イケメン教師陵辱調教

リリーブルー

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第二十八章 変わりゆく関係

小坂、一人涙する、からの、ありがとう。

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 扉が閉まった。
 麓戸の足音が遠ざかる気配は、すぐに途切れて、静寂が戻った。

 小坂はそのまま、玄関の白い壁に背を預け、目を閉じた。

 気を張っていた糸が、ぷつんと音もなく切れたように感じた。

 涙が、こぼれた。

 声は出なかった。
 でも、頬を伝って落ちる感触が、自分の中にたしかにあった。

 ――神崎の奥さんとも、もう会わない。息子もいる、夫も戻った、家族がいる。

 ――オテルにも、あの母親にも、新しい家庭がある。
 ――麓戸にも、元妻と息子がいて、親兄弟もいて、親戚もいる。

 ――自分には、誰もいない。

 そんなこと、わかっていたのに。
 なのに、今さら、胸が痛かった。

 でも――

 「……夕飯、美味しかったな」

 麓戸が作ってくれた夕食。麓戸といっしょに食べた、あたたかいスープの香り。
 焼かれたパンの音、ほのかに漂っていたバジルの香り。
 神崎の奥さんの洒落た手料理はもう食べられないのが残念だけど。
 でも、今宵は麓戸が、自分の側にいてくれた。

 そう思い出しただけで、また涙がひとすじ、流れた。

 小坂は、スマホを手に取り、指を迷わせたあと、通知を確認した。

 ――えっ!? 麓戸さんから連絡が来ている!

 ーーちょっと戻っていいか? 忘れ物。玄関の鍵開けてくれる?

 急いでドアを開けると、麓戸がいた。
 「声が響くから、中に入れて」
 と言う。
 「はい」
 「音、気にしてただろ? 玄関も響くよな。上がっていい?」
 「いいですけど……」
 はやる気持ちを抑え、戸惑いながら、部屋に戻る。
 「まあ、『男』が来てるって思われるのは、まずいよな。俺のところは、オーナーが俺だからいいけど。それに防音には、かなり気をつかって作ったからな。おかげで建築費用が嵩んだけどな」
 小坂を落ち着かせるためか、自分を落ち着かせるためか、麓戸は、そんなどうでもよい話をする。麓戸の声は低く柔らかで耳に心地よい。聞いているだけで心の緊張がほどける。

 「ところで、忘れ物って何ですか? 見当たらないけど……」

 「いや。……おまえが泣いてる気がしたから」

 その一言で、小坂の喉が詰まった。

 「……オテル君が待ってるじゃないですか」

 そう言ったのに、声が震えた。

 麓戸は、ほとんど溜息のように言った。

 「……あいつは、俺がいない方がせいせいしてると思ってる」

 「そんなことないと思いますよ。……そんなのは口だけです」

 小坂は聞いた。

 「……連絡、してあります?」

 「……ああ。ちょっと出かけるが、今日中には戻るって言ってある」

 「……なら、もう少しだけ」

 そう言って、小坂は麓戸の胸に額をあずけた。

 小坂は泣いていたけれど、麓戸の手のひらが背に添えられた瞬間、
 心が静かに落ち着いていった。

ーーー

 小坂は、袖口でそっと涙をぬぐった。

 いつもは、泣いている姿を見られるのが嫌だった。
 でも今は、そういう気持ちすら残っていない。
 ただ、ありがとうと言わなきゃ、と思った。

 「……行ってください。もう大丈夫です」

 そう言うと、麓戸は黙ってうなずいた。

 ふたりで玄関へ向かう。
 靴を履く麓戸の背中に、小坂は少しだけためらってから言葉をかけた。

 「今夜は、ありがとうございました。……ごはんも、全部」

 麓戸は顔を上げて、やわらかく笑った。

 「また作るよ。いくらでも」

 「……はい」

 ドアを開ける。夜風が、すこしだけひんやりしていた。

 「じゃあな」

 「おやすみなさい」

 麓戸が廊下へ出る。
 その背中が見えなくなる前に、小坂は思わず口を開いた。

 「気をつけて、帰ってください」

 麓戸は振り返らず、手だけを軽く上げて応えた。

 ドアを静かに閉めたあと、小坂は深く息を吐いた。

 そして、ひとり分の静けさに戻った部屋の中、
 小さく呟くように、心の中でもう一度だけ言った。

 (……ありがとう)
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