凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン⑨

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 統衞軍主都特守部隊公式戦闘車輌〔ディラック〕に設えられた3列の座席の助手席には幽巴4兄弟を案内した人物が、2列目に長兄・陀幽巴と末弟・縻幽巴が、そして最後列に次兄・鑼幽巴と三男・巍幽巴が陣取った。

 …この席順となったのは、犬猿の仲の2人(匹)を同席させないことは兄弟の不文律であったからである…。

「…教軍にとっては無論のこと、我らの今後にとっても重要な意味を持つ作戦を前にして無意味な番外戦を始められちゃかなわんからな…」

 苦笑交じりで宣う陀幽巴に、

「全くだな」

 と、したりげに頷く鑼幽巴…だが、分別めいた年長者の物言いは常のことながらも、一大決戦を前にいつにもまして過敏となっている末弟の癇癖を著しく刺激したようであった。

「たかがいつもの兄弟喧嘩に、そんなに気を使う必要はないんだよ!

 それにさあ、こんなに狭い空間でおデブの巍幽巴が兄弟一の迅さを誇るボクの〈光速打撃〉を防げるはずがないじゃん!

 間違いなく、勝負は一瞬で決まるよ!

 手を出さないのは、奴にも一応●●●●●、偉大なる教聖の大切な《受躰の儀》において任された役割があるから…ただそれだけさ!」

「キサマ、それが兄に向かって吐く台詞か!

 これまではお前が好き勝手に吐き散らかしてきた数々の愚言を、あくまでも出来の悪い末弟の頭脳アタマの欠陥ゆえとして忍びに忍んできたが、もはや我慢の限界だ!

 尤も長幼の序を弁えぬ不信の徒など天響神エグメドへのささやかな供物としての値打ちもなかろうが、せめて凱鱗領制圧の前祝いの贄としてその素っ首ヘシ折ってくれようぞ!!」

 相手のコンプレックスを的確に抉りつつ昂然と放たれた勝利宣言に、気の短さでは人後に落ちぬ巨漢も牙を剥き出して咆哮する。

「いい加減にせぬか!!」

 先程までの、威厳を保ちながらも温和な口調を一変させ、それでなくとも異様であった車内の空気をびりびりと震撼させる長兄の一喝に、鑼幽巴を含めた全員が戦慄し、身を竦ませる。

 その怒気に、身内の龍坊主たちですら一瞬とはいえたじろいだほどであるから、不幸にも同席していた凱鱗領の戦士たちは文字通り血も凍る恐怖を味わっていることであろう。

 何しろ、陀幽巴は前方を向いたまま怒鳴った●●●●●●●●●●●●のであるから、彼らにしてみれば刃獣と同じく、そもそも敵である以前に超自然的な脅威にして生理的な恐怖の対象である教軍超兵に、あたかも自身が恫喝されたかのごとく錯覚したのであった。

 いや、それは決して錯覚などではなかったかもしれない…。

 だが再び口を開いた時、深緑色の龍坊主の口調は穏やかなものに戻っていた。

「…諸君には全く無関係な事象だというのに、つい声を荒らげて申し訳なかった。

 ところで、そろそろ約束してあった貴君秘蔵の“錬装者によるチトス酒場襲撃映像”とやらを見せてもらえるかな?」

「はっ、畏まりましたっ!」

 決して後ろを振り返ることなく、弾かれたように運転席の操作盤コンソールのボタンを押した助手席の特守部隊員の声は、叔父の仇として神牙教軍への瞋恚に身を灼いているはずのアイアス●●●●のものであった…。


 あと13セスタ(約2時間)後に予定されている教率者バジャドクによる凱鱗領全教民に向けた“緊急危機対策方針発令”を前に寸暇を得た剛駕崇景は、真っ先にシャワー室に飛び込んだ。

 特例として貸与された浅葱色の特守部隊制服をもどかしげに脱ぎ捨て、匂い立つばかりの若き筋肉を躍動させて3畳ほどの狭い空間に仁王立ちし、目一杯開いた蛇口からラージャーラ特有の真珠色の清水の奔流を浴びる。

 だが、目下の彼の精神を支配しているのは爽快感ではなくかつてないほどの緊張と興奮であった。

 …現在、この広大な海底宮殿に恐るべき敵が潜んでいる。

 恐らく、この異界ラージャーラに足を踏み入れて以来、かつてないほどの死闘がすぐそこに迫っている。

 そして此処には、彼にとって生命と引き換えにしても悔いのない、最大の“護るべきもの”もまた存在しているのであったが、それは断じて、該教界の支配者などではなかった…。

「…雅桃…!」

 その火照った青春の肉の熱を冷ますかのごとく冷水を受けるたび、喘ぐように口にする名が変化●●したのはいつからだろう?

 無論、先程そうであったように一度ひとたび萩邑りさらその人をを眼前にすれば、彼女こそが“全世界に等しい運命の女神”として君臨し、心魂を戦慄わななかせるものの、距離を隔てるほどにいつしか精神こころはあの可憐な美少女の幻影に占領されているのだ…。

 …そして、この空間シャワールームに身を置いた時は常にそうであるように、崇景の男根は猛り立っていた。

 そして、この滾る想いを一時でも鎮めるにはそこに右手を添えるしかなかった…。

 右腕の動きが早まるにつれ、瞑目した若者の生気に漲る逞しい喉はのけ反り、星拳鬼會の凛々しき若武者が発するとは到底信じ難い、女性的ともいえるほどに切ない喘ぎが漏れ始める…。

 切迫した状況がそうさせるのだろうが、昇りつめるために要した時間はかなり短かった。

 だが、脳中に描かれるイメージは常のごとく、厳然と固定されていた。

 …鄭 雅桃の、その名を体現したかのように白くふくよかな、黒真珠のごとき双眸が煌めく愛らしい美貌…そして何よりも崇景を蠱惑する、やや厚めの肉感的な紅唇…。

 そして絶頂オルガスムに達すると同時に上体を弓なりに硬直させつつ叫ばれた言葉もまた不変であった…。

「ああ…いくっ…!

 溢れるっ…!
 
 …愛しい雅桃よ、君を護るために決死の戦いに臨まんとする私の最後の精液ミルクを飲んでっ…!!」

 狂気の独白と共に迸った若き錬装者の生命のエキスは、ほんの束の間脳裏に映し出された幻を道連れに、瞬く間に冷ややかな水流の中に消え去って行った…。

 






 

 

 

 



 

 

 


 



 

 
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