男装子爵と王弟殿下

夢月 なぞる

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(ふう、とりあえずこんなものかな?)

 エリアスはその日、騎士学校の寮で荷物の整理を行っていた。
 エリアスの暮らすベルファスト王国では、貴族の男子は騎士学校に入学しなければならないという法律があった。
 エリアスも例外ではなく、遠くはなれた故郷から一人、寮付きの騎士学校に入学した。
 それが四年前で、エリアスは一週間後の卒業式を最後に、騎士学校を卒業する。
 卒業すれば当然、寮から出ることになるため、その整理に追われていたのだ。
 エリアスは贅沢を好まないが、流石に四年分の荷物となるとそれなりに増えるもので、捨てるものや、持ち帰るものなどの仕分けにおもったよりも大変な作業だった。
 貴族でも高位のものになれば、引っ越しの準備など召使にさせるものらしいが、エリアスのように下級貴族にそんな贅沢が許されるはずもない。

 それでも、卒業のための論文を仕上げた直後から、はじめた荷造りはそろそろ終盤に差し掛かっていた。
 後は直近で必要なもの以外、業者に実家まで運んでもらえばいい。
 そこまで、作業を進めたエリアスは、時計を確認した。針は昼どきを過ぎている。
  一度食事休憩でも入れようと、エリアスは寮の食堂に向かった。

「エリアス!」

 食堂に入るなり、響いた声に、驚いた。
 見ると黒髪を左右の高い位置にゆった女の子が飛びついてくる。
 まさか、いるとは思っていなかった相手に驚く。

「え? アリーナ、どうして……」

 アリーナは半年ほど前まで、騎士学校の食堂を経営していた夫妻の娘だった。
 その手伝いとして、よく食堂で働いていたのだが、夫妻が街に食堂兼宿屋を開いて、騎士学校の食堂経営から手を引いたため、騎士学校の食堂では見なくなっていた。
 どうして、ここにいるのか尋ねようとした時、奥から地を這うような声が聞こえた。
 
「エ~リ~ア~ス=フォスター子爵! また貴様か!」

 わざわざ、エリアスをフルネームで呼ぶ声に嫌な予感を感じて、視線を向けると、そこには小柄な騎士が立っていた。
 まさかいると思っていなかった相手に少なからず動揺する。

「あれ、ルティン先輩ストーカー? どうして騎士学校にいるんですか?」
「誰がストーカーだ!」

 あ、声に出してしまっていた、と思ったが事実だから、特に訂正するつもりはなかった。
 ルティンはエリアスの一つ上の先輩に当たるが、エリアスが思わず口にした通り、アリーナのストーカーだった。

 彼は、食堂で働くアリーナに一目惚れし、無理やり関係を迫っていた。
 その現場にたまたま居合わせたエリアスが彼女を助けたことで、ルティンはエリアスを目に敵にしている。

「なぜ、毎度よいところで邪魔をしてくる!」

 いや、知らないよ、とも思ったが、面倒なので別のことを口にする。

「まだ、アリーナのこと諦めてなかったんですか? 毎度こりませんね、あなたも」
「子爵ごときが、侯爵のこの僕に意見するか!」

 明確には侯爵の息子だ。しかも三男坊で家督を継ぐ可能性はほぼない。
 それでも、以前、それを指摘して面倒事になったので口にはしない。

「別にごときでも結構ですが、いい加減、アリーナに嫌われてるって気づいたほうがよろしくないですか? あとなんで卒業したあなたがここにいるんですか」

 彼は騎士学校を卒業後、騎士団に入団したと聞いていた。
 まだ入団して一年に満たない彼は騎士見習いとして働いているはずである。
 更に本日は平日だ。エリアスは卒業に必要な単位は取得済みで、寮を出る準備のために自主休講を決め込んでいたが、普通の職業人は働いている時間である。

「もしかしてサボりですか?」
「あるいは素行不良で騎士団を追い出されたよね」

 アリーナがエリアスにしがみついたまま、余計なことを言う。
 それに対して、ルティンが真っ赤になった。

「お、追い出されてなどいない! 僕は騎士団から重大な任務を言い渡されたのでここに来たのだ」
「騎士団の任務?」

 思わず、聞き返すと、ルティンは腕を汲んで偉そうに胸をはった。

「そうだ。お前のような子爵ごときではとても仰せつかることもできん重要な任務……」
「ああ、そこの騎士見習いさん。団長たちの食事の準備が出来たから持っていっていいよ!」

