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「まず、何があったか整理をしましょう」
避難先の部屋の隅。マーガレット、アレクサンダー、ハンナ、ライナスの4人でテーブルにつき、話を始めた。周りはアレクサンダーの近衛兵で人払いをしている。
「まず、遅れてやってきたルシアが、火薬臭がすると言っていましたの。調べていただいたと思いますが……」
マーガレットはライナスを見た。
「はい。3人ほど調査に向かわせましたが、調べる間もなく爆発が始まったと。爆発自体は派手な音がしましたが、殺傷能力はさほど無く、怪我人もいないとのこと」
「撹乱、か……」
アレクサンダーが腕組みをして考え込む。
「結局、怪盗は現れずじまいだったな。それとも、姿を現さないだけで怪盗の仕業だったのか」
「彼は無関係ですわ」
「断言するね」
「ええ。犯人は必ず別にいますわよ」
マーガレットは根拠を示さず言い切ったが、アレクサンダーは深く追求しなかった。彼もきっとそう思っているに違いない。
「ハンナに聞きたいのですけれど、何故ギルが、ナタリー様と踊ることに?」
「それが、最初の曲が終わったあとにナタリー様がこちらにいらして。それはそれは格好良く、お誘いをされてました」
「……格好良く。何となく想像つきますけど、どのような感じでしたの?」
彼女は男性よりも男らしい。誘う姿はそれは格好良いだろうけれど、今重要なのは、きっかけの方である。
「一曲踊ったので、我々はもう殿下とメグ様のおそばで待機していましょうかと話し合っていたら、ナタリー様がこう、ツカツカと歩み寄ってらして」
ハンナは胸に手を当てて、コホン、と咳払いをした。
「ギルバート・フォーブス。女の私から誘うはしたなさを、どうか許して欲しい。一曲、私と踊ってはくれないか?……と」
ハンナは精一杯の低い声を出して、物真似をする。えらく可愛い仕草なので、マーガレットとアレクサンダーは思わず吹き出した。ライナスも顔を背けたので、笑ってしまうところだっただろう。
「と、とにかく。本当に急に、前置きもなく誘ってきたという事ね?」
「そうなんです」
「そ、それで。ギルは応じましたの?」
「いえ、断られてました」
「そうよね。ギルならそうするわ」
「大国の姫の誘いを断るのはいい度胸だけどな」
「私の護衛は王太子殿下の勅命なので、文句があるなら殿下にと」
「本当に、いい度胸をしているよ……」
アレクサンダーが溜息をつきながら半笑いになる。
「しかしナタリー様も食い下がられて、ナタリー様のパートナー様の方がギル様より腕が立つから守らせる、と」
「あんな腰抜けがですの? 心外ですわ。ギルの方がずっと強いわよ!」
マーガレットが憤慨する。
「ま、まぁ、副会長が腕が立つのは確かだよ。あの場面で冷静なギルは確かに大したものだが。彼はナタリー姫に心酔していたし。だよな、ライナス」
「そうですね。彼はカイロスの高位貴族ですし、ナタリー様とはかなり懇意かと」
「ふん。まぁ良いですわ。あとでわからせてやります。……それで、どうなりましたの?」
「今度はギル様が、ナタリー様をお守りする自信が無いからとお断りに」
「それも言いそうですわ。守れますけれどもね、わたくしのギルは!」
「続けてくれ。結果的には踊っていただろう?」
呆れたのか今度はアレクサンダーが続きを促す。
「あ。はい、それが、その……」
なんだか楽しそうにスラスラと話していたハンナが急に歯切れが悪くなる。
「ナタリー様がある言葉を言ってから、ギル様は機嫌が悪くなって、でも素直に応じたように感じました」
「ある言葉? なんですの?」
「それが……私の聞き間違いかもしれませんし、あまりいい言葉ではないので、本人の許可無く言っていいものなのか、私には……」
「では、わたくしにだけ教えてくださいませ」
「えっ。でも、いいんでしょうか?」
「ギルはご両親の許可を得て、わたくしが貰いましたのよ。ですので彼に対する権限の全てはわたくしにありますの。ギルも弁えていることよ。安心なさいませ」
転生以来、なりを潜めていたわがままお嬢様ぶりは、ことギルバートに関しては揺るがない。
「いや、ハンナが困っているだろう。ギルに直接聞いたらいいんじゃないのか?」
「あぁ。そうですね。ギル様はご無事ですか?」
ハンナが不安げにライナスを見る。
「それが、今日は面会できそうにないです」
ライナスが首を振る。
「えっ? そんなに悪いんですの?」
「いえ、本人に、もう寝るから見舞いは明日にして欲しいと、強く伝えてくれるようにと頼まれましたので」
「こんな事態に何を呑気な」
「あぁ。ギルは夜が苦手なんですのよ。わたくしの家に行儀見習いで泊まり込んだ時も、夜10時を過ぎたら決して部屋から出てきませんでしたもの。今はもう9時をまわってしまいましたし、引きこもりますわよ、あいつ」
「夜が苦手? 本当か?」
「ええ。なにか?」
「いや、なんでもないが……。案外、自由なやつなんだなと思って」
アレクサンダーは何か考え事をするように目を閉じて上を向く。
「わたくしが寛容なんですのよ。という訳でハンナ、お話くださいませ。大丈夫よ。わたくしが無理やり聞き出すことは、ギルも承知の上ですわ」
「で、では……失礼します」
ハンナは少し躊躇いながらも、マーガレットに耳打ちをした。
「…………え?」
その言葉は確かに不穏で、しかし少なくともマーガレットには心当たりがないものだった。
