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5章 迷走(ダイジェスト)
3.体育祭
しおりを挟む猫騒動から数日後。
六月中旬の曇空の下、体育祭が開催された。
裏戸学園は運動に力を入れていないので、体育祭も必然的にあまり盛り上がることがない。
具体的には優勝したらノート一冊、最下位チームには後片付けという、罰ゲームと商品のショボさで、理解いただけると思う。
そんな盛り上がりにかけた、体育祭の応援スタンドは当然のようにガラガラだった。
そこに一人ぽつんと座って、こっそり幼なじみの竜くんの勇姿を見ていたら、翔瑠が現れた。 翔瑠はまだあたしを親衛隊にするのを諦めていない様子だった。
それに対し、あたしは諦めさせるべく、ずっと考えていた親衛隊になれない理由を告げる。
まず、自分を一番に考えてくれない人は相手にできないを言うと、目に見えて翔瑠が恨みがましい顔をする。
翔瑠には統瑠や天城など大事な存在がいて、その人と天秤にかけて自分を選べるか聞くと、口を閉ざすしかないだろう。むしろこれで簡単にうなずけたほうがよほど信用ならない。
それから、止めの意味も含めて、自分を親衛隊に誘う理由は口止めのためだと指摘する。
黄金週間であたしが巻き込まれた双子の誘拐事件。
あの件にあたしが関わったことは広まっておらず、それが公になると立場が危うくなる双子の兄を慮ってのことだろうと指摘する。
その上で、あたしは親衛隊を餌にしなくても、バラしたりしないと翔瑠に誓った。
しかし、それに対し翔瑠の顔は晴れない。それどころか、「環ちゃんは、僕が君に口止めしたいから親衛隊を餌にしたと思ってるの?」と恨みがましい視線を向けられた。
それ以外に理由があるのかと思っていたら、クラスメイトの霧島大翔に出場競技の出番が近いので呼びに来たと声をかけられた。
話の軸を折られた翔瑠はその後に双子の兄が来たことで、だまり、あたしは翔瑠から逃げることに成功した。
その後、霧島くんの呼び出しが翔瑠からあたしを救い出すための嘘だとわかった。
霧島くんに感謝しつつも、あまり彼に関わると委員長が怖いこともあって、早々に別れる。さりとて、再び翔瑠に絡まれる可能性のある場所に戻る気にもなれず、あたしははとりあえず直前の競技に出ていたはずの聖さんを探すことにした。
程なく聖さんを体育祭の退場ゲートで見つけた。彼女に声をかけると、別の女子集団と会話中だった。
その相手というのが、ゲームに置いて聖さんの親友ポジションにいるはずの安部さんだった。
彼女は聖さんの恋を応援してくれる強力なサポートキャラクターだ。
聖さんがが道を踏み外そうとした時に叱咤してくれる人でもあるので、ぜひヒロインとは仲良くなってほしいキャラクターである。
どうやら、体育祭で活躍する聖さんみて興奮しているらしく、お昼に誘っていた。
ならば邪魔しないよう、一人踵をかえしかけたら、聖さんに見つかり、何故か一緒にお昼を取ることになった。
お弁当を受け取り、移動したのは食堂のテラス席。
普段からここは生徒同士の席の取り合いが熾烈な場所で、まさかここで食事ができるとは思わなかった。
どうしてそんなことが可能だったのかと言えば、あたしの横で食事をとっているクラスメイト、南出清夏さんのおかげというかせいというか。
南出は誰も頼んでいないにもかかわらず、朝からテラス席の席とりをし、そこを昼食会場に提供すると突然あたしたちの間に入り込んできたのだ。
南出はつい二週間前にクラスメイトになった女子生徒で、ギャル風の容姿と派手な顔立ちであまり裏戸学園にいないタイプの生徒のためか、学年でも有名人だった。
なし崩しに一緒に昼食を取ることになったが、当然、そんなメンバーで話が盛り上がる少なかった。
それでも、場を盛り上げようとしてなのか、南出の言動がいちいち気遣いと言うものを外しており、それに対して、お互い共感するといった感じで、いつの間にか安部さんたちと普通に会話できるまでに成っていた。最後には聖さんは安部を名前で呼ぶようになっていた。
昼食が終わり、安部さんにあたしに穏やかに「天空寮にあがってくれてよかった」と告げる。
どうやら、安部さんたちは学園の階級制度について、あまり良く思っていなかったのだと知らされ、まさかそんなことを言われると思っていなかったあたしだ。
「今後も仲良くしてほしい」と告げて去っていく安部さんたちにあたしの口から否定の言葉はでなかった。
その後、再び競技に出るという聖さんを見送った後、最後まで残っていた南出さんがあたしに声をかけてきた。
なんだろうと、思っていたら、彼女はあたしに驚くべきことを告げた。
