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5章 迷走(ダイジェスト)
とある双子の片割れの不安2
しおりを挟むその時、翔瑠は直ぐ側の茂みですべてを見ていた。
統瑠の企みも、環の説得も、双葉の懇願も。
その上で、崖から落ちる三人を救うための行動が僅かに遅れてしまった。
その御蔭で、落ちていく三人の内、二人しか救えなかった。
救ったのは統瑠と双葉。
咄嗟に掴んだ腕は統瑠だったが、その統瑠が双葉を掴んでいたため、二人を結果的に助けることになった。
代わりに、環は救えず、崖下へ落としてしまった。
幸いこの崖の下には深い泉があり、地面にたたきつけられる心配はない。
そりとて泉にから浮いて、岸に向かって泳ぐ姿を見るまでは気が気ではなかった。
環の無事を確認した翔瑠に救われたはずの統瑠がどうして自分を助けたのか、と恨みがましい声をあげる。その声に少し助けたことを後悔するも、環がもっと話合ったほうが良いという言葉を思い出し、ぐっとこらえて、翔瑠は統瑠にすべてを聞いていたことを話した。
その上で自分たちの間に隠し事なんてするなと、統瑠を説得する。
自分たちはたった二人の兄弟だ。
生まれた頃からずっと二人で身を寄せあってきた。
母親はあまり子供に関心を抱かず、父親は彼等を甘やかしはしたが、駒のようにしか見ない。
親戚だって、自分たちに取り入ろうとか打算が透けて見えて、誰にも心を許すことが出来なかった。
時には当主に恨みを持つ相手に殺されかけたり、さらわれたりしても、互いに協力して逃げ出したりした。
一人でいるときは命を狙われる危険の高い翔瑠に統瑠は文句も言わず一緒にいてくれて、更にはたまに入れ替わったりもしてくれた。
二人には小さい頃からずっと二人でやって来た。
途中で、天城が加わったが、それでも互いの関係は変わらなかった。
ずっと一緒にいて、互いに欠く仕事なく全幅の信頼を寄せる片割れ。
それが翔瑠にとっての統瑠だったのに。
僕らの間で隠し事をする気かよ、と訴えるが、統瑠は顔をこわばらせるばかりで答えない。
なぜ言えないか聞いたら、統瑠は「聞いたら、翔瑠は絶対僕のことを嫌いになる」と言う。
それだけはないと翔瑠は請け負うが、統瑠は信じない。
そんな彼に翔瑠は、先ほど咄嗟の時に助けようと選んだ手は環ではなく統瑠だったと訴える。
それに対して統瑠は翔瑠に間違いだったといわれるが、翔瑠はそうは思わなかった。
「僕はその環ちゃんより統瑠をとったんだから、もっと僕を信用しろよ!」
翔瑠のセリフに、統瑠がぽかんとしたのがわかる。呆れているのかしばらく息
も止まっていた様子だが、やがて深呼吸した彼が顔を歪めたのがわかった。
「なにそれ、言葉の選び方、本当に最悪」
そんなんじゃいつまでたっても恋人の一つも出来ないよ、と悪態づく統瑠に翔瑠は口をとがらせる。
「いいんだよ。ソレにさっきの話だと僕、本当に望みないじゃない」
あの状況に置いても環は翔瑠の好意を否定し、翔瑠もそれを証明するかのように環の手を取れなかった。
それに、ちょっとだけ落ち込めば、その横で深い溜息が聞こえた。
「……わかったよ。悲しい失恋野郎の翔瑠にとっておきの話をしてやるよ」
そして、僕に幻滅するがいい、と自嘲気味に笑う彼は見たことのないもので、驚いたが、これも統瑠だと思えばごく自然に受け入れられた。
それから、すべてのことを統瑠から聞かされるも、怒りなどはなかった。
むしろ困惑しかなかった。今更感が強い。
だが、統瑠は殺されるかも知れない恐怖を翔瑠に押し付けたことを悔やんでいる様子だった。
確かに翔瑠は双子の弟という立場のせいで殺されかけたり、兄の真似をして生き延びるなんて苦労をしてきたけれど、逆を言えば、ソレ以外は非常に気楽な立場ではなかっただろうか。
双子の迷信のお陰で、弟である翔瑠を当主に据えるなんて考えは最初からなく、翔瑠は比較的放置気味で特に何かを求められたことはなかった。
対して統瑠は黄土の跡取りとして、周囲から多大な重責を求められいたのではないか。
そんな風に考えられたのは最近統瑠を取り巻く状況を耳にする機会が増えたからだ。
脳天気と思っていた彼も決して平坦な道を歩いていないとわかり、更には先程の会話だ。
