探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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怪盗シャーマナイト

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 その夜、マーガレットは早速寮を抜け出した。厳戒態勢ではあるが、見回りにさえ注意をすれば校内に入り込むのは難しくなかった。

 シャーマナイトと使った通路をうっすらと覚えていたからだ。良からぬものに出くわさないことを祈りながらそれを活用しつつ、借り物の鍵で目的のドアを開ける。隠密の大冒険に少し心が高揚していた。

 隠し通路の当たりはついている。ステップを踏んだ時に、一部の床の響きが違った。マーガレットはその近くの壁を調べる。程なくして、以前小さな教会で見つけたような仕掛けスイッチを発見する。持参した明かりと学園の地図を頼りに、マーガレットは慎重に道を進む。今日は助けてくれる人がいないのだ。

  思った以上に呆気なく、外に出ることは成功した。通路を歩いて歩いて、出た先はどこかの路地裏だった。出口が建物内だったり既に潰れていたらどうしようかと思ったが、その心配はなかったようだ。路地から出るとちょっとした繁華街である。綺麗だが露出の多い女性が立っていたり、汚らしい服を着た生気のない顔の男が座り込んでいたり、怪しい商人風の男がウロウロしていたり。

 当然、貴族のお嬢様であるマーガレットの知らない、怖い世界である。ひとまずこの場所は早足で去ろうと、外套のフードをかぶり大通りへ踏み出す。ちなみに、街へ出てからのことは何も計画していない。何か怪盗の手がかりでも聞き込み出来れば、という程度である。

「お嬢ちゃん。綺麗そうなお顔をしているね」

 大通りに出てほどなく、マーガレットは腕をつかまれる。

「随分と身なりもいいようだが」

 フードを取られ、品定めをするようにジロジロと、数人の男に見下ろされる。平民風の服を選んでいるとはいえ、まだ上等の布を使った服を着ているのだ。目立って当然なのである。

「どっかのお嬢さんだな、こりゃ。家出でもしてきたか?」

 クイ、と顎を持ち上げられる。マーガレットは恐怖で固まる。

「は、離して!」

 何とか暴れようと試みるも、男はビクともしなかった。

「上玉だ。かなりの高額になるぜぇ、こりゃあ」

 マーガレットは冷や汗を流し、目からも涙が滲み出てきた。いきなりこんな事になるなんて。学園都市だからそこまで治安は悪くないと踏んでいたが、かなり甘かった。

 よくある光景なのか、周りは眺めるばかりで、助けが来る気配もない。

「は、離しなさいよ無礼者! わたくしは名誉あるルーク……」

「あれぇ!? 君、マリーじゃないか。こんな所にいたのか、探したよ」

 マーガレットが思わず家名を名乗りかけた時、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。声のする方を見ると、赤毛の青年がそこに立っていた。

