凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第1章 異空の超戦者たち

愛華領魔闘陣①

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 【ティリールカ愛華領】の北の外れに広がる<白老森>の内部は、夜を迎えても仄明るかった。
 雪の結晶を思わせる純白の葉に隙間なく覆われたこの空間-静寂の宇宙的メタファーともいうべき場所に闖入してきたのは、闇の落とし子ともいうべき漆黒の怪物であった。
 恐るべき密度で佇立する樹木よりはかなり明度の落ちる灰白色の大地を、威厳さえ湛えて歩む黒き彫像ー地上の尺度で2メートル近くに達する体躯を形成する素材は生ける金属か、或いは未知の生体組織か。 
 流線的な形状に突起物等は見当たらぬが、金色に輝く両眼は、眩暈をもたらすほどの魔的な光を発していた。
 だが、森の何処かから怪物を観察している者がいたならば、視線の対象となるのは魔物よりも彼が鉄柱の如き両腕に抱えているものであったかもしれない-黒き鋼人は黒衣の美女を抱えていたのだ!
 彼女が抜群のプロポーションを有していることは、身に纏っているのが全身タイツと見紛うボディスーツとレースアップのショートブーツであることからも明らかであった。
 腰にまで達する黒髪は同色のヘアゴムで束ねられ、額中央に直径1センチほどの黒く輝く円い“星”を飾った微かにエキゾチックな美貌は宝石に負けぬであろう黒瞳を閉じて頤を大きくのけ反らせ、怪物の歩行に合わせて揺れる白い指先で艶っぽく磨き上げられたネイルはブラックマニキュアに染められている。
 歩行を止めることなく腕の中の獲物を一瞥した怪物は、驚くべき反応を示した。
 あまりに人間臭い、疲労感たっぷりの深いため息をついたのだ。
 「…全く危ないところだったぜ。操獣師が絆獣と分離した直後を狙って拉致ろうなんてな…教軍の奴ら益々戦法が下卑てきてやがる…!亅
 「-下卑ているとな?高踏的すぎて図り難いと言い直してもらおうか亅
 黒鉄人が貌を上げると、10数メートル先に毒々しいまでに視界を圧する全身鮮紅色の怪人が仁王立ちしていた。
 その体躯は黒い怪物と同等かそれ以上の質量を誇っていると察せられた。
 「-けっ、こんな所で“虹ミイラ”かよ-亅
 確かに、嘲りの響きを以て発せられたその名称は、眼前の存在を的確に表現していた。
 彼の全身を覆っている物質は、包帯よりも寧ろ革紐に近い質感を示しているが、瞠目すべきはその光沢と色彩であった。 
 基調は鮮血を思わせる真紅だが、怪人が動く度に橙、黄、緑、青、藍、紫といった虹色の構成要素が複雑に体表を入り乱れ、爛々と輝く白色の両眼と相俟って、彼を黒魔人とは対称的な存在に仕立て上げていた。
 「ふん、“赤系”か…ククク、そういやあ、おまえの同類にゃあ“青系”ってのもあるって聞いたぜ。まるでナマコ●●●だな。キモいところも共通してらあ」
 あからさまな嘲弄が終わぬ内に、虹ミイラの体色が瞬時に暗赤色へと変化した。
 「ふっ、一丁前に怒りやがったか。分かり易すぎるぜ、ミイラちゃんよ」
 最大限のおちょくりの響きを以て吐き捨てられた台詞と同時に、七色の残像を散らしつつ赤い影が疾走った-。
 「こ、この卑怯者が!オレが今、戦える状況だと思ってんのか!?」
 「笑止!」
 黒鉄人の数メートル手前で地を蹴った虹ミイラほ、右拳を突き出しつつ敵の顔面を狙って跳躍する。大地と平行となった体勢は巨大な赤い矢を彷彿とさせた。
 「おっさん、アホか?無防備すぎるぜ」
 軽く頭を下げて不吉な飛翔体をかわした黒怪物は、鉄の塊である巨体をものともせずに、瞬時に10メートルほど前進してのけ、踵を返して第二撃に備える。
 一方、空中パンチ(?)に失敗した紅い魔人だが、鮮やかな前方宙返りをやってのけた後、軽やかに着地してみせた、が-。
 「………!」
 突如として糸が切れたかのように片膝を付いた虹ミイラは、喉元に伸ばした指先に恐るべき異物を感じ取った。
 長さ20センチほどの六角形の柄を持つ漆黒の鋼の刃ーその先端は易々と喉笛を貫き、彼の延髄部分から柄の倍ほども突き出していた。
 「こりゃ、決まったんじゃね?」
 会心の一投に確信した勝利は瞬時に霧散した-“漆黒の魔鉈”はこともなげに引き抜かれ、底光りする刃には一滴の血液も付着してはいなかったのだ。
 「ち……やはり“髄魄ずいはく”を砕くしかねえか…この拳でな」
 ゆらりと立ち上がった虹ミイラは敵の凶器を握った右手をだらりと垂らし、黒鉄人に向けて歩みはじめる。
 喉笛に開いた空洞は、既に塞がっていた。
 「雷堂 玄……きさまには我ら教軍もかなりの損害を被ってきた……だがそれも今日で終わる、この私が終わらせる」
 「おお、怖え。……一つ聞きてえんだが、もしそれに成功したらどんな見返りがあるんだね?一つの教区を丸ごと任される‘執教士長’か、ひょっとして現役さん●●●●なら、トップの側近にでも取り立てられるのか?ええ、どうなんだ、‘‘赤系虹ミイラ’’こと戸倉一志さんよ?

 暗赤色の体表ににわかに赤み●●が差し、悠然たる歩みがぴたりと止まった。
 「その名は既に捨てた……我ら教軍戦士は、きさまら絆獣聖団のように地上の残滓を引きずってはおらん」
 「気の毒にな……おっさん、よっぽどあそこ●●●で嫌な思いをしたんだね…ま、何せ3人も殺った救いようのない人殺しだもんな…いい思い出なんかあるわけねえか…」
 次の刹那戸倉の右手が閃き、雷堂に向けて疾るものがあった-だがそれは、黒い短剣ではなかった。 
 
 


 
 
 
 
 

 
 

 
 

 
 
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