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5章 迷走(ダイジェスト)
5. 誘拐、再び~双葉
しおりを挟む目覚めたあたしが目にしたものは人生で何度も拝みたくはない鉄格子だった。
周囲を見渡せば、座敷牢といった感じで、入り口らしいふすまに格子がハマっている以外はほぼ普通の和室のように見えた。
その中央に敷かれた布団にあたしは寝せられていた。
目覚める直線の記憶をたどれば、体育祭でスタンドに向かう途中で途切れている。
うん、完全な誘拐だわ。
霧島くん大丈夫だったかな? ケガしてないとよいけど。
それにしても、なぜ、あたしが攫われるのか。理由がまったくわからない。
かがされた薬の影響かうまく動かない頭では全然考えがまとまらない。どうしようと考えていたら、不意に遠くから足音のような振動を感じた。
こちらに向かって大きくなる足音にあたしは咄嗟にネタフリを決め込んだ。
ともかく状況がわからない状態で目覚めた事を悟られたくなかった。
数秒後、襖を開く音が聞こえたかと思えば、話し声が聞こえた。
「ふむ、まだ起きてないのか?」
「はい、使った薬がまだ効いているのでしょう」
横柄な態度の最初の男の声に物静かな男の声が応じる。
どちらも聞いたことのない声だ。一体誰だと思っていたら、二人はあたしの枕元で話し始めた。
「本当に、これがあの存在だというのか……? とてもそうは見えんが……」
観察するような視線を感じ、冷や汗がだらだらと流れる。ねたふり、ばれてないよね?
ハラハラしながら、じっと耐えていると、横柄な男の不快そうに声が聞こえた。
「ふんっ、特別な吸血鬼の花嫁というから、もっと美しいかと思っておったわ。なんだこの地味な娘は」
「容姿に関しては否定いたしませんが……」
……おいこら。なに、人の容姿をこき下ろすか。
確かに聖さんたちみたいに綺麗じゃないけど。初対面でこき下ろされるほど悪い容姿をしているつもりはない!
「ですが、間違いなくご指定の娘です」
「ふむ……未だに信じられん。本当にこの娘があの伝説の存在だというのか」
「わかりません。ですが情報を総合すれば、最も可能性が高いと判断したので連れてまいりました」
「うむ、だがその情報もかなり神妙性が薄いのだろう? その上での可能性ではどれだけ信用できるか……」
「お言葉ですが、もとより〈古き日の花嫁〉はいたことすら不明確な存在。我らでは、完全に判別するのは不可能かと」
「わかっておるわ。こんな者にすがらなければならない状況が忌まわしいだけだわ。まったく」
「……心中、ご察しします」
「まあ、どちらにしろ真偽は子を産ませてみればわかることだ」
それから二人はまだ何か話している様子だったが、程なくして立ち去っていった。
あたしは足音が聞こえなくなって、たっぷり二百を数えてから、あたしはムクリと体を起こした。
男たちの話を総合するに、どうやらあたしは聖さんと間違われて連れて来られたのだとわかった。
一体、どうしてそんな誤認が起こったのかわからない。
咄嗟にそのことを素直に告げれば返してもらえるだろうか、とも思ったが、別のモブをさらってきたことに激高した相手に殺される可能性が否定できず、怖くて言えない。
そもそも〈古き日の花嫁〉ではない証明なんてできないし。
さりとて、このままここにいたところであたしに助けが来るとは思えない。自力で脱出するより他に選択はなかった。
あたしはとりあえず、逃げ出せる術を求めて部屋を物色することにした。だが、それはすぐに行き詰まリをみせた。
元より布団以外にほとんど物のない部屋だ。
部屋は三方を壁で囲まれ窓もなく、襖の前には木の格子。そこにかけられた鍵は前回の簡易なものではなく到底、あたしの技術でどうにか出来る代物ではない。
早々に暗礁に乗り上げた、現実にあたしは焦った。
どうしよう。どうしようどうしよう。
だって、さっき横柄な男は『子供を産ませてみればわかる』と確かに言ったのだ。
相手が誰だかは知らないが、このままでは確実に何らかそういう目に合わされるということだ。
そんなの死ぬより嫌だった。
それでもどうすれば逃げ出せるか見当もつかないあたしは牢の中で途方にくれるしかなかった。
そんなあたしにかけられた声があった。
驚いたあたしの前で、鉄格子のハマった先のふすまが開き、双子の一人が現れた。
最初あたしはそれが統瑠だと思った。双子は似ているけれど、細部は異なり見分け方さえ覚えれば、さほど間違えずに見分けることができる。
