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「……どういう事ですの!?」
マーガレットがギルバートに詰め寄る。
「ただの仮説として聞いてください。まず、俺の母は祖国では魔女と呼ばれる存在でした。ただこれは、文化の違いで。この国みたいに悪しき存在として呼ばれることはありません。まぁ一種の職業ですね。あの国ではハンナさんも魔女と呼ばれると思います」
「なんと。そうなのか」
アレクサンダーが驚く。
「異国の魔女との関わり。これがフォーブス……俺の家が狙われた理由ではないか、と思っています」
「やはりあの事件も繋がっていると言う事ね」
「メグの話だと、レッドラップ商会が糸を引いていた疑惑があるとの事だったな……」
「しかしやはり取るに足らなかったのか、あれ以来特に狙われた感じがありませんので、俺の家はそう重要ではなかったのでしょう」
「では、今回ギルが狙われた理由はなんだと言うんですの?」
「俺の愛する魔女、ですよ。お嬢様」
「つまり、ギルがわたくしを愛していると?」
「なっ!?」
「あえて否定はしませんが、そこは問題では無いです」
とんでもない発言に、アレクサンダーは驚くが、ギルバートはいつもの如く受け流した。
「肯定しなさいよ」
「……続けてくれ。まず、それは何の話だ?」
「ナタリー姫様が俺をダンスに誘う時に使った脅し文句です。愛する魔女を守りたいだろう、と」
ギルバートは指を三本立てた。
「定義はどうあれ、俺の周りに魔女と呼べる人は3人います。母さん、ハンナさん、それから……お嬢様」
三本の指を順に動かしながら説明を続けるギルバート。
「このうち、客観的に見て、ハンナさんに愛すると冠詞がつくのは不自然かと思います。彼女はダンスパートナーではありますが、組んだ経緯はナタリー姫様もご存知でしょう」
マーガレットはそれを聞いてなぜか少し、安堵してしまう。なんとなく、後ろめたい。
「そして、母ですが。もう魔女は引退しています。力もありません。元々驚異になるようなものでも無かったですし、祖国とも関わりを絶ってます。役目は果たしたし、とある事情もありまして」
呪の子が迫害されるからだろうか。マーガレットは少し胸が痛くなった。
「最後に、お嬢様」
「わたくし、魔女と言える力はありませんわよ」
「しかし、なぜか魔女に仕立て上げられようとしています。今回は上手く回避しているので、その印象は薄いですが……ノア・レッドラップなんかは時折お嬢様をそう呼ぼうとしますよね。黒幕側の人間は、お嬢様を魔女と呼称してもおかしくはないですよ」
「君はノアもそっち側だと思っているのか?」
「完全にとは言えませんが、利害で絡んでいる可能性は大いにあるかと」
「まぁ、大きな商会だからな。綺麗な商売だけということはないだろうな……」
アレクサンダーは腕を組んで天井を見上げる。
「そして、これが俺の疑念ですが。お嬢様が転生していること。これを魔女の力と評しても、何らおかしくはないですよね。お嬢様の力で転生しているとは限りませんが、そこは相手には問題では無いかもしれませんし」
事実マーガレットも、アレクサンダーに打ち明ける前に迷ったことでもある。祝福を授けるより、多少の時間を戻すより、大きな力が働いている。
「まぁ、それは有り得るわね。でもわたくしが狙われるならともかく、どうしてギルなの?」
「お嬢様の事はまだ、利用したいのでは。この先、まだ大きな事件が予定されてますよね」
ギルバートはちらりとアレクサンダーを見る。
「僕が殺される件か……。確かに今までを回避したとしても、その罪だけ被せれば処刑には持って行けるだろうな」
「その為に、協力者は邪魔でしょう」
「理屈は分かりますけれど……。ほかの転生者の可能性というのは?」
「俺は普通に考えても、ただのお嬢様の従者です。お嬢様の仲間だからといって、そこまで驚異ではないと思います」
「いや。ギルはなかなか侮れないぞ」
「そうよ。わたくしは何度も助けられていますわ」
「……まぁ、そこを狙われただけなら、いいんです。あわよくば協力者を消してしまいたかっただけかもしれません。ですが問題は、転生者からしたら俺はどう映るのか」
「あ……。ギルは、以前は学園に存在していなかったということ、ね……」
「そうです。計画の歯車が狂って、いないはずの人間がいる。これは不気味でしょう。排除しておきたくもなります」
「それは確かにそうですわね……」