 ――ノア・レッドラップである。

「なんだレッドラップの倅じゃねぇか。知り合いか?」

 ノアは男を掻き分けて、マーガレットの肩を抱く。

「そう。俺の恋人。逢い引きの約束をしてたんだけど、はぐれちゃってさぁ」

「こ、恋人って……」

 誰が、と抗議しようとしたが、ノアが片目を瞑ってマーガレットを引き寄せるので、黙っていることにした。これは、助けてくれているのだろう。

「まぁ、そういう事なら仕方ねぇか。レッドラップの恨みは買いたくねえしな」

 あっさりと引き下がる柄の悪い男たち。

 ノアはこんな悪い男たちと関わりがあるのだろうか。

「あの。ノアさん。助けてくれてありがとうございました」

 マーガレットは己の肩を抱くノアから離れ、礼を言う。なぜこんな場所にいるのか問おうか迷うが、むしろ自分が聞かれたらどうしようかと逡巡する。

「ええっと、ルークラフトのお嬢様が学園を抜け出してまで、なんでこんなとこにいるのか知らないけど」

 ノアは再びマーガレットを引き寄せる。

「ここって、学園都市と言えば聞こえはいいけど、国の境が曖昧な孤島だよ。普通に犯罪の温床にはなり得るから、気をつけた方がいいよ」

「は、犯罪の温床!?」

「うん。例えば――人身売買、とか」

 ノアはさらに声を潜める。

「貴族を嫌ってる市民も多いから、ルークラフトだなんてのも、名乗らない方がいい」

「……肝に銘じておきますわ。時にノアさん」

「ノアでいいよ、愛しのマリーちゃん」

「……ノア。貴方は何故こんな場所に? 随分と馴染んでいらっしゃるようですけれど」

「社会勉強だよ。繁華街は流行の発信地になり得るだろ? 商人として顔を広めたり、リサーチしたりしてるのさ」

「へーえ?」

 それらしいが胡散臭い言い訳に、疑いの目を向けるマーガレット。

「君こそなんでこんな場所にいるんだ?」

「わたくしは……人を、探しておりましたの。そうしたら、迷ってしまって」

 マーガレットは半分だけ本当のことを言うことにした。ノアならば或いは、怪盗のことも知っているのではとも思うが、この男をどこまで信用して良いのか測りかねている。

「あぁ、本当に逢引の相手?」

「そっ、そんなわけないでしょう?」

「だって、学園生が夜抜け出してデートするのなんて、珍しくもないよ。流石にこっちの通りに学生がいることは珍しいけど、大通りの方ならよく見かけるし。男子生徒ならたまに、女を買いに来たりもしてるね」

「そ……そうなんですの?」

「そうそう。じゃあ今日は、俺とデートということで。危ないし、一緒に探してあげるよ。誰を探してるの? 知り合いだったりするかもね。俺、顔広いから」

 ノアはマーガレットの手を取って、強引に引っ張る。

「待ってノア、わたくしは」

「そうそう。その前にさぁ」

 戸惑うマーガレットの言葉を聞き入れず、ノアは路地裏へマーガレットを引っ張り込む。

「……君、本当はどうやってここに来たの?」

 路地の壁に手をつかれ、退路を塞がれるマーガレット。ノアのヘーゼル色の鋭い双眸が、怪しげな光を帯びてマーガレットを覗き込む。

「だから、道に迷って……」

「道に迷って、こんな繁華街の中央部に突然現れるかなぁ? 大通りから来たなら危険な場所に入ったって、すぐ気づくはずだし、もっと道の外れで絡まれてたならまだわかるんだけど……」

 マーガレットは言葉に詰まる。隠し通路のことは言いたくない。どうやってここに来たかなんて、実際に説明は難しいのだ。

「本当は、本当に魔女の力が使えるとか? 転移ができるのかなぁ? 君もしかして、本当に死体も動かせるんじゃないの?」

「え……」

 マーガレットは更に言葉に詰まる。ノアはずっと、マーガレットと魔女を結び付けたがっているように感じる。しかしまさか、そこを疑われるとは思いもよらなかった。

「ノア……貴方は、魔女を信じているの?」

「信じてるよ。君だったらいいなぁ……って」

「それってどういう意味……?」

 ノアはマーガレットの顎を持ち上げる。マーガレットは相手を睨みつけた。

「魔女の君を望む者がいるってこと」

「離して。わたくしは、違うわ」

「知ってるよ。君、なかなか手強いよね」

 ノアの顔が近づく。彼の真意が分からずに、マーガレットが動けずにいると、黒い影が視界を過った。

「それ以上動くな」

 ヒタリ、と短剣の腹がノアの首に触れている。

「えっ……マジか」

 ノアが目線だけで探検の位置を追う。

「全然気づかなかった。……誰?」

 マーガレットから手を離したノアは、すぐに両手を上げる。

 マーガレットの目は、ノアの後ろにいるその人物に釘付けとなった。

 月灯りに光る流れるような銀色の髪。異国の狐面をつけた黒衣の男。

 探していた、怪盗シャーマナイトの姿が、そこにあった。

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