しかしあたしの呼びかけに彼は自分は翔瑠だと答えた。
どうしてそんな嘘をと思ったけれど、彼自身がそういうのならそうだし、そもそも統瑠が翔瑠を詐称する理由がわからなかったので、言われれるがままに信じた。
彼はあたしを助けに来たといい、鉄格子を鍵で開けてあたしを出してくれた。
どうして鍵を持っているのかとかいろいろ不思議だったけれど、逃げられるなら何でも良いと思ったので、おとなしくついていった。
翔瑠に誘導され、座敷牢を抜け出し、建物内を右に左に、時には隠れて進めば、程なくして外に出た。
それから、傾斜のついた坂を手を引かれるまま登っていく。
逃避行故か、獣道を進むため、何度も躓いて転びそうになったが、そのたび繋いだままの統瑠の手に支えられ、なんとか彼の速度に着いて行く。それでも、いい加減足が痛くなったところで、視界が開けた。
そこは木々の隙間にぽっかり開いた、高台だった。
片側は崖になっているようで、すでに日が落ち、辺りは暗く下は見えない。
それでもずっと暗い林の中を抜けてきたあたしには、星も月もでた夜だけに淡い光に照らされた、広い空間を見ればほっとした。それと同時にそろそろ限界に達していた膝から力が抜け、座り込んでしまった。
「っ……環ちゃん大丈夫?」
覗き込まれるも、あたしは息が上がりすぎてすぐには答えられない。
「ちょっと、進む速度が早すぎたかな。少しここで休もうか」
「……い、いえ、大丈夫、です!早く逃げま……しょう」
今はとにかく安全な場所に行きたかった。だが、あたしの主張に翔瑠はあっさり首を振った。
「ここまでくれば、早々追いつかれたりしないよ。それに、君の状態ですぐ動けるとは思えないし」
「う、すみません、体力なくて」
「……気にしないで。あ、それよりこれ、飲む?」
そう言って差し出されたペットボトルをあたしはありがたく受け取って飲んだ。
微かに柑橘系の味がする水は、汗だくの体にスッキリ澄み渡っていく。
一息つけば、周囲を見回す余裕も出てくる。
崖下を覗きこめば、先ほどの屋敷だろうか、人口の明かりが見えた。
その距離はあまり離れていないように思えて、あれだけ頑張ったのに、と何だかがっかりした。
「……環ちゃん、大丈夫? 気分はどう?」
「あ、平気です。すみません、ご面倒をお掛けして……」
「……いや、そんなことないよ。それより本当に良かったよ。君が無事で」
あたしのそばに同じように座った翔瑠の手が伸びてきたかと思うと、突然抱きしめられた。
ぎょっとなって、咄嗟に押し返すが、思う以上に強い力で腕はは外れなかった。
「あ、あああ、あの翔瑠様、何を……」
「……ねえ、環ちゃん。僕の親衛隊になってよ」
呆然とするあたしの頬をゆっくりと翔瑠がなでた。
「……親衛隊になれば、ずっと守ってあげられる。だから……」
「その件は以前お断りしたはずですが」
困惑気味に言えば、翔瑠が動きを止める。
「断ったって……」
ん? なんだろう。この反応。
もしかして断ったの忘れてたのか、と思えば、笑ってごまかされる。
しかし、全然信用出来ない。翔瑠がごまかすように咳払いをした。
「こっほん、……一度ふられたくらいじゃ、諦めきれないんだよ」
「あたしの記憶では二度あったはずなんですが」
あたしの指摘に、翔瑠、いや、翔瑠のふりをした男の子が唖然としている。
あたしは今度こそごまかされないようにはっきり名前を口にした。
「あなた、やっぱり、統瑠様ですね?」
「……はあ。まったく、最初からごまかしせないなんて思わなかったなあ」
疲れたように上を向く統瑠をあたしは睨んだ。
「なんで翔瑠様のふりなんか? ……もしかして、この誘拐も狂言ですか?」
「君相手に狂言誘拐してどうするの。そこは本当だよ。怖かったからって現実逃避は良くないよ?」
場にそぐわない笑みを浮かべる統瑠に心を読まれたことがわかって、心の中で舌打ちした。
「一体、あたしをさらった人たちって誰なんですか?」
「それはちょっと、僕の口からは言いにくいな。でも、まあ今日は無事に学園に返してあげるからそれだけは安心して」
犯人を知ってて名前を言わないところを見ると、もしかしたら、身内かもしれないと、見当をつける。
実際統瑠にはこんなことをやらかしそうな親族がいる。
統瑠の父親だ。彼は自分の血筋から強い吸血鬼を生み出すことを悲願にしており、〈古き日の花嫁〉を欲する理由もわかる。 どうして、あたしを誤認したかは、分からないが、何にしても誘拐した挙句、子供を産ませようとするなど、完全な犯罪である。これは流石にどこかに訴えたほうがいいのだろうか。