思い返してみれば、稽古も習い事もまず最初に統瑠から始まった。
いつも彼とくっつくことを考えていた翔瑠も結局一緒に受ける羽目になったが、自主的に習いに行くのと強制されるのとでは明らかに心の持ちようが違うだろう。
「お前は、今まで美香ちゃんに好きだと言えなかったのは当主の目があったからなんだよな」
「っ、そうだよ。 っ、僕は、当主になんてなりたくなかった。でも君から奪ってしまった統瑠という立場があったから嫌だなんて言えないし……」
確かに、天城を嫌っている当主は統瑠が彼女と結婚したいなんて、冗談でも言おうものなら、事故に見せかけるなりしてあっさり消すだろう。
天城自身、天城の家でも鼻つまみ者として、あまり良く思われていないので、彼等は決して止めないだろうし。
当主が天城をここまで嫌うのは、主に婚約者を決める際に、叔父である黄土瑠衣が関わったせいだ。
とにかく当主とその弟である瑠衣の関係は険悪だった。
当主は瑠衣のすることに全て難癖を付けたいし、瑠衣は当主が嫌がりそうなことならなんでもやるという。
天城を選んだのは双子だが、母親は天城の使用人で、前天城家の当主が戯れに手をつけたというあまり外聞の良くない出自の天城を婚約者に差し出すにはと現天城家当主が渋ったのをゴリ押しして、決めてしまったのは勝手に二人のお目付け役でついてきた瑠衣だ。 基本他人に興味のない瑠衣がわざわざそんなことをするのは間違いなく兄への嫌がらせがあったに違いないのだ。
そんな兄弟間の確執に巻き込まれた天城は本当に可哀想だと思う。
それでも当主が生きている限り天城が当主の妻になるというのは確かにものすごく難しいことだった。
だからこんなパートナー入れ替えなんて手段に走ってしまったのだと言われれば、確かにそれも頷ける話だ。
ある意味ここまで彼を追い詰めたのは翔瑠とも言える。
しかし、だからと言って、再び互いを入れ替えるのは困難だ。
高校生になった今、さほど広くないとはいえ、互いに交友関係に違いはある。
一時的な取替えと違い、これから一生であれば、どうにも自分が統瑠と呼びかけられて、ちゃんと反応し続けられるか翔瑠には自信がないし、いまさら当主なんて窮屈でやりたくない。
統瑠には悪いが、このまま互いが互いの立場にいて、貰いたいというのが本音。
「何にしても、もう少しゆっくり考えてもいいんじゃないかな?」
「そんな、ゆっくりしてて、変なのあてがわれても困るじゃない」
「それでも、パートナー交換とか、いまさら互いの立場を変えるなんて難しいよ。もっと別の方法を考えよう」
「そんなの、今までずっと考えてきたよ。他に方法がないからこんな手段に……」
「本当に統瑠ってばかだよね」
「なっ!」
「まだ使ってない頭があるだろう?」
翔瑠は自分の頭を指す。
「これからは僕も考える。煮詰まったら二人で話して決めればいいんだ。何なら美香ちゃんも巻き込もう」
確かに黄土家にとって、当主の力はものすごいものがあり、彼に逆らえば息子といえど命は無いとも言われている。
それでも。
「三人よれば文殊の知恵とも言うでしょ? ソレにこんな事言うと親不孝だとは思うけど、お父様も結構な歳だしね」
黄土家当主は高校1年生の息子を持つにはやや、年齢が高い。
平均的な高校生の祖父母とおなじかやや高めといえばよいか。
「これから僕らは力をつけるけど、お父様はどんどん衰えていくんだよ。いつまでもあの人の天下じゃない」
一人ではそれでも敵わないかもしれない。
でも、二人なら。三人なら、あの強大な父親に逆らえるかもしれない。「使えるものは使ったらいいんだよ。もう、君一人で全てを抱え込む必要はない」
自分の未来も含めて、翔瑠が手を差し出せば、統瑠ははっきり泣きそうな顔になる。
「本当に、その言葉、環ちゃん相手に使えばよかったのに」
悪態をつきながらも、統瑠は翔瑠の手に自分の物を重ねて握り合った。
そのときうめき声が聞こえて、双葉が目をさます。
引き上げた時は意識がなかった双葉だったので、外傷は特になさそうだったので縛って、その辺に転がしておいたのだ。
とりあえず事情を説明してもらおうと、視線を落とせば、ちょうど双葉が目を開いたところだった。
しかし、彼の瞳はすぐに一瞬で虚ろなものに変化する。
