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後日譚・番外編
少年時代
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いつか、痛みに気づけるように――少年たちの記憶より
【1】「孤独があるとき、王子は泣かなかった」
その頃、ラセルは、まだ王太子ではなく王子だった。
「目立たず」「騒がず」「何も求めず」に過ごすことが、幼い彼の身を守る唯一の術だった。
広い玉座の間も、深い庭園の森も、ラセルには、ぜんぶ自分のものじゃない気がしていた。
だから、ある日――黒猫の姿に変身して、木陰でまるくなっていたとき、ふいに誰かの足音がした。
「……おや、こんなところに可愛い黒猫が」
レオナルトは敵国の怖い人で絶対に近づいたらだめと言われていた。
だけどその声は優しくて、触れてくれた手は繊細であたたかかった。
(僕を見つけてくれた。この国では、僕がいなくなっても誰も気づかないから、いてもいなくても、同じなのに)
ラセルがそう思うと、レオナルトは、ふっと息を吐いた。
「俺はどうして、君を見つけたんだろうな」
猫の耳がぴくりと動いた。
「気づいてほしい時に、気づいてもらえないと、人は壊れる。君は、気づいてもらえるうちに、誰かのもとへ行け」
(そんな人なんていないよ。気づいてくれたのは、あなただけだよ)
レオナルトは、ラセルを撫でた。
「そうか、そんな人なんていないか。俺といっしょだな。居場所もなくて、こんなところに隠れていたんだな? よしよし。大丈夫。君には価値があるよ」
それが、ラセルが生まれて初めて――誰かに「さみしい」と伝わった瞬間だった。
【2】「側近候補の少年は、気づかれないままで」
シリルは、幼い頃から“優秀“だった。
小さくても賢くて、気が利いて、言葉を飲み込むのが上手だった。
けれどそれは、誰からも甘えてもいいと思われないということだった。
――叱られない。頼りにされる。でも、誰も、シリルの不安な気持ちには気づかない。
「今日、俺が泣いても、誰にもバレなかったんだよ」
静かな書庫の隅、誰も来ない場所で、シリルは独り言をつぶやいた。
そのとき、不意に近くの椅子がきぃ、と音を立てた。
「バレてるぞ」
座っていたのは、レオナルトだった。
「なっ……! い、いつから……」
「最初から、見てた」
「……や、やめてよ、恥ずかしい」
「別に恥ずかしくはない。“泣いてる”と“壊れそう”は、だいたい隣だ」
レオナルトは、立ち上がってシリルの前にしゃがんだ。
「泣いていい。俺の前なら」
そのひと言に、シリルの目から、涙がこぼれた。
「レオナルトさま……」
「うん。何も言わなくていい。おまえは、そのままで十分だよ」
静かな時間だった。誰にも知られずに壊れていくことを、防いでくれる人がいたのだと、初めて思えた。
【3】「3人の子どもたちが、大人になった日」
その夜、ラセルは星を見上げていた。
背後には、焚き火。その向こうには、読書をしているシリルと、剣の手入れをしているレオナルトがいる。
「ねえ」
ラセルがぽつりと口を開く。
「僕、あのとき、レオナルトに見つけてもらえなかったら、たぶん、ちゃんと生きられてなかったと思う」
レオナルトは顔を上げなかったが、小さくうなずいた。
「俺も、レオナルトがいなかったら、戦場で生き残れなかっただろうな」
「……俺は、おまえたちに出会わなかったら、“誰かに気づく”ということすら知らずに死んでたと思う」
夜風が、火を揺らした。
「じゃあさ」
ラセルが、ちいさく笑った。
「ぼくらが出会ったのって、きっと、偶然じゃなくて――過去のちいさな自分たちが、“助けて”って願ってたからなんだよ」
「……かもね」
「そうかもしれないな」
そして、3人は黙った。
夜の星の下で、確かにひとつの想いがあった。
――誰かに気づいてもらえるということは、こんなにも救われるものだと。そして、自分もまた、いつか誰かを救える存在でありたいと。
誰にも言わないけれど、きっと3人とも、そう思っていた。
◆
掌編のおわりに
子どものころのさみしさは、忘れてしまったつもりでも、
大人になっても、ずっと心のどこかに残っています。
でも、誰かにそっと見つけてもらった記憶もまた、
あたたかく、心を支え続けてくれるものです。
このお話が、あなたの中の小さな子どもに、
すこしでも優しく届きますように。
そして、あなた自身が、誰よりも自分の味方でいられますように。
番外編・後日譚のお話は、まだ終わりではありませんので、ご安心を!
