探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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悪女イザベラ

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「わぁ素敵ぃ! ここがメイガス・リバーですのね!」

 鼻にかかるような語尾を伸ばす口調で、イザベラははしゃぐ。公爵家が現れたので、一般客は少し遠巻きにされているので、観光地だけれど貸切のような状態である。たまたま来ていた市民には申し訳ない気持ちもあるが、ルークラフトの兄妹が現れたと浮ついている者たちもいる。公爵家は下々からしたら芸能人のような存在なのかもしれない。

「足元に気をつけるんだよ、イザベラ」

 おどろおどろしい木々に近づくイザベラに慌ててついていこうとするが、物怖じしている様子のジークフリード。

「確かに、ハロウィーンの木みたいで素敵だわね」

 マーガレットが呟く。改めて見ると、黒い木はあの曲がりくねったシルエットでしばしば表現されるものにそっくりだ。コウモリでも飛んでいたら完璧である。

「ハロウィーンてなんでしょうか」

「別の世界のお祭りよ。死者が蘇る日だったかしら? お化けの仮装をするの。子供たちがね、お菓子をくれないとイタズラするぞーって、脅しに来るのよ」

 最も、日本ではコスプレして騒ぐ日となっていたようだが。病弱なメグはそちらに縁がなく、病棟の子供にお菓子をあげるのが楽しい日だった。

「あぁ、フェアリー・デイズみたいなやつですかね」

「そうね、似てるわね」

 フェアリー・デイズとは、クロノスとカイロス共通で行われるお祭りである。

 妖精たちがとりかえっこのイタズラをするので、子供たちは予め違う人間の振りをするのだ。それが友達だったり、魔女だったり、なんでもありなので仮装パーティーの側面がある。お菓子をあげると妖精が気を良くして戻してくれるという話も似ている。

「ギルに、わたくしのドレスを着せたのよね。楽しかったわ」

「あれは俺の尊厳がなくなりましたね」

「今年も着せようかしら」

「さすがにもう入りませんよ、お嬢様の服は」

 マーガレットは、ギルバートを見上げた。

 確かに背が高くなって、細身ではあるけど肩幅なんかの体つきもしっかりしている。

 確かにもう、マーガレットのドレスは着せられそうにない。

「わたくしの許可無く大きくなっちゃって……。相当のお直しが必要ですわ」

「直さないでくださいね。着ませんからね」

 与太話の間にも、イザベラのことは警戒している。彼女はジークフリードと共に川辺ではしゃいでいる。

「……今の所、溺れそうにない川ですが」

「足のつくような場所で溺れますのよ。なので、少しだけ深いところね。蛇に驚いてボチャンと落ちるんですけれど、わたくしがけしかけたとのたまうのよ」

「となると、あの辺でしょうか」

 ギルバートが目線だけで示した先は、登りやすそうな岩が突き出ていて、少し開けている。川を眺めるには丁度良いような場所だ。

「確かに、うっすら見覚えはありますわね」

「あらぁ、せっかくご一緒していますのにぃ、マーガレット様ったら従者の方とばかりお話になって……」

 トタトタと、いかにも苦戦していますとアピールするような足取りで、ジークフリードに捕まりながらイザベラが寄ってくる。

「お2人、とっても仲良しね? ……もしかして、深い仲だったり……する?」

 頬に人差し指を当てて、小首を傾げるイザベラ。ギルバートは一歩後ずさり離れてから、軽く息を吐いた。明らかに動揺している。

「ち、違いますわ! イザベラ様ったら、なんでもかんでもそういう話にしたがるのですから……」

「あらぁ、女として生まれたからには、そんなお話が誰でも大好きなはずよ? 変わってらっしゃるのね、マーガレット様」

 変わってるのはあんたよこのお花畑、と罵倒したいのをぐっと堪えるマーガレット。

「でも……確かにそんな雰囲気ではないかしらねぇ? だって貴方、ふふ。マーガレット様とお喋りしているのに、わたくしのことをチラチラ見てましたもの、ね?」

 ずい、と一歩前に出て、ギルバートを上目遣いに覗き込む。チラチラあんたを見てたのはわたくしもよ、男しか目が入らないわけこの空っぽで狡猾な脳みそは! と、叫びたいが再びぐっと堪える。

