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5章 迷走(ダイジェスト)
4.とある双子の片割れの不安
しおりを挟む「翔瑠君、環ちゃん見なかった?」
そう利音に問いかけられ、翔瑠は目を瞬かせる。
運動場から少し離れた林の中。遊歩道として整備された道の端に置かれたベンチで休んでいた時である。
少し前に出場競技である騎馬戦を終えて、ゲートに戻ればクラスメイトにもみくちゃにされた。
騎馬戦の勝利の興奮がそうさせたようだが、翔瑠は人に囲まれるのが苦手だった。
祝福してくれるクラスメイトには悪いが、早々に人混みを避けて人のいない方にと逃げ、ベンチで休んでいたところに利音に声をかけられたのだ。
「いや、見てないけど。いないの?」
「うん、ちょっとしばらく前から姿が見えなくて、探してるんだけどね」
利音によると、一時間ほど前から姿が見えないらしい。
一時間前といえば、翔瑠はちょうど競技直後でクラスメイトにもみくちゃにされていたときである。
「一時間前といえば、なんか運動場からやたらと悲鳴が上がってたような」
「ああ、あれって。絆先輩が、環ちゃんを借り物で連れて行ったせいだって」
利音の話に翔瑠は耳を疑った。
あの緑水の出場競技が借り物競走というところもたが、環を連れて行ったというのも驚いた。
「何のお題だったんだろう? っていうか、緑先輩に連れられて言った後に行方不明てまずくない?」
いくら天空寮に入るとはいえ、緑水ファンからの嫉妬を完全に避けられるわけではない。
先日環が体育館倉庫に閉じ込められそうになっているのを知っている翔瑠である。
まさか、また、と立ち上がりかけるが、先に聖が首を振った。
「絆先輩のファンに何かされている可能性は低いと思うのよ。希が咄嗟に顔バレしないように紙袋をかぶせてくれたらしいから」
「紙袋って……」
いったいあのとき運動場で何が起こっていたのか。
正直見逃したことに対して惜しいことをしたという気持ちがわく。
「その後、一応テントとかで隠しながら、ひと目につかないようにしてから、テントから出したって連絡員の人が言ってたから、そこまでの足取りはわかるんだけど、その後がね」
「スタンドで応援してるとかないの?」
今日は全校生徒が運動場付近に集まっているため、人を探すのは骨が折れる。
その可能性を上げるが、利音の顔は晴れない。
「でも呼び出しの放送をしても、反応が無いんだよ。スタンドにいるなら気付かないことはないと思うんだけど」
確かに、聞こえていて来ないと言うのは環にはありえない。嫌な顔はするが基本的に律儀な彼女だ。
「居そうな場所はひと通り探したんだけど、どこにもいないんだよね。ちょっとここまでいないと不安で……ほら、環ちゃん、危なっかしいというか」
利音の不安は翔瑠にもわかる気がした。
環は何かにつけてトラブルに巻き込まれやすい。 実際巻き込んだ自覚がある翔瑠だからこそ、同意できることだった。
「まあ、いないと言ってもまだ一時間位だし。もう少し探してみるよ」
「手伝おうか?」
「いやいいよ。それよりもし見かけたら連絡頂戴」
約束すれば利音は「ありがとう」と笑った。
その笑顔はとてもかわいらしく、年上だとわかっていても微笑ましくなる。
去り際、利音はそういえば、と振り返った。
「翔瑠君、騎馬戦すごかったよ。一番、おめでとう」
「うん、ありがとう」
利音の賞賛に一瞬、翔瑠は目を細めた。
だがその変化に利音は気づかず、今度こそ去っていく。
その後姿を見ながらそういえば以前、翔瑠は統瑠に利音をあてがおうと動いていた時期があったことを思い出す。
利音が〈古き日の花嫁〉であると知った日から、彼女にやたらと興味を示し、会いに言っていたのは本人の興味というより、多分その意図があってのことだ。
基本、翔瑠は自分の身を守るため、統瑠についていくし、統瑠の行動を真似なければならない。
だからきっと統瑠が利音に対し、好意を抱いているような行動をするのは、翔瑠にその行動を真似させ、絡ませるためだ。
そのうち双方が好意を持てばいいと思っていたのかもしれないが、残念ながら利音は翔瑠に友情以上の感情を持たなかったし、翔瑠も同じだった。
いや、正確に言えば、翔瑠は利音が少々苦手だった。
もちろん利音は可愛いと思うし、いい子だ。優しいし、明るいとても魅力的な女の子だと思う。
勉強もできるようだし、運動もできて、それを鼻にかけることもしない、人として非の打ち所がないほど少女だ。
しかし、翔瑠にはそれが逆に目についた。
ひねくれた考えだとは思うのだが、どうにも翔瑠には利音はまぶしすぎて、一緒にいると居心地の悪さを覚えるのだ。
まるで太陽を直視したような目のくらみを感じて、つい視線を逸らしてしまう。
そしてそんな時逸らした先にいるのはいつも同じ少女。
環はいつだって聖のそばにいる。
そんな彼女は今、どうして探されているのだろう。
ふと胸騒ぎを感じた。
理由は分からないが、焦燥を感じる。
なぜかを考えていれば、最近実家に戻った時に父親の書斎に入った際に、見かけた資料が思い浮かんだ。
それは統瑠の縁談に関する資料だった。
今、統瑠に縁談の話が進んでいて、相手は天城ではない。
実は天城は双子の親衛隊で、許嫁ということになっているが、実際は翔瑠の許嫁なのだ。
そして統瑠には昔から別の許嫁候補がいた。
