触手ちゃんは綺麗な巫子さんがお好き

リリーブルー

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森のささやき

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雨上がりの朝だった。

森の奥、ぬかるんだ小道の先に、小さな泉がある。
苔むした岩、しっとりと濡れた木の根。
そこに――彼は、現れた。

「……きれい。」

僕、モコは、ぬるんとした身体を木の陰に潜ませて、じっとその人間の姿を見つめた。

長い銀の髪が、太陽の光を浴びて虹みたいに輝いている。
泉の縁でしゃがみ込んだ彼――フロは、静かに水面を撫でていた。
風が吹けば、その髪がふわりと舞って、僕の心臓(あるかどうかわからないけど)が、キュッて鳴った。

好き。

ああ、これが「好き」って気持ちなんだ。

だけど、僕の身体はピンクで、ぬるぬるしてて、普通の人間とは違う。
フロは僕のことを見たら、きっとまた悲鳴をあげる。

このあいだみたいに。

(――だけど、声を聞きたい。名前を呼んでほしい)

僕は、泉の縁に置かれた彼の服の袖を、そっと、ちょっとだけ引っ張ってみた。
でも、すぐに「ばしゃっ」と水の音がして、彼は立ち上がった。

「……また、いたの? 君」

フロが、こっちを見てる。

でも、僕じゃなくて、空気に問いかけるみたいな声。

わかってる。僕の言葉は届かない。
声も出ないし、人間みたいな顔もしてない。

でも――でもね――!

『す……き……』

届かない音で、僕は彼の背中に向かって、泡のような鳴き声を立てた。

***

その日の夕方、泉にルイがやってきた。

「フロ、またここにいたのか! この森にひとりで来るなって言ったろ。この間、酷い目にあったのを、もう忘れたのか?」

赤い髪が燃えるようで、フロとは正反対の人だ。
ルイはフロの腕をぐいっと引いて、心配そうに眉をひそめていた。

「……大丈夫。あの子は、たぶん……悪くない」

「“あの子”? まさか、また例の触手のやつ?」

フロは、少しだけ頷いた。

ルイは険しい目を森に向けて言った。

「フロに近づくな。次会ったら、ぶった斬る」

……その言葉が、ずっと頭から離れなかった。

ヌルヌルとした僕の心に、ひんやりと冷たい刃が触れたようだった。

好きなのに、近づけない。
触れたいのに、怖がられる。
言いたいのに、伝わらない。

僕は、泉の底で、小さく丸くなった。

(……ねえフロ。僕、どうしたら「好き」って、伝えられるの?)
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