凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン㉘

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 ライネットの断言を受けた縻幽巴は、しばしの沈黙の後、彼にしては抑えた声音で喋りはじめた。

「教軍と海龍党が別物…、

 それは今さら言葉にするまでもない自明の理だけど、どうしてそれがチェザックの罪になるのさ?」

 ライネットは間髪入れず応じる。

「海龍党は神牙教軍の下部組織とはいえ、およそ30年にわたってルドストンで暗躍して来た…、

 だから大物軍人とはいえ教界側からそちら●●●に肩入れする場合、“窓口”は必然的に前者となる…。

 そして貴様はどうやらガチガチの“教軍至上主義者”であって、口ぶりからも両勢力が決して一枚岩ではないどころか深刻な対立構造下にあり、いずれ…おそらくは凱鱗領制圧に目星がついた時点で血で血を洗う潰し合いに移行するのは確実と信じられるからだ。

 …だが、ケエギル逝去という思わぬ形で事態は動いた。

 順当に考えれば後継は“腰巾着”のチェザックとなろうが、奴に利用価値を見出すのはあくまで統衞軍とじかに癒着している海龍党のみであろう。

 そして本体●●たる教軍が圧倒的優勢の下に侵攻を続けるまさにこの時、統衞軍はおろか巨大になりすぎた傘下組織●●●●●●●●●●●●すらもはや用済み…、

 いやそれどころか“潜在的危険因子”と認識され、寧ろこれを機に一気に後顧の憂いを断つ動きに出たと直観したまでだ…!」

 聴き終わった臙脂色の龍坊主は、顎の下に右手を添えてゆっくり頭を揺するという妙に人間臭い動作ジェスチャーを披露しつつ、徐々に声のトーンを上げる。

「うーん…、

 まあ大体合ってるけど、教軍われわれが連中を危険視してるってのは承服しかねるね。

 海龍党&統衞軍あんなものはいつでも潰せるし、ましてやただの人間のチェザックなんてのは単なる雑魚に過ぎないよ…。

 そもそも海龍党にしてからが、動かしてるのはクソ虫に成り果てた半人前呪念士と脳に深刻な欠陥を抱えた・教軍超兵という、まさに絵に描いた様なポンコツ組織なんだからねえ…、

 最初ハナからこっちの相手じゃないって!

 それより、クソ虫が全力を注いで造ったっていう“即席暗殺者”、

 アレはどうなったのさ?」

 …当然ながら、凱鱗領最強戦士は無言。

「答える義務はないってのかい…ケチ!

 まあ、でも想像はつくよ、

 …もう、死んでるね●●●●●●●●

 あ、やっぱり。

 おじさん、鉄仮面なんて渾名で呼ばれてる割には…しかも今なんか、それこそスッポリ鉄兜被ってるってのに表情読み易いねえ…、

 戦闘術はともかく、心理戦の鍛練が足りないんじゃないの?

 …でも、ボクは結局会えずじまいだったんだけど、暗殺者アイツがワーズフの創作物だって事がよく分かったねえ…、

 クソ虫ってそんな頻繁に凱鱗領に自作の殺し屋●●●●●●を送り込んでたのかい?」

 武闘派執務長はあくまでも沈黙を貫く方針の模様。

「ぬぬ…またしてもダンマリかい。

 まあどうせ、呪念士出身のバジャドクに“人体改造の秘術”の存在を教えてもらったんだろ?」

 門外漢の龍坊主は勝手に早合点した様だが、事実はそうではない。

 そもそも呪念士としてあくまでも”正統の系譜“に連なる教率者バジャドクは、修行の年月も浅くして当時の軍人教率者に召し抱えられたためか、聖典【刻念宝鑑】に書き記された奥義の全てに通暁しているはずもなく、特に巻末に添えられた〈暗黒のページ〉の内容については殆ど無知といってよかったのである。

