HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第四章 哀婉

約束

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ころりと俺の手から、瓶が転げ落ちる。

中の金平糖がカラカラと音を立てる。
ベッドで寝転びながら、俺はその小瓶を見つめてる。

「…嘘つき…」

また来ると言ったのに。
あれから半年、来ない。

じっと小瓶を見つめていると、はっとする。

「なにやってんだ…俺…」

もう誰も待たないって決めたのに…
もう誰も好きにならないって決めたのに…

ぎゅっと身体を抱え込んだ。

寒さが身に沁みる。


こんな時は、誰でもいいから抱いて欲しい。

誰でもいい。

俺にぬくもりを…


小瓶を持つと、胸に引き寄せる。

これだけは…

中身が少なくなったから、音が透き通ってる。

カラカラ…

空っぽな俺の心臓の音。

蓋を開けて、一粒口に放り込んだ。

ぽっかりと空いた穴に、金平糖の甘さが染みた。



これを君から貰ったとき、驚いた。
あの人も、金平糖が大好きで。
いつでもどこに出かけるときも、瓶を持ち歩いてた。

もしかして君は…

いいや。
そんな訳ない。

あの人は、生きてる



「もう、こない…」


きっともう。
君は来ないんだね…

日本で、いい人でもできたかな。

そう…俺みたいな男、似合わない。

それでも好きだって言ってくれた君が…

俺は好きだったのかもしれない。



ガリっと金平糖を噛む。


甘い、甘い。


幻想。





窓辺にカウチを置いて、キセルを吹かす。
紫煙がゆったりと俺に纏う。

常連がわざわざ日本から買ってきてくれた煙草。
こっちのはとてもじゃないけど、まずくて吸えない。

火種を叩き落とすと、キセルを置いた。

雨がうっとおしい。

雨が煙幕を作っているようで、上海の街が見えない。

頭が痛い。


不意にドアの開く音がした。

振り返ると、そこには誰も居なかった。

「誰…?」

清服の裾を払うように立ち上がると、ドアまで歩く。

ドアから廊下を覗いた瞬間、腕を引っ張られた。

「わっ…」

そのまま転びそうになって、思わず目を瞑った。

「ユウ…」

いつの間にか、誰かの胸に抱かれてた。


この匂い…この声…


「正一郎…?」
「来たよ…ユウ…」

正一郎が俺の頬を包むと、上を向かせた。
そのまま俺の唇に、自分のそれを重ねた。

「正一郎っ…」

俺は思わず抱きついた。
ぎゅうっと抱きついて、幻じゃないか確かめた。

「ユウ、いこ?」

俺の身体を離すと、手を握って二階への階段を正一郎が登っていく。


なにこれ…


夢じゃないよね…?


正一郎の手には、青い金平糖の入った瓶が握られていた。

きっと俺への贈り物だ。



部屋に入るなり、正一郎に裸に剥かれて乱された。

正一郎の太い熱いモノが入ってくると、あっという間に俺は達した。

荒い息をしながら、ベッドに沈んでいると正一郎は、容赦なく責め立ててきた。

ガクンガクンと揺さぶられて、気をやりそうになる。

強烈な快感が、頭の中を走り抜けていった。

「正一郎っ……あっ…」
「ユウ……逢いたかった…」

ちょっと日焼けした正一郎の顔を見つめながら、二回目の絶頂を迎えた。

同時に、正一郎の熱い液体が俺の身体に広がった。

ふーっと息を吐きながら、汗塗れのお互いの身体を重ねた。

「逢いたかった…」

正一郎が俺を抱きしめる。


嘘つき…嘘つき…


「いいんだよ…でも寂しかった…」
「ごめんな…船が…」
「え?」
「船が沈没したんだ…」


”ユウ…本当に生きてる…?”


功一の言葉が蘇った。


「正一郎…本当に生きてる…?」


「なんだよ…俺、幽霊かよ…?」


どきっとした。
俺とまるっきり同じ答え。

ただの偶然だろうけど…

汗塗れの背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめた。

「正一郎…生きてる…あったかい…」
「ん…ユウに、逢いたかったから…」

正一郎の唇が、俺の頬に触れた。

「もう一回、ちょうだい?ユウ…」

正一郎が事故に遭って、死にそうだったことも。
長い間来なかったことも、もうどうでもよくなった。


今はただ、この眼の前にある熱い熱い快感に応えるだけ。


「正一郎…待ってた…」
「ありがとう…ユウ…」
「お願い…今日は一晩中…」
「うん…今日も明日も…」

そう言うと、にっこりと正一郎は笑って。
俺の髪を撫でてくれた。

「え…?嬉しい…」
「お前が望めば、ずっと…」
「え…」
「ずっと、傍にいてほしい」


急に怖くなった。


また、失いたくなかった。


「だめ…」

心とは裏腹な言葉が滑り出る。

「ユウ…俺、待ってるから…」

目を逸らすと、正一郎の唇が首筋を舐めた。

「俺を好きになってくれるまで…待ってるから…だから、本気で考えてくれないか」

真剣な声だった。

「ユウと一生、一緒にいたい」
「正一郎…」

嬉しかった。


今すぐ”うん”と言いたかった。


でも、できなかった。


怖かった。


また、いなくなるんじゃないかって思って。


「俺は、誰も…」
「それでもいい。今は…」

優しく俺を見つめると、微笑んだ。

「ずっと、待ってる」

その透明な笑顔に、どす黒い俺は似合わない。





闇しか見えなかった。







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