彼らの言う殿下が誰なのかも予想もつかないエリアスは、不安感に知らずに両手を握りしめた。
ルーカスがその様子に気づいたように、こちらに笑みを向けた。
「ああ、君がフォスター子爵? ごめんね。うちのが迷惑かけて」
近衛騎士の制服をきた相手からこんなに気安く話しかけられるとは思っていなかっただけに、エリアスは戸惑いしかかえせない。
そんなエリアスをルーカスはまじまじと覗き込んでくる。
その視線はカディスのものと違って敵意はないが、好奇のようなものを感じる。
どこか珍獣でも見るかのような視線は、これはこれで落ち着かなかった。
「君がねえ。へえ」
「あの、なにか?」
「いや、案外かわいい、と思ってね」
「かわ……?」
どう返すべきか悩む言葉に困惑していたら、何故かカディスが憮然とした様子を見せる。
「おい、男に対してかわいいとか言うのはやめろ」
「ええ? 的確な表現だと自分では思うんだけどな。まあ、いいや。気づいていると思うけど、僕ら、君に用事があるんだよ」
予想どおりかつ、できれば聞きたくなかったルーカスの言葉にエリアスは顔をしかめてしまう。
そんなエリアスの反応に、ルーカスは笑った。
「あはは、嫌そうだね。まあ。カディスに意地悪されたあとじゃあねえ」
それだけではないのだが、ルーカスはエリアスの返答を待たずに「ま、それはともかく」と一つ咳払いをしたあと、一度エリアスから視線を外した。
周囲をぐるりと見回す仕草に、釣られて、視線を巡らせると食堂中の視線がこちらに向いているのがわかってぎくりとなった。
衆人環視の中、再びエリアスに視線を向けたルーカスが笑う。
「ここじゃ何だから、場所を変えようか?」
二人の近衛騎士に囲まれたエリアスに選択権はなかった。
食堂の入り口から聞こえた大音声に食堂にいた全員の視線が集まる。
入り口にはいつの間にか騎士服の男が立っている。
顔に傷のある屈強な体つきの騎士は鋭い視線で食堂内を睥睨している。
その背にある緋色のマントを目にした食堂の学生のつぶやきが聞こえる。
「っ、近衛騎士!?」
近衛騎士はその名の通り近衛隊に所属する騎士で、王族の近くでその警護にあたる名誉ある役職だ。
隊員はその誉れとしてベルフェイン王家の色である緋色のマントを身につけることが許される。
ちなみに通常の騎士は青で、騎士見習いはマントの着用を許されていない。
「どうして近衛騎士が食堂に?」
外野から漏れ聞こえた声にエリアスも内心で同意を示す。
近衛騎士は王族の警護が主な仕事であるが、外交の場にも顔をだすこともあり、強さ以外に教養と礼儀作法なども要求される。 そのためか、ほぼ、上級貴族で構成されているのが特長だった。 当然、この騎士も上級貴族出身者であろうが、普段この食堂で上級貴族を見ることはない。
それというのも、騎士学校では身分によって食堂が異なっており、この食堂は主に男爵や子爵という下級貴族の子息らが利用する、騎士学校内では最低ランクの食堂だった。
当然ここでエリアスは上級貴族を見たことがなかった。
「おい、何の騒ぎか聞いているのだが?」
男が居丈高に詰問する声が食堂に響くが、誰も答えない。
おそらく彼の持つ色に戸惑っている。
ベルフェイン王国では髪や目の色が薄いほど、王族に血が近く、平民になるほど髪や目の色が濃くなる傾向があった。
現れたこの騎士の髪は金で、目の色は薄い水色。
かなり王族に近い名家の出身であることをわかる容姿の相手に、下手な態度は取れない。
自分たちの行動いかんによっては家の取り潰しもあり得るほど、ここにいる学生と近衛騎士とでは立場が違うのだ。
そのことを理解しているのかいないのか。
近衛騎士はなかなか答えない学生たちに苛立ちを隠さず、唸るように質問を続ける。
「なぜ、答えない? 先程賭けがどうだ、と聞こえたが、よもや神聖な騎士学校でそのような低俗な行いをしようとしていたわけではあるまいな?」
騎士が食堂を人にらみすると、全員が気まずい顔をして黙り込んだ。
「あと、お前」
突然近衛騎士はルティンに目を向け、その鋭い眼光を受けた彼の口から小さな悲鳴が漏れ聞こえる。
「騎士見習いだな? まだ勤務時間内のはずだが、どうしてここにいる?」
騎士に睨まれ、ルティンは今にも失神しそうなほど青い顔をしている。
気持ちは分からないでもなかった。
横にいるだけだと言うのに、エリアスですら震えそうになるほど、騎士の視線は鋭く、顔につけられた刀傷と相まって、恐ろしいほどの威圧感を覚えた。
近衛騎士は教養の他にも見目も要求される。緋色のマントをつけていることに違和感を覚えるほど、この金髪の騎士は堅気に見えなかった。
