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怪盗シャーマナイト

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「学園長の執務室で、強盗殺人が起きたらしいです」

 校門前でマーガレット達を待っていたギルバートがそう言った。

「強盗殺人……ですの?」

 聞きつけた噂を訝しむマーガレット。突然現れた居るはずのない人物の謎ではないのか。

「……誰から聞きましたのそれ?」

 顎に指を当て、考え込むマーガレット。あの肖像画の部屋はやはり学園長の部屋だったのだろう。暗くてよくわからなかったけれど、部屋は荒らされていただろうか。

「あちらのご令嬢方が」

 ギルバートは少し遠くで噂話をしているらしき女子生徒らを手のひらで指し示した。アレクサンダーとの立ち回り以来、マーガレットのいない時は時折女子に囲まれている。愛想を振りまくでもないが案外フランクに接するので、話しやすさもあるようだ。

「その……学園長様は、手遅れ、なのですよね……?」

「学園長?」

 少し青ざめたハンナの言葉に、マーガレットは首を傾げる。

「ああ。殺されたのは学園長じゃないみたいです。側近の方がなにかだとか。生徒に馴染みのない人ですかね。誰も知らないみたいだし。さすがに死後一時間は経っていると思いますよ」

 そこまで聞いてやっと、マーガレットは思い至る。学園長の執務室で強盗だなんて聞いたら、ハンナのように学園長が殺されたと思うのが普通かもしれない。

 不自然な反応をしてしまっただろうかとギルバートの様子を見たが、特段気にした風はない。最もこういう時の彼の考えは読みづらいのだが。

「そう、ですか。怖い話ですね……」

 ハンナが不安そうに言う。

「マーガレット! ここにいたのか」

 話を遮るようによく通る声が聞こえた。アレクサンダーである。先輩であり護衛でもあるライナスを連れて、真っ直ぐこちらに向かってきた。

「ギルバートとハンナも揃っているな。一緒に来てくれ」

「何かあったんですか?」

 少し焦ったその様子に、心配そうに尋ねるハンナ。

「ここでは話せないんだ。まずは共に来て欲しい」

 察したマーガレットと、困惑するハンナ。そして何も言わずに従うギルバート。3人はアレクサンダーに促されるまま、教員が会議で使うらしい広間に案内された。

 広間では学園長と、その周りの教員が何人か。そこにはタウンゼント先生の姿もあった。

 それから、ノアの姿もある。彼はこちらにほほ笑みかけながら、「や」と手を振った。他に見覚えのある男子生徒も。

 このメンバーはつまり、船上の事件の際、あの場にいて事情を知る者たちだ。

 ――だが1人だけ、その場にいなかった生徒がいる。

 凛とした佇まい。毛先をゆるりと巻いた、ピンクベージュの愛らしい髪色だが、キリ、と引き締まった表情と姿勢、佇まい。背が高く、凛々しい印象を受ける女性である。

 女子生徒にも人気の、男子よりもかっこいい生徒会長。

 カイロス公国の姫君であり、学園の舞踏会の日、シャンデリアによって命を落とす運命にある――

 ナタリー・グランジュの姿がそこにあった。


***


「では、全員揃ったところで話を始めさせてもらう。まずこのことは前回の事件同様、他言無用でお願いしたい」

 学園長が話を始めた。長い髭を蓄え、いつもは柔和な雰囲気の老人だが、今日ばかりは厳しい顔をしている。

「ここ聖ウィンザンド学園にて、副学長の座にあったダルトン教授が、学園長執務室にて遺体で発見された」

 既に事情を知るものが多いせいか、その発言に驚きの反応を示したのは、ハンナと一部の男子生徒のみだった。

「なぜ、本国に送られたはずの彼が?」

 アレクサンダーが問う。学園長は首を振った。

「わからんのだよ。捕らえてあった牢獄から突然姿を消したようだ」

「へええ、まるで魔法みたいだなぁ。今度こそ魔女でも現れましたかね」

 空気を読まないノアが、また軽い口調で発言した。

「あの、司祭様は……ご無事なのでしょうか」

 ハンナが遠慮がちに言う。少し世話になった人物のことだ。気がかりなのだろう。

「その事なのだが……集まってもらった理由はそこにある」

 学園長は困ったように続ける。

「彼も消えてしまい、行方不明でな。あの事件に関わった者たちに万が一のことがあれば、と」

「つまり、犯人はあの司祭であるとお考えでしょうか」

 アレクサンダーが問うと、学園長は再び首を振る。

「……少なくとも手を下したのはは、どうやら別の人物のようだ。だが逃げられておる」

「一体、それは」

「怪盗シャーマナイトを名乗る、若い男だ」

「そ、」

  突然出された名前に、マーガレットはつい声を出しそうになったが、ギルバートが軽くマーガレットの腕を引き、止める。

「何者です? それは」

「わからんのだ。ドアに血文字でそう書いてあったことしか。それから金庫が破られて、貴金属と書類がいくつか紛失した」

「若い男というのは?」

「守衛が目撃しておる。黒い外套に異国の仮面の男が姿を現し、そして夜の闇に消えたと」

「……足取りは、つかめているのでしょうか」

「否。目下捜索中である。目的も、正体も謎めいておる。今わかることは、あの事件の関係者が殺され、行方不明ということのみ。故にお主らには気をつけてもらいたい。人の口に戸は建てられんが、どのような発言、行動が危険に繋がるかわからんのだ。学園としても警備をより強固にする。身元の確かな者ならば護衛を雇い増やしても構わんし、休学の相談も乗ろう」

「クロノスからも、警備兵を派遣しましょう」

「では、我がカイロスからも」

 アレクサンダーの発言に乗るように、ナタリーも口を開く。ハスキーボイスだがよく通る声だ。

「うむ。伝えたいことはそれだけである。くれぐれも危険な行動は慎むよう」

 教員達によって、生徒たちは帰るよう促される。その中の一人が、マーガレットたちの方へ駆け寄ってきた。

「ギル、少しいいか?」

 ノア達と扉を破った男子生徒の1人である。ギルバートが応じると、少し離れたところで会話を始めた。

 笑みも見せていたので、どうやらそれなりに親しい様子だ。

「マーガレット、ハンナ」

 ギルバートは一旦置いて、マーガレット達も戻ろうとすると、今度はアレクサンダーが駆け寄ってくる。

「君たちは残ってくれ。まだ聞いて欲しい話がある」

 これ以上、何があるというのか。考えられるとしたらカイロス公国の姫、ナタリーの存在だろう。船に同乗すらしていなかったであろう彼女がなぜここにいるのかは、マーガレットも気になっていたのだ。

「王子様、俺は?」

 ノアが馴れ馴れしく割って入ってくる。

「君は帰ってくれ」

「冷たいなぁ」

 ピシャリと拒否するアレクサンダー。ヘラヘラ笑う彼をライナスが半ば強引に連れ出そうとする。

「ギルはいてもらって構いませんの?」

 友人に手を振り、戻ってこようとするギルバートに目線を送る。

「あぁ。居てもらった方がいいだろう」

 アレクサンダーが頷いた。

「ずるいなぁ」

 ノアが文句を言うが、ライナスに連行されるまま去っていく。

「ギル、お知り合いでしたの?」

「ルームメイトです。セオドア・カッシング。カイロスの子爵家らしいですが」

「何の話でしたの?」

「男同士の話です。それより、戻らないんですか?」

「君たちにはまだ話があるんだ」

 アレクサンダーが再び説明すると、ギルバートはやや面倒そうに頷いた。

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