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「……と、言うわけで、俺の話は以上です。ご心配をおかけしました」
ギルバートは簡単に、夜の呪いの話をした。
今日例の部屋に集まったのは、マーガレット、ギルバート、アレクサンダーに加えて、ハンナ、そしてライナスである。
アレクサンダーが腹心のライナスには事情を話したいと言うので、マーガレットは快諾した。しかし当の本人は議論に加わる気は無いのか、部屋の内側にはいるものの、ドア付近で待機している。
「そのような事情を、抱えてらしたのですね……。お話いただき、ありがとうございました。その、無理やり聞き出してしまって、申し訳ありませんでした」
「あんな話聞いたら、不安で気になるに決まってるわ」
「そもそも言う機会がなかっただけで、隠してた訳では無いので。俺のルームメイトも、お嬢様の家の使用人の方々もご存知の話です。もちろん公爵夫妻も、あとはジーク様も知ってますね」
「えっ! 使用人やお兄様まで? わたくしは聞いてなかったのですけれど!?」
「幼いお嬢様に不吉な話をしない配慮ですよ。それに、元から俺を夜に合わせるつもりはなかったでしょうし。嫁入り前ですからね」
「嫁入り後でも問題があるぞ」
アレクサンダーが憮然と言い放つ。
「そこはご安心を」
「釈然としないわ……」
「あの、それでなぜ、ナタリー姫様はギルバート様と踊ろうと?」
「わかりませんが、命を狙われた可能性があります」
「えっ……!?」
「ナタリー様は、どこかで生きているとわたくし達は考えておりますの。死体はフェイクですわ」
「確かに、時間が経ってしまったご遺体だと、私も思いました……」
ハンナは顔が青くなる。あの凄惨な死体を思い出したのだろう。蘇生で何度も死体に触れる機会があるとはいえ、酷な話だ。彼女は好きであんな能力を持ったわけではないのだから。
「でも、それじゃあギル様は夜、無防備になるわけですよね? また命を狙われたら危ないのでは……」
「そうだな。僕の部屋に引っ越すか? ライナスもいるし、君達の2人部屋より広い部屋も余っているぞ」
「冗談じゃないですよ……。ただでさえナタリー姫様の件で目立ってしまっているのに、王太子の部屋を間借りするなんて」
「だが、君への嫌がらせは減――」
「殿下!」
ギルバートは慌てて、口の前で人差し指を立てた。
「ギル。嫌がらせを受けておりますの……?」
静かな怒りを込めた迫力で、マーガレットが言う。
「ほら、話がこじれるので!」
「あ、あぁ、そうだな……聞きそびれていたんだが、ナタリー姫とは他に会話はなかったのか? 彼女は話があって君を誘ったのだろう?」
「あぁそれは。カイロスの王位継承について。自分は女王の器だと思うか、と。俺に聞いてどうするんだって話ですが」
「とても相応しく感じますね」
「俺もそう答えました」
ギルバートとハンナのやり取りに、首を傾げるアレクサンダーとマーガレット。
「……ナタリー姫は、継承権が無いはずだが」
「そうなんですか?」
「有名な話よね。女王の愛人の子であることが発覚して、剥奪されたのよ。ギルもハンナも、知らないの?」
「初耳ですね。てっきり三位くらいの継承権があるものだと」
「私も、覚えている限りですが……」
貴族とはいえ牧歌的なフォーブス家と、修道院育ちで記憶も曖昧なハンナには縁のない話なのか。
「他には何か話したか?」
「いえ、そのくらいですね」
「……じゃなくて、そんなことよりギル、あなた嫌がらせを!」
話が逸らされてなお、収まらずに憤慨しているマーガレット。
「お嬢様その話は後回しです。今はハンナさんの話を。ハンナさん、お願いします」
「え。ええっと……」
「流れを変えられるのはもう、ハンナさんしかいないので。早く。いまのうちに」
急に振られて、ハンナは戸惑う。ギルバートは、今にも噴火しそうなマーガレットの口を直接押えながらハンナに懇願する。
「あの、その。私の力の代償ですが………!」
勢いに乗ってハンナが口を開く。
「記憶………です……」
絞り出すようにハンナが告げる。全員の視線が集まった。騒ぎを傍観していたライナスですら、ハンナへ目線を向ける。
「ハンナ。それって、どのくらい……?」
「わかりません。発動した時にはもう消えているのだと思うので。気づいた時にはもう、色々な記憶がなくなっていました」
「法則性はあるのか? 例えば古い記憶からなくなるとか」