なんと彼女はあたしが過去数ヶ月だけ一緒にいた聖さんの前のルームメイトだったのだ。
あまりの変わりように信じられないが、彼女が証拠に見せた鈴は以前あたしがルームメイトに貸してそのままになっていたものだったので、確信を得る。
だがそれでもやはり信じられない。容姿の変わりようもそうだが、何より昔、蒼矢会長に近づいたことで追放されたはずの彼女が再び裏戸学園にいることにだ。
南出さんは転校は家庭の事情で、蒼矢会長に関することは誤解だと語った。
それならばなぜ、蒼矢会長の親衛隊である暮先先輩にがあたしが取り調べを受けたのかと思ったら、暮先先輩の知り合いらしい南出さんは、見せしめの効果を期待したのではないかと告げる。
なんじゃ、そりゃと、思うが、何もかも過去のことだ。
やるせなさは感じるが、南出さんが巻き込んでごめんなさいと謝ってきたこともあり、あたしは許すことにした。
その後、南出さんとも分かれ、あたしは午後の競技を終えて、体育祭の本部にいた。
真田さんからの要請で、体育祭の記録係の手伝いをするためだ。
本来体育委員がやる仕事をどうしてあたしがやっているのかと言えば、午後から月下騎士が競技に本格参加するから。
つまり、ここにいた大半の体育委員は応援に言ってしまったというわけだ。
あたしは本部テントから見える運動場とスタンドの光景を眺めた。
そこに広がっているのは午前とはあまりに違う光景だった。
応援用のスタンドは人でひしめき合い、主に黄色い声援が飛んでいた。
月下騎士会のメンバーははっきり言って体育などやらせると人間の男子などはるかに超える運動能力を見せる。
そのためか、彼らのでられる競技は午後からの競技から一種目と体育祭最後のクラス対抗リレーと決まっていた。
あまり彼らが出過ぎると、他の生徒の出番を食い過ぎるし、興奮した女子生徒が倒れる可能性が高くなるので、こんな塩梅になったようである。
各運動部のエースを軽々と越えてしまう彼等なので、その格差を解消というのもあるのだろう。
裏戸学園の体育祭は基本個人が競技を何個掛け持ち出場しても良いことになっている。
だから、うちのクラスは聖さん頼みになってしまっているわけだけど。
運動場では現在騎馬戦の真っ最中だ。
昨今危険だからという理由で廃止している学校が多いらしいが、生徒の自主性を重んじる裏戸学園では生徒たちからの要望で存続している。
見ればこの競技には統瑠と翔瑠が参加しているようである。
余談だが、実は彼等はクラスが違う。 普段から一緒に行動しているけど、普通同学年に兄弟がいたら当然だ。
彼等はさすがの運動神経を見せつけ、今や一騎打ちの状態である。
よく似た彼等だが、今は鉢巻のお陰で遠目でもどちらがどちらか見分けがついた。
やや膠着状態に睨み合う統瑠と翔瑠。
スタンドの応援も女子だけじゃなく男子の声もまじり、ものすごい。
その様子を見ながらも、あたしはこの戦いの最後の結末を頭の中に思い浮かべた。
ゲームにも体育祭のイベントは存在し、意中の一人だけと会話して、好感度をあげられる。
そしてそのイベントでは、各キャラクターで勝敗が実は予め決まっている。
会長、副会長、統瑠が勝ち組。
紅原、翔瑠が負け組である。
勝ち組は勝利を喜び合い、負け組は悔しい思いをしている彼を慰める展開となる。
本来なら、あたしは聖さんを会長の元に案内してイベントを起こすつもりだった。
なんとも現実はうまくいかないことばかりだ。
果たして、聖さんが誰とイベントを起こすのだろう。
なにせここの選択肢はプレイヤー次第なのだ。
聖さんの思考一つで変わるイベントなので、未だに彼女の心の中がわからないあたしにはまったく予想がつかない。
あるいはまたなにも起こらないのか、別のイベントが起きるのか。
当のヒロインは現在別の競技に出場のためにゲートで待機中である。 今の競技と入れ違いで競技に入ってしまうので、おそらく双子のイベントをこなすのはムリだろう。
って、ちょっとまてよ。
考えてみれば聖さんのスケジュールってかなり密だ。
当然、彼女が自由な時間は限られるわけで、その時間にちょうどイベントが起こせそうな攻略対象を調べれば、今日のイベントの相手がわかるんじゃ……。
そう考えて、あたしは、聖さんのスケジュールと月下騎士会の出場競技予定をプログラムで見比べた。
まず真っ先に会長を確認するが、残念なことに、彼は聖さんの出場競技のすぐ次の競技に出るようで、応援の言葉をかけるどころか、いる場所が出場ゲートと退場ゲートと言うことで姿を合わせるのも無理な話だった。
双子も無理だし、他はとプログラムをなぞっていく。
そして、あたしの指が一人の名前のところで止まった。
え? あれ、まさかこの人なら、時間があう?
