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第2章 魔人どもの野望
殲闘者、魔海の告白
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龍坊主と殲闘者の決闘はたっぷり1セスタが経過しても動きが無かった。
両者の腹の探り合いはユグマがいつ呼吸のため海上に浮上するかが焦点となっていたが、殲闘者としての“最終進化形”に到達した彼にとって限界領域はまだ遥か先にあった。
『ククク…奴メ、俺ガスグニデモ酸素ヲ求メテ浮上スルト当テ込ンデイタノダロウガ、ソウハイクカ!
ムシロ、利口ブッテモ所詮ハ神ナラヌ魔人ニスギヌ鏡ノ教聖ニヨッテ創リ出サレタ下等生物ニ過ギン貴様ノ忍耐力ノ方ガ先ニ尽キルニ決マッテイル!
サア、愚カナ獲物ハソレラシクサッサト死地ニ飛ビ込ンデ来ルガイイ!!』
…あたかもこの悪魔の呼び掛けに応じたかのように、海底から彼に向かって浮き上がって来る物体があった。
だが、それは標的たる龍坊主の体色の臙脂ではなく、寧ろ彼らの天敵である虹ミイラの体表に疾るかの如き極彩色の奔流であった!
それは、おそらく数千匹に達するであろう大小織り交ぜた魚族の襲来であったのである。
『…ナッ!?
ド、ドウシテコレホド大量ノ魚ガ俺ニ向カッテ来ルノダ!?
静止状態ガ続イタセイデ流血ニ反応シタニシテモ多過ギル…、
ハッ…モ、モシヤ彼奴メニ操ラレテ?』
さても魚達は飢えきっているらしく、大魚は牙を、小魚も歯列を凶暴に煌めかせて天恵の如く出現した巨大な肉塊にむしゃぶり付かんと殺到するものの、忽ち逆襲の刃に寸断され己が鮮血によって黄白色の海中を黝く染め成してゆく…。
だが魔軍と化した海中生物たちはこれに怯むどころか益々猛り立ち、無防備ゾーンと目星を付けた下半身に集中攻撃を掛けて来る。
「チィッ、ウルサイ魚ドモガッ!
テメエラノ脆イ歯デ、コノ鋼ノ筋肉ヲ噛ミ裂ケルト思ッテイルノカッ!?
全ク笑止千万ダゼッ!
ダガ、コンナ姑息ナ戦法シカ採レネエアノ弱虫野郎…、
絶対ニ生カシチャオカネエゼ!!」
しかしその時、むず痒さ程度でしかなかった全身の感覚に鋭い痛みが疾った。
発生源は背中。
凶器は…彼自身の棒状ナイフに相違ない。
しかもかなり深く突き立てられた切っ先は刺突の後すぐに引き抜かれず、ゆっくりと下方に引かれて悪意の裂傷を刻み込む。
「コノ卑怯者メガッ、喰ラエッ!!」
握りしめた双刃を瞬時に逆手持ちし、後方に思い切り突き出した必殺の一撃が見事に龍坊主の土手っ腹を抉ったかに見えたが、豈図らんや、そこには茫漠たる海水しか存在していなかった。
…それなのに。
「ッ!?」
再び跳ねた激痛に耐えかねて巨体を半回転させたユグマはすかさず右腕を突き出すが、襲撃者は余裕すら漂わせて後方に飛び退って身をかわす。
「テメエ、味ナ真似ヲ…!」
最初の反撃が敵にかすりもしなかったのも無理はなかった。
縻幽巴は右足の指にナイフを挟んでいたのだ!
全身をこそ底光りする金属質の鱗に覆われているものの、頭部と背中、両腕両足に鰭を、そして手足の指間に蹼を生やした所謂半魚人そのものの“一般龍坊主”どもとはそもそも根本的に筋肉の組成が異なり、それらの不粋な付属品を必要とせずほぼ人型の形姿を有する彼ら幽巴兄弟だからこそ可能な技であった。
「幸い、ボクの両手(もちろん両足にもだけど)には偉大なる教聖によって立派な爪が授けられてるんでねえ…、
こんな穢らわしい武器を掴むのは御免蒙るのさ!
それに我が友軍の愉しい食事をなるたけ邪魔したくないしねえ…、
実際、キミの苦し紛れの反撃もラクラクかわせるし、この距離感が今のところベストだネ!」
「ホザケッ!