【1】「孤独があるとき、王子は泣かなかった」
その頃、ラセルは、まだ王太子ではなく王子だった。
「目立たず」「騒がず」「何も求めず」に過ごすことが、幼い彼の身を守る唯一の術だった。
広い玉座の間も、深い庭園の森も、ラセルには、ぜんぶ自分のものじゃない気がしていた。
だから、ある日――黒猫の姿に変身して、木陰でまるくなっていたとき、ふいに誰かの足音がした。
「……おや、こんなところに可愛い黒猫が」
レオナルトは敵国の怖い人で絶対に近づいたらだめと言われていた。
だけどその声は優しくて、触れてくれた手は繊細であたたかかった。
(僕を見つけてくれた。この国では、僕がいなくなっても誰も気づかないから、いてもいなくても、同じなのに)
ラセルがそう思うと、レオナルトは、ふっと息を吐いた。
「俺はどうして、君を見つけたんだろうな」
猫の耳がぴくりと動いた。
「気づいてほしい時に、気づいてもらえないと、人は壊れる。君は、気づいてもらえるうちに、誰かのもとへ行け」
(そんな人なんていないよ。気づいてくれたのは、あなただけだよ)
レオナルトは、ラセルを撫でた。
「そうか、そんな人なんていないか。俺といっしょだな。居場所もなくて、こんなところに隠れていたんだな? よしよし。大丈夫。君には価値があるよ」
それが、ラセルが生まれて初めて――誰かに「さみしい」と伝わった瞬間だった。
【2】「側近候補の少年は、気づかれないままで」
シリルは、幼い頃から“優秀“だった。
小さくても賢くて、気が利いて、言葉を飲み込むのが上手だった。
けれどそれは、誰からも甘えてもいいと思われないということだった。
――叱られない。頼りにされる。でも、誰も、シリルの不安な気持ちには気づかない。
「今日、俺が泣いても、誰にもバレなかったんだよ」
静かな書庫の隅、誰も来ない場所で、シリルは独り言をつぶやいた。
そのとき、不意に近くの椅子がきぃ、と音を立てた。
「バレてるぞ」
座っていたのは、レオナルトだった。
「なっ……! い、いつから……」
「最初から、見てた」
「……や、やめてよ、恥ずかしい」
「別に恥ずかしくはない。“泣いてる”と“壊れそう”は、だいたい隣だ」
レオナルトは、立ち上がってシリルの前にしゃがんだ。
「泣いていい。俺の前なら」
そのひと言に、シリルの目から、涙がこぼれた。
「レオナルトさま……」
「うん。何も言わなくていい。おまえは、そのままで十分だよ」
静かな時間だった。誰にも知られずに壊れていくことを、防いでくれる人がいたのだと、初めて思えた。
【3】「3人の子どもたちが、大人になった日」
その夜、ラセルは星を見上げていた。
背後には、焚き火。その向こうには、読書をしているシリルと、剣の手入れをしているレオナルトがいる。
「ねえ」
ラセルがぽつりと口を開く。
「僕、あのとき、レオナルトに見つけてもらえなかったら、たぶん、ちゃんと生きられてなかったと思う」
レオナルトは顔を上げなかったが、小さくうなずいた。
「俺も、レオナルトがいなかったら、戦場で生き残れなかっただろうな」
「……俺は、おまえたちに出会わなかったら、“誰かに気づく”ということすら知らずに死んでたと思う」
夜風が、火を揺らした。
「じゃあさ」
ラセルが、ちいさく笑った。
「ぼくらが出会ったのって、きっと、偶然じゃなくて――過去のちいさな自分たちが、“助けて”って願ってたからなんだよ」
「……かもね」
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そして、3人は黙った。
夜の星の下で、確かにひとつの想いがあった。
――誰かに気づいてもらえるということは、こんなにも救われるものだと。そして、自分もまた、いつか誰かを救える存在でありたいと。
誰にも言わないけれど、きっと3人とも、そう思っていた。
◆
掌編のおわりに
子どものころのさみしさは、忘れてしまったつもりでも、
大人になっても、ずっと心のどこかに残っています。
でも、誰かにそっと見つけてもらった記憶もまた、
あたたかく、心を支え続けてくれるものです。
このお話が、あなたの中の小さな子どもに、
すこしでも優しく届きますように。
そして、あなた自身が、誰よりも自分の味方でいられますように。
番外編・後日譚のお話は、まだ終わりではありませんので、ご安心を!
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