探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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悪女イザベラ

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 夏休み直前、マーガレットは例のバレッタをつけた。休みに入る前に会っておきたかったからだ。

 しかし彼は現れなかった。代わりに壁にカードが差し込んであり、今宵は会えないが案ずるな、くれぐれもひとりで外に出るなという旨のメッセージが書き殴られていた。

 彼は相変わらず指名手配犯で、更に公国の姫君の殺害疑惑までが加わった。カイロス公国の兵士が血眼になって彼を探しているし、捕まったら最後、必ず首が飛ぶだろう。そんな中で姿を表せないのは仕方がないかもしれない。

(まぁ、無事でいるならいいわ……)

 マーガレットはカードをお守りのように忍ばせて、馬車に乗り込んだ。

「ギル。貴方が嫌がらせを受けているというお話でしたけれど……」

 目の前に乗るギルバートを睨みつけながら、マーガレットが話を始める。

「あー、覚えてましたか」

「当たり前ですわ!」

 面倒くさそうに答えるギルバートに、マーガレットが怒る。

「貧乏貴族の四男が王妃候補で天下のルークラフト家の美人令嬢マーガレット様を誑かして取り入って、由緒正しき学園に無理やり入学したとなれば、嫌がらせもされますって。男の世界もなかなか陰湿ですし」

「ほぼ、わたくしのせいじゃないの……」

 美人令嬢は当然として受け入れつつ、内容に頭を抱えるマーガレット。

「それで、どんな嫌がらせですの?」

「大したことないですよ。呼び出されて殴られたり、提出用の課題を破かれたり、教科書を捨てられたり、テストの答案を隠されたり、剣技の木剣を腐ったものにすり替えられたり、あとは無視されたり、罵倒されたり……」

「も、もの凄い虐められてるじゃないの……! 由緒正しき学園で、暴力沙汰もあるなんて」

 そう考えると時折、怪我をしていることもあったように思うが、男子の授業は激しいものなのかと呑気に思っていた。

「大怪我するほど殴られる訳でもないですし、俺も時々は殴り返してます。反撃すると大人しくなるので、最近はそんなにないですよ。所詮は大事に育てられてる貴族のお坊ちゃまです。それに殿下やライナス様の前ではやってこないのも助かってますね。……まぁ、あとはノア・レッドラップがいる時もわりと大人しいです。が、あれに絡まれるなら嫌がらせの方がマシですね」

「すっごくバイオレンスな世界じゃない……」

 女子棟にいると見えてこない男子の世界に、育ちの良いマーガレットはドン引きである。というか同じく育ちの良い令息たちのはずなのだが。

「ギルの成績が思ったほどでも無いことも、気になってはいたのよ。貴方って頭は良いけどお勉強は苦手なのかしらって」

 期末テストでは、ギルバートは平均の少し上程度であった。ちなみに、マーガレットは上の中、ハンナは中の上くらい。マーガレットは二度目なのに対し、ハンナは教育も受けずに記憶も失ってこれなのだから、伸び代は中々すごい。不動の一位はアレクサンダーである。

「実際、勉強は苦手ですよ。なので嫌がらせで多少成績が下がったところで、落第点にならないなら気にしませんし。公爵様に捨てられる程じゃなければそれでいいので」

「捨てられた教科書は買い直すからお言いなさいな」

「結構ですよ。たまにセオドアに見せてもらえれば大して困りませんし」

「駄目よ。貴方が舐められるのは、ルークラフトが舐められていることと同じだわ。正直言えば、貴方に嫌がらせをする奴らは全員罰したいところよ……わたくしには、それもできますわ……」

 マーガレットは確かに怒っていた。ギルバートへの嫌がらせは許せなかった。けれど、だからこそ、胸が痛む。ズキズキと。

「お嬢様のそういう顔が見たくなかったんで、言わなかったんですけどね……。嫌がらせより、ずっとキツイですよ」

「安易な断罪は良くないと、他ならぬ貴方に教えられましたのに。アレクにも偉そうに説教しましたのに。わたくしの本質は変わっておりませんわ。だからきっと、わたくしはそいつらと同じような人間ですの。卑怯で、浅ましくて、惨めで。自分に降りかかるものだけは許せなくて、傷つくことすらわたくしではなく、貴方なのに」

 ギルバートに聞いたような酷いことはしていないものの、マーガレットはハンナを虐めていた過去がある。さすがに暴力はしなかったし、平民の持ち物に手を出したりはしていない。しかし嫌味も言ったし、無視もした。その態度に影響されて乗っかり、増長する者たちも放っておいた。愚かな嫉妬心でやった事だ。

 もちろん本人に打ち明ける時にはかなり緊張もしたし、心から謝った。しかし。

「ハンナさんは許してくれていましたよ」

 そうなのだ。ハンナは許してくれた。だからこそ、罪悪感の行き場がなかったのも確かだ。

「それは、あの子が優しいからですわ。あの子はずっと、自分を犠牲にしてばかり。だから、きっと許してくれると、浅ましくもそう思いましたのよ」

「お嬢様は十分すぎるほど罰を受けたし、償いもしていますよ。なんたって、処刑までされてるので」

「そうですけれど……」

「そもそもですね、身分差の差別はお嬢様がいなくても起こるんです。ハンナさんは、今は全く嫌がらせを受けていないのでしょうか」

「そうでもないわ。見つけたら黙らせますけれどね」

「ハンナさんがお嬢様を笑って許したのは、ただのお人好しだからではないですよ。まぁ少なくとも、俺には嬉しそうにお嬢様の話ばかりしてましたし。今まで通り、得意の怖い顔で牽制してあげてればいいんじゃないですかね」

「良い事言ってくれたと思ったのに、一言多いわね」

 マーガレットの言葉に、ギルバートはただ笑う。それが悔しいのか心地良いのか、いつもよく分からない。

「とにかく、知った以上は貴方への嫌がらせも黙っていられませんわよ」

「黙っていてください」

「何よ。男の安いプライドでもある訳?」

「ないです。いざとなったらお嬢様を振りかざします」

「じゃあなんでよ」

「泳がせたいので」

「何か企んでるの?」

「ルークラフト家の後ろ盾を気にしない人物の洗い出しができるかと思って」

「……転んでもタダでは起きない奴ね」

「俺は学んだり交流するためにここにいる訳じゃないので」

「それだけじゃあ、寂しいじゃないの……」

 確かに事件の協力をして欲しくて来てもらっているのだけれど、ギルバートの知識と見識、知遇を得られる場になれば一石二鳥と思っていた。実際ギルバートは思いのほか優秀だから、連れてきて正解だったと思っている。しかしここまでマーガレットの手伝いに特化した考えなのは想定外なのだ。

「……ねぇギル。来年、アレクを救って、黒幕を捕らえられたなら……。わたくし達、普通の生徒として残りの学園生活を送れますわよね」

「はい」

「約束よ。小指を出して」

「なんですか」

 ギルバートはマーガレットが差し出した小指の真似をするが、勝手が分からず首を傾げる。

「指切りげんまんと言いますの。嘘をついたら針千本飲ませますから」

「随分と物騒な契約ですね」

「ふふ、確かにね」

 マーガレットは強引にギルバートの小指に自分の小指を搦めた。


 ――この約束は決して果たされることがないなんて、互いに思いもしなかったけれど。
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