「あ、警察に訴えるとかはできるだけやめた方がいいよ? 困るの君だから」
遠回しに脅してくるこの感じはやっぱり統瑠だな。あたしはいろいろ諦めて、そっとため息をついた。
「それにしても、この薄明かりの中で良く僕と翔瑠の見分けがつくね」
親でも気付かないよ、と言われるが、そこはあれだ。
ゲームにおいて、彼等を見分けるミニゲームというのが存在し、くるくる変わる彼等の立ち絵を記憶し、何枚目がどちらというのを当てるという瞬時の判断力を問われる脳トレのような内容だった。 別にシナリオには直接関係無かったけど、このミニゲームなにげにタイムアタックなどがあって、ネットにつないでおくとランキングなどが出るということで、無駄に頑張った記憶がある。
そのおかげで、彼等がどちらかのか瞬時に見分けられるという話なだけである。
「まあ、人を見分けるの得意なだけですよ」
「……ふーん、まあいいけど、何にしても、君みたいな人でよかったのかもしれないね」
見分けすらつかない人に翔瑠を任せらんないし、という統瑠の言葉に首をかしげる。
「あの、あたしは翔瑠様の親衛隊にはならないって……」
「うん、それはわかってるよ」
理解を示す言葉なのになぜだろう。話が通じていないように感じる。
その予想は嬉しくないことにあたっており、統瑠は信じられない言葉を口にした。
「だって、君は僕の許嫁になるんだから」
そこまでつぶやいて、統瑠の瞳の奥に紅い光が浮かんでいることに気がついた。
それは、吸血鬼が己の力を使う際の証のようなもの。
しまったと思った時には遅くて、足が動かなくなっていた。
「ど、どういうことですか?」
ともかく事情の説明を求めたら、統瑠は自分が本当にほしいのは天城さんなのだと語る。
しかし彼女は当主である父親に嫌われており、次期当主である長男の統瑠では彼女を手に入れることが出来ない。
そこで統瑠が考えたのが、翔瑠との花嫁交換だった。
天城はいずれ翔瑠と結婚することが決まっているので、逆に翔瑠の好きな相手を自分の妻にすることで好きな女の交換を目論んだのだという。
その作戦に唖然とするあたしに統瑠は「ものすごく良い案でしょ?」と胸を張るが当然、うなずけるわけがない。
そもそも前提条件からして、間違いだ。あたしのことを翔瑠は好きなわけじゃない。
それを告げると、統瑠は否定したけれど、直接翔瑠に確認した様子はない。
ゲームをプレイしていた時から思っていたけれど、この双子、あれだけ四六時中一緒にいるのに言葉が足りなさすぎる。
たとえ双子だろうと、ここの生き物だ。感じ方だって異なるのに、どうしてこうも自信満々に言えるのだろう。
いや、違うか。きっと統瑠には翔瑠に聞く勇気がないのだろう。
昔から彼は大きな秘密を一人で抱えているから。
ゲームシナリオによると、昔、双子の迷信を信じた一族の男に翔瑠の名前で呼ばれて返事をしたほうが刃物で刺されて殺されかけた。
実はその時、双子は入れ替わって遊んでおり、実際に刺された方は兄の方だった。
しかしまだ幼かったことと、そのショックから兄はそれまでの記憶を失い、自分が弟であると言う周囲の言葉を信じてしまった。
一方弟は自分の名前で呼ばれて返事をした兄が刺されるところを一部始終目にしていた。
そのため、どうしても恐怖で自分が弟だということを言い出せずにこんにちに至っている。
つまりはこの双子は本来の立場が全く反対になってしまっているのだ。
だがそれを知るのはその時入れ替わっていたことを唯一知る、本来弟の立場だった目の前にいる統瑠だった。
その抱える秘密と本来自分が被るはずだった暗殺の恐怖を兄に押し付けた事による罪悪感で統瑠は押しつぶされそうになっている。
それがこんなおかしな行動へと彼を導いているのだ。
とにかく二人にはちゃんと話し合い、統瑠の暴走を止めないと。
あたしはとにかくいろいろ誤解があるだろうから、翔瑠とよく話し合うように、統瑠を説得した。
しかし、統瑠は聞き入れない。
それでもあたしは説得する言葉を止めなかった。
だって、ゲームでの彼らの悲惨な結末は見るに耐えないものだった。
互いに一番の理解者だと思いながら、ずっとスレ違い続ける彼らの姿はあまりに切ない。
『もっと早く話し合っていれば』
そんな後悔が繰り返されるシナリオだけに、今、まさに道を間違えようとしている統瑠を止めて、二人を和解させなければ、と思った。
