探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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シャンデリアと舞踏会

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 舞踏会当日。

 夏休みに入る前の、大きなイベントである。

 マーガレットはノープランのままこの日を迎えてしまった。あれから怪盗には数回だけ会ったけれど、舞踏会に現れるのかという話は何度聞いてもはぐらかされた。

 彼はマーガレットと会わない日は何やら暗躍しているのか、忙しい毎日を過ごしているようだった。だから頻繁にバレッタをつけるのは控えることにしていた。

 それに、隠し通路への警戒もあった。通路は誰かが使っている形跡がある。出くわさないよう注意はしているので、今の所誰にも見つかったことは無い。しかし、あれを使っているのは誰なのか。それに警備は厳重にしているのに、通路は使い放題な事も気になる。学園側が把握していないわけが無い。マーガレットは怪盗とその疑問を考え合っていたが、答えは見つからないままだ。

 マーガレットは紫色のパーティドレスを着たが、迷った末に怪盗に貰ったバレッタはつけるのをやめた。

 怪盗は現れない方がいい。捕まってしまうかもしれない。泳がされている、と彼も言っていた。

 学園で働くメイドに連れられて、会場近くの控え室前に立つ。マーガレットの相手は王太子なのもあり、ある程度人が集まりきって、警備が確認できてからの入場になる。メイドがノックをして、マーガレットが着いたことを告げた。

「入ってくれ」

 アレクサンダーの声がして、中からドアが開く。ライナスと何人かの近衛兵が、マーガレットを出迎える。その先には、とんでもなく美しい青年が立っていた。

 白と金を基調とした、王族の正装。ロイヤルブルーの差し色が冷涼で、けれどそんな衣装に決して負けていない、凛々しく整った顔立ち。

 普段の制服姿でもキラキラした美青年なのには変わりないが、正装を身に付けた王太子殿下は、高貴さも相まってもはや神々しい。

「メグ、綺麗だね。似合っているよ、とても」

 笑顔の暴力である。あの真面目だが魔性の美少年だったアレクサンダーは、相変わらず女性を喜ばせる言葉をサラリと吐く、魔性の王子様に成長している。

 マーガレットは耐えきれず俯いて、誤魔化すように淑女の一礼をした。

「殿下に置かれましても、大変神々しく……いえ、その、尊いお姿で、その」

 彼を称える時は、立花メグの感情が湧いて出てしまう。物語上の憧れの人物のような気がしてしまうのだ。

「なんでそんなに畏まってるんだ?」

 アレクサンダーは笑いながら手を差し出してくる。

「貴方の今の姿を前にして、動揺しない女性なんていないわ」

 若干震える手でそっと彼の手に自分の手を乗せる。互いに手袋をしていて良かった。きっと手汗が触れてしまっていた。

 これは、アレクサンダーの容姿ばかりが原因では無い。近衛兵と、ますますあの時の姿に近づいた彼を目の前にしているせいである。

 ――わたくしが、人殺しの魔女であると。本気でそう思いますの?

 そう問いかけたマーガレットに冷たい目線を送ったアレクサンダーが、今でも怖い。

「緊張している? 無理もないか。大丈夫、何も起こさせはしないよ」

(そうね。昔の貴方も、こんな風に強気でしたわね。でも……)

 彼は、運命に弄ばれたまま、命を落とした。

 まだ先の話だけれど、絶対に回避しなければいけない事件。理不尽に苦手意識を持っていても、マーガレットは友人として、人としてアレクサンダーのことは好きだし尊敬もしている。

「そうですわね。誰も、死なせるわけにはいきませんわ」

 マーガレットはアレクサンダーの手を握った。

 マーガレットの処刑の流れはかなり順調に変えられている。しかしそれだけでは駄目だ。彼の死は必ず防がなければならない命題である。


***


 会場に入ると、どよめきが起こる。もちろんパートナーであるクロノス王国の王太子殿下に注目が集まっているのだ。

 一応学生のパーティということで、王族とはいえ一生徒。特別な入場などはしていないのだが、どうしたって注目は集まる。

 王太子を称える声の中に、マーガレットの美しさを賞賛する声も届いたので、まずはご満悦である。中身に庶民が混じっているとはいえ、王族に連なる大貴族ルークラフト家の公爵令嬢である。マーガレットもかなりの有名人だし、とても美しいのだ。

