49 / 58
悪女イザベラ
5
しおりを挟む
「マーガレット様、こっちこっち! ここ、川の流れがよく見えますわよぉ」
例の場所でイザベラが手を振る。あぁ。この場面は覚えがある。間違いなくここだ。マーガレットは確信した。
ジークフリードは、靴の調子が悪いだのと言って、イザベラの隣にはいない。兄は怖がっているのだ。
イザベラのいる位置からちょうど真正面、川向うにひときわ大きな木が鎮座しているのだが、この木には曰くがある。
魔女が自分を裏切った男を殺して吊るしたという物騒な伝説が。その男は見栄えの良い男を見つけると、身代わりにしようと襲ってくるというものだ。
正直マーガレットにしてみればどこが怖いのかわからないくらい陳腐な話だが、見栄えの良い男と自分を認識しているジークフリードはこの伝説が何より怖いようだ。
「確か、蛇に襲われるとか」
「そうよ。わたくしが蛇をけしかける悪戯をしたと言いやがりますのよ」
「じゃあ俺は、お嬢様の後ろで蛇に気をつけますよ。お嬢様はイザベラ様が落ちないように気をつけてください」
「蛇なんて嘘よきっと。ギルもイザベラ様が落ちないように協力して頂戴」
「嫌ですよ。俺が近づくとまた何を言われるか。ジーク様もいることですし、俺はお嬢様の後ろで控えます」
「……まぁ、仕方ないわね」
実はマーガレットはイザベラより先に落ち、ギルバートに証言をさせて、逆に罪を着せてやろうとまで考えていた。しかし自分の浅ましさに気づいた今、その作戦は取りやめた。そもそも、ギルバートまで嘘に巻き込んで、人に罪をなすり付けるなど最低の行為だ。罪をなすりつけられて理不尽に死んだマーガレットにそんなこと、そもそもできるわけがなかった。
どうもイザベラ相手だと、マーガレットも調子が狂うのだ。
「どうしましたぁ? マーガレット様」
「今行きますわ……」
「ねぇ、とっても大きな木がここから見えますわよ。ふふ。今にも襲ってきそうですわねぇ。マーガレット様みたいな存在感ですわぁ。なんでも殿方が呪い殺される木なのだとか?」
「……残念ですわね。あの木は男性が取り付いておりますのよ。あまり味を乗り出すと危ないですから、私の手をどうぞ」
マーガレットは怒りを押えながら会話をする。気が進まないが手を差し出しつつ。
「まぁ嬉しいぃ! マーガレット様がわたくしにこんな優しいことをしてくれるなんて、思いもしませんでしたわぁ!」
イザベラは大袈裟にそう言ってマーガレットの手を取る。
「あら、そうでしたかしらぁ?」
イザベラを真似するように語尾を伸ばしつつ、青筋を立てるマーガレット。手にぎゅ、と強い力がこもる。
それとほぼ同時に、後方でガン、と音がした。振り返ると、ギルバートが岩を蹴っていた。
「ギル。貴方、足……」
怪我をした足で蹴りつけていたので、足元に目線をやってから、ギョッとする。なんと、蛇の頭を足で押さえつけているのだ。
「きゃ、へ、へび!」
それを見たイザベラがよろけたので、マーガレットは咄嗟に引き寄せる。強く握りしめていたのですっぽ抜けてしまうこともなく。
イザベラはひくり、と口角を上げた。
「あ、あ、あなた、それ……!!」
「ギ、ギル。それどうするんですの!?」
「……このくらいの大きさの蛇は、頭を押えたら何もできませんので……」
そう言って蛇の首あたりをつまんで拾い上げる。マーガレットもイザベラも、ぐねぐねと、うごめく蛇にぞっとする。
「よく素手で持てるな、そんなもの」
ジークフリードもドン引きである。
「こんなの怖がっていたら、畑仕事なんかできませんので。毒の無い種類ですよ、これ」
さすがの田舎貴族と言うべきなのか。なんなら遠巻きに見ている護衛兵士も引いている。
「あ、あは、あひ。は、はやくどこかへやって!」
たまらずイザベラが叫ぶ。引き笑いのような情けない声で。