「おい。イザベラに目を奪われる気持ちはわかるが、変な気は起こすなよ」

 お花畑兄もそんなことを言うので、マーガレットのイライラは最高潮である。

「まぁしかし、どうだ。愛らしく美しい女性だろう、イザベラは。我が妹も見習うべきだ。ギルもそう思うだろう?」

「え? ええっと……」

 ジークフリードの投げた爆弾に、ギルバートはたじろぐ。期待を込めたようなイザベラの目線。それから、今回も100点の回答をしなさいとばかりに目線で圧をかけるマーガレット。

「イザベラ様は……ジーク様と、とてもお似合いだと思います」

「はは。そうだろうそうだろう!」

 満足気に頷くジークフリード。

 逃げたな、とマーガレットは思ったものの、及第点である。ギルバートの立場上イザベラを貶めることなどできないわけだし。

「しかしながら。お嬢様はイザベラ様を見習う必要はないかと」

「そうか? 我儘で高圧的で、可愛げがないじゃないか」

「はい。意思が強く気高く、賢いところが魅力ですので」

 100点よ。ギル。と、頭を撫でてやりたいくらい嬉しかったが、同時に気恥ずかしくもなる。そんなこと思っていてくれたのかと。

「あら。よく躾られていますこと」

 しかし、こんな素晴らしい返しでも、イザベラには大したダメージにはならない。従者一人落とせなかっただけ、なのだ。そこは悔しいところである。

 なんならアレクサンダーでも連れて来たいところだとマーガレットは思ってしまう。

「お嬢様。これは……思った以上に、あれですね」

 少し離れてから、ギルバートがこめかみ辺りを押さえながら言う。

 いつもは割と平然としているギルバートだが、明らかに様子がおかしい。

「俺は男兄弟ばかりの中で育ってますし、女性には免疫がないので、あの感じの方はあんまり関わったことがなくてですね……」

 まさか。クラっと来てしまっていないだろうか。マーガレットは急に不安になる。が。

 ゲンナリした表情なのは見て取れる。

「キツイでしょう?」

「キツイです」

 食い気味なくらいの即答だった。

「何も害を加えられていないのに、嫌悪感が湧くのは初めてですよ」

 そうなのだ。ぶりっ子というのは男に好かれ、女に嫌われるという単純なものでは無い。男心をがっちりと捕むことが出来ると同時に、嫌悪感を抱く男性も一定数いるのだ。ギルバートの好みは知らないが、どうやらそのタイプらしい。

「いっそ俺が先に突き落としましょうか」

「駄目よ! わたくしが命令したことになるじゃない!」

「冗談ですよ」

 女の子に辛辣な冗談を言うのもかなり珍しい。それだけ取り乱しているのだ。

「あと、あれですね。なんか」

「なに?」

「お嬢様も、少々面倒臭い感じになりますね。イザベラ様が絡むと」

「うっ……」

 図星をつかれて、マーガレットは怯んだ。

 従者のギルバートじゃなくて、アレクサンダーが来ていればなんて、浅ましくも失礼な対抗心まで燃やしていたのだから、マーガレットも大概なのだ。

「お嬢様も普通に女の子なんだなって言う感じもありますけど」

「どういう意味よ。女の子として見てなかったってこと?」

「そうですね」

 グサリ、と勝手に反撃を受けた気分である。やはりノアに言っていたことは、ただの牽制だったのだ。ギルバートはマーガレットに、女としての興味は無い。

 マーガレットだってあの怪盗が好きだというのに、心が痛むのは身勝手だ。分かっているけれどどうしても、心が沈んだ。
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