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第二十二章
イケメン教師は、麓戸が変わったと思う
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「俺が店をやめたのも、そういうわけさ。オデトのためにも、自分のためにもならないと思ったんだ」
麓戸が言った。
「僕のために、店をやめたんですか?」
小坂は不安になった。麓戸に迷惑はかけたくなかった。
「いや、気にしないでくれ。他の事業が忙しくて、というのもある。この店は、趣味みたいなものだったし」
麓戸は慌てたように言い直した。麓戸は、苦悩するような表情でさらに告白した。
「その……オデトを他の人に抱かせるのがつらくなってきたんだ」
嘘だ。想像しただけで興奮してたくせに。と小坂は思った。
「そんな俺は、つまらないか?」
麓戸が不安そうに問いかけてきた。
どうだろう。つまらないかもしれない。愛されているのはわかるのに。
「つまらないですね。僕は刺激的なのが好きなので」
小坂は答えた。少し挑戦的だったかもしれない。自分が弱いものに見られたくなかった。弱い善人より、強い悪者のふりをしたかった。
麓戸は戸惑ったような顔をして言った。
「そうか。刺激に嗜癖しているんだな。もう、そういうことは、やめにしてほしいけど、でも、オデトに会うと、自分も狂ってしまう」
結局、この人も、また僕のせいにするのか。自分が喜んでいたくせに。
「僕は狂っているんですかね」
小坂は皮肉な調子で言った。
麓戸は、小坂の毒のある皮肉には取り合わずに、小坂をいたわるような調子で応えた。
「つらいことがありすぎたんだと思う。少しずつ、よくなっていくのを俺は見守っているよ」
麓戸があたたかい目をしている。おかしい。こんな人だっただろうか。息子と再会して、つまらない人になってしまったのだろうか。
「僕のことは、悪照君より大事じゃないから捨てるんですね。僕は、もう用済みになったから」
小坂は怒りをこめて言った。心の中で見捨てられ不安が爆発していた。
「えっ、そんなこと言ってないじゃないか。オデトのことはずっと大事に思っているよ」
口だけなら何とでも言える。小坂は言った。
「この店もやめてしまったなんて」
この店の、この部屋には、いろんな思い出があった。麓戸が小坂のために、いろいろしてくれていたのは、わかっていた。
「オデト以外とするプレイに興味がなくなったんだよ」
困ったような顔をして麓戸が言う。紳士ぶって。らしくない。腹が立った。露悪的で悪趣味の、あの麓戸じゃない。小坂の知っている麓戸は、もうそこにはいなかった。
「じゃあ、もう、エッチな指示もしてくれないんですか」
言っていることが、ばかげているのはわかっている。そんな指示をしてほしいだなんて。だけど、自分たちは、そういう関係じゃなかったのか。お互い必要性がなくなったら、捨てられるのといっしょだ。ずっと自分を必要としてほしかったのに。
「うん……やめよう。オデトは、そういう関係でないと嫌なのか?」
麓戸が自分のことを必要としてくれないなんて、僕である必要がないじゃないか。
「楽しかったのに……」
求められていると思うのは嬉しかった。
「そうかな。苦しかったんじゃないか?」
麓戸が問う。
「苦しかったけど」
確かに、いつも苦しかった。でも、それは麓戸のせいじゃない。
「だったら、もうやめよう。幸せに暮らしたっていいじゃないか。オデトと甘ったるいエッチがしたいな」
麓戸がそう言って微笑んだ。だが、麓戸の態度が軟化すればするほど、小坂は頑なな気持ちになった。
「僕は嫌です。そんなことなら、僕は神崎先生にしてもらいます」
神崎の名前を出すと、麓戸が気を悪くすることを知っていて、わざと言った。
「えっ。爛れてるなあ」
麓戸は苦笑した。嫉妬してくれるかと思いきや、
「既婚者だぞ。奥さんに訴えられるぞ」
と少し狼狽したように言っただけだった。
「案外、倫理的なんですね」
悔しいので、小坂は小馬鹿にしたように鼻で笑って言った。
「オデトのことを心配しているんだよ」
挑発には乗らずに麓戸は答えた。自分がそそのかしたくせに、今さら何言ってるんだ。
「大丈夫です。奥さんも知ってるみたいですし」
知っているかどうか、本当のところはよくわからなかった。だが、神崎校長は、奥さんとしてみないかと、小坂にもちかけてきたことがある。そんなことを言うくらいだから、小坂と神崎の関係も奥さんは知っているのだろうと、なんとなく思っていた。
「ええっ。どうなってんだ」
麓戸は、あきれたように言った。
小坂は、決心できた気がした。
麓戸は前からこんなに優しかっただろうかと小坂は思い返した。自分が気づかなかっただけかもしれない。けれど、麓戸が池井のことを話して楽になったのかもしれないと思った。
優しい麓戸も、嫌ではなかった。でも慣れていなかった。平和な関係に慣れていない。スリリングで苦しい関係に慣れきっていた。それが小坂にとっての普通だったから。それで、ぞんざいな応対をしてしまった。でも、本当は嬉しかった。優しくされて、本当は嬉しかった。素直に、そのことが言えなかった。