眉をひそめて、アレクサンダーが問う。
「多分そうです。小さい時の記憶が、ほとんど無いので。司祭様やシスターに聞かされたことが思い出でした。……今は、修道院で他の子供たちと過ごした記憶が少しあるだけなんです」
「そんな……。わたくし、一緒にいたのにちっとも気づきませんでしたわ……」
ハンナの身の上を考えると、決して幸せな人生を送ってきたとは言えないだろう。しかし、楽しいことも大切なことも、沢山あったはずだ。それが思い出すことすらできないなんて、それは辛すぎる。
「マーガレット様とは楽しくお話がしたかったので、どうしても知られたくなくて隠していました。それに、いざと言う時に使うのを止められそうでしたので……ごめんなさい……」
「当たり前よ。こんなこと聞いていたら、絶対に使わせませんでしたのに!」
「僕もすまない。知らずに君の力を当てにした」
「いえ。私の力は人の役に立つためにあるので」
ハンナがにこりと笑う。
「それを、あなたに言ったのは誰ですか。それも忘れてしまっていますか」
ギルバートは1人、かなり冷静な口調で言った。いっそ冷たさを感じるほどに。
「ギル……?」
怒っているのかもしれない。マーガレットはそう感じた。
「ハンナさんの意思であれば、そこに関して俺から言うことは無いですが。無理やり刷り込まれてませんか」
「………それは、考えたこともありませんでした。ただ、そういうものなのだと……」
「ハンナさんの力は人の役に立ちますが、その為にあるものではないんです。それは履き違えたらいけません」
ギルバートはよどみなく断言する。その後少し表情をゆるめて、
「……って、親父が言っていたと、母さんから聞いたことがあるだけですが」
と、付け足した。
「あら。フォーブス男爵ったら、素敵なことをおっしゃいますのね。いつもは心配になるほどのんびりした方ですのに」
マーガレットはお人好しの男爵の顔を思い浮かべて、つい笑う。ギルバートは以前、農夫の断罪の際にも父の受け売りの言葉を饒舌に語ったことがある。なんだかんだ、父を尊敬しているのだろう。
「そりゃあそうですよ。なんたってプロポーズの決め台詞だったらしいんで」
「ますます素敵ですわ! おふたりの馴れ初め、興味深いですわね……! ね、ハンナ!……ハンナ?」
「あ…………はい」
ハンナは両手で頬を押さえながら困ったような表情をしていた。顔を真っ赤に染めながら。
ギルバートは簡単に、夜の呪いの話をした。
今日例の部屋に集まったのは、マーガレット、ギルバート、アレクサンダーに加えて、ハンナ、そしてライナスである。
アレクサンダーが腹心のライナスには事情を話したいと言うので、マーガレットは快諾した。しかし当の本人は議論に加わる気は無いのか、部屋の内側にはいるものの、ドア付近で待機している。
「そのような事情を、抱えてらしたのですね……。お話いただき、ありがとうございました。その、無理やり聞き出してしまって、申し訳ありませんでした」
「あんな話聞いたら、不安で気になるに決まってるわ」
「そもそも言う機会がなかっただけで、隠してた訳では無いので。俺のルームメイトも、お嬢様の家の使用人の方々もご存知の話です。もちろん公爵夫妻も、あとはジーク様も知ってますね」
「えっ! 使用人やお兄様まで? わたくしは聞いてなかったのですけれど!?」
「幼いお嬢様に不吉な話をしない配慮ですよ。それに、元から俺を夜に合わせるつもりはなかったでしょうし。嫁入り前ですからね」
「嫁入り後でも問題があるぞ」
アレクサンダーが憮然と言い放つ。
「そこはご安心を」
「釈然としないわ……」
「あの、それでなぜ、ナタリー姫様はギルバート様と踊ろうと?」
「わかりませんが、命を狙われた可能性があります」
「えっ……!?」
「ナタリー様は、どこかで生きているとわたくし達は考えておりますの。死体はフェイクですわ」
「確かに、時間が経ってしまったご遺体だと、私も思いました……」
ハンナは顔が青くなる。あの凄惨な死体を思い出したのだろう。蘇生で何度も死体に触れる機会があるとはいえ、酷な話だ。彼女は好きであんな能力を持ったわけではないのだから。
「でも、それじゃあギル様は夜、無防備になるわけですよね? また命を狙われたら危ないのでは……」
「そうだな。僕の部屋に引っ越すか? ライナスもいるし、君達の2人部屋より広い部屋も余っているぞ」
「冗談じゃないですよ……。ただでさえナタリー姫様の件で目立ってしまっているのに、王太子の部屋を間借りするなんて」