避難先の部屋の隅。マーガレット、アレクサンダー、ハンナ、ライナスの4人でテーブルにつき、話を始めた。周りはアレクサンダーの近衛兵で人払いをしている。
「まず、遅れてやってきたルシアが、火薬臭がすると言っていましたの。調べていただいたと思いますが……」
マーガレットはライナスを見た。
「はい。3人ほど調査に向かわせましたが、調べる間もなく爆発が始まったと。爆発自体は派手な音がしましたが、殺傷能力はさほど無く、怪我人もいないとのこと」
「撹乱、か……」
アレクサンダーが腕組みをして考え込む。
「結局、怪盗は現れずじまいだったな。それとも、姿を現さないだけで怪盗の仕業だったのか」
「彼は無関係ですわ」
「断言するね」
「ええ。犯人は必ず別にいますわよ」
マーガレットは根拠を示さず言い切ったが、アレクサンダーは深く追求しなかった。彼もきっとそう思っているに違いない。
「ハンナに聞きたいのですけれど、何故ギルが、ナタリー様と踊ることに?」
「それが、最初の曲が終わったあとにナタリー様がこちらにいらして。それはそれは格好良く、お誘いをされてました」
「……格好良く。何となく想像つきますけど、どのような感じでしたの?」
彼女は男性よりも男らしい。誘う姿はそれは格好良いだろうけれど、今重要なのは、きっかけの方である。
「一曲踊ったので、我々はもう殿下とメグ様のおそばで待機していましょうかと話し合っていたら、ナタリー様がこう、ツカツカと歩み寄ってらして」
ハンナは胸に手を当てて、コホン、と咳払いをした。
「ギルバート・フォーブス。女の私から誘うはしたなさを、どうか許して欲しい。一曲、私と踊ってはくれないか?……と」
ハンナは精一杯の低い声を出して、物真似をする。えらく可愛い仕草なので、マーガレットとアレクサンダーは思わず吹き出した。ライナスも顔を背けたので、笑ってしまうところだっただろう。
「と、とにかく。本当に急に、前置きもなく誘ってきたという事ね?」
「そうなんです」
「そ、それで。ギルは応じましたの?」
「いえ、断られてました」
「そうよね。ギルならそうするわ」
「大国の姫の誘いを断るのはいい度胸だけどな」
「私の護衛は王太子殿下の勅命なので、文句があるなら殿下にと」
「本当に、いい度胸をしているよ……」
アレクサンダーが溜息をつきながら半笑いになる。
「しかしナタリー様も食い下がられて、ナタリー様のパートナー様の方がギル様より腕が立つから守らせる、と」
「あんな腰抜けがですの? 心外ですわ。ギルの方がずっと強いわよ!」
マーガレットが憤慨する。
「ま、まぁ、副会長が腕が立つのは確かだよ。あの場面で冷静なギルは確かに大したものだが。彼はナタリー姫に心酔していたし。だよな、ライナス」
「そうですね。彼はカイロスの高位貴族ですし、ナタリー様とはかなり懇意かと」
「ふん。まぁ良いですわ。あとでわからせてやります。……それで、どうなりましたの?」
「今度はギル様が、ナタリー様をお守りする自信が無いからとお断りに」
「それも言いそうですわ。守れますけれどもね、わたくしのギルは!」
「続けてくれ。結果的には踊っていただろう?」
呆れたのか今度はアレクサンダーが続きを促す。
「あ。はい、それが、その……」
なんだか楽しそうにスラスラと話していたハンナが急に歯切れが悪くなる。
「ナタリー様がある言葉を言ってから、ギル様は機嫌が悪くなって、でも素直に応じたように感じました」
「ある言葉? なんですの?」
「それが……私の聞き間違いかもしれませんし、あまりいい言葉ではないので、本人の許可無く言っていいものなのか、私には……」
「では、わたくしにだけ教えてくださいませ」
「えっ。でも、いいんでしょうか?」
「ギルはご両親の許可を得て、わたくしが貰いましたのよ。ですので彼に対する権限の全てはわたくしにありますの。ギルも弁えていることよ。安心なさいませ」
転生以来、なりを潜めていたわがままお嬢様ぶりは、ことギルバートに関しては揺るがない。
「いや、ハンナが困っているだろう。ギルに直接聞いたらいいんじゃないのか?」
「あぁ。そうですね。ギル様はご無事ですか?」
ハンナが不安げにライナスを見る。
「それが、今日は面会できそうにないです」
ライナスが首を振る。
「えっ? そんなに悪いんですの?」
「いえ、本人に、もう寝るから見舞いは明日にして欲しいと、強く伝えてくれるようにと頼まれましたので」
「こんな事態に何を呑気な」
「あぁ。ギルは夜が苦手なんですのよ。わたくしの家に行儀見習いで泊まり込んだ時も、夜10時を過ぎたら決して部屋から出てきませんでしたもの。今はもう9時をまわってしまいましたし、引きこもりますわよ、あいつ」
「夜が苦手? 本当か?」
「ええ。なにか?」
「いや、なんでもないが……。案外、自由なやつなんだなと思って」
アレクサンダーは何か考え事をするように目を閉じて上を向く。
「わたくしが寛容なんですのよ。という訳でハンナ、お話くださいませ。大丈夫よ。わたくしが無理やり聞き出すことは、ギルも承知の上ですわ」
「で、では……失礼します」
ハンナは少し躊躇いながらも、マーガレットに耳打ちをした。
「…………え?」
その言葉は確かに不穏で、しかし少なくともマーガレットには心当たりがないものだった。
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