一旦面ト向カエバ、コノ殲闘者ガ龍坊主ナンゾニ後レヲ取ルカッ!!」
全身を真紅に膨れ上がらせて逆上し、狂ったように左右の鉄腕を振り回して迫る怪物を絶妙な距離を保ったまま、せせら笑いつつ右足一本であしらう縻幽巴。
更に途切れること無くまとわり付いてくる魚群によってもユグマの体力は確実に削り取られてゆく…。
「コ、コノクソッタレガアッ!!」
胸部に大きく開いた口元にもお構い無しに飛び込んで来る魚どもを腹立ち紛れに思い切り噛み潰しては吐き出しつつ、ひたすら起死回生の時を待つ“悲劇の怪物”ユグマ。
「かわいそうにねえ…!
キミも何の因果でかあんなクソ虫の毒牙にかかったばっかりにそんな姿に成り果てた挙げ句、惨めな最期を遂げるなんて…。
でもまあこれだけ頑張るんだから、キミなりの目的ってモンがあるんだろうがネ…、
眺洋塔から眺めた時にも感じたんだけど、一体ベウルセンに何があるっていうんだい?」
…超自然の魔物には精神感応すら可能であるのか、或いは元々その能力を有する縻幽巴が愈念を集中させた為か、先程までの意思疎通など度外視した敵意のぶつかり合いとは若干異なる相手の問いを正確に理解したユグマは、意に反して教軍超兵に返答していた。
「目的ダトッ!?
…笑ワセルナ…!
貴様ナドニ…醜悪ナ怪物ニ過ギヌオマエナドニ…、
ヒトノ恋ノ苦シミが分ッテタマルカ…!」
「…何か聞き捨てならないフレーズも混じってたみたいだけど、美醜の基準は人それぞれだからそこは不問に付すとしようかネ…。
“人間の恋”かあ…、
よもやそんな個人的な理由だったとはねえ…。
相手はどこの誰だか知らんけど、キミみたいな存在に追い回されてるその女性(だよね?)に心から同情するよ…!」
多分に挑発的なコメントであったが、予想に反して相手は乗って来なかった。
「何トデモ言エ…。
俺トテモ、現在ノコノ姿デリサラニ愛サレルト思ッテハイナイ…、
ダカラ悲願ノ“ラージャーラ統一”ヲ成シ遂ゲルマデ何年カカルカ分カランガ、ソレマデ彼女ニハ眠ッテイテ貰ウツモリダ…。
ソシテ晴レテ妃ガ目覚メシ時ニハ、ドンナ手段ヲ使ッテデモ俺ハ元ノ貌ヲ取リ戻シテイルノダッ!!」
「…紛い物の貌を、だネ…。
まあ、夢を見るのは勝手だけど、まことに気の毒なことにキミの場合は夢のままで終わりそうだナ…。
…よもやとは思ったけど、キミのお目当てはやはり彼女だったか…。
実は、リサラの嫁ぎ先はもう決まってるんだよ…!」
その鎮痛な口調から、のっぴきならぬ真実味を感じ取った怪物は、はじめて眼前の敵に阿る様な素振りを見せた。
「…一体、ドウイウ意味ダ?
リサラニ恋人ガイルトデモイウノカ?
ダッタラ教エテクレ、
モシソウナラ俺ニモ考エガアル!」
「考えがある、って…。
ボクがそいつを教えたら、キミは一体どうするつもりだい?
憎っくき“恋のライバル”として、八つ裂きにてもしてやろうってのかい…?」
冷ややかな龍坊主の問い掛けに、魔少年は不退転の決意を込めて叫び返した。
「当然ダッ!
彼女ハ…リサラハ俺ダケノモノダッ!!
例エ相手ガ教率者ダロウガ…イヤ、アンナ死ニ体ノ老イボレナド最初カラ問題デハナイ!
…ソウダ、例エ天響神デアロウトモ一歩モ退カズ打倒シテヤルワッ!!」
この狂気の叫びを受け、縻幽巴は半ば呆れつつ半ば感動して真相を告げた。
「大変な鼻息だね…。
いや、無知こそ怖いものは無いというべきか…。
エグメドか…キミとしては最上級の例えとして持ち出したんだろうけど、この世界にはそれ以上のお方が存在するんだよ…。
…そう、お察しの通り、
我らが神牙教軍の偉大なる首領が…!