 無論、これらの裏事情を執務長が知る由もなかったが、彼は歓楽室において教率者が玉朧&崇景に対しワーズフと〈流砂蜘蛛〉の存在を明かした事を受けて、直ちに軍人時代から重用して来たルドストン凱鱗領の森羅万象に精通する“神脳”の異名を奉られる元歴史学者の情報屋・ツモンに呪念士とザチェラ砂漠の“闇の関係”を問い糾したのであったが、教率者への関心からツモンが呪念士についての知識を能力の限りを尽くして蓄積していたのは幸いであった。

 それによると、確かに50年余り前まではとある大岩に穿たれた〈地獄穴〉なる小洞窟にしばしば怪しき行者が籠もっては無残な白骨となって発見されるという事象が相次ぎ、業を煮やした砂漠を仕切る遊牧民族が、またもや無謀な修行者が地獄穴を訪れたのを数週にわたり放置した後、これを機に洞窟自体を封鎖しようとした際、恐るべき怪現象が勃発したのであった。

 10日ほど前から行方をくらましていた2人の青年が穴の奥から突如出現し、武器を手に洞窟を取り巻いた30名もの屈強な若者達に素手●●で襲いかかったのだが、彼らの肉体は倍近くも肥大化していた上に刃が全く通用せず、更にその剛力による打撃たるや凄まじいもので、十数名が頭蓋を叩き割られたり頸骨をヘシ折られたりして即死、残りも内臓破裂等の重傷を負わされて数日内に命を落とし、生き残ったのは僅か1人であったという…。

 報復のため彼らが取った行動は〈中央〉への統衞軍出動要請であったが、部隊が到着した時には地獄穴はもぬけの殻となっていた…。

 この“砂漠の暗黒伝説”をツモンから得、ライネットはこの2人がワーズフの駆使する流砂蜘蛛の妖毒によって怪物化させられた被害者である事を確信したが、最後に博識な情報屋は恐るべき事実を告げた。

 “この悲劇の元凶たる呪念士は、我が身を数え切れぬほどの蜘蛛に生きたままくらわせ、文字通り人虫一体化●●●●●しているはず”

 と…!

 さすがにこれには半信半疑であったが、現に教宣室で暗殺者ユグマに撃ち込んだ銃弾が全く効かず、流砂蜘蛛の魔力を直接思い知らされた事でワーズフの姿形●●もツモンの情報通りであろうと確信したのであった…。


「まあ、そんな事はどうでもいいや…、

 そろそろ本題●●に入らせてもらうよ。

 もう気付いてると思うけど、ガートスは全く動いてない。

 実際、その必要もないんでね。

 さっきおじさんが見事に言い当てたようにボク達は“海龍党の犬”であるチェザックを捕えてる。

 …おっと、お友達のロゼムス大先生に関しては秘密だけどね!

 で、チェザックアイツを自由にさせてたら、どうせケエギルみたいにロクな事にならないのは分かりきってる。

 ま、バジャドクも何をトチ狂ったのか、教民を地下に追いやって地表を焦土にするなんていう“破滅的戦法”を選択した時点で戦争は教軍こっちの勝ちが決まったようなもんだけど、勝ったら勝ったで戦後の新たな秩序作りが必要になるだろ?

 何故なら我ら兄弟は偉大なる教聖から【執教士長】という大役を仰せつかってるんでね!

 つまり“戦後の教界人事”を一任されてるって訳なのよ。

 そして検討の結果、チェザックコイツ絶対的に不要●●●●●●という結論が出ちゃってねえ…。

 そこですぐに“処分”してもよかったんだけど、ちょっと面白い趣向●●を思い付いちゃってさあ…。

 即ち、この大罪人の生死の行方を、教率者様の最側近たる執務長さんに決めてもらおうってワケ!