「これが俺の杞憂であればそれでいいです。でも、先を知る優位性を、相手も持っていること。こちらがこの先起こる事件を知っていると相手に認識されていること。これはかなり怖いですよ。先回り合戦になると、組織相手にどこまで動けるか」
「だが、それならば今までももっと上手く立ち回れたのではないか? いくらでも対策ができるだろう。例えば僕がナタリー姫なら……そうだな、メグはまだ泳がせたいから、ギルの部屋に死体を出現させるかな。君が殺した状況を作って。そうすれば人殺しの従者を持ったメグを貶められるし、同時に邪魔なギルも排除できる。なんならルームメイトも殺せばいい」
ごく平然と言い放つアレクサンダー。
「この一瞬でそれを思いつくアレクが恐ろしいのですけれど!?」
「本当に、殿下が敵じゃなくて良かったとしか言えませんね」
「僕を敵に回しているのは、相手の方さ。二度も殺されはしない」
負けず嫌いな王子様である。暗殺される運命に、怒りを覚えているのだろう。
「ただ、その方法ならばわたくし、ギルの無実を晴らせると思いますわ」
夜更けに寝てしまう呪いを証明すれば良いのだ、とマーガレットは考えている。
「まぁ、ギルが大人しく部屋に居なければ無理な方法だな」
「いや、まぁ。その話はいいでしょう。気をつけますよ……」
ギルバートは気まずそうに2人から目を逸らした。
「……でも、確かに明確に転生してこちらと同等の知識があるという線は薄いかもしれませんね。でも、転生者はお嬢様だけではないと思います。その人が敵とは限りませんが」
「心当たりがあるのか?」
「後で話します。確かめたいことが」
「今言いなさいよ」
「順序ってもんがあるんですよ」
「僕がいるから話せないことか?」
「いえ。殿下の意見も聞きたいことです」
「じゃあ、続けてくれ」
「まず相手の狙いはどこにあるのかという話ですが」
「クロノスの王太子暗殺。大貴族の娘の処刑。明らかに我が国が狙われているな」
「あえて付け加えるなら……ハンナさんの名声」
「ハンナ?」
「以前の時間軸において、1番出世したと言えるのは彼女でしょう」
「ギル、貴方まだ、ハンナを疑うの!?」
「落ち着いてください。彼女自身が善良であることは、俺も知っています。問題は、彼女を取り巻く大人たち、です」
「確かに……後見人の司祭もあれだったしな」
「王太子を排除した上でも、お嬢様は連中にとって邪魔だったと思います。なんせ王族に連なる公爵家ですから。気が強くて言うことを聞きそうにないですし、ハンナさんを排除したがっていたでしょうから」
「完全に悪口じゃないの……」
「メグはハンナを排除はしないだろう」
「いえ。間違いなくそんな人間でしたのよ。大いに反省はしておりますが……」
「殿下亡き後、傀儡としては申し分ないですよ。民の名声と信頼はあるけれど、平民で知識もないですから、後ろ盾になりさえすれば……」
「ハンナを利用しようだなんて、許せませんわね……!」
「いや、俺の想像でしかないですけどね」
「でも、大いに有り得るな」
「あとは、殿下が王位継承者として完璧過ぎるところが危ういですね」
「確かに僕は、王となる為に研鑽しているからな」
「殿下が継げなくなると、二番目は誰になりますか」
「それはオリビアだな。その次は従兄弟達。まぁ男兄弟が他にいないから、揉めるだろうな。オリビアを立て、婿になる男をあてがう諸侯の争いは起こるだろう。……許せんな」
「そこへ来て、魔女を出したルークラフト家の失墜、ですわね……。三竦みで成り立っている、オルコット家やルイス家は動いてきますわよ」
「そうか。カイロス公国から、婿養子が来るシナリオか。オリビアとハンナを傀儡にすれば、クロノスはカイロスに落とされたも同然となる」
「となると、黒幕はカイロス公国……? あまりにも大きな敵ですわね」
「僕もまだ王位を継いだわけでもない、一生徒でしかないからな……。どこまで戦えるか」
「いや、戦う必要は無いんです。要は、殿下が死ななければクロノスは磐石なので。殿下が生き残り、お嬢様と結婚して、クロノスは更に強固になる。これが規定路線でしょう」
「ギル。それ本気で言ってますの?」
マーガレットはギルバートを睨みつけた。胸がチクチク痛むのは、結婚のくだりを聞いたせいである。
「本気です。俺はこれに、命かけてますよ」
「ギル。君、結構熱いところがあるんだな」
アレクサンダーが感心したように言ったが、1番驚いていたのはマーガレットだった。
あの面倒臭がりで、やる気のないギルバートに、こんな一面があったなんて、知らなかったのだ。