その変化に見覚えがあり、翔瑠は呆れて背後を見返した。
「統瑠? いきなり、何をするの。いきなりだと、衝撃強いからやめたげなよ」
「こうした方が手っ取り早いよ。それにさっきこっちに撃ってきたの双葉でし
ょ? 殺されそうになったんだから正当防衛だよ」
まったく悪びれない統瑠に、呆れる。
統瑠が使ったのは暗示系の力で、一瞬で相手を催眠状態に落として、尋問などを行うのに有効なものだ。
環へ行おうとした言葉を含んだ暗示と違い、強制的に催眠状態にするので、相手への負担が大きく、場合によっては相手が昏睡状態に陥る事がある結構危険な技だ。
まあ、それでも黄土の諜報部を担う双葉はこうした暗示系への耐性は他の人間よりあるだろうから、大丈夫か、と思ってあっさり翔瑠も頷く。
「まあ、死なない程度でね。この人死んだら、美香ちゃん悲しむから」
「そこが一番気に食わないところなんだけどね」
にこやかに告げる統瑠の顔は笑っているようで笑っていなかった。
昔から、天城に対して無断で血を吸ったり、興味のないふりで他の女の子に手を出しては彼女を悲しませるのに、いざ天城が他の男と話していたりすると、相手に恐怖を植え付け、天城を避け始めるくらいに脅したりするのだ、この兄は。
はっきり言って弟である翔瑠でさえ少々恐ろしく感じるほどの執着ぶりだ。
そんな彼がどうしても無理やり引き剥がせない相手が双葉だ。
彼は基本はものすごく優秀な男なのだ。
今日だってどうしてあのタイミングまで翔瑠の存在に気づかなかったのか不思議なほどの腕で、本当に天城の母親が絡むと見境がなくなるのだと感じる。
なにはともあれ、統瑠の言い分に突っ込むのも面倒だと思って無視して、暗示の掛かった双葉に幾つか質問をスレば、暗示に耐性がある諜報部員らしくあまり喋らなかったが、いくつか情報を得ることができた。
「どう思う?」
「ん?、とりあえずこいつは馬鹿だと思う。とりあえず死なない程度にけってもいい?」
「ダメ。マジック貸してあげるから、顔に落書きぐらいで許してあげなよ」
「こんな場所で、しかも油性を持ってる君もなかなか外道だよね?」
そう言いつつ、嬉々として、暗示後、昏倒して地面に転がる双葉の顔に落書きを始める統瑠を見ながら、翔瑠はわかった事実を脳裏に反芻する。
まず、双葉が狙ったのはやはり環で、彼女をある場所につれていき、引き渡すことで、天城の母親の情報を得ようとしていたらしい。
しかも物騒なことに生死を問わずらしい。
当主の呼び出しで海外にいた彼だが、帰ってから幾日かすると突然、行方不明の美香の母親の写真が送られてきて、その安全と引き換えに、依頼を受けたということだった。。
指示してきた相手のことはほぼ何も知らないということだった。
「本当に馬鹿だよね。すでに僕らが美香ちゃんのお母さんを見つけて、警護させているとも知らずにさ」
統瑠が双葉の頬に渦巻きを書きながら漏らす言葉に、翔瑠は頷く。
「とりあえず、双葉が起きたら、一度合わせたほうがいいかもね。じゃないと、また暴走されても困るし」
「それはちょっと僕らだけじゃ難しくない? 多分明慶が黙ってないと思う」
明慶とは現天城家の当主の名前だ。天城の長兄に当たる。双葉は次兄である。
「確かにさっきの様子だと、会ったとたん何をするかわからないね」
現天城家当主は双葉を自分の右腕とばかりに重宝しているのだが、こと天城の母親、理恵が関わると他の事を放り出してしまう悪癖があった。もともと学生時代の先輩だった彼女を天城家に引き入れたのは双葉で、当時かなり無理矢理だったという話も聞く。
だが理恵の方はといえば、面倒見の良い後輩という印象しかなく、年上好きだった彼女は当時もう結構な老齢だったというのに男ぶりが最高だった天城家の前当主と合意の上でことに及び天城が出来たという話だった。
その辺の事情は親たちが黙りこむ中、あっけらかんと話してくれたのは天城の母親だ。
どうでもいいがこの話を自分の娘の婚約者に聞かせる母親というのはどうなのだろう、と当時それなりにまだ女性に夢を見ていた翔瑠は多少幻想を壊されたものだ。
もしかしたら初恋が、高校生になったのは理恵のせいかもしれない。
天城はその辺を知らされていないらしく、双葉をよく慕っていた。