それは蒼矢の許嫁である女吸血鬼のうちの一人だ。 今年、高校を卒業する蒼矢には二人の許嫁がおり、卒業までにどちらを正式な許嫁とするか、決めることになっていた。
二人の女吸血鬼の親が、蒼矢家に嫁がせたいと願ったために、今までそのような形をとっていたのだが、結婚できるのは当然一人だ。
三人の選択を尊重させるということで、高校を卒業するまでは、他家の吸血鬼たちは二人の女吸血鬼に結婚を打診しなよう蒼矢の奥方の一声があったため、
選ばれなかった方の女吸血鬼の夫の座はまだ決まっていない。
しかし、それは表向きの話で、昔から水面下で蒼矢を含まない吸血鬼の家では女吸血鬼獲得を巡って争いがあった。
その中で統瑠はその候補の筆頭となっていた。
年齢、一族内での地位などもろもろの条件が蒼矢に次いで良かったためだ。
更に、この件に関して女吸血鬼の親に話を通すため、当主はかなりの金を使っていた。
そのおかげもあり、表向きあぶれた女吸血鬼の夫はまだ決まっていないことになっているが、蒼矢が意志を表示次第、統瑠の許嫁となることが決まっている状況だった。
しかし、今、それは白紙に戻された。
先日起こした誘拐事件という統瑠のあまりに短絡的な行動に、周囲が当主としての資質を疑い始めたからだ。
統瑠が女吸血鬼の筆頭夫候補に慣れたのは、年齢もあるが何より、黄土家の次期当主という立場からだ。
それが揺らいでいる中で、本当に彼に女吸血鬼をあてがうのか、とここぞとばかりに女吸血鬼を狙う他家から突き上げをくらい、とうとう一度白紙に戻して選びなおすという、女吸血鬼側の親からの通告を受ける形となったらしい。 しかし、当然だが、選び直されて、再び統瑠が再度選ばれることなどないだろう。
黄土家にはほぼ同じ条件の翔瑠がいるが、彼も誘拐事件に関わったことが知られており、統瑠と立場が変わらない。
むしろ、双子は不吉で、両方を育てると家を祟るという迷信のせいで命を狙われ、次期当主でもない翔瑠のほうが立場は悪い。
そんなわけで、己の野望が潰えた黄土家当主の父親の機嫌はすこぶる悪かった。
その空気は黄土家全体の空気を重くし、当然その原因となった双子はしばらく実家に近づくまいと思っていた。
しかし、そんな中で親の同意が必要な書類が出てきてしまい、それを書いてもらいに帰らなくてはならなくなった。
じゃんけんで負けた翔瑠が一人、帰ることになり、憂鬱な気分で、当主の部屋に行ったのだが、運がいいことに留守だった。
それをいいことに、はんこだけもらって、字は適当に偽造しようと当主の机に近づけば、そこにおいてある膨らんだ封筒と、何枚かの写真、更には書類が目に入る。
そのうち写真に知り合いの顔を見て驚いた。
書類に目を向ければ、表紙らしき一枚目に、『黄土統瑠の縁談破談にかかる代替案』という文字まで目にすれば、気にならないわけがない。
それに手をのばそうとしたが、運悪く戻ってきた当主に見つかってしまった。
己の野望を達成直前に潰された当主は機嫌が悪く、翔瑠は怒鳴られることを覚悟したが、予想外に彼は咎めなかった。
唖然として、思わずどうしたのか聞けば、当主は「考え方を変えたのだ」と意味にわからないことを言った。
しかし意味をとうまもなく、当主は翔瑠の書類を書くと、彼を書斎から追い出した。 今思い出してもあの時の当主の様子はおかしかった。
女吸血鬼を手にし、直系の純血を生み出すことは当主の悲願だったはずだ。それが消えたのに、こんなに早く立ち直ったりするだろうか。
それに『考え方を変えた」
という言葉と机の上の書類の意味。
縁談破談とは女吸血鬼とのものだろう。その代替案となれば、また別の伴侶を統瑠にあてがおうと言う話ではないか?
だとして気になることがあった。机の上にあった、写真の一枚に利音の顔があった。
なぜ利音なのかと、考えれば彼女が〈古き日の花嫁〉であることしか思いつかない。
代替案というのが、強い吸血鬼を産めるという古き日の花嫁を指していて、当主が純血がだめなら、せめてと飛びつく理由もわかる。
だが、どうしてそれを当主が知ったのか。彼女がその存在であることは紅原が気づいて報告を聞いた月下騎士会しか知らないはずではないのか。
気になった、翔瑠は翌日、蒼矢にそれを相談してみた。
すると彼はひとつの噂を教えてくれた。
『裏戸学園に伝説の花嫁がいるらしい』
どこから漏れたのかわからないが、噂は現在一族中を駆け巡っているらしい。
とにかく、黄土の当主が不穏な動きをしないよう、利音にはこっそりと監視と護衛が付けられることになった。
本人は気づいていないだろうが、おそらく先ほど利音と話していた時もどこかにいたのだろう。
今のところ利音の周辺に不審な影はない。
何事もおきていないということだが、翔瑠には不安要素があった。
実は翔瑠にはひとつ蒼矢たちに話していない情報があった。
黄土の当主の机の上にあった写真は実は利音のものだけではなかった。環の写真もあったのだ。
しかし、利音の交友関係資料かなにかだと思い、その時翔瑠はあまり気にしていなかった。
だが、今、環がいなくなり、利音が彼女を探している。
そして、環は利音と同時に天空寮に移動し〈古き日の花嫁〉という存在は外見からではすぐに判断できない。
まさか、と思った。
まさか当主は〈古き日の花嫁〉か環だと勘違いしてさらったのではないか。
確信はないが、嫌な予感がする。
翔瑠は、焦燥に駆られるまま走りだした。
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