マーガレットがギルバートに詰め寄る。
「ただの仮説として聞いてください。まず、俺の母は祖国では魔女と呼ばれる存在でした。ただこれは、文化の違いで。この国みたいに悪しき存在として呼ばれることはありません。まぁ一種の職業ですね。あの国ではハンナさんも魔女と呼ばれると思います」
「なんと。そうなのか」
アレクサンダーが驚く。
「異国の魔女との関わり。これがフォーブス……俺の家が狙われた理由ではないか、と思っています」
「やはりあの事件も繋がっていると言う事ね」
「メグの話だと、レッドラップ商会が糸を引いていた疑惑があるとの事だったな……」
「しかしやはり取るに足らなかったのか、あれ以来特に狙われた感じがありませんので、俺の家はそう重要ではなかったのでしょう」
「では、今回ギルが狙われた理由はなんだと言うんですの?」
「俺の愛する魔女、ですよ。お嬢様」
「つまり、ギルがわたくしを愛していると?」
「なっ!?」
「あえて否定はしませんが、そこは問題では無いです」
とんでもない発言に、アレクサンダーは驚くが、ギルバートはいつもの如く受け流した。
「肯定しなさいよ」
「……続けてくれ。まず、それは何の話だ?」
「ナタリー姫様が俺をダンスに誘う時に使った脅し文句です。愛する魔女を守りたいだろう、と」
ギルバートは指を三本立てた。
「定義はどうあれ、俺の周りに魔女と呼べる人は3人います。母さん、ハンナさん、それから……お嬢様」
三本の指を順に動かしながら説明を続けるギルバート。
「このうち、客観的に見て、ハンナさんに愛すると冠詞がつくのは不自然かと思います。彼女はダンスパートナーではありますが、組んだ経緯はナタリー姫様もご存知でしょう」
マーガレットはそれを聞いてなぜか少し、安堵してしまう。なんとなく、後ろめたい。
「そして、母ですが。もう魔女は引退しています。力もありません。元々驚異になるようなものでも無かったですし、祖国とも関わりを絶ってます。役目は果たしたし、とある事情もありまして」
呪の子が迫害されるからだろうか。マーガレットは少し胸が痛くなった。
「最後に、お嬢様」
「わたくし、魔女と言える力はありませんわよ」
「しかし、なぜか魔女に仕立て上げられようとしています。今回は上手く回避しているので、その印象は薄いですが……ノア・レッドラップなんかは時折お嬢様をそう呼ぼうとしますよね。黒幕側の人間は、お嬢様を魔女と呼称してもおかしくはないですよ」
「君はノアもそっち側だと思っているのか?」
「完全にとは言えませんが、利害で絡んでいる可能性は大いにあるかと」
「まぁ、大きな商会だからな。綺麗な商売だけということはないだろうな……」
アレクサンダーは腕を組んで天井を見上げる。
「そして、これが俺の疑念ですが。お嬢様が転生していること。これを魔女の力と評しても、何らおかしくはないですよね。お嬢様の力で転生しているとは限りませんが、そこは相手には問題では無いかもしれませんし」
事実マーガレットも、アレクサンダーに打ち明ける前に迷ったことでもある。祝福を授けるより、多少の時間を戻すより、大きな力が働いている。
「まぁ、それは有り得るわね。でもわたくしが狙われるならともかく、どうしてギルなの?」
「お嬢様の事はまだ、利用したいのでは。この先、まだ大きな事件が予定されてますよね」
ギルバートはちらりとアレクサンダーを見る。
「僕が殺される件か……。確かに今までを回避したとしても、その罪だけ被せれば処刑には持って行けるだろうな」
「その為に、協力者は邪魔でしょう」
「理屈は分かりますけれど……。ほかの転生者の可能性というのは?」
「俺は普通に考えても、ただのお嬢様の従者です。お嬢様の仲間だからといって、そこまで驚異ではないと思います」
「いや。ギルはなかなか侮れないぞ」
「そうよ。わたくしは何度も助けられていますわ」
「……まぁ、そこを狙われただけなら、いいんです。あわよくば協力者を消してしまいたかっただけかもしれません。ですが問題は、転生者からしたら俺はどう映るのか」
「あ……。ギルは、以前は学園に存在していなかったということ、ね……」
「そうです。計画の歯車が狂って、いないはずの人間がいる。これは不気味でしょう。排除しておきたくもなります」
「それは確かにそうですわね……」
「これが俺の杞憂であればそれでいいです。でも、先を知る優位性を、相手も持っていること。こちらがこの先起こる事件を知っていると相手に認識されていること。これはかなり怖いですよ。先回り合戦になると、組織相手にどこまで動けるか」