「とりあえず、双葉は明慶に引き渡したほうがよさそうだね。でも、なんで、環ちゃんだったんだろう」
「確かに。経歴にはなんにもひっかかるものないのにね」
利音が〈古き日の花嫁〉とわかった時点で、一応彼女と彼女の周囲の人間には調査を行っていた。
環の経歴もあったが、どこを調べても貧乏をこじらせて裏戸学園に来たという以外、恐ろしく平凡な経歴しかなかったはずである。 一応祖父母までさかのぼってみたものの、やや早死の家系という以外は本当に誰かに恨みを買うような家系ではない。
となれば環自身となるが、外側からみた限りでは、割りと不幸な生い立ちからか打たれ強い以外はごく平凡な少女だった。
天空寮に移動したり、月下騎士会と関わらなければ、学園内に埋もれたまま卒業できていただろう。
「ねえ、翔瑠。なーんか、環ちゃんって。変にミステリアスなところがあると思わない?」
「たしかにね。なんかたまに全部見透かされている気分になることがある」
環に関しておかしいと思うところはともかくそこに尽きる。
言動がともかく、吸血鬼のことなど、一般人が知らないはずのことまで知っていそうな雰囲気を感じるのだ。
本人に聞いても、はぐらかされるの見えているし、今まで迷惑をかけてきたうえで、崖から落とした現在、無理強いは絶対に出来ない。
ただ不思議と環は敵対はしない雰囲気があり、ソレが強行な手段をとらせない理由にもなっている。
翔瑠にできることといえばそれとなく身の回りのことに気を付けるくらいだ。
「でも、できれば死んでほしくないよねえ」
不意に聞こえた双葉の額に肉と書き入れながら、つぶやく統瑠の言葉に驚く。
「……珍しい。統瑠が美香ちゃん以外の女の子にそんなことを言うなんて」
「だって、環ちゃん。おかしいんだもん。あんな必死になって、僕らに話しあえとか。しかもまた見透かしたように翔瑠は僕を受け入れてくれるとか、簡単に言っちゃってくれてさ」
実際そうなったけど、と苦笑を漏らす統瑠に何だか不安がよぎる。
「あんな風に背中を押すようなことを一生懸命に言われたの初めて」
「……あのさ、まさか統瑠、環ちゃんのこと……」
だが、何故かそれ以上は怖くて翔瑠は聞けなかった。
統瑠は最後にきゅっと鼻の下にちょびひげを足したてマジックの蓋を閉じと、立ち上がる。
「なんか言った? 翔瑠」
「いや、その……」
「僕があくまでも好きなのは美香ちゃんだよ」
その答えに質問が見越されていたのだと分かれば少し恥ずかしくなる。
「そういえば、翔瑠。環ちゃんのこと、本当に助けにいかなくていいの?」
マジックを返してくる統瑠に受け取りながら翔瑠は頷いた。
「……いいんだよ。今更顔出しても怒られそうだし」
「もし、僕のことを気してくれての言葉だったら、すぐに行きなよ? 僕の計画云々おいておいても、環ちゃんが気になっていたのは本当だろ?」
尚も翔瑠を送り出そうとする統瑠に苦笑いする。
環のことが気になっていたのは本当だが、それがどんな感情であったとしても、あの時咄嗟に翔瑠の手は統瑠を選んだ。
言い訳のしようもない。
そんな自分に環に好意を持っていると告げるほど愚かではない。
それがきっと答えだ。
「環ちゃんも本当に見る目ないよね。僕が女だったら絶対翔瑠選ぶのに」
不満そうに頬をふくらませる兄の姿に翔瑠は苦笑した。
「それは身内の欲目だよ」
「そんなことないとおもうんだけどな??」
そんなことを語りながら歩き出す統瑠の背を見ながら、環について考える。
不思議な少女だ。ごく平凡で、利音のような美貌でもないのに妙に気になる。
ものすごく平凡かと思えば、言動がおかしかったり、命を狙われていたりと謎な部分も多い。
とても怪しいが、妙に憎めず、統瑠の言葉ではないが、死んでほしくないと思ってしまう。
そう思えば彼女はちゃんと迎えに出会えただろうか。
翔瑠が環を迎えにいかなかったのは、彼女にはちゃんと迎えに来てくれる相手がいるからだ。
学園を出るとき、環の名前を出して騒いでいる集団がいた。
一応、その中の一人に別荘の場所は伝えてあるから、迎えに来れるとは思うのだが。
環と迎えがちゃんと出会えるよう、祈るように翔瑠は空を見上げた。
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