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後日譚・番外編
「推しと添い寝と、眠れぬ夜に」の裏側(ラセル視点)扉の向こうの、声
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俺は、レオナルトの足元を歩いていた。
月が高く昇った深夜。
人気のない廊下は、しんと静まり返っている。
レオナルトは、あまり眠れない夜が多い。
眠れないとき、こうして廊下を歩く癖があるのを、俺は知っている。
だから、猫の姿であとをついていった。
けれど今夜、彼が向かったのは——
シリルの部屋だった。
「……起きているのか」
そう声をかけた彼の声を、俺は足元で聞いていた。
“話がある”
その言葉に、俺の胸がきゅっと縮こまる。
このまま行ってしまうのか? 今、俺がここにいるのに。
「にゃぁ」
思わず、鳴いた。
レオナルトが足を止めた。
「……よしよし、ごめんな。お前は、俺の部屋で休んでていいぞ。俺のふかふかのベッド、使っていいから」
優しい声だった。
甘やかすような、穏やかな手つきで、俺の頭を撫でた。
その手のぬくもりに、思わず目を細めてしまう。
……でも、駄目だ。
ここにいては、邪魔になる。
この扉の向こうで始まろうとしている会話は、きっと、
俺の存在があってはならないものだから。
「……」
レオナルトの言葉に従って、俺は廊下の闇に身を引いた。
ゆっくりと、その部屋の扉が閉まる。
レオナルトが、シリルの部屋へと入っていく。
……それだけのことなのに、
喉の奥が、なんだか焼けるように痛かった。
しばらく、その扉の前でじっとしていた。
ドアの向こうで何を話しているのかは、わからない。
でも、レオナルトの声は、かすかに聞こえてくる。
『……お前が……俺に何を望んでいるのか、最近になってようやく、少しだけわかってきた』
『俺は……誰かの期待に応えたくて生きてきた。戦で、国で、役目で……誰かの“理想”になるために、自分を捨て続けてきた』
『……でも、お前は……俺に“休め”と言った』
ああ。
それは、ずっと、俺が伝えたかったことだ。
戦場では、いつも彼は「誰かのために」戦っていた。
剣を振るう姿しか、誰も見なかった。
その奥で、どれだけ心が削れていたか。
どれだけ自分を捨てていたか。
俺は、遠くから見ていた。
猫の姿で、彼の膝に乗って、
ニャアニャア甘えた声で鳴いて、撫でられているだけだけど——
それでも、伝えたかった。
「……休め」
それを、今はシリルが言ってくれる。
俺が言えなかった言葉を。
彼が、まっすぐな声で届けてくれる。
……悔しい、とは思わなかった。
ただ、静かに……自分の役目が終わりに近づいていることを、
体の奥で、確かに感じていた。
『……今夜は、眠れない』
レオナルトのその言葉が、扉越しに聞こえたとき——
俺は、そっと、その場を離れた。
耳をすますのをやめて、月の下の廊下を歩く。
誰にも気づかれないように、静かに。
今夜、あの人が向き合うべきなのは、俺ではない。
猫でもない。
あのまっすぐな転生者——シリルという人間なんだ。
俺は……その背中を、見送るだけでいい。
それが、
この恋の、俺なりの終わらせ方なんだと思う。
月が高く昇った深夜。
人気のない廊下は、しんと静まり返っている。
レオナルトは、あまり眠れない夜が多い。
眠れないとき、こうして廊下を歩く癖があるのを、俺は知っている。
だから、猫の姿であとをついていった。
けれど今夜、彼が向かったのは——
シリルの部屋だった。
「……起きているのか」
そう声をかけた彼の声を、俺は足元で聞いていた。
“話がある”
その言葉に、俺の胸がきゅっと縮こまる。
このまま行ってしまうのか? 今、俺がここにいるのに。
「にゃぁ」
思わず、鳴いた。
レオナルトが足を止めた。
「……よしよし、ごめんな。お前は、俺の部屋で休んでていいぞ。俺のふかふかのベッド、使っていいから」
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甘やかすような、穏やかな手つきで、俺の頭を撫でた。
その手のぬくもりに、思わず目を細めてしまう。
……でも、駄目だ。
ここにいては、邪魔になる。
この扉の向こうで始まろうとしている会話は、きっと、
俺の存在があってはならないものだから。
「……」
レオナルトの言葉に従って、俺は廊下の闇に身を引いた。
ゆっくりと、その部屋の扉が閉まる。
レオナルトが、シリルの部屋へと入っていく。
……それだけのことなのに、
喉の奥が、なんだか焼けるように痛かった。
しばらく、その扉の前でじっとしていた。
ドアの向こうで何を話しているのかは、わからない。
でも、レオナルトの声は、かすかに聞こえてくる。
『……お前が……俺に何を望んでいるのか、最近になってようやく、少しだけわかってきた』
『俺は……誰かの期待に応えたくて生きてきた。戦で、国で、役目で……誰かの“理想”になるために、自分を捨て続けてきた』
『……でも、お前は……俺に“休め”と言った』
ああ。
それは、ずっと、俺が伝えたかったことだ。
戦場では、いつも彼は「誰かのために」戦っていた。
剣を振るう姿しか、誰も見なかった。
その奥で、どれだけ心が削れていたか。
どれだけ自分を捨てていたか。
俺は、遠くから見ていた。
猫の姿で、彼の膝に乗って、
ニャアニャア甘えた声で鳴いて、撫でられているだけだけど——
それでも、伝えたかった。
「……休め」
それを、今はシリルが言ってくれる。
俺が言えなかった言葉を。
彼が、まっすぐな声で届けてくれる。
……悔しい、とは思わなかった。
ただ、静かに……自分の役目が終わりに近づいていることを、
体の奥で、確かに感じていた。
『……今夜は、眠れない』
レオナルトのその言葉が、扉越しに聞こえたとき——
俺は、そっと、その場を離れた。
耳をすますのをやめて、月の下の廊下を歩く。
誰にも気づかれないように、静かに。
今夜、あの人が向き合うべきなのは、俺ではない。
猫でもない。
あのまっすぐな転生者——シリルという人間なんだ。
俺は……その背中を、見送るだけでいい。
それが、
この恋の、俺なりの終わらせ方なんだと思う。
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◇ ◇ ◇
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