 …オイ、顔を上げな」

 茄子紺色の巨漢とは比較にならぬとはいえ、単なる大男を遥かに超越したサイズの龍坊主の背後で何者かがおずおずと立ち上がり、操縦席の縻幽巴はひょいと横へ動いてその人物の自明の正体を明らかにする。

 ガートス用の銀色のマスキングテープで口を塞がれ、両手首をぐるぐる巻きにされた上半身裸●●●●の主督空将チェザックの変わり果てた姿がそこにあった。

 常に丹念にセットされていた白銀の頭髪はぼさぼさに乱れ、恐怖のあまり限界まで見開かれた眼球は今にもこぼれ落ちんばかり、そしてブルブル震える、年齢の割には筋肉質の躰は止めどなく噴き出す脂汗でギラギラと濡れそぼっているではないか…。

 “統衞軍一の伊達男”と称えられたかつての面影の片鱗すらそこにはなかった。

「さて、と!」

 伸ばされた縻幽巴の右掌が恐怖の虜となったチェザックの頭頂部を鷲掴みにし、操縦席内に仕込まれたカメラに向き直った。

「いくら空軍のお偉いさんとはいえ、秘密主義のムッツリおじさんの隠し部屋のカメラのアクセスコードまで知ってるとはねえ…、

 何ともマメというか仕事熱心というか…。

 いや、寧ろ暗い性格のライネット君が何でもかんでも隠したがるから逆に調査欲を掻き立てられてしまうのかもネ!?

 でも、もし繋がらなかったらその場で”処刑“されてた訳で、結果的には病的な詮索癖のおかげで首の皮一枚残した訳だけどさ…。

 …さあ、執務長サン、どうするね?

 この哀れなる捕虜の処遇は?

 たった一言、

 “救けてやってくれ”

 と言えばそのまま解放するし、

 言わなきゃ今すぐこの場で執行●●する…!

 …1アトス(3分間)待つよ、

 悪党とはいえ今は完全に無力な1人の人間の生命がかかっている…。

 どうか慎重に…そして慈悲をもって判断してやってくれたまえ」

 …何と残忍且つ卑劣極まりない物言いであろうか?

 だが、この酷烈なまでの精神への揺さぶり…いや攻撃は、この縻幽巴なる龍坊主=教軍超兵が首領・鏡の教聖の紛うかたなき分身●●である事実を物語っていた。

 尤も、今すぐ電銃で画面を破壊すればこのいわれなき難題から逃れることは容易い。

 しかし、凱鱗領最強戦士とまで畏怖される漢は当然、そうはしなかった。

 主督空将はぼろぼろと落涙し、ひたすら激しくこうべを下げ続けて武闘派執務長の慈悲を乞うていた。

 されど、ライネットは氷の如く無言であった。

 …より有能である分、チェザックの危険性はケエギルより遥かに高い。

 自由を得た途端(縻幽巴が言葉通りに解放するか甚だ怪しいが)、半ば私物化せしめた空軍をはじめとする傘下組織を動かして捨鉢な破壊行動に出る可能性は高いと見るべきだし、たとえルドストンに居場所を失おうとも、私兵ごと他教界に転出しそこに少なからぬ災いをもたらす蓋然性もなきにしもあらずといえよう…。

 そして、専ら色欲方面に糜爛していた亡き総司令と同レベルの深刻さで腐敗しているチェザックの金権体質…。

 更に、ケエギル以上に露骨な教民蔑視の精神構造…。

 …果たしてこの人物を喪う事が、”明日のルドストン凱鱗領“にいかなる影響を及ぼすというのか?

 答えは明白であった。

 それであるからこそ、ライネットは沈黙を続けた。

「…半アトス経ったよ。

 たすかりたいんだったら、もっと気合を入れてお願いしなきゃ!

 ねえ、執務長?」

「……」

 そこからのチェザックの眼による訴え●●●●●●は鬼気迫るものがあった。

 “どうかお救け下さい!ライネット様!!

 救けて下さるのなら、私がルドストンと幾つかの他教界に蓄えた財宝を全て差し上げます!

 そればかりか、一生貴方様の奴隷として頂いて構いませぬ!!

 何卒、何卒御慈悲を!!”