ギルバートは川の中に蛇を投げ込んだ。するとイザベラは、岩から逃げるように降りていく。マーガレットの手を振り払って。
「大丈夫か、イザベラ」
今更ジークフリードが、イザベラを抱きとめる。
「ええ。マーガレット様が守ってくださいましたので……」
イザベラは潤んだ瞳でマーガレットを見上げる。
「ん? わたくしが……?」
「そうですわ! わたくしを狙った蛇をやっつけて、それから川に落ちてしまうところを支えてくれましたでしょう?」
「ん……?」
予想外の言葉に、マーガレットは首を傾げる。確かによろけたのを引き寄せたが、落ちるほどのものでは無かったと思う。それに、蛇をやっつけたのはギルバートだ。
「マーガレット様? ありがとう。うふふ」
状況がいまいち飲み込めず、ふらふらと言わから降りたマーガレットの手を取って、照れくさそうにイザベラが笑う。
「本当は、わたくしを心配してくださっていたのねぇ。嬉しいわぁ。ね。これからも仲良くしてくださいませね?」
「蛇を倒したのはギルですわよ?」
「だってぇ、その方は貴女のだとおっしゃいましたわよね? ですからマーガレット様に守っていただいたのと同じですわよ?」
なるほど。そういう事かとマーガレットは納得する。基本的にイザベラは、従者を人として同等には見ていないのだ。だから彼女の中では自動的に、ギルバートのやったことがマーガレットの功績になる。そんな傲慢な思想を持った貴族は、案外多いものだ。
「ねぇ、次は吊り橋が見たいの!」
相変わらず猫撫で声のイザベラが無邪気に言う。呆気に取られたままついて行くマーガレット。この件はこれで解決したのか。罪を着せられたのはなんだったのか。
「蛇、本当にいましたのね……」
「あのままだと、お嬢様の背後からイザベラ様の方に現れてもおかしくはなかったですね」
「……それでも、無理やりにでも落ちると思いましたのよ。ですから、その時が不自然な状況であればと思いましたのに……」
「俺もそれを見越して、蛇を川に投げました。蛇のいる川には入らないだろうと。でも……あの、お嬢様。あの人もしかして」
「そんな。有り得ないわ。だってずっとわたくし嫌味を言われたりマウントを……」
誤解なのか。そうなのか。マーガレットはあまり認めたくなかった。
「お嬢様がイライラを蓄積させてたのはわかりますよ」
「ええ。そうね。あの方、思い込みが激しいのは確かよ。私の足元から出現した蛇を見て、わたくしがけしかけたと本気で思い込んでいたとしても……確かにおかしくはないかも」
「それに、自分から川に落ちるようなことをできる印象もないですよ。足元が汚れることすら気を使っていたように見えたので」
「ギル。客観的にあなたの目から見て、どう思いますこと?」
「あの人は天然では、と」
やはりそうなのか、とマーガレットはため息をついた。
「言動は確かにお嬢様の逆鱗に触れるものでしたでしょうが、悪気は無いと取れるものが多いかと」
「あれで悪気がないのもタチが悪いですけれど」
「ともかく、良かったじゃないですか」
「そうね。少なくともこれがきっかけでお兄様と大喧嘩することはなさそうよ。それに、カイロス公国のこともおそらく無関係ですわね。そこも一安心ですわ。義理の姉候補が敵だなんて、厄介この上ありませんもの」
「ねぇ、マーガレット様、橋を一緒に渡りませんことぉ? ふふっ」
「俺と渡ればいいだろう」
「せっかく仲良くなれそうなのよ? 是非マーガレット様と渡りたいわぁ」
兄を差し置いてマーガレットを誘ってくるイザベラ。以前はイザベラがびしょ濡れになったので、橋までは来なかった。だからこの展開は知らない。
「構いませんけれど……」
お誘いを断るのは角が立つ気がして、マーガレットは渋々受ける。少しは仲良くなれるだろうか。悪い人間では無いのかも、などと思い始める。