…つまり、キミの“魂の恋人”リサラ=ハギムラは、もうすぐ偉大なる教聖と一心同体となる運命ということなのさ!!」
両者の腹の探り合いはユグマがいつ呼吸のため海上に浮上するかが焦点となっていたが、殲闘者としての“最終進化形”に到達した彼にとって限界領域はまだ遥か先にあった。
『ククク…奴メ、俺ガスグニデモ酸素ヲ求メテ浮上スルト当テ込ンデイタノダロウガ、ソウハイクカ!
ムシロ、利口ブッテモ所詮ハ神ナラヌ魔人ニスギヌ鏡ノ教聖ニヨッテ創リ出サレタ下等生物ニ過ギン貴様ノ忍耐力ノ方ガ先ニ尽キルニ決マッテイル!
サア、愚カナ獲物ハソレラシクサッサト死地ニ飛ビ込ンデ来ルガイイ!!』
…あたかもこの悪魔の呼び掛けに応じたかのように、海底から彼に向かって浮き上がって来る物体があった。
だが、それは標的たる龍坊主の体色の臙脂ではなく、寧ろ彼らの天敵である虹ミイラの体表に疾るかの如き極彩色の奔流であった!
それは、おそらく数千匹に達するであろう大小織り交ぜた魚族の襲来であったのである。
『…ナッ!?
ド、ドウシテコレホド大量ノ魚ガ俺ニ向カッテ来ルノダ!?
静止状態ガ続イタセイデ流血ニ反応シタニシテモ多過ギル…、
ハッ…モ、モシヤ彼奴メニ操ラレテ?』
さても魚達は飢えきっているらしく、大魚は牙を、小魚も歯列を凶暴に煌めかせて天恵の如く出現した巨大な肉塊にむしゃぶり付かんと殺到するものの、忽ち逆襲の刃に寸断され己が鮮血によって黄白色の海中を黝く染め成してゆく…。
だが魔軍と化した海中生物たちはこれに怯むどころか益々猛り立ち、無防備ゾーンと目星を付けた下半身に集中攻撃を掛けて来る。
「チィッ、ウルサイ魚ドモガッ!
テメエラノ脆イ歯デ、コノ鋼ノ筋肉ヲ噛ミ裂ケルト思ッテイルノカッ!?
全ク笑止千万ダゼッ!
ダガ、コンナ姑息ナ戦法シカ採レネエアノ弱虫野郎…、
絶対ニ生カシチャオカネエゼ!!」
しかしその時、むず痒さ程度でしかなかった全身の感覚に鋭い痛みが疾った。
発生源は背中。
凶器は…彼自身の棒状ナイフに相違ない。
しかもかなり深く突き立てられた切っ先は刺突の後すぐに引き抜かれず、ゆっくりと下方に引かれて悪意の裂傷を刻み込む。
「コノ卑怯者メガッ、喰ラエッ!!」
握りしめた双刃を瞬時に逆手持ちし、後方に思い切り突き出した必殺の一撃が見事に龍坊主の土手っ腹を抉ったかに見えたが、豈図らんや、そこには茫漠たる海水しか存在していなかった。
…それなのに。
「ッ!?」
再び跳ねた激痛に耐えかねて巨体を半回転させたユグマはすかさず右腕を突き出すが、襲撃者は余裕すら漂わせて後方に飛び退って身をかわす。
「テメエ、味ナ真似ヲ…!」
最初の反撃が敵にかすりもしなかったのも無理はなかった。
縻幽巴は右足の指にナイフを挟んでいたのだ!
全身をこそ底光りする金属質の鱗に覆われているものの、頭部と背中、両腕両足に鰭を、そして手足の指間に蹼を生やした所謂半魚人そのものの“一般龍坊主”どもとはそもそも根本的に筋肉の組成が異なり、それらの不粋な付属品を必要とせずほぼ人型の形姿を有する彼ら幽巴兄弟だからこそ可能な技であった。
「幸い、ボクの両手(もちろん両足にもだけど)には偉大なる教聖によって立派な爪が授けられてるんでねえ…、
こんな穢らわしい武器を掴むのは御免蒙るのさ!
それに我が友軍の愉しい食事をなるたけ邪魔したくないしねえ…、
実際、キミの苦し紛れの反撃もラクラクかわせるし、この距離感が今のところベストだネ!」
「ホザケッ!
