探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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レッドラップ商会

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「ちょっとお待ちなさいな! やっぱり話についていけないわ!」

 人身売買というショッキングな話から始まって、ノアとの協力、しかもダブル怪盗などという話に、マーガレットは驚きっぱなしである。

 ギルバートはざっくりと語るつもりでいたが、結局のところ根掘り葉掘り尋ねられ、ルークラフト家のギルバートへの対応など、伏せたい部分以外はほぼ話すこととなった。

「ノアと仲良くなってましたのね!?」

「なってないです。ビジネスパートナーです」

「でも、その。お仕事は一緒にしたのでしょう……?」

 マーガレットはふつふつと湧き上がってくる感情を押さえながら問う。

「一緒に動いたのは二回くらいですよ。大体、俺が忍び込んで金品を狙って、子供の方はノアが連れ去る手口ですね。助けた子供はノアが個人的に雇って働かせてます」

「そんな……そんな、そんな楽しそうなこと、内緒でやってましたのね!? ずるいですわ! 酷いわ!」

 人身売買を潰して、子供を救うなんてヒロイックな話に、マーガレットはちっとも気づかなかった。そればかりか、いつの間にかノアと組んでいて、暗躍していたなんて。色々な感情がわき起こる。

 自分が相棒でありたかったし、自分も子供を救いたかった、と。

「だってお嬢様、鈍臭いじゃないですか」

 ギルバートがピシャリと言う。

「屋根から地面に飛び降りたり、隣の屋根に飛び移ったり、時には相手を殴り倒したり。できませんよね。捕まりますよ。できてもやらせませんけど」

「うぅ……。生意気なんだから……」

 確かに足手まといにしかならないのだろう。今回だってまさに、ギルバートがいなければ落下後に溺れ死んでいたかもしれない。

「お嬢様の役割はそもそも探偵でしょう」

「それなら貴方だって探偵助手のはずよ」

「よりによって怪盗を探偵助手にしたんですよ、お嬢様は」

「あたかも、わたくしが悪いみたいに言うわね……」

「もっとも、ノアは夏休みも島に残るという話ですので、俺は怪盗職自体をすでに奪われてるかもしれませんね。シャーマナイトはノアで、俺は影武者です」

「ギルはそれでいいんですの?」

「いいですよ。それでも役割は果たせているので」

「役割って」

「俺の中ではざっくり三つあります」

「何よ」

「一つ目は、お嬢様が疑われるのを怪盗に向けること。二つ目は、人身売買を潰すこと。三つ目は、資金稼ぎと情報収集」

 マーガレットはもう一つあったでしょ、と言いたくなるが、自分で自分を傷つける結果になるので口を閉じた。

「ノアでも充分成り立つんです、これは。で、情報収集ですが、これはかなり役に立ちそうです」

「何か分かったの?」

「子供の人身売買で主に関わっているのは教会なのですが、どうもそれのほとんどが、カイロス正教をルーツとした教会みたいで」

「カイロス公国の国教ね。」

 この世界の宗教は、それぞれの国の建国神を崇めるのが基本である。兄弟神のクロノスとカイロスの教義は根本に似たものもあるが、別の宗教である。

 マーガレットたちクロノス王国民は、生まれた時からクロノス教の信者となるが、他国へ嫁ぐなどで移住した場合は改宗をする。改宗に関しては稀に抵抗する者もいるが、ほとんどの人間が当然のものとして受け入れている。

