転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー

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後日譚・番外編

なぜ“俺”だったのか。記憶がほどける時──記憶の継承者。

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 夜の離宮は静かだった。窓の外では風が枝を揺らし、星々が夜空にしっとりと溶けている。

 書斎の机に広げられた書類を、指先で整えながら――ふと、シリルは手を止めた。

「……どうして、俺がここにいるんだろうな」

 ぼそりと、誰にも聞かせるつもりのなかった独り言。けれど、それは自分の中で何度も問い返してきた言葉でもあった。

 転生して、この物語の中に来た。読者だったはずの“俺”が、今やレオナルト公爵の側近になっている。いや、今ではレオナルト王の王配だが。物語を変えてしまった当人でありながら、その流れに自分自身が一番違和感なく馴染んでいる。

 けれど――おかしいと思ったのは、“記憶”だ。

(この国の書庫の匂いを、俺は知っていた。幼い頃に、あの書庫の隅にしゃがみ込んでいた記憶がある。レオナルトに頭を撫でられて、泣いた……そんな光景が、まるで自分のものみたいに残ってる)

「……あれは、“俺”じゃなかったはずなのに」

 記憶が、ふたつ存在していた。

 ひとつは、“現実の自分”のもの。もうひとつは、どう考えても、この物語世界で過ごした“シリル”のもの――。

 シリルが考え込んでいると、部屋の扉が開いた。

「また働いてるのか」

 レオナルトだった。夜着に黒いマントを羽織っただけの姿で、無隣の椅子に腰を下ろす。

「……ちょっと考えごとを」

「そうか」

 レオナルトはそれ以上何も問わず、手元の紙束を何気なくめくっていた。だが、ふと、言葉がこぼれた。

「ふと思い出したんだが、そういえば、お前……子どもの頃にも、あの書庫で俺の前で泣いてくれたな」

 シリルの背筋がぴんと張った。

「……え?」

「覚えてないのか? 誰にも見つからないようにしていたつもりだろうが……お前は、よく部屋の隅で一人で泣いていた」

「……それ、“俺”じゃなくないですか?」

 レオナルトが眉をひそめる。

「……何を言っている。あれは、間違いなくお前だった」

 穏やかだった声が、少しだけ揺れた。

「人目を避けて、部屋の奥の隅で膝を抱えていた。顔を隠して泣いてた幼いお前を、俺は……ちゃんと覚えてる」

 そのとき、シリルの胸の奥で、何かが――静かに軋んだ。断片的な、けれど妙に生々しい記憶が、彼の中で揺らめく。

 広く、静かな書庫。泣いてはいけないと思っていた幼い自分。でも、あの時。確かに、自分の名前を呼んでくれた人がいた。

 「泣いていい。俺の前なら」

――あの声は、今、目の前にいる、この人の声だった。頭では否定したはずの記憶が、心のどこかで、やさしく繋がっていく。

「……まさか、俺が、“物語の中のシリル”だったって……?」

 呟いたシリルの声は、まるで霧のように淡く、けれど確かな温度を持っていた。レオナルトは黙って頷いた。

「お前が“転生して来た”のは、俺にとって、奇跡だよ」

 まなざしは真っ直ぐに、シリルの瞳を見つめていた。かつて滅びるはずだった物語。

 だがそこに、異世界からやって来た、新しい“主人公”が入り込んだことで、運命は変わった。

 だけど、もしかしたら、この新しい“主人公”は、物語にいた“あの少年”の魂を引き継いでいたのではないか。

「……最初から、お前はシリルだった。俺はそう思ってる」

 レオナルトの言葉に、シリルは目を伏せた。夜の空気は、少し、ひんやりしてきた。それでも心は、不思議とあたたかかった。

(そうか……ずっと、繋がってたんだ。最初から)

 あの日、壊れそうだった少年は、いま、レオナルトの隣にいて、確かに生きている。

「お前は、どう思っているんだ?」

「……“元々のシリル”と、今の俺は……違う存在だと思ってたんです」

少しの沈黙。それでも、レオナルトはすぐに答えた。

「だが、俺には同じに見える。泣いていた少年も、今こうして俺の隣にいるお前も――同じに、愛おしい」

「……」

 静かに肩が震えた。自分でもわからないままに、胸の奥が熱くなっていた。

「シリルさん、それ、やっぱり……」

 扉の陰からラセルが姿を見せた。

「えっ、いたの?」

「うん、立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど、今の話、たぶん、説明できる」

 ラセルはすっと部屋に入り、空いていた一冊の魔導書を取り出す。そこには、魂の構造に関する記述が並んでいた。

「ねえ、君がこの世界に来た理由……それは、“ただの読者”だったからじゃない」

「……?」

「“シリル”という存在の魂が、自分の気持ちを、誰かに継いでもらいたかったんだ。
誰にも甘えられず、何も訴えられなかったシリルが――その思いを、“誰か、自分を知ってくれてる人”に、託したかったんだよ」

 ラセルはやわらかく笑う。

「だから、君が選ばれた。君は、おそらく、君の現実世界で、物語に描かれていなかったシリルと似たような経験をし、似たように感じていたのだろう。だから物語の中で誰よりも彼を見て、感じて、痛みを共有してくれた。そこまで描かれていなかったにもかかわらず、魂が共鳴して、君を呼び寄せたんだと思う」

「……じゃあ、俺は……」

「うん。“転生”というか、“重なり”なんだと思う」

「……」

 シリルは、自分の胸に手を当てた。

(あの書庫での記憶は、俺の中に確かにある。でもそれは、“俺だけのもの”じゃなかった。原作のシリルの想いが、原作には描かれていなかったシリルの想いが、ずっとここに、このシリルの身体に、残っていたのか)

「……わかったよ。俺は、“二人分の想い”を背負ってるってことだね」

 そう言ったとき――レオナルトが、そっと手を伸ばしてシリルの手を包んだ。

「なら、その全部を、俺が受け取る。これからは、誰にも託さなくていい。俺が、そばにいるから」

 シリルは、レオナルトの手を握り返した。

 もう、大丈夫だった。“彼”の記憶も、“自分”の痛みも――どちらも、ひとつの命の証だったのだから。



 「どうして俺なんだ」と思ってた。だけど今なら、答えられる。

 あの日、ひとりで泣いていた“少年”がいたから、俺は、ここにいる。

 そして今、隣には――その少年が、ずっと待っていた人がいる。

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