「では、うふふ。わたくしが先に行きますからね。きちんとついてきてくださいねぇ?」
橋は横幅が狭い。両側に手をかけて、振り向いたイザベラはニコリと笑う。
その後にマーガレット、そしてジークフリード、ギルバート。護衛兵が後に続こうとするが、あまり人数が多いと橋が落ちそうで怖い、とイザベラが止めた。
高さはそこそこだが、下は深い急流である。橋自体も心許ないので、装備が重そうな護衛兵たちまで渡るのは確かに不安かもしれない。
しかしマーガレットは前世にてこの橋が落ちたり事故があったと聞いたことがない。ゆえにそうそう落ちないだろうと余裕である。
橋の中盤に差し掛かった頃、イザベラは突然足を速めた。踏み板を一段飛ばしにひょいと飛び越える。
「イ、イザベラ?」
ぐらりと橋が揺れるので、ジークフリードが情けない声を出した。
「きゃっ! 思っていたより揺れますのね! マーガレット様、お手を。わたくしの手を握ってくださらない?」
ロープを握る手を片方離して、イザベラが手を繋ぐ要求をした。後ろの兄に頼めばいいのにと思うが、今日の兄は良い所がない。澱みなく渡ろうとするマーガレットの方が頼もしく見えても不思議では無いだろう。
そもそも、揺らしたのは自分ではないかとも言いたいところではあるが。
「……まぁ、よろしくってよ」
マーガレットは片方の手でイザベラの手を取る。
「……ごめんなさいね」
イザベラはニコリと笑い、その次の瞬間、マーガレットをグイッと引っ張る。
「え……」
思わず引き寄せられたマーガレットの足元が、バキ、という音と共に無くなった。
片手はロープを持っていたが、足元が急に落ちたのでするりと手から離れてしまう。イザベラの小さな手も、既にマーガレットを握っていなかった。
わけも分からぬまま落ちるマーガレット。
落下が恐ろしくて目を閉じる。そのすぐ後に、水音と衝撃。
マーガレットは何かをつかもうと必死で手を伸ばすことしかできなかった。
例の場所でイザベラが手を振る。あぁ。この場面は覚えがある。間違いなくここだ。マーガレットは確信した。
ジークフリードは、靴の調子が悪いだのと言って、イザベラの隣にはいない。兄は怖がっているのだ。
イザベラのいる位置からちょうど真正面、川向うにひときわ大きな木が鎮座しているのだが、この木には曰くがある。
魔女が自分を裏切った男を殺して吊るしたという物騒な伝説が。その男は見栄えの良い男を見つけると、身代わりにしようと襲ってくるというものだ。
正直マーガレットにしてみればどこが怖いのかわからないくらい陳腐な話だが、見栄えの良い男と自分を認識しているジークフリードはこの伝説が何より怖いようだ。
「確か、蛇に襲われるとか」
「そうよ。わたくしが蛇をけしかける悪戯をしたと言いやがりますのよ」
「じゃあ俺は、お嬢様の後ろで蛇に気をつけますよ。お嬢様はイザベラ様が落ちないように気をつけてください」
「蛇なんて嘘よきっと。ギルもイザベラ様が落ちないように協力して頂戴」
「嫌ですよ。俺が近づくとまた何を言われるか。ジーク様もいることですし、俺はお嬢様の後ろで控えます」
「……まぁ、仕方ないわね」
実はマーガレットはイザベラより先に落ち、ギルバートに証言をさせて、逆に罪を着せてやろうとまで考えていた。しかし自分の浅ましさに気づいた今、その作戦は取りやめた。そもそも、ギルバートまで嘘に巻き込んで、人に罪をなすり付けるなど最低の行為だ。罪をなすりつけられて理不尽に死んだマーガレットにそんなこと、そもそもできるわけがなかった。
どうもイザベラ相手だと、マーガレットも調子が狂うのだ。
「どうしましたぁ? マーガレット様」
「今行きますわ……」
「ねぇ、とっても大きな木がここから見えますわよ。ふふ。今にも襲ってきそうですわねぇ。マーガレット様みたいな存在感ですわぁ。なんでも殿方が呪い殺される木なのだとか?」