「統瑠様が翔瑠様を大事に思っているのと同じくらい翔瑠様も統瑠様のことを大事に思ってますって」
だから、大丈夫。安心して翔瑠に打ち明け、今後のことも含めて話しあえばいい。
そうすることで、二人の仲に亀裂がはいるのを防ぎ、危険な展開にならずにすむならそれにこしたことはない。
そんな願いを込めて、訴えるあたしだったが、やはりヒロイン力とやらが足りないためか、統瑠を説得できなかった。
統瑠はあたしを口で説得できないと悟ると吸血鬼の力であたしを無理やり従わせようとした。
催眠術のような力であたしに親衛隊になるよう強要した。
その術があわや完成しかけた時、突然あたしの足元の草が弾けた。
何だと思った瞬間突き飛ばされ、尻もちをつく。
一体何が起こったのかと思った瞬間見えた光景にあたしは凍りついた。
少し離れた場所にいつの間にか黒服の男性が立っていた。
その顔に、どこか見覚えがある気のするけどはっきり思い出せない。
三十半ばほどに見える黒服の男性は、テレビの中でしか見たことのない拳銃のようなものを統瑠に突きつけている。
え、いきなりどういう状況だ、これはと思っているあたしをおいて、統瑠がすっと目を細めた。
「これは、どういうこと? 双葉」
「見たとおりですよ、統瑠様」
そう言ってこちらに銃口を向けたままの双葉と呼ばれた黒服の男性は統瑠に冷ややかな視線を向けた。
「これは裏切られたって思ってよい訳?」
「主家に銃口をつきつける以上、そう取っていただいても結構です」
どうやら双葉は黄土家に仕える人らしいのは分かったが、理解できるのはそれだけ。
何故か彼はあたしの身柄を渡すよう統瑠に要求してくる。
その時になってあたしは双葉がいつか学園の保健室で寝ていた人だと言うことを思い出す。
彼は、その時吸血鬼の暗示で昏睡状態になっており、あたしのおかげで助かったと言う。
ついでに彼は天城さんのお兄さんで、彼女に頼まれてあたしを助けに来たとも告げる。
その言葉に安堵して、拳銃を突きつけられて動けない統瑠のそばから離れて、双葉の元に向かおうとした。
しかしそれを統瑠が止めた。
双葉は不審だと語る彼の言い分は確かに理解できるもので、双葉に行きかけた足を止めたあたしに彼はお願いだから一緒に来てくれと、懇願し始めた。
「あなたを連れて行けば、りえさんの居場所を教えてくれるという人がいるんです」
双葉の訴えはあまりにも意味不明だった。とりあえず、りえさん、とは誰だろう、と思えば天城さんのお母さんなのだという。
双葉が言うには、天城さんの母親はずっと行方の知れなかったが、最近ある人に天城さんの母親が今病気で保護していると写真が送られてきたという。
そしてその人からりえさんに会わせるには、あたしを連れてくるように指示されたらしい。
双葉はおそらく統瑠に銃を突きつけていなければ、土下座でもしそうな勢いで、あたしに一緒に来てくれるように懇願してくる。
しかし、父親よりわずかに若い程度の年齢の彼に申し訳ないが、そりゃ、怪しすぎる、としか思えなかった。
だいたい、病気で今にも死にそうな人ならすぐに合わせてやるのが人情ってもんでしょう?
それなのにそんな条件出すとか、変だし、そんな相手がまともなわけがない。
そんな人の元に連れて行かれて無事でいられるとは思わないんだけど、そもそもどうしてあたしを必要とするのかわからない。
「りえさんにあわせる条件があなたをその人の元に連れてくることなんです。あの娘と生きているうちに会わせてあげたい」
天城家の家庭事情はゲームには出ないので、さっぱりわからない。
申し訳ないが、命をかけてまであたしはそれを解決しようと言う気には到底なれない。
しかし拳銃を持つ人相手に下手なことを言えずに困っていたら、統瑠が双葉の誤解をといた。
そもそも天城さんの母親は別に病気でもないし、黄土家がちゃんと居場所を把握した上で保護しているので危険はないと彼に告げる。
その居場所を双葉がしらないのは、天城さんの母親がそれを望まなかったから。
それを聞いた双葉は何を思ったのか、突然あたしの方に走りだし、あたしと統瑠を掴んで崖から身を躍らせた。
その時何故か翔瑠の声を聞いた気がするが定かではない。
とっさのことに抵抗できず、あたしはそのまま背後に会った真っ暗な奈落に吸い込まれていった。
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