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怪盗シャーマナイト
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翌朝、寮の自室にてマーガレットはアメジストのバレッタを手に持って、見つめていた。
結局、聞きたいことは全てはぐらかされた。けれど、いつでも会える約束はできた。何を考えているやらわからないけど、昨夜は短い間でも話ができて満足だった。
「マーガレット様。おはようございます。今日は早いんですね」
あとから起きてきたハンナが、鏡の前に座るマーガレットに声をかける。そして、手元をのぞき込むと、ニコリと笑った。
「綺麗な髪飾り。今日はそれをつけますか?」
「いえ、今日はつけないわ」
正直、つけたいのは山々ではある。しかし昨日の今日でまた会いたいと示すのは気が引けた。
「大切な方に貰ったんですよね? メグ様の瞳の色に似ていて、とても素敵です」
「た、大切な方?」
「だって、とても嬉しそうに眺めてらしたので」
「そ、そうでしたかしら?」
マーガレットは髪飾りを大事に箱に仕舞い直すと、誤魔化すように強めに引き出しを閉じた。
では今日はどんな風にしますかと、ハンナはマーガレットの髪を櫛で梳いた。すっかり毎朝の日課である。
「ハンナ、わたくしはハンナが好きですわ」
「あら。私もです。メグ様」
鏡の向こうのハンナが可愛らしく笑う。
「アマンダもルシアも好きですの」
「私もそのお2人のこと、好きです」
「そうよね? それっておかしな事ではないでしょう?」
「? そうですね」
「殿方の話になると、何だかおかしくなるのは何故かしら」
「……メグ様は、ギル様とアレクサンダー殿下、お二人共が好きだということでしょうか」
「えっ!? ち、違いますわ。……アレクのことは、本当に婚約者候補であるだけで」
いつの間にかギルバートを縮めた愛称で呼ぶようになっているのが少し気になったが、今はとにかくアレクサンダーのことを全力で否定しなければいけないとマーガレットは必死になった。だって彼は他でもない、ハンナの運命の人なのだから。
「昨日のダンス練習のとき、良い雰囲気に見えたんですが、違いましたか?」
無邪気に首を傾げるハンナ。未だ彼女はアレクサンダーに惹かれている様子は無い。
「わたくし、彼をそう言う目線で見ることが難しいんですの。これはアレクに非はなくて、わたくしの問題なのですが……」
マーガレットはため息をついた。王妃候補として認められているのは確かに光栄だし、嬉しいけれど、やはり処刑に至ったトラウマが払拭できずにいる。今の彼には関係の無いことなのは申し訳ないが、ハンナのことを抜きにしても少し恐怖を感じてしまっているのだった。
自覚するほどの恋心が芽生えた訳ではなくても、結婚して共に人生を歩むのだと決めていた人に信じて貰えなかった心の傷は、深い。
「では、他に気になる方がいらっしゃるのですね」
ハンナは特に深く尋ねることはしなかった。単に他に想う人がいるからと思っているのだ。
「そうね。……そうなるかしら?」
マーガレットはしばし考える。恋愛初心者のマーガレットは、複数の男に同時に恋心を抱くことはおかしいと思っている。
そしてマーガレットは魔女だった前世に、多分あの怪盗に恋をしていた。ならば、あの恋はまだ続いているのではないか。
「そうなると、やはりギルはお友達かしら? いえ、相棒? ……弟かしら?」
ギルが特別な存在なのは間違いない。
しかし、ノアへ放ったあの発言から、男の子として意識してしまっただけで、それは恋とは程遠いのではとマーガレットは思い直したのだ。
「えっ」
ハンナの手が、ピタリと止まった。
「……そう、なんですか?」
少しばかり上擦ったような声で、ハンナが問う。
「ハンナ?」
「あ、いえ。……髪飾りは、ギル様からの贈り物かと思っていたので」
「ギルがこんな気の利いた贈り物をくれるわけないわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。毎年、誕生日のプレゼントはくれるのだけど……ギルったら自分が送ったものの中身がなにかすら知らないのよ。毎回センスの良いものをくれるから、きっと選んでいるのはギルのお母様ね」
「……ギル様らしいですね」
マーガレットはふと鏡を見る。いつもニコニコと笑っているハンナの顔が、どこか浮かないように見えた。
それが、つい浮かれてしまいそうな自分を戒めている表情だなんてことは、思いもよらなかった。
だからマーガレットは後々、自らのこの迂闊な発言を悔やむことになるのだ。
頭では理解していたはずの当たり前のことを、マーガレットは考えに入れていなかった。