「……残念ですわね。あの木は男性が取り付いておりますのよ。あまり味を乗り出すと危ないですから、私の手をどうぞ」
マーガレットは怒りを押えながら会話をする。気が進まないが手を差し出しつつ。
「まぁ嬉しいぃ! マーガレット様がわたくしにこんな優しいことをしてくれるなんて、思いもしませんでしたわぁ!」
イザベラは大袈裟にそう言ってマーガレットの手を取る。
「あら、そうでしたかしらぁ?」
イザベラを真似するように語尾を伸ばしつつ、青筋を立てるマーガレット。手にぎゅ、と強い力がこもる。
それとほぼ同時に、後方でガン、と音がした。振り返ると、ギルバートが岩を蹴っていた。
「ギル。貴方、足……」
怪我をした足で蹴りつけていたので、足元に目線をやってから、ギョッとする。なんと、蛇の頭を足で押さえつけているのだ。
「きゃ、へ、へび!」
それを見たイザベラがよろけたので、マーガレットは咄嗟に引き寄せる。強く握りしめていたのですっぽ抜けてしまうこともなく。
イザベラはひくり、と口角を上げた。
「あ、あ、あなた、それ……!!」
「ギ、ギル。それどうするんですの!?」
「……このくらいの大きさの蛇は、頭を押えたら何もできませんので……」
そう言って蛇の首あたりをつまんで拾い上げる。マーガレットもイザベラも、ぐねぐねと、うごめく蛇にぞっとする。
「よく素手で持てるな、そんなもの」
ジークフリードもドン引きである。
「こんなの怖がっていたら、畑仕事なんかできませんので。毒の無い種類ですよ、これ」
さすがの田舎貴族と言うべきなのか。なんなら遠巻きに見ている護衛兵士も引いている。
「あ、あは、あひ。は、はやくどこかへやって!」
たまらずイザベラが叫ぶ。引き笑いのような情けない声で。
ギルバートは川の中に蛇を投げ込んだ。するとイザベラは、岩から逃げるように降りていく。マーガレットの手を振り払って。
「大丈夫か、イザベラ」
今更ジークフリードが、イザベラを抱きとめる。
「ええ。マーガレット様が守ってくださいましたので……」
イザベラは潤んだ瞳でマーガレットを見上げる。
「ん? わたくしが……?」
「そうですわ! わたくしを狙った蛇をやっつけて、それから川に落ちてしまうところを支えてくれましたでしょう?」
「ん……?」
予想外の言葉に、マーガレットは首を傾げる。確かによろけたのを引き寄せたが、落ちるほどのものでは無かったと思う。それに、蛇をやっつけたのはギルバートだ。
「マーガレット様? ありがとう。うふふ」
状況がいまいち飲み込めず、ふらふらと言わから降りたマーガレットの手を取って、照れくさそうにイザベラが笑う。
「本当は、わたくしを心配してくださっていたのねぇ。嬉しいわぁ。ね。これからも仲良くしてくださいませね?」
「蛇を倒したのはギルですわよ?」
「だってぇ、その方は貴女のだとおっしゃいましたわよね? ですからマーガレット様に守っていただいたのと同じですわよ?」
なるほど。そういう事かとマーガレットは納得する。基本的にイザベラは、従者を人として同等には見ていないのだ。だから彼女の中では自動的に、ギルバートのやったことがマーガレットの功績になる。そんな傲慢な思想を持った貴族は、案外多いものだ。
「ねぇ、次は吊り橋が見たいの!」
相変わらず猫撫で声のイザベラが無邪気に言う。呆気に取られたままついて行くマーガレット。この件はこれで解決したのか。罪を着せられたのはなんだったのか。
「蛇、本当にいましたのね……」
「あのままだと、お嬢様の背後からイザベラ様の方に現れてもおかしくはなかったですね」
「……それでも、無理やりにでも落ちると思いましたのよ。ですから、その時が不自然な状況であればと思いましたのに……」
「俺もそれを見越して、蛇を川に投げました。蛇のいる川には入らないだろうと。でも……あの、お嬢様。あの人もしかして」
