324 / 475
第二十一章 麓戸の追憶(麓戸視点)
麓戸、追憶から戻り、小坂と語る
しおりを挟む
「麓戸さん?」
小坂の声が麓戸の意識を現在に呼び戻した。
「ああ、悪い。昔のことを思い出していた」
麓戸はコーヒーカップを手に取ってごくりと飲み干した。コーヒーは冷めきっていた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに小坂が麓戸を見た。
「オデトに初めて会った時のことを思い出していたんだ」
麓戸は答えた。
「ああ、そうだったんですか」
小坂は困ったような顔をした。
「すまない。オデトは、そんなこと思い出したくなかったよな?」
麓戸は手を伸ばして小坂の頭を撫でた。
小坂はプイと頭をよけるようにした。
「そうでもないですよ」
挑戦的な目つき。
この目つきにやられるのだ。と麓戸は思う。
「僕だって、もう平気ですから。あんなこと。もう、なんとも思ってないです。あんなこと、なんともない」
小坂が繰り返し強がりを口にすればするほど痛々しくて麓戸は見ていられなかった。
麓戸は小坂の側に行って、小坂を抱きしめてやった。
「無理するな。いつでも俺が側にいる。頼ってほしい。いつでも頼ってくれ。オデトの側にいてオデトの助けになりたいんだ」
小坂は、麓戸の抱擁を居ごこち悪そうに振り解いた。
「麓戸さんは最初から、僕のことを助けてくれましたよね。どうして僕を見つけたんですか?」
小坂が挑むような目つきで麓戸を見た。
「最初の頃に話したよな? あのビルを買う予定で内部を見て回っている時に偶然、オデトを見かけたんだ」
話したはずだが、覚えていないのだろうか。小坂が混乱していた頃だから、よく聞いていなかったのかもしれない。余裕がなかったのかもしれない。
「僕が襲われているところを?」
詰問するように小坂が尋ねた。
「そうだよ。それで俺が警察に通報したんだ」
麓戸は事実を伝えた。
小坂を助けたのは自分なのだと。恩を着せるつもりはなかった。だが、麓戸のことを疑っている小坂に、もう少し信頼してほしかった。信頼できる人を得られることで、小坂に、少しでも安心して楽になってほしかったからだ。
すると小坂は、不快そうな顔になって、麓戸に言った。
「僕が襲われているのを黙って覗いていた?」
そうきたか。
麓戸は案に相違した小坂の反応に内心がっかりした。麓戸は説明した。
「違うよ。びっくりして動けなかっただけだ。そういうプレイかもしれないとも思った。それにしてもあんな場所ですることではなかったし」
わかってくれただろうか。
もっとしつこく責められるかと思ったが、小坂は案外すんなり引いた。
その代わり、怯えたような表情になって、
「あの場所でよかった。他なら見つけてもらえなかった」
と、不安を口にした。
麓戸も、
「見つけてよかった」
と、小坂が安心するように、同意して頷いてみせた。
そして、
「もっと早く助けてやれればよかったと思う」
と、また非難されないように予防線を張った。実際、麓戸の後悔するところでもあった。
後悔は、何度も、ちくちくと麓戸の胸を刺した。
「ただ状況が良く飲み込めなかったんだ。それに相手が大勢いたし。オーナーや店長が渋っていて」
麓戸は言い訳を言った。そう何度も自分で自分をなだめてきたのだ。
小坂は、言い訳する麓戸を冷たい目で見ていた。
「そう。でも僕はその間、地獄のような時間でした。それは今も終わっていない」
小坂は麓戸を恨むような口調で言った。
「ああ、俺は言い訳ばかりしてる。オデトをもっと助けたいのに、どうしていいかわからないんだ」
麓戸は頭を抱えた。
「俺はオデトの望むようにできているだろうか?」
麓戸は問いかけた。
小坂の声が麓戸の意識を現在に呼び戻した。
「ああ、悪い。昔のことを思い出していた」
麓戸はコーヒーカップを手に取ってごくりと飲み干した。コーヒーは冷めきっていた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに小坂が麓戸を見た。
「オデトに初めて会った時のことを思い出していたんだ」
麓戸は答えた。
「ああ、そうだったんですか」
小坂は困ったような顔をした。
「すまない。オデトは、そんなこと思い出したくなかったよな?」
麓戸は手を伸ばして小坂の頭を撫でた。
小坂はプイと頭をよけるようにした。
「そうでもないですよ」
挑戦的な目つき。
この目つきにやられるのだ。と麓戸は思う。
「僕だって、もう平気ですから。あんなこと。もう、なんとも思ってないです。あんなこと、なんともない」
小坂が繰り返し強がりを口にすればするほど痛々しくて麓戸は見ていられなかった。
麓戸は小坂の側に行って、小坂を抱きしめてやった。
「無理するな。いつでも俺が側にいる。頼ってほしい。いつでも頼ってくれ。オデトの側にいてオデトの助けになりたいんだ」
小坂は、麓戸の抱擁を居ごこち悪そうに振り解いた。
「麓戸さんは最初から、僕のことを助けてくれましたよね。どうして僕を見つけたんですか?」
小坂が挑むような目つきで麓戸を見た。
「最初の頃に話したよな? あのビルを買う予定で内部を見て回っている時に偶然、オデトを見かけたんだ」
話したはずだが、覚えていないのだろうか。小坂が混乱していた頃だから、よく聞いていなかったのかもしれない。余裕がなかったのかもしれない。
「僕が襲われているところを?」
詰問するように小坂が尋ねた。
「そうだよ。それで俺が警察に通報したんだ」
麓戸は事実を伝えた。
小坂を助けたのは自分なのだと。恩を着せるつもりはなかった。だが、麓戸のことを疑っている小坂に、もう少し信頼してほしかった。信頼できる人を得られることで、小坂に、少しでも安心して楽になってほしかったからだ。
すると小坂は、不快そうな顔になって、麓戸に言った。
「僕が襲われているのを黙って覗いていた?」
そうきたか。
麓戸は案に相違した小坂の反応に内心がっかりした。麓戸は説明した。
「違うよ。びっくりして動けなかっただけだ。そういうプレイかもしれないとも思った。それにしてもあんな場所ですることではなかったし」
わかってくれただろうか。
もっとしつこく責められるかと思ったが、小坂は案外すんなり引いた。
その代わり、怯えたような表情になって、
「あの場所でよかった。他なら見つけてもらえなかった」
と、不安を口にした。
麓戸も、
「見つけてよかった」
と、小坂が安心するように、同意して頷いてみせた。
そして、
「もっと早く助けてやれればよかったと思う」
と、また非難されないように予防線を張った。実際、麓戸の後悔するところでもあった。
後悔は、何度も、ちくちくと麓戸の胸を刺した。
「ただ状況が良く飲み込めなかったんだ。それに相手が大勢いたし。オーナーや店長が渋っていて」
麓戸は言い訳を言った。そう何度も自分で自分をなだめてきたのだ。
小坂は、言い訳する麓戸を冷たい目で見ていた。
「そう。でも僕はその間、地獄のような時間でした。それは今も終わっていない」
小坂は麓戸を恨むような口調で言った。
「ああ、俺は言い訳ばかりしてる。オデトをもっと助けたいのに、どうしていいかわからないんだ」
麓戸は頭を抱えた。
「俺はオデトの望むようにできているだろうか?」
麓戸は問いかけた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる