2 / 9
森のささやき
しおりを挟む雨上がりの朝だった。
森の奥、ぬかるんだ小道の先に、小さな泉がある。
苔むした岩、しっとりと濡れた木の根。
そこに――彼は、現れた。
「……きれい。」
僕、モコは、ぬるんとした身体を木の陰に潜ませて、じっとその人間の姿を見つめた。
長い銀の髪が、太陽の光を浴びて虹みたいに輝いている。
泉の縁でしゃがみ込んだ彼――フロは、静かに水面を撫でていた。
風が吹けば、その髪がふわりと舞って、僕の心臓(あるかどうかわからないけど)が、キュッて鳴った。
好き。
ああ、これが「好き」って気持ちなんだ。
だけど、僕の身体はピンクで、ぬるぬるしてて、普通の人間とは違う。
フロは僕のことを見たら、きっとまた悲鳴をあげる。
このあいだみたいに。
(――だけど、声を聞きたい。名前を呼んでほしい)
僕は、泉の縁に置かれた彼の服の袖を、そっと、ちょっとだけ引っ張ってみた。
でも、すぐに「ばしゃっ」と水の音がして、彼は立ち上がった。
「……また、いたの? 君」
フロが、こっちを見てる。
でも、僕じゃなくて、空気に問いかけるみたいな声。
わかってる。僕の言葉は届かない。
声も出ないし、人間みたいな顔もしてない。
でも――でもね――!
『す……き……』
届かない音で、僕は彼の背中に向かって、泡のような鳴き声を立てた。
***
その日の夕方、泉にルイがやってきた。
「フロ、またここにいたのか! この森にひとりで来るなって言ったろ。この間、酷い目にあったのを、もう忘れたのか?」
赤い髪が燃えるようで、フロとは正反対の人だ。
ルイはフロの腕をぐいっと引いて、心配そうに眉をひそめていた。
「……大丈夫。あの子は、たぶん……悪くない」
「“あの子”? まさか、また例の触手のやつ?」
フロは、少しだけ頷いた。
ルイは険しい目を森に向けて言った。
「フロに近づくな。次会ったら、ぶった斬る」
……その言葉が、ずっと頭から離れなかった。
ヌルヌルとした僕の心に、ひんやりと冷たい刃が触れたようだった。
好きなのに、近づけない。
触れたいのに、怖がられる。
言いたいのに、伝わらない。
僕は、泉の底で、小さく丸くなった。
(……ねえフロ。僕、どうしたら「好き」って、伝えられるの?)
2
あなたにおすすめの小説
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる