探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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レッドラップ商会

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 人身売買。実際にその現場を見た時、怪盗シャーマナイトは絶句した。

 ガリガリに痩せて、性別すら定かでは無い幼子が、神父の傍らに力無く立っていて、大人達は笑いながら金銭の授受を行っている。

 大人びたところはあっても、彼の中身はまだ15歳の少年である。弟や甥姪を思い出して、心の底から不快感と憤りを感じる。

「誰だ!?」

 隠し部屋の扉が開いた音に反応して、汚い大人たちが振り向く。肥え太った神父の方は驚き固まっていたが、子供を買い取ろうとしていた男の方は飛びかかってくる。幸い、さほど大男ではない。

 怪盗は手にした絵画を叩きつけた。怯んだすきに顎に一撃。

 ギルバートは多数との喧嘩の場数は踏んでいた。先輩や同級生に呼び出されてのリンチ行為。迷惑この上ないそれも、本で読み漁っていた人間の急所の知識を試す良い機会だった。

 高慢で気ばかり強いが、か弱い女の子であるお嬢様を守るために役に立つなら、なんだって有難い。

 倒れた男を絵画ごと踏みつけて、神父に向き直る。慈悲を与える女神の絵が、歪んで破けた。

 あろうことか対峙した神父は、咄嗟に子供を自らの前に持ってきた。その人間性を、怪盗はこの上なく嫌悪する。

 仕方なく懐からナイフを取り出し、相手に向けた。

「小さなその子を避けて肥え太ったお前を的にするのは、余りにも容易だろうな」

 神父はそれを聞いて動揺を見せるも、後ろに手を回す。

「お前は耳が聞こえないのか?」

怪盗はすかさずナイフを投げた。それは神父の耳を掠めて、壁に刺さる。

「その子を盾にするような仕草を次に見せたら、今度は目でも抉ろうか」

 本当にやるつもりはない。これは精一杯の去勢であり、ただの脅しである。しかし怪しい仮面の雰囲気に飲まれたのか、神父は降参したように、隠していた刃物を床に捨て、両手を上げる。

「早く部屋から逃げろ。動けるか?」

 子供に声をかけると、ビクリと跳ねたが、すぐに頷いた。ふらつく足で走りながら、部屋を出て行く。

 怪盗は忍ばせていたもう一本のナイフを取り出して、神父に向ける。

「この男を縛れ。……慣れているだろう?」

 部屋の片隅には拘束具や拷問具が置かれていた。何に使うかなど想像したくもないが、今これほど役に立つものもない。

 神父が妙な縛り方をしていないか確認しながら見届けると、今度は自ら神父を縛り付けた。

 そして売買に使用される予定だった金の袋を拾い上げる。

 これは、あの子の金だ。

 どうせ自分は怪盗なのだから、有難くいただいていこう。

 怪盗は部屋を出る。先程の子供が、どうして良いか分からずに教会の中で立っていた。

「あの、ありがとう。お兄ちゃん……」

「礼はいらないよ。君はどこから来たんだ?」

 子供は少女で、年は7つほどだと言う。もっと幼く見えたのは、栄養不足による発育不良だろうか。どうやら歓楽街の娼婦の子供で、親に売られたらしかった。

 ――この島ってさぁ、歓楽街があるの知ってた?

 何かと声をかけてくる胡散臭い男、のあが言っていたことを思い出す。

 ――そういう所って、娼婦から生まれた物乞いの子供がいっぱいいるのが定番なんだけど、あんまり見かけないんだよねえ。

 狡猾な男だ。何かを誘導されている気もする。けれど納得した。この島は華やかな学園を隠れ蓑にした、人身売買の温床だ。元々国境も曖昧で、預かった大切な貴族さえ護っていれば、表向きの問題は見えづらい。

 レッドラップの狙いは知らないが、今目の前の事実は明らかである。

「でも、帰るところはないの。どうしよう……」

 涙ぐむ少女にハンカチを差し出す。この少女をどうするべきか。自分は学生で、なんの力もない。

 以前の自分はどうしていたのか。

 学園に通っていない分、やれる事はあったのだろう。盗んで、売り捌いて、金を稼いで。

 子供を買うような金持ちや、私欲を貪る聖職者。お嬢様を取り巻く陰謀に絡んでいたっておかしくはない連中だ。情報を得るにも誂え向きだったのかもしれない。

 でも、今の自分はそこまでを抱える事は出来ない。

 怪盗は考える。

 今の自分が、この少女1人をを助ける最善策を。

「ついてきてくれるか? 君を助けたいんだ」

 手を差し出すと、少女は小さな手で握り返してきた。

 向かったのは船着場。クロノスから派遣された兵士たちの駐屯地。

「この金は君のものだから、持って行くんだ。事情を話せばきっと、助けてもらえる」

 信じられない大人達ばかりの島だが、アレクサンダーの配下の人間ならば。

 送り出した少女の小さな背中。無力な自分に出来る精一杯があまりにも不甲斐なく、怪盗は拳を握りしめた。


***


「やっと教えてくれたねぇ、君の正体」

 お嬢様が危ない目に遭ったあの日。己の正体がレッドラップに知られた。

 と、言うよりは元から気づかれていた。

 フォーブス家の事件に関わった疑惑のあるレッドラップ商会。他国への情報にも精通している彼らが、ギルバートの呪いの詳細を知っていても何ら不思議では無い。

 元々、隠していたわけでもなかった。

 ただ、厳命されていたのだ。

『お嬢様のお心を痛めるようなその顔を知られるな』と。

 それを聞いたらマーガレットは憤慨するだろう。

 しかしそれは彼女がルークラフト家でどれだけ大切にされているかの証である。ギルバート自身も見せたくはなかったし、都合が良かった。

 あの時、素顔を見せてでも欺きたかったのはノアでは無い。

 マーガレットの方だった。

「……正体を教えた覚えは無いが」

 酒場の特別部屋。繋ぎの店に連絡を取った怪盗は、ノアに呼び出された。

 単身乗り込むのは危険を伴うが、リスク以上に彼の持つ情報に興味がある。

「まぁいいや。ちゃんと人払いしてるし、安心して」

 ノアは目の前の椅子に座るよう促す。警戒しつつも椅子に座ると、ヘーゼルの眼光をこちらに向ける。

「俺、君をずっとスカウトしたくて」

「は?」

 第一声は意外なものだった。何を考えているか分からないが、ノアの方はニコニコと八重歯を覗かせている。

「本気で言ってるのか? 俺がレッドラップ商会をどう思っているか、わかった上での発言だろうな?」

 フォーブス家が狙われたこと、マーガレットを陥れようとする勢力。怪盗は、いや、ギルバートはこの商会を嫌っている。

「俺もレッドラップを潰したいからさ」

「なんだと?」

「いや、正確には、乗っ取りたい」

「どういうことだ? お前直系の孫息子だろ」

「まぁ少し、俺の話を聞いてよ」

 ノアは緩い口調のまま、語り始めた。
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