「だが、君への嫌がらせは減――」
「殿下!」
ギルバートは慌てて、口の前で人差し指を立てた。
「ギル。嫌がらせを受けておりますの……?」
静かな怒りを込めた迫力で、マーガレットが言う。
「ほら、話がこじれるので!」
「あ、あぁ、そうだな……聞きそびれていたんだが、ナタリー姫とは他に会話はなかったのか? 彼女は話があって君を誘ったのだろう?」
「あぁそれは。カイロスの王位継承について。自分は女王の器だと思うか、と。俺に聞いてどうするんだって話ですが」
「とても相応しく感じますね」
「俺もそう答えました」
ギルバートとハンナのやり取りに、首を傾げるアレクサンダーとマーガレット。
「……ナタリー姫は、継承権が無いはずだが」
「そうなんですか?」
「有名な話よね。女王の愛人の子であることが発覚して、剥奪されたのよ。ギルもハンナも、知らないの?」
「初耳ですね。てっきり三位くらいの継承権があるものだと」
「私も、覚えている限りですが……」
貴族とはいえ牧歌的なフォーブス家と、修道院育ちで記憶も曖昧なハンナには縁のない話なのか。
「他には何か話したか?」
「いえ、そのくらいですね」
「……じゃなくて、そんなことよりギル、あなた嫌がらせを!」
話が逸らされてなお、収まらずに憤慨しているマーガレット。
「お嬢様その話は後回しです。今はハンナさんの話を。ハンナさん、お願いします」
「え。ええっと……」
「流れを変えられるのはもう、ハンナさんしかいないので。早く。いまのうちに」
急に振られて、ハンナは戸惑う。ギルバートは、今にも噴火しそうなマーガレットの口を直接押えながらハンナに懇願する。
「あの、その。私の力の代償ですが………!」
勢いに乗ってハンナが口を開く。
「記憶………です……」
絞り出すようにハンナが告げる。全員の視線が集まった。騒ぎを傍観していたライナスですら、ハンナへ目線を向ける。
「ハンナ。それって、どのくらい……?」
「わかりません。発動した時にはもう消えているのだと思うので。気づいた時にはもう、色々な記憶がなくなっていました」
「法則性はあるのか? 例えば古い記憶からなくなるとか」
眉をひそめて、アレクサンダーが問う。
「多分そうです。小さい時の記憶が、ほとんど無いので。司祭様やシスターに聞かされたことが思い出でした。……今は、修道院で他の子供たちと過ごした記憶が少しあるだけなんです」
「そんな……。わたくし、一緒にいたのにちっとも気づきませんでしたわ……」
ハンナの身の上を考えると、決して幸せな人生を送ってきたとは言えないだろう。しかし、楽しいことも大切なことも、沢山あったはずだ。それが思い出すことすらできないなんて、それは辛すぎる。
「マーガレット様とは楽しくお話がしたかったので、どうしても知られたくなくて隠していました。それに、いざと言う時に使うのを止められそうでしたので……ごめんなさい……」
「当たり前よ。こんなこと聞いていたら、絶対に使わせませんでしたのに!」
「僕もすまない。知らずに君の力を当てにした」
「いえ。私の力は人の役に立つためにあるので」
ハンナがにこりと笑う。
「それを、あなたに言ったのは誰ですか。それも忘れてしまっていますか」
ギルバートは1人、かなり冷静な口調で言った。いっそ冷たさを感じるほどに。
「ギル……?」
怒っているのかもしれない。マーガレットはそう感じた。
「ハンナさんの意思であれば、そこに関して俺から言うことは無いですが。無理やり刷り込まれてませんか」
「………それは、考えたこともありませんでした。ただ、そういうものなのだと……」
「ハンナさんの力は人の役に立ちますが、その為にあるものではないんです。それは履き違えたらいけません」
ギルバートはよどみなく断言する。その後少し表情をゆるめて、
「……って、親父が言っていたと、母さんから聞いたことがあるだけですが」
と、付け足した。
「あら。フォーブス男爵ったら、素敵なことをおっしゃいますのね。いつもは心配になるほどのんびりした方ですのに」
マーガレットはお人好しの男爵の顔を思い浮かべて、つい笑う。ギルバートは以前、農夫の断罪の際にも父の受け売りの言葉を饒舌に語ったことがある。なんだかんだ、父を尊敬しているのだろう。
「そりゃあそうですよ。なんたってプロポーズの決め台詞だったらしいんで」
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