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第二十八章 変わりゆく関係
イケメン教師の願望、しおらしい麓戸。
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最近、誰とも寝ていない。
神崎校長とも。麓戸遥斗とも。
二人の、奇妙な沈黙。あの二人が、こんなに長く誘ってこないのは、おかしい。何かある。
つまり、きっと、そういうことだろう。
二人は寝ている。
神崎校長の家で目撃したように。最初は、小坂もいっしょだった。でも、次第に、小坂の目線がうとましくなるのは、容易に想像できることだった。二人だけの世界。のけ者にされたような、疎外感と寂しさ。
でも、神崎の奥さんがいたから大丈夫だった。三人から求められたら、さすがに身がもたない。二人から求められるのだって、けっこう大変だったんだから。などと余裕で思っていた。最初は。
しかし、こうも日が経つと、そして、神崎の奥さんからの誘いがなくなると、心に空虚がしのび入る。神崎の奥さんから時折、連絡は来るけれど。どうも、何か、変化が起こっているらしい。
神崎校長は、職場で毎日、顔を合わせる。だが、個人的な話しをされることはない。忙しそうにしているので、こちらからは、声をかけづらい。
麓戸も、仕事も忙しいのだろうと思ってしまって、連絡できないでいた。
◆
小坂は想像する。
ドアの前に麓戸が立っていたら――その静かな顔を見たとき、小坂の心は不意に波立つだろう。雨に濡れたあの人を見て感じる欲情。あの人の顔を見たら、そうなる。久しぶりの高揚感。でも、その喜びは隠しておこう。
「久しぶりだな」
濡れたコートを脱ぐこともせず、麓戸は小坂を見つめる。
「……どこかで、誰かと幸せにやってると思ってました」
小坂は、冷たく笑ってやる。
「神崎先生と一緒に老後でも過ごすのかと」
「彼とは終わった。彼は奥さんのところに戻ったよ」
「知ってます」
淡々と返す声の奥に、捨てたはずの感情が眠っていた。
「で、次は僕? またここに戻ってきたんですか?」
麓戸は何も言わない。ただ、重たい視線で、小坂の指先を見つめる。かつて自分を求めたその手。神崎に触れていた指。
小坂はゆっくりと口角を上げる。
「……もう、誰も相手にしてないんです。最近は」
小坂は余裕の表情で言う。
「男も、女も。校長も、あなたも。……疲れちゃったんですよ。そういうの」
静寂が降りる。
麓戸は、濡れたコートを脱いで、小さく息を吐く。
「……それでも、ここに来てしまった。おまえの顔が、見たくなったんだ」
愚かで、身勝手で、遅すぎる告白。
けれどその声音は、昔より少し弱く、少しだけ優しい。
麓戸が、そんな風に、しおらしく来てくれたなら、最高だけど。許してあげてもいいんだけど。でも、そんなわけないんだよなあ。そう都合よくはいかない。だからといって、こっちから連絡するのもしゃくだし。きっかけがないと。
小坂は、ため息をついて、カップに口をつける。
まだ、もう少しなら、我慢できる。
そう思った。
ーーー
作者の新作『君の声しか届かない』公開中。
高校が舞台、無口で毒舌な美形同級生×元女優の母を持つ可愛い演劇部男子。
R18なしですが、心理描写とじれじれ感、切なさはこちらと同様です。こちらより穏やかで癒し系です。
※作品ページ下部のリンク欄から飛べます。
神崎校長とも。麓戸遥斗とも。
二人の、奇妙な沈黙。あの二人が、こんなに長く誘ってこないのは、おかしい。何かある。
つまり、きっと、そういうことだろう。
二人は寝ている。
神崎校長の家で目撃したように。最初は、小坂もいっしょだった。でも、次第に、小坂の目線がうとましくなるのは、容易に想像できることだった。二人だけの世界。のけ者にされたような、疎外感と寂しさ。
でも、神崎の奥さんがいたから大丈夫だった。三人から求められたら、さすがに身がもたない。二人から求められるのだって、けっこう大変だったんだから。などと余裕で思っていた。最初は。
しかし、こうも日が経つと、そして、神崎の奥さんからの誘いがなくなると、心に空虚がしのび入る。神崎の奥さんから時折、連絡は来るけれど。どうも、何か、変化が起こっているらしい。
神崎校長は、職場で毎日、顔を合わせる。だが、個人的な話しをされることはない。忙しそうにしているので、こちらからは、声をかけづらい。
麓戸も、仕事も忙しいのだろうと思ってしまって、連絡できないでいた。
◆
小坂は想像する。
ドアの前に麓戸が立っていたら――その静かな顔を見たとき、小坂の心は不意に波立つだろう。雨に濡れたあの人を見て感じる欲情。あの人の顔を見たら、そうなる。久しぶりの高揚感。でも、その喜びは隠しておこう。
「久しぶりだな」
濡れたコートを脱ぐこともせず、麓戸は小坂を見つめる。
「……どこかで、誰かと幸せにやってると思ってました」
小坂は、冷たく笑ってやる。
「神崎先生と一緒に老後でも過ごすのかと」
「彼とは終わった。彼は奥さんのところに戻ったよ」
「知ってます」
淡々と返す声の奥に、捨てたはずの感情が眠っていた。
「で、次は僕? またここに戻ってきたんですか?」
麓戸は何も言わない。ただ、重たい視線で、小坂の指先を見つめる。かつて自分を求めたその手。神崎に触れていた指。
小坂はゆっくりと口角を上げる。
「……もう、誰も相手にしてないんです。最近は」
小坂は余裕の表情で言う。
「男も、女も。校長も、あなたも。……疲れちゃったんですよ。そういうの」
静寂が降りる。
麓戸は、濡れたコートを脱いで、小さく息を吐く。
「……それでも、ここに来てしまった。おまえの顔が、見たくなったんだ」
愚かで、身勝手で、遅すぎる告白。
けれどその声音は、昔より少し弱く、少しだけ優しい。
麓戸が、そんな風に、しおらしく来てくれたなら、最高だけど。許してあげてもいいんだけど。でも、そんなわけないんだよなあ。そう都合よくはいかない。だからといって、こっちから連絡するのもしゃくだし。きっかけがないと。
小坂は、ため息をついて、カップに口をつける。
まだ、もう少しなら、我慢できる。
そう思った。
ーーー
作者の新作『君の声しか届かない』公開中。
高校が舞台、無口で毒舌な美形同級生×元女優の母を持つ可愛い演劇部男子。
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