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第六章 コーヒー
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しおりを挟むゴーリゴーリ…
朝っぱらから、また台所に手挽きミルの音が響き渡る。
俺はベッドに腰掛けて、その音を聞いている。
なんだか幸せな音だった。
あれから峻は、ちょっとだけ俺を敷いたまま泣いて。
それからびっくりするほど、元気が出て。
飛び跳ねるように台所に入っていった。
峻が作ってくれた簡単な朝食を済ませて、朝のコーヒーを淹れてくれている。
「春紀ー!あとちょっとだからね!」
「おう。待ってるわ」
峻がゴーリゴリしてる間に、布団を押入れにしまい込んだ。
ちょっと埃っぽかったから、ガラス戸を開けた。
タバコに火を点ける。
今日は、遠くの山までよく見える。
空気が澄んでいるから、痛いほど寒い。
でも、びっくりするくらい清々しい朝だった。
ふーっと煙を吐き出すと、タバコが肺に染み渡る。
タバコすら、びっくりするくらいウマイ。
昨日からなんて良い日なんだ…
今日は日曜日。
これから、峻と出かける予定だ。
冬物がセールだから、いくつか見繕ってもらうんだ。
俺は壊滅的な服装のセンスだから、もう全部センスのいい峻に任せてる。
まるでデートだなって、昨日から密かにほくそ笑んでいるのは内緒だ。
タバコを消す頃、コーヒーのいい匂いが漂ってきた。
「春紀ー!できたよ!」
「あーい」
台所に入ると、峻がマグカップを二つ持って立っている。
「はい、春紀」
「おう。ありがとな」
「乾杯」
「乾杯」
マグカップを合わせると、またいい香りのコーヒーを口に含む。
「ウマイ…」
「良かった…」
ふふっと笑うと、目尻に笑いジワが盛大にできた。
「春紀に喜んで貰えて、嬉しい」
昨日からやけにそんなことばかり言う。
「おう。また、たまには淹れてくれや」
「そうだね…」
「まあ、普通モーニングコーヒーは恋人と飲むものだけどなあ…って、おっさん臭いこと言ったな…古いよなあ?なんだっけ、もーむす?」
コーヒを啜りながら言うと、なぜか峻は赤くなって頷く。
「なに赤くなってんだ?峻」
「えっ?赤い?俺?」
「おう。熱でもあんの?」
「ないない…」
慌てて頭を振る。
かと思ったら、俺の顔をじっと見る。
「あんだよ?」
「えっ…あっ…なんでもない」
「変なやつ…」
そう言って、小さなダイニングテーブルの椅子に座ろうとした。
「ね…」
「ん?」
峻が俺に向かって手を伸ばしてくる。
そっと俺の後ろ頭に触れた。
「いてっ…」
ちょうど昨日、たんこぶを作ったところをピンポイントで触られた。
不意打ちだったから、すっごい痛かった。
「あっ…」
「え?なんだよ…痛えなあ…」
ちょっと涙出た。
さっきよりも真っ赤になって、峻が俯く。
「どうしたんだよ?峻?」
顔を覗き込むと、腕で隠す。
「ホントだったんだ…」
「え?」
「夢じゃなかったんだ…」
「え?なんだよ?」
「春紀…俺のこと、嫌いになった?」
「え?」
「ごめん…あんなことして…」
「えっ…」
あんなことって…
キス…とか…
したこと?
「あっ…えっと…」
「やっぱり!ごめんっ…」
酷くうろたえて、後ずさっていく。
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