「それに、その手の木刀はなんだ? よもやそれをこの場で使おうとしていたわけではあるまいな?」
「そ、それは……」
騎士学校では当然ながら決闘行為は禁じられており、いかなる理由があろうと学校内の暴力沙汰はご法度だ。
卒業生であるルティンだが、その行為がバレれば、おそらく騎士見習いの地位を剥奪の上、学校に再び戻される可能性がある。
それは貴族の子息にとって、とても不名誉なことだ。
そこまで考えて、エリアスは嫌な予感を覚えたが、ルティンの方が動きが早い。
「こ、これはそこのそいつが僕に握らせたものです!」
ルティンがまっすぐエリアスのことを指差した。
全く事実とは逆の話に唖然とするしかない。呆然としている間もルティンは有る事無い事べらべらと喋り続けている。
「在学中からなにかと、目の敵にされておりまして。騎士団の用事で、食堂に立ち寄りましたら、突然絡んできたかと思うと、無理やり木刀を握らされて『決闘しろ』と……」
「は? なに言ってんのよ? それはあんたでしょ?」
エリアスの影から、アリーナが出てきて反論する。
彼女の姿を認めた瞬間、なぜか近衛騎士がたじろいだ。
「な、なんで女がここにいる?」
「? ここの食堂の手伝いをしている者よ。怪しいものじゃないわ。それよりそいつの言ってることは全部デタラメ。決闘はエリアスがしかけたわけじゃなくて……」
「……エリアスだと?」
アリーナの話を遮る形で、近衛騎士が突然エリアスの名前に反応した。
「女、エリアス=フォスター子爵を知っているのか?」
「え? ええ、この人だけど」
近衛騎士の質問にアリーナが反射的に答えてしまい、騎士の視線がエリアスに向いた。
「お前がエリアス=フォスター子爵なのか?」
近衛騎士の問いにエリアスは頷くか少々迷った。
これまで会ったことのない上級貴族が自分の名前を知っているなど、どう考えても厄介ごとの前触れにしか感じない。
しかし爵位付きの名字まで問われると、違うともいいにくい。
「そうですが」
肯定すると、途端騎士の目つきが鋭くなった。
その態度はお世辞にも好意的とは言えず、敵意さえ感じる。
だが、その理由がエリアスには見当もつかない。
エリアスはとある理由で、他の貴族との接触を極力持たないように過ごしてきた。
上級貴族にかぎらず、下級貴族だって知り合いは少ないエリアスなのに、どうして近衛騎士が自分の名前を知っているのか。
困惑していると、近衛騎士は腕組みをしたかと思うと、横柄に命令した。
「そこの騎士見習い、及びエリアス=フォスター。お前たちに一年の騎士学校のやり直しを命じる」
「は?」
突然の話に唖然とする。
「ちょっと待って下さい。なぜそんなことに?」
「そうです。エリアスはともかく、僕も、て……」
ルティンの勝手な台詞にも近衛騎士は一顧だにしない。
「決闘行為は騎士学校の規則に違反する。本来なら、除籍されてもおかしくないところを、一年のやり直しで済ませてやるんだ。ありがたく思え」
ありがたく思うも何もない。
すでに、単位は取った上で、荷物も実家に送る手配もしていた。
一週間後には王都を立つ予定にしているのだ。
今後の予定もあるし、もう一年学校をやり直せと言われて「はい、そうですか」とうなずける訳がない。
だがエリアスが反論するより先に声を上げる存在があった。
「勝手なこと言わないで!」
アリーナだった。彼女は近衛騎士に詰め寄る。
「言い分くらい聞きなさいよ。そもそも決闘云々を言っていたのはルティンだけであって、エリアスは断ろうとしてたのよ? なのに一緒に罰するとかないわ!」
「っ、決闘を申し込まれて、受けないのも騎士の名折れ。両成敗だろ!」
「なんなのよ! それは」
アリーナが怒り狂ったように、一歩前に出る。
すると、その剣幕に気圧されたのか、近衛騎士が一歩下がった。
「っ、それ以上近づくことを許さん。女」
「何なのよ。それはこっちの話は一切聞かないっていうことなわけ?」
怒りのためかアリーナは近衛騎士に詰め寄るのをやめない。
「あんたたち、貴族っていつもそう! あたしたちにだって意志があることを無視して……」
「っ、触るな!」
突然、金髪の近衛騎士がアリーナを突き飛ばした。
突き飛ばされたアリーナは悲鳴をあげて転びかけるが、エリアスはとっさにその体を受け止める。
「っ、アリーナ、大丈夫?」
「イタタ、ありがとう、エリアス」
転びこそしなかったが、アリーナは突き飛ばされた肩を押さえて顔をしかめている。
その光景にエリアスは怒りを覚えて、近衛騎士を非難した。
「ちょっと、女の子を突き飛ばすなんて、なにをするんですか?」
「っ、俺は悪くない。女が……でしゃばるからだ!」
