海鳴り

野瀬 さと

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海鳴り

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三人で脱衣所を出ると、直也なおやくんが外で待ってた。

「え?なにしてんの?」
「あ、秋津あきつさん、ごめんね?」

なんで謝られてるんだ。
もしかしてさっきフルチン見たことを謝っているのか。

「な、なにが?」
「あの…言い忘れちゃって。待ってたの」

がっつりと目が合うと、直也くんははにかむように下を向いてしまった。
まだちょっとほっぺたが赤い。

やっぱりフルチン……?

「あ、その前に…」

不思議顔で待ってるチビどもの肩を抱えて、目線を合わてしゃがみこんだ。

「さ、もう寝なさい。ふたりでねんねできるね?」
「えー」
「やだー」
「じゃあ起きててもいいけど、明日のおやつなしね?」

お。なかなかのネゴシエーターじゃないか。

「やだあ!寝るから!」
「プリンね?プリンね?」
「はいはい」

直也くんはチビどもと両手で指きりげんまんした。
まんまとチビどもは、直也くんの交渉術に落ちた。

「秋津あんちゃんおやすみー!」
駿しゅんあんちゃんまた遊んでねー!」
「おー、おやすみ」
「ちゃんと髪乾かしてから寝なさいよー?」
「はーい!」
「ほーい!」

どたばたとバスタオルを頭にかぶったまま、チビどもは廊下を走っていった。
やかましいことこの上ないが…
それでも、きょうだいは姉貴しか居ない俺には、幸せな賑やかさだった。

「昼間…」
「え?昼間?」

直也くんは立ち上がりながら、少し頭を下げた。

「黙って秋津さんのお部屋入っちゃったんです」
「へ……?」

あの突然現れた扇風機。
あれは直也くんが、部屋に入れてくれたそうだ。

「いつもエアコン使ってなかったから…暑いと思って…」
「あ、ああ。そうだったんだ。助かるよ。エアコン苦手で…」
「そっか。よかった」

ふふっと笑った直也くんの笑顔は極上だった。
少しそばかすの散っている頬がぷにっと広がる。
なにが極上なんだか自分でもわからないけど、極上だと思った。

おまけに今着てるパジャマも白い。
その上、全体的に色素が薄い。
焼いても焼いても、赤くなるだけで日焼けしないそうだ。

天人みてえだな、と思った。

「あと…それからね…」

俺の手に、小さな箱を渡した。

「え?なにこれ」
「毎日、海人と陸人の面倒見てもらってるから、プレゼント」

箱を開けると、とっても綺麗なルアーが入ってた。
イカ釣り用のきらきらしたルアーだった。

「こんな高いのいいよ…」
「いいんだって。うちそういうの安く手に入るから…」
「ありがと。別によかったのに…」
「秋津さん、明日優也ゆうやが船出すから、これ使って?」
「え?」
「せっかく釣りに来たのに。一回も行ってないでしょ?」

直也くんがじっと俺の目を覗き込んだ。

「い…いいよ…なんか乗らないから…」
「そんなこと言わないで。ね?」
「も、もう…いいよ俺の事は…それより、直也くん。早く寝ろよ」
「うん…もう、休ませて貰うね…」

ふうっと息を吐くと、ちょっと肩をとんとんと叩いた。

…疲れてるのかな…

「直也くん」
「はい?」

後ろに回って、立ったままだったけど直也くんの肩に手を置いた。

やっぱり…夏だっていうのに、パジャマ越しの皮膚がひんやりしてる。
病気のせいなんだろうけど…さっき、熱あるって言ってたのに。

「あ、秋津さん?」
「ちょっと肩、マッサージしようか?俺、得意なんだ」
「えっ…そんな…いいよ…」
「10日も居るから客じゃねえって優也に言われたし、遠慮しないでよ」
「そんなわけにいかないよ…」

まあまあとなだめて、広い脱衣所に戻って籐椅子に座らせた。

「秋津さん…」
「いいからいいから…」

そっと直也くんの肩に手を置くと、しばらくそのまま熱を伝えた。
急に揉むと筋肉とか血管を傷めてしまうから、温めないといけないんだ。

「手…温かい」
「風呂上がりだからね」
「ふふ…そっか」

ふたつ並んでる洗面台の壁には大きな鏡がついてる。
その鏡越しに直也くんの顔を見ると、目を閉じて微笑んでいる。

「気持ちいい…」
「ん。良かった」

もうそろそろいいかな。
少し手に力を入れて軽く擦った。
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