ていうか、この人以外では全く合わない。再度他の人との時間を考えた直しても、彼以外考えられなかった。
その人の名は――。
その時、どおおぉとひときわ大きな歓声が運動場から聞こえた。 驚いて、プログラムに落としていた視線を上げれば、翔瑠が統瑠の鉢巻を奪っている。
それで完全に勝敗が決したらしい。
珍しく喜びを露わにとった鉢巻を掲げる翔瑠に悔しさを隠さない統瑠の光景にあたしは思わず目を瞬かせた。
あ、あれ? どういうことだ。
体育祭の勝敗は確定していたはずなのに。
翔瑠が勝つなんて。
「うわあ、珍しいことが起こるものだね」
いつの間にか競技に見入っていたらしい真田さんが声を上げる。
「あの二人が同じ競技で争うなんてのも珍しいのに、翔瑠君が勝つなんて」
そういえば、翔瑠は双子の迷信によって過去に命を狙われた経緯から、兄と同一化して過ごそうとするあまり、いつも統瑠の行動に一歩追いつけないという設定があった。
そのため、双子で争うと、翔瑠がいつも負けてしまうという話だったはずだ。
それが翔瑠の勝利ということは、彼が統瑠の真似をしていなかったということ。
いくら学校とはいえ、こんな大勢の前でなんて翔瑠は怖くなかったのだろうか。
しかも染み付いた自分の行動原理は早々変えられるものではない。
ゲームでは聖さんを守るために自分で考えて行動しなくてはならないという決意を持って、徐々に統瑠離れをしていた気がしたのだが、何が彼を変えたのか。
しかしそんなことを考えていられたのはそれまでだった。
通信機器が一気に音を立て始めた。
本部の仕事は競技の最後と最初が一番忙しい。
点数の報告やら、次の出場者の確認やらで息をつく暇もなくなる。
まあ、そうはいっても、あたしは真田さんの指示で動いてるだけだけど。
そんな嵐のような状況をこなして、次の競技に移れば、少しだけ余裕ができる。
そうなると、考え混んでしまうの先ほどのこと。
聖さんとのイベントが可能な攻略対象とは、紅原だった。
偶然なのか、必然なのか。
先日仲睦まじく寄り添い去っていく聖さんと紅原の背中が自然に脳裏に浮かんだ。
その光景に黒いモヤモヤとした気持ちが心に貯まるのを感じる。
このままもしかして聖さんは紅原ルートにすすむのかな。
このもやもやが、会長のことを応援しようとしてうまくいかないがゆえの気持ちなのだとしたら、あたしってば本当に嫌なやつだな。
聖さんが誰を選ぼうと、幸せならそれでいいだろうに。
思わずため息を吐いた時だった。
「っ、ちょ、何ですかいきなりきて、副会長!」
真田さんの慌てた声が聞こえたかと思うと、腕を捕まれ、驚いた。
振り返った先にこの糞暑い中、長袖のジャージを着た副会長が不機嫌そうに立っていた。
「え? 副会長? なんで……」
聖さんはここにいないのに、どうしてと思えば、彼は有無をいわさずあたしを引っ張った。
「来なさい」
「え? ちょっと、何ですかいきなり、どこに連れて行くんですか」
「そんなもの運動場にきまっているでしょう?」
決まってるってなにがだ。
だが副会長の只ならぬ様子に腰が引けたあたしは咄嗟に「嫌ですよ!」と返してしまった。
「今日この時を選んで拒否とは、いい度胸です」
絶対零度の魔王の瞳で見下され、あたしは震え上がった。 ひいい!