近衛騎士の言葉にエリアスは自分の中で何かブチ切れる音を聞いた気がした。
「……謝ってください」
「……? なんだって?」
「アリーナにあやまれ、って言ったんだ。あんたが好きそうな言葉で言えば騎士のくせに女に乱暴働いていいと思ってんのか!」
「貴様、学生の分際で、俺にそんな口を聞いていいとでも……」
「知るか! あんたら、上級貴族はいつもそうだ! 騎士は人民を守るものとか学校で教えときながら、弱いものを虐げる!」
「っ、なんだと? 一体俺がいつ、虐げたと……」
「確かに、今のカディスはそう言われても仕方ないよねえ」
突然割って入った声に視線を向けると、入り口に新たな騎士の姿があった。
マントが赤いため、近衛騎士だとわかるが、その容姿は目の前にいる金髪の騎士と大きくことなる。
平民のような濃い茶色の髪に藍色の瞳を持つ、柔和な顔立ちの男だった。
「ルーカスか? 何のようだ、こんなところまで」
新たに現れた近衛騎士に向かって金髪の騎士、カディスが声をかけるも、ルーカスと呼ばれた茶髪の騎士は無視して、エリアスたちの元に歩いてきた。
その姿に警戒を露わにしていたら、彼はなにを思ったのか、アリーナの前に立つと、突然膝をついた。
「失礼。お怪我はありませんでしたか? お嬢さん」
そのまま深々と頭を垂れるルーカスの姿にさすがのアリーナもわずかにたじろいだ。
「な、なによ?」
「同僚のカディスが失礼しました。根は悪いやつではないのですが、無頼漢で女性の扱いに慣れていない男でして」
そこで一度言葉を切ったルーカスは立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
「あ、上司にはちゃんと報告しますので。上司はこういうの嫌いなので、ちゃんと処罰はされると思いますよ」
「っ、おいっ!」
泡食った様子のカディスの様子に、ルーカスの言葉を信じたのか、アリーナは溜飲を下げた様子だ。
「別にあたしはいいわ。怪我もないし。エリアスへの罰則だけを取り消してもらえれば」
「ええ、もちろんです」
「おい、そんな勝手な事を……」
「勝手なのはカディスだろう? いくら殿下直々のご指名だからといって難癖つけて嫌がらせするんじゃないよ」
「別に難癖など……」
「じゃあ、今のやり取りを殿下に報告してから判断を仰ぐからね? 難癖だと言われるのが落ちだと思うけど……」
「ぐ、本当に殿下に言うつもりなのか?」
「当然でしょ? 怒られるってわかってんのに、意地悪したんだから自業自得」
呆れた様子のルーカスにカディスが「ぐぬぬ」と唸っている。
二人の気安いやり取りを呆然と見つめながらも、先程からエリアスは嫌な予感を感じずにいられなかった。
先程から、二人の会話に出てくる『殿下』という単語。
近衛騎士は王族の警護が仕事だけに彼らの口から出て来る単語としては特別な印象は受けない。
しかし、彼らの会話からその殿下とやらは自分に何らか関係があるように聞こえた。
彼らの言う殿下が誰なのかも予想もつかないエリアスは、不安感に知らずに両手を握りしめた。
ルーカスがその様子に気づいたように、こちらに笑みを向けた。
「ああ、君がフォスター子爵? ごめんね。うちのが迷惑かけて」
近衛騎士の制服をきた相手からこんなに気安く話しかけられるとは思っていなかっただけに、エリアスは戸惑いしかかえせない。
そんなエリアスをルーカスはまじまじと覗き込んでくる。
その視線はカディスのものと違って敵意はないが、好奇のようなものを感じる。
どこか珍獣でも見るかのような視線は、これはこれで落ち着かなかった。
「君がねえ。へえ」
「あの、なにか?」
「いや、案外かわいい、と思ってね」
「かわ……?」
どう返すべきか悩む言葉に困惑していたら、何故かカディスが憮然とした様子を見せる。
「おい、男に対してかわいいとか言うのはやめろ」
「ええ? 的確な表現だと自分では思うんだけどな。まあ、いいや。気づいていると思うけど、僕ら、君に用事があるんだよ」
予想どおりかつ、できれば聞きたくなかったルーカスの言葉にエリアスは顔をしかめてしまう。
そんなエリアスの反応に、ルーカスは笑った。
「あはは、嫌そうだね。まあ。カディスに意地悪されたあとじゃあねえ」
それだけではないのだが、ルーカスはエリアスの返答を待たずに「ま、それはともかく」と一つ咳払いをしたあと、一度エリアスから視線を外した。
周囲をぐるりと見回す仕草に、釣られて、視線を巡らせると食堂中の視線がこちらに向いているのがわかってぎくりとなった。
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