 次々と挨拶に来る生徒たちに囲まれるアレクサンダーとマーガレット。ひとまずその対応に追われることになる。今回は物騒なこともあったから、踊りの誘いなんかを片っ端から断る。合間にギルバートとハンナを探したが、彼らは壁際でライナスや護衛騎士らしき人達と何か話しをしているようだった。シャンデリアを釣り上げているロープを再度確認しているらしい。マーガレットもそっちに混ざりたくてソワソワした。

「マーガレット様、ご機嫌麗しゅう」

 囲まれるマーガレットに、空気を読まずに割って入ってくる声がした。

 少し変わった刺繍のドレスに身を包み、さらに色気が増したアマンダだった。

「アマンダ! ごきげんよう。素敵なドレスですわね!」

 救世主である。やっと友人に会えたので、満面の笑みになる。

「お目が高いわ。異国の模様を少しあしらっているの。きっとこれから流行るわ。マーガレット様の美しさを更に飾る、そのドレスには敵いませんけれども」

「家の商会で取り扱い始めた柄だよ。流石にアップルガースのお嬢様は鼻が利くよね」

 これまた聞き慣れたような声がして、アマンダのパートナーに目を向けた。

 ノア・レッドラップである。

「ごきげんよう。麗しきマーガレット嬢」

「……ごきげんよう。アマンダ、あなたのパートナー、ノアでしたの!?」

 挨拶を返しつつ目を丸くするマーガレット。

「うふふ。そうやって驚くと思って秘密にしていたの。仲良しですものね、マーガレット様とノア様」

「仲良くは、ないけど……」

「えーっ!? 仲良しでしょ? ほらあの時だってさぁ……」

「ちょっと!」

 あの夜の話だろうか。耳打ちしようとしてくるノアを、アレクサンダーが止めに入る。

「いくら先輩だろうと、僕のパートナーとその距離なのは見過ごせないですね」

「あらら。今度は王子様が止めに入るのか。人気だなぁ、マーガレット嬢は」

 相変わらずニヤニヤと八重歯を覗かせた笑みを浮かべるノア。何を言い出すやら、油断も隙もない。

 とはいえ女の子なら誰だって悪い気はしない状況だ。以前のマーガレットならば、当然ですわとドヤ顔をしていたところだろう。

 しかしそんな呑気なことを考えている場合では無いのだ。

「……アマンダ、どうしてノアと?」

 相手が相手だけに、警戒してしまう。まして今日は、事件が起こるかもしれない日なのだ。

「だってぇ、ゆくゆくはレッドラップ商会を継ぐ予定の、ノア様よぉ? お近付きになりたいって、ずっと狙ってましたもの」

 そう言ってノアの腕に手を絡ませて密着する。自然にこれができるのが、アマンダのすごいところだと思う。

「俺の方こそお父上顔負けのリサーチ力と交渉術をお持ちの手練令嬢と仲良くなれるなんて嬉しい限りだよねぇ。しかもこんなエロ……じゃなくて、愛らしい女の子でさ」

 軽薄な笑みでアマンダの密着を喜ぶ様子のノア。2人とも場慣れしていて商魂たくましい。恋仲になるかはともかく、仲良くなるのは当然かもしれない。

「で、ギル君はどこ? 君のそばにいないのは珍しいね」

「ギルを探しているならそっちに行けばいいだろう」

 間に入るアレクサンダーの肩越しにノアが声をかけてくる。学園外であれば連行される行為であるが、あくまで生徒は平等というルールに則っているわけである。とはいえ王族にまでこの態度を取れる生徒はなかなかいない。

 ルールを重んじるアレクサンダーからしたらこの態度は好ましいらしく、普段はの後も仲が良い。しかし本日のアレクサンダーは少々ピリついているので、不機嫌な雰囲気を醸し出していて、少し怖い。