 声のした方を見ると、厨房から顔を出した料理人らしき男性がまっすぐルティンを見ている。
 その内容から、重要な任務の内容がわかったのだろう。アリーナが笑いを堪えるような、ププ、とした声を吹き出した。

「騎士団のお昼の運搬……。そりゃ重大な任務だわ」

 アリーナに笑われ、ルティンが顔を真赤にする。
 その様子にエリアスはアリーナをたしなめた。

「アリーナ、笑わない。食事の運搬は重要な任務だよ」
「……おのれ、もう我慢ならん」

 ルティンは憎々しげにエリアスを睨むと、突然身につけていた手袋を脱いだ。
 なんとなく行動が読めたエリアスがすかさず横に避けると、案の定それまでいた場所に手袋が投げつけられた。
 的を失ったそれが地面に落ちる。

「避けるな!」
「嫌です」
「そうよ、ばっちいの投げないでよ」

 怒鳴るルティンにエリアスが間髪入れずに応えると、更にアリーナが煽るような事をいう。

「アリーナ、少し黙ってて。あとルティン先輩。なんど同じことをやるつもりですか。当然決闘なんか受けませんからね」

 脱いだ手袋を相手に投げつけるのは騎士が決闘を申し込むときのならいなのだそうだが、エリアスは最初にルティンに出会って以降、何度も手袋を投げつけられていた。
 最初の方こそ、相手にしたこともあったが、回数を重ねるごとに面倒臭さの方が先に立ち、受けなくなった。

「おのれ、逃げる気か?」
「逃げる気もなにも。毎回コソコソ策を弄して反則負けしてるんじゃない。一度もエリアスに勝てたことないのによく毎回申し込む気になるわよねえ」

 アリーナの言うとおり、これまでの戦績はすべてエリアスに軍配が上がっていた。
 ルティンは見た目通り貧弱で、剣技はからっきしだ。
 そのためか、決闘の場でも本来禁止されている目潰しや金で雇った助っ人を使うなど姑息極まりない戦法を平気で使ってきた。
 だが、騎士の決闘には見届人が存在し、そんなルティンの卑怯な手を見た瞬間、彼らはエリアスに勝ちの軍配をあげることになる。
 そんなこともあって、エリアスも決して剣技が強いわけではないが、ルティンには負けたことがなかった。
 一応戦績は覚えているのか、ルティンが顔を赤くなる。

「勝負事は勝ち負けこそが全てじゃないか。どんな汚名を着ようとも勝ちたいという勝利への意欲こそが重要だろ。この情熱こそ認められてしかるべきじゃないのか?」
「そんな情熱は要りませんし、決闘は受けませんってば」
「おのれ、騎士の誉れを笑っておいて、それが通ると思うな!」
「別に私は笑ってませんよ」

 だが、相手は毎度のことながら、聞く耳を持たない。

「決闘だ。決闘決闘!」

 駄々子のように「決闘」「決闘」とうるさいルティンに、エリアスは頭痛を感じた。

  さらに面倒なことに、食堂に他にいた学生がこちらの争いに気がついて騒ぎ出した。

「おい、決闘だってよ」
「お、どっちが勝つか賭けるか?」
「面白そうだな。じゃあ俺は……。」

賭け事の誘いにそれまでこちらに関心を向けていなかった者までこちらに注目し始める。にわかに騒がしくなった周りにエリアスは慌てる。

「ちょっと、決闘なんてしないよ。勝手に賭け事のネタにしないで」
「そんなこと言わずに、乗ってやれよ」

周りの勝手な囃し立てに苛立ちを覚えるが、「やれ」の声は高まるばかり。
 しまいには誰かが木刀を投げ込んでくる始末。

「さあ、ここで逃げたら騎士の名折れだぞ」

 周囲の囃し立てに調子に乗ったルティンは、投げ込まれた木刀を拾い上げ、エリアスに突きつけた。

「汚名を着たくなくば、いざ尋常に勝負だ!」

ルティンの口上に周囲が盛り上がる。
その様子に面倒だとは思いつつ、受けるしかないのかと思い始めた時だった。
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