「駄々をこねるなら、抱えていってもいいんですよ?」
そんなことされたら、副会長ファンに確実に抹殺される!
あまりに突然の流れに混乱するしかないあたしは、副会長の力にテントから引きずり出されそうになる。
「ちょっと待ってください、副会長!」
「さ、真田さん!」
副会長を止に入った真田さんに天の助けと思えば、突然彼女はあたしの頭に何かを被せた。
視界の暗さに驚いたが、ちょうど目の位置に小さな穴が空いているのに気づく。
な、なんだろうこれ、紙袋?
「連れて行くのは仕方がないとして、せめて顔は隠してあげてください」
止めてくれないんかい!
愕然とするあたしの横で、「これを連れて歩くのですか」と副会長が渋る様子を見せた。
お? これはもしかして諦めてくれるのかと思ったが。
「まあ、良いです。行きますよ」
あたしは良くないよ、と思ったけど、聞き届けられるはずもなく、あたしは副会長はあたしの腕に引っ張られ、そのまま運動場に飛び出す。
テントを出て、すぐにどこかで悲鳴が上がった。
それは恐怖というより驚愕の色が強い声で、まるで連鎖のように広がっていく。
状況はわからない事だらけ。
あたしは気を失いたかったけれど、そうなればこの頭を覆う紙袋が絶対取れる。
頭を包むこの紙袋だけが今のあたしを守る鎧だと信じて、抑えながら、副会長に腕を引かれ必死に足を動かした。
やがて見えてきたゴールライン。
あたしたちを見て、そこにいた競技進行スタッフの腕章をつけた生徒たちは皆、驚きに固まっている。
それはそうか。自他共認める女嫌いの緑水副会長が紙袋を被った怪しい女子生徒を連れてきたわけだから。
だが、そんな周りの反応など物ともせず、副会長は近くの男子生徒に声をかけた。
「呆としていないで、確認なさい」
「え? あ、はい! ただいま!」
慌てた様子で返事をする声にふと聞き覚えがあり、紙袋の穴から見れば、霧島くんだった。
彼はあたしに気付いているのかいないのか。
副会長から、小さな紙片を受け取り、目を通したかと思えば、さらに困惑を深めた。
「あ、あのこれ」
「……俺にとって、お題に書かれている人物です」
「えっと、よければ理由を聞けると……」
「理由まで必要など誰にも言われてませんので拒否します」
絶対零度の視線で睨まれ、霧島くんが口を閉じる。
その光景にハラハラしながらも口を挟めずいたあたしだが、その間に次々と他の競技参加者が帰ってきており、彼等が何かしらの物品を持っていることに気がついた。 あ、もしかしてこの競技って借り物競争なのだろうか?
そういえば、プログラムにも書いてあったけ。
裏戸学園の体育祭はたまに高校生がやる競技だろうかという物が混ざっており、これもその一つだ。
しかもお題にたまに「好きな人」とか「嫌いな人」などというふざけた物が混じっている。
ソレをなぜ学校側が容認しているのかわからないが、とりあえず毎年好評で、そのままになっているという。
副会長の様子だと、それ系を引いたと思われるが何だったのだろう。
こっそり、紙片を覗こうと霧島くんに近づいて手元を覗きこもうとした時、はたと視線が合う。
霧島くんがわずかに目を見開いたのがわかって、あたしは見えないと思いつつ紙袋の中で愛想笑いを返した。
だが、ソレに対して霧島くんがあたしになにか言う前に副会長が霧島くんに詰め寄った。
「そもそも判断に困るお題を混ぜるなと、俺は言っておいたはずですよ」
「そ、それを僕に言われましても。とりあえず、選手は順位フラグの後ろに並んで最終競技者が終わるまで待機となっていますので、移動をお願いします」
副会長はまだいい足りない雰囲気だが、霧島くんに言ってもしかたがないとはわかったのだろう。
おずおずと他のスタッフが近づいて案内するのにおとなしくついていった。
その光景を見ながら、あたしもついていったほうがいいのだろうかと考えていれば、袖がひかれた。
「……あなたはこっち」
小さくささやかれて驚くが、霧島くんはあたしの袖を持ったまま、歩き出す。
それに慌てて足を動かせば、少し離れた囲いのあるテントに連れて行かれた。