「だって、パートナーを置いて行くわけにいかないしさぁ」

 ノアの方は意にも返さない。全くもってフラットな態度である。

「お嬢様の半径2メートル以内に入るなと言ってんでしょうが」

 いつの間にか近くまで来ていたギルがノアに声をかける。

「やぁギル君! 探したよ」

 いつもよりも乱暴な口調のギルに対して、ノアはやたらとフレンドリーだった。背中をバンバン叩いて嫌がられている。案外仲が良いのか。少なくとも半径2メートルなんて話はマーガレットも聞いたことがないから、普段から会話があることが伺える。

「マーガレット嬢。ちょーっとギル君借りていい?」

「今日はわたくしではなく、ハンナに聞いてくださるかしら?」

「やぁハンナちゃん。君、本当に綺麗だなぁ」

「あ、はい。マーガレット様に素敵なドレスをお貸しいただいて、その、不相応かとは思いましたが」

「とっっっっても似合ってるわ!」

 マーガレットの選んだ、赤を基調としたカントリー風のドレスは本当によく似合っていた。試着やサイズ直しで何度も着ている姿は見ていたが、舞踏会会場で見るのはまたひとしおである。

 以前は確か、司祭の用意した流行遅れの古いドレスを身につけていたと思う。元が良いからそれでも愛らしかったのだが、マーガレットは大いに馬鹿にしたものだった。今回はその罪滅しも出来ただろうか。

 これで、アレクサンダーと踊っているところでも見ることが出来たら、どんなに眼福だろうか。今度は見逃したりしないのに、と切に思う。

 しかし、今回はそんな場合では無いだろう。大変残念である。

「俺はハンナさんから離れる訳にはいきませんので、ノア様は無視しますね」

「えっ酷くない? ねぇ、マジで無視すんの? 強くない? 俺先輩だよ? ねぇ、ねぇギル君。こっち向いて」

 ノアのウザ絡みを徹底的に無視するギルバートを見て、ハンナが笑いを堪えていた。隣のアマンダが笑い出すと、とうとうハンナも笑い出す。

「このまま、何も無く終わればいいんだけどな」

 アレクサンダーも少し笑みを浮かべながら言う。

「今のところ、怪しいところは無さそうですけれど……」

「あ! いたいた。マーガレット様、ごきげんよう! 今日は一段と美しいですね」

 ルシアが元気よく声をかけてきた。パートナーの彼は恋人だろうか。背も体格もよく、いかにも強そうだ。

「あらルシア。どこに居ましたの?」

「いやぁ、ドレスを着るのが久しぶり過ぎて失敗してしまって。今来たところなんです。結局、着やすいドレスになりました」

 へへ、とごまかし笑いをするルシア。

「とても似合ってるわ。ルシアはそれで良いと思いますわよ」

 シンプルなドレスは彼女に本当に似合っている。

「あ。王太子殿下も、ご機嫌麗しゅう」

 はた、と気づいてパートナーと共に挨拶するルシア。

「うん。学園では無礼講だ。そう畏まらずにいてくれ」

「ありがとうございます。本日は些か、不穏な空気を感じるのが残念ですが……」

「あら。ルシア、貴女なにか聞いておりますの?」

 学園長室での殺人事件はともかく、怪盗の予告などの件は一般生徒は知らないはずだ。しかし人の口に戸は建てられない。どこかで聞いただろうかと、マーガレットは怪訝な顔になる。

「聞いているって? よくわからないけど、なにかサプライズで花火でもあげるんですかね? それなら楽しみですけど!」

「花火? どういうこと?」

「来る途中で、火薬の匂いがしたので」

「か、火薬……!?」

 思わずアレクサンダーを振り返るマーガレット。彼の方もマーガレットを見て、眉をひそめ頷いた。

「はい。私、こういうの鼻が利くので! 実家では銃の訓練とか、爆薬の取り扱いを習ったりもしてましたから! マーガレット様も王太子殿下も知らないとなると、生徒会の方々の催しでしょうか?」

「……ルシア。会場の中では臭いますかしら?」

「いや、外だけですね」

 嫌な予感がした。会場の外はナタリーの用意した私設兵が張っているはず。だから無警戒というわけではないし、今頃は対処し始めているのかもしれない。でも、確かめないことには安心できない。

「ライナス――」

 すかさずアレクサンダーはライナスを呼ぼうと探したが、その瞬間、大音量の音楽が流れた。
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