もっと、駄々をここねて。甘えたかった。そんな風に、思うままの悪い態度でも、優しくしてほしかったから。
麓戸が言った。
「僕のために、店をやめたんですか?」
小坂は不安になった。麓戸に迷惑はかけたくなかった。
「いや、気にしないでくれ。他の事業が忙しくて、というのもある。この店は、趣味みたいなものだったし」
麓戸は慌てたように言い直した。麓戸は、苦悩するような表情でさらに告白した。
「その……オデトを他の人に抱かせるのがつらくなってきたんだ」
嘘だ。想像しただけで興奮してたくせに。と小坂は思った。
「そんな俺は、つまらないか?」
麓戸が不安そうに問いかけてきた。
どうだろう。つまらないかもしれない。愛されているのはわかるのに。
「つまらないですね。僕は刺激的なのが好きなので」
小坂は答えた。少し挑戦的だったかもしれない。自分が弱いものに見られたくなかった。弱い善人より、強い悪者のふりをしたかった。
麓戸は戸惑ったような顔をして言った。
「そうか。刺激に嗜癖しているんだな。もう、そういうことは、やめにしてほしいけど、でも、オデトに会うと、自分も狂ってしまう」
結局、この人も、また僕のせいにするのか。自分が喜んでいたくせに。
「僕は狂っているんですかね」
小坂は皮肉な調子で言った。
麓戸は、小坂の毒のある皮肉には取り合わずに、小坂をいたわるような調子で応えた。
「つらいことがありすぎたんだと思う。少しずつ、よくなっていくのを俺は見守っているよ」
麓戸があたたかい目をしている。おかしい。こんな人だっただろうか。息子と再会して、つまらない人になってしまったのだろうか。
「僕のことは、悪照君より大事じゃないから捨てるんですね。僕は、もう用済みになったから」
小坂は怒りをこめて言った。心の中で見捨てられ不安が爆発していた。
「えっ、そんなこと言ってないじゃないか。オデトのことはずっと大事に思っているよ」
口だけなら何とでも言える。小坂は言った。
「この店もやめてしまったなんて」
この店の、この部屋には、いろんな思い出があった。麓戸が小坂のために、いろいろしてくれていたのは、わかっていた。
「オデト以外とするプレイに興味がなくなったんだよ」
困ったような顔をして麓戸が言う。紳士ぶって。らしくない。腹が立った。露悪的で悪趣味の、あの麓戸じゃない。小坂の知っている麓戸は、もうそこにはいなかった。
「じゃあ、もう、エッチな指示もしてくれないんですか」
言っていることが、ばかげているのはわかっている。そんな指示をしてほしいだなんて。だけど、自分たちは、そういう関係じゃなかったのか。お互い必要性がなくなったら、捨てられるのといっしょだ。ずっと自分を必要としてほしかったのに。
「うん……やめよう。オデトは、そういう関係でないと嫌なのか?」
麓戸が自分のことを必要としてくれないなんて、僕である必要がないじゃないか。
「楽しかったのに……」
求められていると思うのは嬉しかった。
「そうかな。苦しかったんじゃないか?」
麓戸が問う。
「苦しかったけど」
確かに、いつも苦しかった。でも、それは麓戸のせいじゃない。
「だったら、もうやめよう。幸せに暮らしたっていいじゃないか。オデトと甘ったるいエッチがしたいな」
麓戸がそう言って微笑んだ。だが、麓戸の態度が軟化すればするほど、小坂は頑なな気持ちになった。
「僕は嫌です。そんなことなら、僕は神崎先生にしてもらいます」
神崎の名前を出すと、麓戸が気を悪くすることを知っていて、わざと言った。
「えっ。爛れてるなあ」
麓戸は苦笑した。嫉妬してくれるかと思いきや、
「既婚者だぞ。奥さんに訴えられるぞ」
と少し狼狽したように言っただけだった。
「案外、倫理的なんですね」
悔しいので、小坂は小馬鹿にしたように鼻で笑って言った。
「オデトのことを心配しているんだよ」
挑発には乗らずに麓戸は答えた。自分がそそのかしたくせに、今さら何言ってるんだ。
「大丈夫です。奥さんも知ってるみたいですし」
知っているかどうか、本当のところはよくわからなかった。だが、神崎校長は、奥さんとしてみないかと、小坂にもちかけてきたことがある。そんなことを言うくらいだから、小坂と神崎の関係も奥さんは知っているのだろうと、なんとなく思っていた。
「ええっ。どうなってんだ」
麓戸は、あきれたように言った。
小坂は、決心できた気がした。
麓戸は前からこんなに優しかっただろうかと小坂は思い返した。自分が気づかなかっただけかもしれない。けれど、麓戸が池井のことを話して楽になったのかもしれないと思った。
優しい麓戸も、嫌ではなかった。でも慣れていなかった。平和な関係に慣れていない。スリリングで苦しい関係に慣れきっていた。それが小坂にとっての普通だったから。それで、ぞんざいな応対をしてしまった。でも、本当は嬉しかった。優しくされて、本当は嬉しかった。素直に、そのことが言えなかった。
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