HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第六章 コーヒー

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「夢だと思って…あんなことっ…」

もう極限まで真っ赤になって言い訳してて、見てられない。
狼狽えてるのを少しでも落ち着かせようと、なんか気の利いた冗談を言おうとして…

「なんだよ…夢なら俺のこと、犯そうとでも思ってたのかよ…」

我ながら最悪な冗談だ。
ジョークにもなってないじゃないか…
こんなん、俺のほうが嫌われるじゃないか。

でも峻の反応は返ってこない。

俯いたまま、食器棚にもたれている。

「し、峻…?なんで黙ってんの…?」

あー!バカバカ!俺のバカ!こんなことしか言えないのかよっ!
もうちっと場が和みそうなこと言えないのかよ!

「…ごめん…」
「え?」

耳まで真っ赤になって、否定しない。

「そうかもしれない…」
「え…」

ぴちゃん、とシンクの蛇口から水の音がした。

「俺…春紀のこと…」

心臓が急に煩くなった。

なに…?なんだ…?
峻は、何を言おうとしてるんだ…?


もしかして…?
もしかして?

え?

汗が噴き出してくる。

「峻…」
「き、気持ち悪いでしょ…?俺、男なのに…」
「全然…」
「え?」
「…気持ち悪くなんかねーよ…」

マグカップをテーブルに置いて、ぐいっと峻の腕を引き寄せた。
抱きしめると、俺と同じシャンプーの匂いがした。

でも、これは峻の匂い…

「俺…お前のこと、好きだもん」
「え…?」

そのまま峻をぎゅうっと抱きしめた。


どくんどくん…


お互いの心臓の音が聞こえてくるようだった。


冬だというのに…二人とも汗ばんで…


そっと、峻が身体を離した。

「春紀…」

唇が、近づいてくる。
でもその唇は、寸前でピタリと止まった。

「…目、閉じないの?」
「お前こそ…」
「だって…もったいなくて…」
「え?」
「こんな近くで春紀を見られるのに…」
「バカ…」

言った勢いで、俺からキスをした。
目を閉じて触れた唇は、昨日のように熱くて。

そっと唇を離すと、峻の顔を見つめた。

「好きだ…」
「うん…」

ぎゅっと峻が俺のTシャツの裾を掴んだ。

「俺も…好き…」


思い返してみたら…

この十年、峻に女の影は見えなかった。
俺も、彼女なんか作る気にならなかった。
休みの日は、いつも傍らに峻が居た。
いつもいつも…


知らない間に、峻が居て当然になってて


知らない間に、峻が居ないと落ち着かなくなって


知らない間に、好きになってた


「一緒だったんだな…」
「え…?」
「俺たち、一緒の気持ちだったんだな…ずっと…」
「春紀…」

峻が微笑んだ。

「これから…も…よろしくね…?」
「うん…」

コツンと額をくっつけた。

そのまま抱き寄せると、もう一回だけキスをした。
なんだか離すのが惜しくて、えらい長いことかぶり付いてて怒られた。

「もおっ…春紀のスケベ!」
「おー、知らなかった?」
「…知ってる…」




手を繋いで、また二人でコーヒーを飲んだ。




そのコーヒーには、峻の愛がたっぷり溢れるほど入っていた。



「甘いや」
「え?お砂糖、入れてないよ?」









【END】
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