「だが、それならば今までももっと上手く立ち回れたのではないか? いくらでも対策ができるだろう。例えば僕がナタリー姫なら……そうだな、メグはまだ泳がせたいから、ギルの部屋に死体を出現させるかな。君が殺した状況を作って。そうすれば人殺しの従者を持ったメグを貶められるし、同時に邪魔なギルも排除できる。なんならルームメイトも殺せばいい」
ごく平然と言い放つアレクサンダー。
「この一瞬でそれを思いつくアレクが恐ろしいのですけれど!?」
「本当に、殿下が敵じゃなくて良かったとしか言えませんね」
「僕を敵に回しているのは、相手の方さ。二度も殺されはしない」
負けず嫌いな王子様である。暗殺される運命に、怒りを覚えているのだろう。
「ただ、その方法ならばわたくし、ギルの無実を晴らせると思いますわ」
夜更けに寝てしまう呪いを証明すれば良いのだ、とマーガレットは考えている。
「まぁ、ギルが大人しく部屋に居なければ無理な方法だな」
「いや、まぁ。その話はいいでしょう。気をつけますよ……」
ギルバートは気まずそうに2人から目を逸らした。
「……でも、確かに明確に転生してこちらと同等の知識があるという線は薄いかもしれませんね。でも、転生者はお嬢様だけではないと思います。その人が敵とは限りませんが」
「心当たりがあるのか?」
「後で話します。確かめたいことが」
「今言いなさいよ」
「順序ってもんがあるんですよ」
「僕がいるから話せないことか?」
「いえ。殿下の意見も聞きたいことです」
「じゃあ、続けてくれ」
「まず相手の狙いはどこにあるのかという話ですが」
「クロノスの王太子暗殺。大貴族の娘の処刑。明らかに我が国が狙われているな」
「あえて付け加えるなら……ハンナさんの名声」
「ハンナ?」
「以前の時間軸において、1番出世したと言えるのは彼女でしょう」
「ギル、貴方まだ、ハンナを疑うの!?」
「落ち着いてください。彼女自身が善良であることは、俺も知っています。問題は、彼女を取り巻く大人たち、です」
「確かに……後見人の司祭もあれだったしな」
「王太子を排除した上でも、お嬢様は連中にとって邪魔だったと思います。なんせ王族に連なる公爵家ですから。気が強くて言うことを聞きそうにないですし、ハンナさんを排除したがっていたでしょうから」
「完全に悪口じゃないの……」
「メグはハンナを排除はしないだろう」
「いえ。間違いなくそんな人間でしたのよ。大いに反省はしておりますが……」
「殿下亡き後、傀儡としては申し分ないですよ。民の名声と信頼はあるけれど、平民で知識もないですから、後ろ盾になりさえすれば……」
「ハンナを利用しようだなんて、許せませんわね……!」
「いや、俺の想像でしかないですけどね」
「でも、大いに有り得るな」
「あとは、殿下が王位継承者として完璧過ぎるところが危ういですね」
「確かに僕は、王となる為に研鑽しているからな」
「殿下が継げなくなると、二番目は誰になりますか」
「それはオリビアだな。その次は従兄弟達。まぁ男兄弟が他にいないから、揉めるだろうな。オリビアを立て、婿になる男をあてがう諸侯の争いは起こるだろう。……許せんな」
「そこへ来て、魔女を出したルークラフト家の失墜、ですわね……。三竦みで成り立っている、オルコット家やルイス家は動いてきますわよ」
「そうか。カイロス公国から、婿養子が来るシナリオか。オリビアとハンナを傀儡にすれば、クロノスはカイロスに落とされたも同然となる」
「となると、黒幕はカイロス公国……? あまりにも大きな敵ですわね」
「僕もまだ王位を継いだわけでもない、一生徒でしかないからな……。どこまで戦えるか」
「いや、戦う必要は無いんです。要は、殿下が死ななければクロノスは磐石なので。殿下が生き残り、お嬢様と結婚して、クロノスは更に強固になる。これが規定路線でしょう」
「ギル。それ本気で言ってますの?」
マーガレットはギルバートを睨みつけた。胸がチクチク痛むのは、結婚のくだりを聞いたせいである。
「本気です。俺はこれに、命かけてますよ」
「ギル。君、結構熱いところがあるんだな」
アレクサンダーが感心したように言ったが、1番驚いていたのはマーガレットだった。
あの面倒臭がりで、やる気のないギルバートに、こんな一面があったなんて、知らなかったのだ。
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