「そんな。有り得ないわ。だってずっとわたくし嫌味を言われたりマウントを……」
誤解なのか。そうなのか。マーガレットはあまり認めたくなかった。
「お嬢様がイライラを蓄積させてたのはわかりますよ」
「ええ。そうね。あの方、思い込みが激しいのは確かよ。私の足元から出現した蛇を見て、わたくしがけしかけたと本気で思い込んでいたとしても……確かにおかしくはないかも」
「それに、自分から川に落ちるようなことをできる印象もないですよ。足元が汚れることすら気を使っていたように見えたので」
「ギル。客観的にあなたの目から見て、どう思いますこと?」
「あの人は天然では、と」
やはりそうなのか、とマーガレットはため息をついた。
「言動は確かにお嬢様の逆鱗に触れるものでしたでしょうが、悪気は無いと取れるものが多いかと」
「あれで悪気がないのもタチが悪いですけれど」
「ともかく、良かったじゃないですか」
「そうね。少なくともこれがきっかけでお兄様と大喧嘩することはなさそうよ。それに、カイロス公国のこともおそらく無関係ですわね。そこも一安心ですわ。義理の姉候補が敵だなんて、厄介この上ありませんもの」
「ねぇ、マーガレット様、橋を一緒に渡りませんことぉ? ふふっ」
「俺と渡ればいいだろう」
「せっかく仲良くなれそうなのよ? 是非マーガレット様と渡りたいわぁ」
兄を差し置いてマーガレットを誘ってくるイザベラ。以前はイザベラがびしょ濡れになったので、橋までは来なかった。だからこの展開は知らない。
「構いませんけれど……」
お誘いを断るのは角が立つ気がして、マーガレットは渋々受ける。少しは仲良くなれるだろうか。悪い人間では無いのかも、などと思い始める。
「では、うふふ。わたくしが先に行きますからね。きちんとついてきてくださいねぇ?」
橋は横幅が狭い。両側に手をかけて、振り向いたイザベラはニコリと笑う。
その後にマーガレット、そしてジークフリード、ギルバート。護衛兵が後に続こうとするが、あまり人数が多いと橋が落ちそうで怖い、とイザベラが止めた。
高さはそこそこだが、下は深い急流である。橋自体も心許ないので、装備が重そうな護衛兵たちまで渡るのは確かに不安かもしれない。
しかしマーガレットは前世にてこの橋が落ちたり事故があったと聞いたことがない。ゆえにそうそう落ちないだろうと余裕である。
橋の中盤に差し掛かった頃、イザベラは突然足を速めた。踏み板を一段飛ばしにひょいと飛び越える。
「イ、イザベラ?」
ぐらりと橋が揺れるので、ジークフリードが情けない声を出した。
「きゃっ! 思っていたより揺れますのね! マーガレット様、お手を。わたくしの手を握ってくださらない?」
ロープを握る手を片方離して、イザベラが手を繋ぐ要求をした。後ろの兄に頼めばいいのにと思うが、今日の兄は良い所がない。澱みなく渡ろうとするマーガレットの方が頼もしく見えても不思議では無いだろう。
そもそも、揺らしたのは自分ではないかとも言いたいところではあるが。
「……まぁ、よろしくってよ」
マーガレットは片方の手でイザベラの手を取る。
「……ごめんなさいね」
イザベラはニコリと笑い、その次の瞬間、マーガレットをグイッと引っ張る。
「え……」
思わず引き寄せられたマーガレットの足元が、バキ、という音と共に無くなった。
片手はロープを持っていたが、足元が急に落ちたのでするりと手から離れてしまう。イザベラの小さな手も、既にマーガレットを握っていなかった。
わけも分からぬまま落ちるマーガレット。
落下が恐ろしくて目を閉じる。そのすぐ後に、水音と衝撃。
マーガレットは何かをつかもうと必死で手を伸ばすことしかできなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる