51 / 58
5章 迷走(ダイジェスト)
30. 溶けて消える
しおりを挟む「強行突破されても、結構ですがな。我らに蒼矢の跡取り殿を拘束出来るだけの者はいない」
力ではかなわないとはっきり告げるものの、黄土の当主の優位の笑みは崩れない。
「ならば、こちらは正規の手続きでその娘の身柄を渡してもらうまで。現在の学園の理事を誰が束ねているのか、もちろんお忘れではないですよな?」
現在の裏戸学園理事長は黄土の当主の弟だ。あたしはその事実に血の気が引いていく。
「……なぜ、そこまでしてこいつを……」
「あなたには一生わかりますまい。混血に生まれた者の悲哀など」
黄土の当主の言う悲哀とは、おそらく純血である弟によって狂わされた己の人生そのものなのだろう。
確か、彼は黄土家の当主の最初の息子として生を受けたが、その後、生まれた純血の弟に、あっさりとその地位を奪われた。その後、別の道を探していれば、弟の放蕩ぶりに親族が当主に付けるのは無理だと判断して、彼に黄土家の当主になることを強要してきて、二度弟の行動に寄って人生を大きく変えられることになった。
弟に振り回されるのは弟が純血で、自分がそうでないせいだと思った彼は、二度と弟に振り回されない発言権を得るために、己の血筋に純血を求めた。
しかし、彼の世代に年の似合う女吸血鬼がいなかったこと、更にはなかなか子供に恵まれなかったためか、彼の息子の世代で純血を生み出すことは叶わなかった。
そのために孫の世代で実現させるべく、遅くに出来た双子を溺愛しつつ、彼等のことは純血を作るための装置としてしか見ない。
この年になるまで劣等感をこじらせた吸血鬼、それが黄土の当主だった。
そんな、ゲームの設定資料集の設定を思い出す間もあたしたち三人を囲む包囲は徐々に狭まってくる。
あたしの冷や汗がだらだらと流れる中、圧倒的優位を確信している黄土の当主が気味悪く笑う。
「何、不法侵入について少し尋ねるだけです。それにそんなに悪いようには……」
全然信用ならない言葉に顔が引きつらせた時だった。
「不法侵入じゃないよ?」
緊張感の走る空間にそぐわない、のんびりとした声が響いたかと思うと、建物の影からひょっこりと姿を戻した統瑠が顔を出した。
あれ、なんで統瑠がと思えば、考えてみれば森をさまよっている間に結構な時間が経っている。
もしかして、その間に館に帰ってきたのであれば頷けるのであるが、双葉はどうしたのだろう。
翔瑠は一緒じゃないのか。
何にしても先ほどのことがあるから、彼は味方だとは思わないほうがいいだろう。
それでもあたしに何ができるわけでもないので、今は警戒しつつ成り行きを見守るしか無い。
「おお、統瑠!」
統瑠を見た途端、まるで人が変わったように黄土の当主はやわらかな声を発する。
「いつ来ていたんだ? 来るなら、先に連絡しなさいと言っているだろう?」
親子というよりまるで、孫を溺愛する祖父のような感じで統瑠を迎え入れる当主の姿にあっけにとられる。
だが統瑠は慣れているのか、普段の様子で笑っている。
「うん、ちょっと前にね。それよりさ。お父様、環ちゃんは不法侵入じゃないよ」
「何をおかしなことを。お前まであんな貧相な娘を私が攫ったと言うのか?」
貧相で悪かったな。だったら攫うなよ。
だが心の中のツッコミなど当然相手に伝わることもなく、二人の会話は続く。
「そうだよ。実際そうじゃない」
統瑠の言葉に当主は顔をしかめるが、すぐに親ばかの表情に戻る。
「……何を馬鹿なことを。ああ、夜だから眠いのだな。寝ぼけているのか?」
とても高校生への言葉とは思えない言葉を息子へ向ける当主に、統瑠の表情がわずかに陰る。
「一体僕をいくつだと思ってるんだよ。そう言って、あなたはいつも子供扱いして、僕の言葉を無視するんだよね?」
悲しそうに目を伏せた統瑠にだが、すぐにその色を消して、振り返った。
「ねえ、そこの君。彼女のポケットの中身を出してくれない?」
え? ポケットの中なんて、何も、と思っていたら、背後から拘束された。
気がつけば、黒装束の一人があたしの背後にいて、あたしの上着のポケットに手を突っ込んだ。
ぎゃっ!
「っ、こいつ!」
蒼矢会長がすぐに気がついて、相手を追い払おうとしてくれるが、相手が引くほうが早い。
その手にはなにか握られているのが見えて、なんだろう、と思っていたら、黒装束の男の手でそれが広げられた。
「え? ハンカチ?」
それは春に見た黄土の家紋入りのハンカチだった。
随分前になくしたと思っていたのに、どうしてこんなところから出てくるのか。
だがそれを見た瞬間、黄土の当主が驚愕の声を上げた。
「っ! それは」
その時初めて黄土の当主の顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「『黄土の家紋入りハンカチを持参した者はいかなる者でも、黄土の賓客としてもてなせ』。あなたが尊敬する曽祖父の作ったこの規則を、その人が生きたこの館であなたはやぶる気なの?」
悪戯が成功したかのような統瑠がニッコリと笑う。
「というわけで、引いてくれるよね。お父様?」
「ぐぬぬぅううう、統瑠……っ!」
統瑠の念押しのような言葉に、黄土の当主は今にも怒り狂わんばかりで顔を真赤にしている。
その様子からいくら規則とはいえ当主がひくか、と思ったのだが、不思議なことに彼は腕を振って隠密を引かせた。
その光景に唖然とする。一体なにが起こってんだ、これ?
それから憤懣やるかたないといった様子で、去っていく黄土の当主。
すると、統瑠が当主と入れ違うようにこちらに近づいてきた。
先ほどのことがあったので思わず、それに身構えれば、統瑠はそれに気付いたようで少し離れて立ち止まる。
「ごめんね、環ちゃん、会長、紅ちゃん。迷惑かけちゃって」
「いや、助かった。ここであんまり無茶な動きをすると、後が面倒になるからな。お前もこいつを助けに動いてくれたんだな」
「え? あ、ああ、うん」
会長からの言葉に、統瑠が一瞬ぽかんとした表情を浮かべたまま、頷いている。
それから、あたしに困惑の視線を向けてくる。
あたしが会長に一切合切、全ての彼の行動をぶちまけてあって、それで怒られると思っていたのかもしれない。
まあ、実際あたしが云々覗いても、彼がやろうとしていたことは人としても吸血鬼としても道に外れた行為だったし、会長ならその辺を怒ってくれたかもしれない。
でも、あくまでもあたしの目的は「平穏な生活」なのである。
ここで、彼を悪者にして、それが達成できるかといえば、そんなことは無いわけで。
彼がこれで罰せられるのは自業自得と言えるかもしれないけれど、彼のファンとか天城さんとかの恨みを買いたくない。
天城さんがそれによって何かしてくるとは思わないけれど、あたしが望むのはともかく平穏なのだ。
波瀾万丈な今日のような出来事に巻き込まれることなく、ただ、日常で日々が過ぎていくこと。
退屈でもいい、寂しくてもいい。
あたしには叶えたい夢があるのだから、一時の感情で吸血鬼関連にこれ以上巻き込まれて、深みにハマるなんてまっぴらごめんだ。
だから、あたしに先程から紅原が物言いたげにしていることなど、気づかない。見ていない。
たとえ、何かを言われても聖さんあっての言葉や行動などありがたいけれど、虚しいだけ。
気がつけば、あたしの口の中から先ほどの飴は溶けて消えている。
甘さは消えて、逆に喉の渇きを覚えるものの与えられる潤いはない。
さらに、先ほどの騒ぎで握っていたはずの残りの飴も消えていた。
一瞬、探そうかと思ったが、暗い森の中で小さな飴を探すのは困難で、更には統瑠がとりあえず屋敷に来てくれと誘われ断念するしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる