探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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シャンデリアと舞踏会

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「ギル! どうだ上の方は?」

「特に怪しいところはないですよ! ここからシャンデリア眺めるのは初めてなので、なんとも言えませんがー!」

「吊り下げているロープの色を確認してちょうだい 一部分でも変色していたら教えて!」

「はいはいわかりましたー! すいませんライナス様、もうちょいそっち側にズレたいんですが!」

 舞踏会前日。会場のホールで、ギルバートは天窓から引っ掛けられたロープに揺られている。かなりの高さだが苦もない様子でロープを上ったり降りたりしている。天窓の外にいるライナスと、アレクサンダーの近衛兵たちがロープを調整している様子。

 大人たちの許可を得て、ホールを調べさせてもらっているのだ。

 シャンデリアが落ちるという事実を知っているのは、マーガレットとギルバートのみである。

 いや、もう1人。怪盗シャーマナイト。

 ナタリーとシャンデリアを結びつけたメッセージを出したことはいかにも怪しい。マーガレットは怪盗がギルバートだと疑っていたから、知っていてもおかしくはないと流していた。しかし、もし違うのだとしたら、どうしてそれを知っているのか。犯人の狙いを知っているのか。あるいは彼にも未来視のような能力があるのか。

 ともかく前者であれば誰かが意図して仕組んだ事故という事になる。

 大人たちは主に、ナタリーが拐われる、或いは殺されると考えている。シャンデリアの方に着目しているのはマーガレット達だけなのだ。前日の仕掛けを確認しなければならない。

 下から指示を出して見物しているのは、マーガレットとアレクサンダー、それにハンナである。友人たちはさほど事情を知らなくとも、快く付き合ってくれている。

 というか、アレクサンダーの協力なくして、こんな捜査は許されない。

「これでギルが落ちたら大問題だな」

 言葉とは裏腹に、さほど心配していない様子で見上げるアレクサンダー。

「ギルは昔から猿みたいに身軽ですのよ。心配要りませんわ」

「言っておくが、僕だってあれくらい出来るからな」

「王太子殿下にやらせるわけにはいきませんわよ」

「ところで、ロープの色とは?」

「それはですね、薬品を疑っているんですの。ロープに薬品を染み込ませてシャンデリアを落とすトリックの漫画……いえ、そういう事が出来るかもしれないと、本で読んだことがありまして。一部分でも染み込ませたら、腐食して時間の経過で落ちてくる仕組みですわ。薬品でなくても、焦がしておいたりとか、何かしらの劣化させる細工をしているなら、色が変わっている可能性があるかと思いまして。もちろん、目視で判断できない可能性もありますが……」

「さすがの博識だな」

「い、いえ。本の受け売りですのよ」

 これに関しては有名なミステリー漫画で得た知識である。褒められるのは気恥しいものがある。

「お嬢様! ロープの色はよくわかりません! 普通にホコリだらけだし日焼けしてて古いんで!」

「では結び目が他と違うところはありませんの!?」

「それはなさそうです!」

「では、飛び道具が仕掛けてありそうなところはないか!?」

「こっから見える範囲にはなさそうですよ!」

「ギル! 臭いも確認してちょうだい!」

 しばらくこんなやり取りが続き、全てのシャンデリアを調べ終わった時には、主に肉体労働をしていたギルバートとライナスたちがヘトヘトになっていた。

「お疲れ様。よく頑張りましたわね」

「あんなにずっと声を張り上げたの、生まれて初めてでしたよ……」

 マーガレットたちの差し出す飲み物を一気飲みした跡、やや枯れた声でギルバートが言う。

 いつも淡々とした調子で喋る男である。たしかに珍しいことだとマーガレットはつい笑った。

「結局、薬品の件は捨てきれませんでしたわね」

 マーガレットは天井を仰いだ。科学捜査のある時代ならいざ知らず、ロープに薬品が付着しているかどうかなど、事件前も事件後も、調べることは難しい。

「けれどマーガレット、君はどうしてシャンデリアが落ちてくると思ったんだ? 普通に考えても、舞踏会の最中に特定の人間を狙って落とすのは難しいんじゃないか?」

「それはそうなんですけれど……」

 マーガレットは考え込んだ。確かにそうなのだ。だが、実際にそれは起きた。

 ナタリーを狙ったかどうかはともかく、シャンデリアは落ちたのだ。だからマーガレットはそっちを警戒しているのだが、怪盗が姫君を名指ししているからややこしくなっている。

 もっともあのカードがなければ、シャンデリアを調べる口実すら苦しいものになっていただろうが。

「シャンデリアを盗むのは流石に不可能でしょう? ナタリー様とシャンデリアの両方を奪うなら、と考えてしまいましたの。考えすぎかもしれませんが、ナタリー様でなくとも、あれが落ちてくるのは危ないですし、無茶してでも調べた方がいいと思いましたの」

 実際無茶をする羽目になったのは主にギルバートだが、そこはマーガレットにとっては当然の采配である。

「なるほど。思慮深いな君は」

 アレクサンダーが感心したように言った。

「でも、結果的には無駄足だったかもしれません。ご協力頂いたのに申し訳ありませんでしたわ」

「気にしないでくれ。万全を期した方がいいに決まってる。な、みんな」

 爽やかに言うアレクサンダーに、ライナスと近衛兵たちが頷く。

「マーガレット様のお役に立てるなら、俺たちなんでもやりますから! 将来の王妃様ですからね! ……うっ」

 若い近衛兵が胸を叩き、ライナスに小突かれる。

「失礼しました」

「陽気で楽しい方ですわね……」

 謝罪するライナスに首を振り、マーガレットは苦笑した。

 マーガレットのわけのわからないお願いに付き合ってくれた人達には感謝しかないのだが、外堀が埋まってきている気がして複雑である。

「わたくし、まだ少しギルと話がありますの。勝手ながらお先に失礼致しますわ。このお礼は後ほど必ず」

 ここはさっさと退散するに限る。呼び止めようか迷う様子のアレクサンダーには気付かないふりをして、ギルバートを連れてホールを後にした。


***


「で、俺の努力は少しは役に立ったのでしょうか」

「全部が無駄にはなっていないはずだけれど、あまり収穫はありませんでしたわね」

 マーガレットは正直に言う。

「天窓のステンドグラスも気になっていましたの。収斂発火と言って、太陽光がガラスを通して屈折して収束して、なんやかんやあると、高温になって発火現象が起きるんですけれど……。舞踏会は夜ですものね」

「月明かりでは起きませんか」

「まず有り得ないわね。だとしたら黄リンの方が有効よ。空気に触れると酸化して、発火する薬品ですの。この世界にあるかはわかりませんけれど、きっと近いものはありますわよ」

 なにしろスペツナズナイフまでが存在する世界である。黄リンくらいあるのだろうとマーガレットは思う。

「はぁ……なんというか、お嬢様がいた世界の話は魔法の世界のようですが、実際あるものなんですね」

「ふふ、それは面白い発想ですわ。わたくしにとってはこちらの方が魔法の世界ですのよ」

 科学と魔法は対極のような気がしていたから、マーガレット、というより立花メグは、なんだか笑ってしまった。

「……まぁ、とにかく怖いのは劣化による事故や無差別殺人よ。でも、ギルの確認した限りでは怪しい臭いはなさそうよね。いっそ見つかれば、対処も出来ますのに」

「まぁ弱ってそうな部分もありませんでした。揺らしてもビクともしませんでしたし、簡単に落ちるとは思えませんよ」

「やはり誰かがロープを切るのかしらね……。だとしたら刃物の持ち込みを徹底的にチェックしたら防げるかもしれないけれど……。不安が残りますわ」

「その辺の状況、もっとよく覚えてないんですか? ハンナさんの本の記述とかも。どうしてナタリー様1人が、落ちてきたシャンデリアの真下にいたのか」

「それが……わたくし、その時間に会場を抜け出しておりましたのよ……」

 バツが悪そうに言うマーガレット。

「何やってんですか……。まさかどこぞの男と密会でも」

 ギルバートが呆れたように言う。マーガレットは慌てた。冗談でも聞き捨てならない。

「ち、違いますわ! ただ、その……会場にいたくなくて」

「何があったんです?」

「アレクが……殿下が、私を差し置いて、ハンナをダンスに誘ったからですわ……。その頃のわたくしは、ハンナに対抗心というか、嫉妬心というか、それはそれはメラメラと燃やしていましたので」

「あぁ……それはプライドの高いお嬢様には辛いかもしれませんね」

「ハンナの本を読んだら、あの時はダンスの仕方も作法も何も分からず、殿方に囲まれて困っていたとのことでしたわ。アレクがそれを気にかけたらしいのですけれど……。まぁ、あの時それを説明されても、わたくしは聞き入れたかはわかりませんし、アレクの行動は立派なのよ」

「けど、それは傷つきましたよね」

「……わかってくれる?」

「はい」

 ギルバートの短いが迷いない返事に、マーガレットは一番救われるのだった。
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