一旦面ト向カエバ、コノ殲闘者ガ龍坊主ナンゾニ後レヲ取ルカッ!!」
全身を真紅に膨れ上がらせて逆上し、狂ったように左右の鉄腕を振り回して迫る怪物を絶妙な距離を保ったまま、せせら笑いつつ右足一本であしらう縻幽巴。
更に途切れること無くまとわり付いてくる魚群によってもユグマの体力は確実に削り取られてゆく…。
「コ、コノクソッタレガアッ!!」
胸部に大きく開いた口元にもお構い無しに飛び込んで来る魚どもを腹立ち紛れに思い切り噛み潰しては吐き出しつつ、ひたすら起死回生の時を待つ“悲劇の怪物”ユグマ。
「かわいそうにねえ…!
キミも何の因果でかあんなクソ虫の毒牙にかかったばっかりにそんな姿に成り果てた挙げ句、惨めな最期を遂げるなんて…。
でもまあこれだけ頑張るんだから、キミなりの目的ってモンがあるんだろうがネ…、
眺洋塔から眺めた時にも感じたんだけど、一体ベウルセンに何があるっていうんだい?」
…超自然の魔物には精神感応すら可能であるのか、或いは元々その能力を有する縻幽巴が愈念を集中させた為か、先程までの意思疎通など度外視した敵意のぶつかり合いとは若干異なる相手の問いを正確に理解したユグマは、意に反して教軍超兵に返答していた。
「目的ダトッ!?
…笑ワセルナ…!
貴様ナドニ…醜悪ナ怪物ニ過ギヌオマエナドニ…、
ヒトノ恋ノ苦シミが分ッテタマルカ…!」
「…何か聞き捨てならないフレーズも混じってたみたいだけど、美醜の基準は人それぞれだからそこは不問に付すとしようかネ…。
“人間の恋”かあ…、
よもやそんな個人的な理由だったとはねえ…。
相手はどこの誰だか知らんけど、キミみたいな存在に追い回されてるその女性(だよね?)に心から同情するよ…!」
多分に挑発的なコメントであったが、予想に反して相手は乗って来なかった。
「何トデモ言エ…。
俺トテモ、現在ノコノ姿デリサラニ愛サレルト思ッテハイナイ…、
ダカラ悲願ノ“ラージャーラ統一”ヲ成シ遂ゲルマデ何年カカルカ分カランガ、ソレマデ彼女ニハ眠ッテイテ貰ウツモリダ…。
ソシテ晴レテ妃ガ目覚メシ時ニハ、ドンナ手段ヲ使ッテデモ俺ハ元ノ貌ヲ取リ戻シテイルノダッ!!」
「…紛い物の貌を、だネ…。
まあ、夢を見るのは勝手だけど、まことに気の毒なことにキミの場合は夢のままで終わりそうだナ…。
…よもやとは思ったけど、キミのお目当てはやはり彼女だったか…。
実は、リサラの嫁ぎ先はもう決まってるんだよ…!」
その鎮痛な口調から、のっぴきならぬ真実味を感じ取った怪物は、はじめて眼前の敵に阿る様な素振りを見せた。
「…一体、ドウイウ意味ダ?
リサラニ恋人ガイルトデモイウノカ?
ダッタラ教エテクレ、
モシソウナラ俺ニモ考エガアル!」
「考えがある、って…。
ボクがそいつを教えたら、キミは一体どうするつもりだい?
憎っくき“恋のライバル”として、八つ裂きにてもしてやろうってのかい…?」
冷ややかな龍坊主の問い掛けに、魔少年は不退転の決意を込めて叫び返した。
「当然ダッ!
彼女ハ…リサラハ俺ダケノモノダッ!!
例エ相手ガ教率者ダロウガ…イヤ、アンナ死ニ体ノ老イボレナド最初カラ問題デハナイ!
…ソウダ、例エ天響神デアロウトモ一歩モ退カズ打倒シテヤルワッ!!」
この狂気の叫びを受け、縻幽巴は半ば呆れつつ半ば感動して真相を告げた。
「大変な鼻息だね…。
いや、無知こそ怖いものは無いというべきか…。
エグメドか…キミとしては最上級の例えとして持ち出したんだろうけど、この世界にはそれ以上のお方が存在するんだよ…。
…そう、お察しの通り、
我らが神牙教軍の偉大なる首領が…!
…つまり、キミの“魂の恋人”リサラ=ハギムラは、もうすぐ偉大なる教聖と一心同体となる運命ということなのさ!!」
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