この学園において、一番イレギュラーな存在は、誰なのかということを。
***
「お嬢様。ハンナさん。おはようございます」
校門の前で気怠げに立っていたギルバートがこちらに気づいて挨拶をする。夜更かしでもしたのか、眠たげに欠伸を噛み殺していた。
「おはようギル」
「おはようございます、ギル様」
「そう言えば、ハンナはギル様って呼ぶようになったのね」
「あ……そうなんです。ギル様で良いと、言ってくださって」
「え。言ってないですよ」
「えっ! ご、ごめんなさい私勘違いを」
平然と否定するギルに、ハンナはサーっと青くなる。
「ギルでいいって言ったんです」
すかさず続けた言葉は大して抑揚があるわけではないが、その目は少しばかりからかいの色を醸し出していた。
「それは出来ませんよ。貴族の方を呼び捨てなんて」
「ハンナさんくらいですよ。俺を貴族様扱いするのは」
「そうよギルばかりそんなの駄目よ。わたくしのことだって、呼び捨てにしてくれないのに。ねぇ、一回だけ呼んでみて?」
「えっ……そんなこと、許されますか……?」
ハンナは目を輝かせて、マーガレットを見つめてくる。
「よろしくてよ」
後ろ髪をかきあげながら、得意げに腰に手を当てるマーガレット。
「で、では……お言葉に甘えて。……メグ……ちゃん」
ふふ、とはにかみ笑いをするハンナ。可愛らしいその様子に、マーガレットの心は撃ち抜かれる。
「ギル。貴方、よく平然としているものね」
「いや俺は、お嬢様みたいに下心あって提案した訳では無いので」
心臓を押えて頬を染めているマーガレットに、呆れたようにギルが言う。
「私が気楽に踊れるようにと、気を遣ってくださったんですよね」
「ハンナさん固くなってて踊りづらかったので」
「ごめんなさい」
「いや、もう俺より上手いんですけどね」
「そんなことないです!」
遠慮なく相手に言いたいことを言うギルバート。マーガレット以外の女の子にこの態度をとるのは、かなり珍しかった。と言うより、初めて見たかもしれないとマーガレットは思う。
ギルバートは最初の頃はハンナを警戒すらしていたのに、すっかり仲良しになっている。ハンナが良い子なことにようやく気づいたのかという優越感と共に、胸がチクチクしてもやもやする気持ちが浮かんでくる。
ギルバートとハンナが仲良くなるのは嬉しいし、マーガレットはギルバートに恋情を抱いている訳では無いはずだ。
身勝手な自分の感情に、マーガレットは自分で呆れるばかりだった。
結局、聞きたいことは全てはぐらかされた。けれど、いつでも会える約束はできた。何を考えているやらわからないけど、昨夜は短い間でも話ができて満足だった。
「マーガレット様。おはようございます。今日は早いんですね」
あとから起きてきたハンナが、鏡の前に座るマーガレットに声をかける。そして、手元をのぞき込むと、ニコリと笑った。
「綺麗な髪飾り。今日はそれをつけますか?」
「いえ、今日はつけないわ」
正直、つけたいのは山々ではある。しかし昨日の今日でまた会いたいと示すのは気が引けた。
「大切な方に貰ったんですよね? メグ様の瞳の色に似ていて、とても素敵です」
「た、大切な方?」
「だって、とても嬉しそうに眺めてらしたので」
「そ、そうでしたかしら?」
マーガレットは髪飾りを大事に箱に仕舞い直すと、誤魔化すように強めに引き出しを閉じた。
では今日はどんな風にしますかと、ハンナはマーガレットの髪を櫛で梳いた。すっかり毎朝の日課である。
「ハンナ、わたくしはハンナが好きですわ」
「あら。私もです。メグ様」
鏡の向こうのハンナが可愛らしく笑う。
「アマンダもルシアも好きですの」
「私もそのお2人のこと、好きです」
「そうよね? それっておかしな事ではないでしょう?」
「? そうですね」
「殿方の話になると、何だかおかしくなるのは何故かしら」
「……メグ様は、ギル様とアレクサンダー殿下、お二人共が好きだということでしょうか」
「えっ!? ち、違いますわ。……アレクのことは、本当に婚約者候補であるだけで」
いつの間にかギルバートを縮めた愛称で呼ぶようになっているのが少し気になったが、今はとにかくアレクサンダーのことを全力で否定しなければいけないとマーガレットは必死になった。だって彼は他でもない、ハンナの運命の人なのだから。
「昨日のダンス練習のとき、良い雰囲気に見えたんですが、違いましたか?」
無邪気に首を傾げるハンナ。未だ彼女はアレクサンダーに惹かれている様子は無い。
「わたくし、彼をそう言う目線で見ることが難しいんですの。これはアレクに非はなくて、わたくしの問題なのですが……」
マーガレットはため息をついた。王妃候補として認められているのは確かに光栄だし、嬉しいけれど、やはり処刑に至ったトラウマが払拭できずにいる。今の彼には関係の無いことなのは申し訳ないが、ハンナのことを抜きにしても少し恐怖を感じてしまっているのだった。
自覚するほどの恋心が芽生えた訳ではなくても、結婚して共に人生を歩むのだと決めていた人に信じて貰えなかった心の傷は、深い。
「では、他に気になる方がいらっしゃるのですね」
ハンナは特に深く尋ねることはしなかった。単に他に想う人がいるからと思っているのだ。
「そうね。……そうなるかしら?」
マーガレットはしばし考える。恋愛初心者のマーガレットは、複数の男に同時に恋心を抱くことはおかしいと思っている。
そしてマーガレットは魔女だった前世に、多分あの怪盗に恋をしていた。ならば、あの恋はまだ続いているのではないか。
「そうなると、やはりギルはお友達かしら? いえ、相棒? ……弟かしら?」
ギルが特別な存在なのは間違いない。
しかし、ノアへ放ったあの発言から、男の子として意識してしまっただけで、それは恋とは程遠いのではとマーガレットは思い直したのだ。
「えっ」
ハンナの手が、ピタリと止まった。
「……そう、なんですか?」
少しばかり上擦ったような声で、ハンナが問う。
「ハンナ?」
「あ、いえ。……髪飾りは、ギル様からの贈り物かと思っていたので」
「ギルがこんな気の利いた贈り物をくれるわけないわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。毎年、誕生日のプレゼントはくれるのだけど……ギルったら自分が送ったものの中身がなにかすら知らないのよ。毎回センスの良いものをくれるから、きっと選んでいるのはギルのお母様ね」
「……ギル様らしいですね」
マーガレットはふと鏡を見る。いつもニコニコと笑っているハンナの顔が、どこか浮かないように見えた。
それが、つい浮かれてしまいそうな自分を戒めている表情だなんてことは、思いもよらなかった。
だからマーガレットは後々、自らのこの迂闊な発言を悔やむことになるのだ。
頭では理解していたはずの当たり前のことを、マーガレットは考えに入れていなかった。
この学園において、一番イレギュラーな存在は、誰なのかということを。
***
「お嬢様。ハンナさん。おはようございます」
校門の前で気怠げに立っていたギルバートがこちらに気づいて挨拶をする。夜更かしでもしたのか、眠たげに欠伸を噛み殺していた。
「おはようギル」
「おはようございます、ギル様」
「そう言えば、ハンナはギル様って呼ぶようになったのね」
「あ……そうなんです。ギル様で良いと、言ってくださって」
「え。言ってないですよ」
「えっ! ご、ごめんなさい私勘違いを」
平然と否定するギルに、ハンナはサーっと青くなる。
「ギルでいいって言ったんです」
すかさず続けた言葉は大して抑揚があるわけではないが、その目は少しばかりからかいの色を醸し出していた。
「それは出来ませんよ。貴族の方を呼び捨てなんて」
「ハンナさんくらいですよ。俺を貴族様扱いするのは」
「そうよギルばかりそんなの駄目よ。わたくしのことだって、呼び捨てにしてくれないのに。ねぇ、一回だけ呼んでみて?」
「えっ……そんなこと、許されますか……?」
ハンナは目を輝かせて、マーガレットを見つめてくる。
「よろしくてよ」
後ろ髪をかきあげながら、得意げに腰に手を当てるマーガレット。
「で、では……お言葉に甘えて。……メグ……ちゃん」
ふふ、とはにかみ笑いをするハンナ。可愛らしいその様子に、マーガレットの心は撃ち抜かれる。
「ギル。貴方、よく平然としているものね」
「いや俺は、お嬢様みたいに下心あって提案した訳では無いので」
心臓を押えて頬を染めているマーガレットに、呆れたようにギルが言う。
「私が気楽に踊れるようにと、気を遣ってくださったんですよね」
「ハンナさん固くなってて踊りづらかったので」
「ごめんなさい」
「いや、もう俺より上手いんですけどね」
「そんなことないです!」
遠慮なく相手に言いたいことを言うギルバート。マーガレット以外の女の子にこの態度をとるのは、かなり珍しかった。と言うより、初めて見たかもしれないとマーガレットは思う。
ギルバートは最初の頃はハンナを警戒すらしていたのに、すっかり仲良しになっている。ハンナが良い子なことにようやく気づいたのかという優越感と共に、胸がチクチクしてもやもやする気持ちが浮かんでくる。
ギルバートとハンナが仲良くなるのは嬉しいし、マーガレットはギルバートに恋情を抱いている訳では無いはずだ。
身勝手な自分の感情に、マーガレットは自分で呆れるばかりだった。
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