 …だが結局、鉄仮面ライネットがそれを示す事はなく、ただ、この一言を放っだのみであったのである…。

「チェザック殿…、

 出来うるならば、せめて…。

 せめて、凱鱗領軍人を志した若き日の純然たる矜持を取り戻して逝って頂きたい…」

「…時間切れだ。

 残念ながら答は出ちゃったね…、

 しかし、ボクも勉強になったよ。

 繰り返すけど、“最強戦士”の称号は伊達じゃないって心底納得させられちゃった…。

 でも、あんなに必死に訴えたのに、返ってきたのはあんな突っ放した〈訣別の辞〉だけ…。

 こりゃあまりにも殺生だ、

 いくら何でも冷たすぎるよ…。

 せめて全身全霊の〈呪詛〉をブチまけてから逝っちゃいなよ…!」

 右手で頭部を押さえたまま●●●●●●●●●●●●、左手でテープを剥ぎ取り、ぐいっとレンズに憔悴しきった末期まつごの幽鬼の如き形相の大物軍人を押し付ける。

 もはやこれまで、と観念しつつも野望半ばにして去らねばならぬ世界ラージャーラに凄まじい未練執着を抱くチェザックは、文字通り悪鬼となって咆哮した。

「ライネット…この悪魔めがっ!

 この恥辱、身は亡ぼうとも決して忘れはせんぞっ!!

 先に地獄で待っておるぞ、

 貴様もいずれ、必ずや堕ちて来るであろうが、その時には既に勝負は着いているのだ!

 無論、勝つのは私だ!

 何故ならその時の私は大軍団を率いる無敵の魔王なのだからな!!

 ぐひゃひゃひゃひゃひゃあああひゃあっ?!…」

 とっくに臨界点を超えた恐怖と怒りが遂にチェザックの精神を崩壊し尽くした証明としての狂気の哄笑であったが、それは唐突に途切れた。

 彼の頭部を鷲掴みにしていた処刑者の臙脂色の六本●●の指が、ぐしゅっと湿った音を立てて頭蓋を貫通するや、そのままずぶずぶと付け根近くまで埋没してしまったからだ!

 そして次の瞬間、あたかも怪力レスラーがリンゴを握り潰すが如く骨をバキバキと割り砕き、その内側の脳髄をグチャグチャにすり潰してしまったのであった。
 
 かくて青紫の血潮と脳漿を撒き散らしながら崩れ落ちた主督空将を一顧だにせず、海の教軍超兵は静かに口を開いた。

「鉄兜の機眼越しでも目を逸らさなかったのが分かったよ…、

 まあそれが、“死にゆく者への最低限の礼儀”だもんね…。

 とりあえず、これでお互いの共通点が鮮明になった訳だ。

 “海龍党とそのシンパにはたとえ死んでも相容れない”

 っていうね…。

 …ところで、話は変わるけど、勝手ながらぜひお願いしたい事があるんだよね…。

 実は今、海底宮殿そっちに青っぽい体色のデカい龍坊主(嫌いだなあ、この単語。だってこれ蔑称でしょ…こう呼ぶ奴らはいずれ皆殺しにしてやる)が行ってると思うけど、実は彼は不治の病(肥✕症とか✕語症とか痴✕症とか…)を患ってるから、どうか名狙撃手であるライネットおじさんの手で楽にしてやってあげてほしい。

 そのお礼といっちゃ何だけど、明日の…いや、もう日付変わっちゃったか、今日の《亘光刻》辺りにさしものムッツリおじさんも見た事ないであろう、

 ”史上最大級に荘厳で美しく、そして華麗に艶めかしい神の儀式”が水上移動都市ベウルセンで開かれる事を教えてあげる(〈会場〉が何処かは、そっちで頑張って見つけてちょうだい)。


 まあ、見てるだけで興奮すると思うよ。

 …だって、あれだけラージャーラ中の野郎どものハートトリコにしている以上、おじさんも決して嫌いじゃないはずの彼女●●が“儀式の主役”なんだから、ネ!

 じゃ、その時まで一旦、バイバイ♡」

 

 



 

 

 

 

 

 



 







 
 

 

 

 

 

 







 



 

 

 



 





 

 
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