触手ちゃんは綺麗な巫子さんがお好き

リリーブルー

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水底の愛、運命の剣

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泉に月が映っていた。

その水面の上、フロと僕は静かに向き合っていた。

「……モコ、その手……」

フロの指が、そっと僕の“新しく生まれた手”に触れた。

人間のように五本の指がある。
でも、完全な人間の手とは少し違う。

肌はうっすらと透明で、内側からピンク色の光がゆらいでいた。
ふれると、ほんのりと熱を帯びて、ぬくもりがじんわりと伝わってくる。

ぬるぬるは消えていた。
代わりに、柔らかくて、あたたかい“生きたぬめり”がそこにあった。

「きれい……」

フロの目が細められる。

「まるで、水の中に咲いた手みたい」

僕はそっと、フロの指を握り返した。

今までは触手でしか触れられなかった。
でも、この“手”なら、フロの手と指を重ねることができる。

言葉がなくても、伝えられる。

この気持ち――

“君を、抱きしめたい”

「……モコ」

フロが、そっと目を閉じた。

僕の顔に見える部分に、唇が近づいてくる。

(これは――“キス”?)

とても静かな、透明な時間だった。

泉のまわりの虫の声も、夜風も、今だけ止まっているような。

そして――

フロのくちびるが、僕の“額”に、そっとふれた。

それは、柔らかくて、とても優しいキスだった。

「……僕、誰かにこんな気持ちになったの、はじめてだ」

フロの声が、かすかに震えていた。

僕のなかの何かが、ふわりと溶けていく。

(フロ……)

もっと、触れたい。

もっと、君の気持ちにふれたい。

もっと――もっと、近くに。

***

そのときだった。

ザッ――と草を踏む音がした。

「……邪魔をする気はなかったんだけどな」

赤い髪が、月明かりを裂くように現れた。

ルイだった。

「ルイ……!」

フロが驚きに声を上げた。

その表情は、どこか罪悪感を含んでいる。

「見てたの?」

「見てたさ。見せつけられたよ。
神殿じゃお前、“神に選ばれなかった”のに――
ここじゃ、触手に選ばれて、甘いキスしてるんだな」

ルイの声は、苦笑の中に苦しさをにじませていた。

「ルイ、僕は……」

「言わなくていい」

ルイが手を上げて制した。

その瞳はまっすぐモコを射抜くように向けられていた。

「……お前が、モコだな」

僕は、動かなかった。

フロの前に立ち、触手の手でフロの肩を守るようにふれた。

「……本気で、フロを守れると思ってるのか」

ルイの手が、剣にふれる。

「神殿がフロを迎えに来たってことは、
あいつは“祭儀”に使われる可能性がある。
それを止めるには――ただの愛じゃ足りねぇんだよ」

(……止めたい)

でも、僕はまだ、剣を持っていない。

話すことも、できない。

僕にあるのは――“手”と、“好き”だけ。

そのとき。

ルイが剣を抜こうとした、瞬間――

「やめて!」

フロが叫んで、モコを抱きしめた。

「もう、誰にも傷ついてほしくない!
ルイ……お願い、モコを信じて」

その声に、ルイの手が止まる。

そして――

「……なあ、モコ」

ルイは、低く、重く、問いかけた。

「お前がフロを本気で守るって言うなら、
――証明してみろ」

---

 🐚次章予告:「ぬめる手で、誓いを」

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