テントの周りにカーテンの引かれたそこにはいくつかの机と椅子があり、その上に水筒やらメガネやらがおいてあった。
一つ一つにタグがついており、なんだろうと思っていたらため息が聞こえた。
振り返れば霧島くんがへたり込んでいる。
「え? 霧島くんどうしたの?」
慌てて彼に駆け寄れば、彼はこちらを見上げて笑を浮かべた。
「……やっぱり多岐さんだったんだ」
そういえば、まだ紙袋をかぶったままだと思いだし、頭から外す。
「うん、やっぱり気づいてたの?」
「うん、まあ。背格好を見てそうかなとは思ってた。顔を見るまでは核心はなかったけど」
「ところでここは……」
「ああ、ここは今一時的に借り物保管庫になってるところ」
霧島くんが言うには、借り物競争で集めた物品はここに集めて、持ち主に戻す決まりになっているらしい。「本人に戻させてもいいけど、ソレだと雑多になるし。お題の書かれた紙に借り物を交換できる番号札が入ってて、それと引き換えにするんだ」
なるほど、品物に番号がふられているのはそのためか。
「って、考えてみれば、あたしも借り物の一つか」
「ま、まあそうだね。でも、本当に驚いた。緑水副会長が連れてきたのが多岐さんなんて」
「そういえば、副会長のお題ってなんだったの?」
「え? 聞いてないの?」
頷くあたしに、霧島くんは少し微妙な顔をしたが、教えてくれた。
ソレを聞いてあたしは顔をひきつらせた。
「ら、好敵手って……」
それて、聖さんを巡ってということになるのだろうか。
いやいや、副会長。
あたしなんぞよりもっとライバル認定する人などいくらでもいるだろうに。
なんでよりにもよって、競技に駆り出す相手があたしなんだ?
嫌がらせとしか思えない。いや、きっとそうなんだろうなあ。
でもやり方が陰険すぎない?
そんなことを思っていたら、霧島くんが「あ」と声を上げた。
「のんびりしている場合じゃなかった。多岐さんはこっちから応援席に戻って」
そう言って入ってきたのと反対側を指さす霧島くんに首をかしげる。
どうやら、副会長に連れられてきた女子を普通に応援席に戻せば、騒ぎになるだろうから、と本部からの指示でテントに誘導した後、その裏口からこっそり運動場の外側をとおる遊歩道に逃すよう指示があったそうだ。
それを聞いて、真田さんだと思った。
おそらく真田さんは全てを予期した上で、紙袋をかぶせて送り出してくれたのだ。
なんと、気遣いのできる人だろう。
ぜひとも、爪のあかを煎じて、攻略対象に飲ませてやりたい。
「幸い、顔は隠してきてくれたから、多分裏から出れば、ばれないと思うよ」
「そっか、よかったよ。正直生きた心地しなかったもん」
「あはは、確かに運動場にすごい悲鳴が 響いてたもんね。正直アレにはびっくりしたよ。月下騎士会の人の人気ってものすごいんだね」
ゲームでは人死や傷害事件にまで発展するからね。 人気というのは本当に怖いものだ。
スタンドまでの道を霧島くんに聞くと、彼がスタンドまで送ると言い出した。
しかし、彼には何らかまだ競技に関わる仕事があるのではと思って断ったのだが、「大した距離じゃないから」という彼の言葉に甘えることにした。
それから二人で人目を気にしつつ、テントを出た。案内される形でスタンドが見えるという所まで来た時だった。
「あ、霧島くん。スタンド見えてきたから、このへんでいいよ。そろそろ戻って……」
突然背後で、どさっと音が聞こえた。 驚いて振り返れば、霧島くんが倒れている。
もしかして、転んだのかと思えば、彼に駆け寄った。
「霧島くん、大丈夫?」
しかし助け起こそうと彼に手を伸ばした瞬間、彼が苦しげな顔で
「う、……た、きさん、逃げ……っ!」
だが彼の忠告はわずかに遅く、あたしは突然背後から伸びてきた手で口を塞がれた。
否、ハンカチのようなものを口に押し当てられ、それを嗅いだ瞬間、あたしの意識は墜落するように闇に落ちていった。
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