HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第五章 あまのじゃくからの手紙

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「ほら、これ」

晩御飯が終わった後、縁側で涼んでたら松にいがシークヮーサージュースを持ってきてくれた。
松にいは強面だけど、若い頃はホテルの調理場で働いていたそうで、この宿の調理はすべて松にいがやってる。
お酒やジュースを作るのもすごく上手で、いつもこうやって手作りジュースを出してくれる。

僕が今、お酒飲めないこともちゃんと覚えててくれるんだ。
南国の人ってお酒大好きだから、強引に勧めてくる人もいるんだけど。
ここの宿の人はそんな事、絶対にしなかった。

「ありがと」

鳥頭の尖った頭を揺らしながら、松にいは僕の隣に座った。
手には同じシークヮーサーの入ったお酒を持っている。

「いつ行くんだよ?」
「なにが?」

南国の人だなあって顔は日焼けしてて。
いくら焼いても黒くならない僕には羨ましかった。

本土ほんど行くんだろ?」
「ああ…うん…もうすぐ、かな…」
「なんだよ、はっきりしねえんだな」
「うん…」
「今度は一週間?一ヶ月?」
「ん…わかんないけど、検査が終わったらすぐ帰ってくるから…部屋、空けといてよ?」
「おお…そりゃ問題ないがな。もうオフシーズンだし」

松にいは庭に向かって、シークヮーサーの種を飛ばした。

「…迷惑…?」

松にいは僕の顔をまじまじと見ると、ぐしゃっと僕の頭を掴んだ。

「あほか。年中ねんじゅう居る客が迷惑なわけねえだろ」
「はは…そうだよね…」

ちょっと、安心した。



ここに泊まると決めたのは、松にいがいいと言ってくれたから。

この島には綺麗な空と海と自然があるというから、来てみた。
ただ、見てみたかったんだ。

牛車の通る海の路を
白いふわふわの花が舞う川面を
オレンジ色のスクリーンみたいな空が海に沈んでいくのを

最初は海辺の綺麗なリゾートホテルに泊まっていたんだけど、もっと島に滞在したいと思った僕は長期に泊まれる宿を探してた。
部屋代も抑えたかったし…なによりこのホテルは観光客の人が多くて。

なんだか落ち着かなかったんだ。

そこで紹介されたのが、ノリコさんだった。

ノリコさんは僕を一目見るなり、宿に連れて行った。
宿には大柄でいかつい兄さんがいて、ちょっと僕はびびった。

だけど、そのいかついトサカ付きの兄さんは、黙って僕の話を聞いてくれた。



僕には家族はない。
数年前、全員亡くした。

父さんが運転する車に母さんと姉ちゃんが同乗してて。
居眠り運転の大型トラックに真正面から突っ込まれた。

みんな、即死だった──

そして葬儀やら何やらが終わった後、しばらくすると弁護士さんを介して三人分の生命保険と事故の賠償金が僕にはいっぺんに入ってきた。

この時の混乱は今でも思い出したくない。
知ってる親戚も知らない親戚も湧いてきて、僕に集ろうとしてきた。
友人だと思っていた人や同僚が、知らない人を連れてきて僕に投資を勧めてきたりもした。
宗教の勧誘もあった。
信心しないとおまえも死ぬとか言われた。

社会人になったばかりの僕は、必死に抵抗してなんとか家族の命の代わりに貰った金を守った。

僕の家族の、命のお金。
あんな奴らに使われるなんて…あんな奴らに奪われるなんて…

最初はいっぺんに家族を亡くした僕に、みんな親切だった。
でもそれは、僕からお金をすっからかんになるまで巻き上げるための嘘だった。

それがわかって意地でも渡したくなかった。


なんとか落ち着いたと思った昨年、僕の身体はがんに冒されていることがわかった。

この島に来る寸前まで治療してた。

治療の甲斐があって、僕の体からはがん細胞はなくなった。
比較的浅いステージだったから、医者からは数ヶ月に一度検査に来るように言われて、あっさりとそれは終わった。

幸い、就職した会社に来てた保険屋に勧められた保険に入っていたから、治療代も賄うことができた。


からっぽの家に帰った僕は、僕の人生のおしまいを考えるようになった。

会社はやめた。


そして『家族の命の金』は、僕の寿命を伸ばすことに使うことに決めた。


それがこの島へ来た理由だった。
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