 立花メグの生きた世界、時代では激しい宗教戦争や改宗の歴史を学んだものだが、神が明らかに存在するのが前提のこの世界では、その辺はシンプルである。

「島内、特に裏側では案外に治安が良くないです。でも、学園内ではほぼその情報が入らないですよね」

「貴族の令息令嬢を預かる高度な教育の場のはずだけれど……。もしかしたら、都合の良い鳥籠なのかも知れませんわね。何も知らない学生は、罠にはめやすいと」

「ノアは島の暗部を怪しんで入学時から調べていたらしいので、カイロス公国やあの姫様に繋がる何かを探り出すかもしれません」

「味方なら頼りになりそうですけれど……」

 上を見上げて考え込んでいたマーガレットはちらりとギルバートを見る。

「貴方、ノアのこと嫌っていたじゃない。今は信頼しておりますの?」

「信頼はしてないですが、売られるはずだった子供が懐いてるので、まぁ信じてみてもいいのかなと」

「それは信頼してると言いませんかしら?」

「お嬢様には近づいて欲しくないのは変わらないですよ」

「どうして? わたくしも協力し合いたいわ」

「軽薄なので気に入らないです」

「もう……」

 マーガレットは額に手を当てて、俯いた。

 これは嫉妬ととるべきなのか、従者としての言葉なのか。前者ならば今更何をと思うし、後者ならば出すぎている。どちらなのか微妙に判断がつかないところも酷い。

 文句でも言おうと顔を上げたところ、窓の外がもう、暗くなっていることに気づいた。随分時間が経っている。

「あ、イザベラ様のところに行かないと……」

 今日中に彼女と話がしたい。マーガレットはそう思っていたのだ。

「会うつもりですか?」

「当然よ。何故あんなことをしたのか、聞きたいもの」

「もう散々尋問されているでしょう」

「そうね。でもこのままだと、裁判の後、極刑は避けられないことになるでしょう?」

 ギルバートはそれを聞いて眉をひそめた。

「当然じゃないですか? だってクロノス王国の大貴族、ルークラフト公爵令嬢の殺人未遂ですから」

「ええ。でも、彼女は以前、そんな運命はありませんでしたわ」

「だって、お嬢様は明確に突き飛ばされたんですよ。危険人物でしょう」

「でも、わたくしがやり直しているせいで処刑されるかもしれませんのよ。わたくし、嫌ですわ」

「お嬢様のせいではないですよ」

「でも、なぜ今回起きたことが変わったのかは知りたいでしょう? あの橋から人が落ちたなんて、聞いたことがありませんでしたし」

「そこは確かに」

「ならイザベラ様の真意は確認しなければ。……それにね、ギルは知らないでしょうけど、裁判って辛いんですのよ。犯罪者と決めつけられて、話をまともに聞いて貰えませんの」

 マーガレットは声を落とした。辛い記憶が蘇る。

「この国の裁判はね、疑わしいものは罰するんですの。品行方正に生きてさえいれば疑われないという信条に基づいた厳しさがありますのよ。ですから、やっていない証拠がない限り、裁判にかけられたら終わりますの。わたくしもそうやって、処刑に至りましたわ。それって怖いし、傷つきますわよ。信じて貰えないのって。まるで言葉の通じない異国に取り残されたかのようでしたわ」

「それは……」

「でもね。わたくしを、一人だけ信じてくれた方がいて、救われましたの。その方はいつでも会える訳ではありませんでしたけれど、いつだってわたくしの話を聞いてくれて、信じてくれましたのよ。それで、わたくしを牢獄から盗み出してくれましたの」

 マーガレットはギルバートを見て微笑んだ。ギルバートの方は、眉をひそめて口を開く。

「でも、そいつは結局、」

「……そうね。結局捕らえられて、離れ離れの最後でしたけれど。わたくしは焼かれたけれど、あの方もきっと……」

 マーガレットは目を細めた。

「……お嬢様が、イザベラ様の救いになると?」

「そんなわけないじゃない。わたくしがどうして、あんな女に。わたくしを落としたばかりか、ギルをこんな目に遭わせているのよ? その償いは必ずさせるわ」

「はぁ。ではどういうことでしょう」

「イザベラ様を信じるべきは、わたくしじゃなくてお兄様なのよ」

「いいんですか? ジーク様は以前、あの人の肩を持って、お嬢様を見放したのでは」

「そのお兄様が、今はイザベラ様に憤慨していると聞きましたの」

「へぇ。それは意外ですね。……いや、流石にお嬢様をあんな風に突き落としたらお怒りにはなるでしょう」

「けれど、少しは庇うかと思ったのよ。でも真っ先に捕らえたと。お兄様って、良くも悪くもクロノス王国民らしい方なんだわ。恋人だから、妹だからではなくて、やったことに対してある意味公平ですのね。きっと」

 あまり仲が良くないからと、良く知ろうともしなかった兄であるが、二度目の人生でようやく見えてきた気がする。要は直情的で真面目な人間なのだと。

 だから態度の悪い妹よりも、ニコニコしている恋人に甘いのだ。

 そして今回、目の前で妹に危害を加えた相手のことが、たとえ愛しいイザベラであっても許せないのだろう。

「ジーク様に自分ではなくイザベラ様の味方をしろとでも言うおつもりですか?」

「そうよ。被害者のわたくしが言うのだから、少しは聞く耳を持ちますわよ」

「でもお嬢様。事件はもう、起きたんですよ」

「いいえ。まだ起きてないことにはできますわ」

「まさかお嬢様、それはお人好し過ぎませんか」

「貴方も彼女は天然なのかもしれないって言っていたじゃない」

「お嬢様を突き飛ばした時にその考えは吹っ飛びましたよ」

「そうなのよ。突き飛ばされたのよわたくし。落とされたのではないんですの。変じゃなくて? 皆の見ている前で、あんなこと」

「それはそうですが」

「まぁ、この件はわたくしに任せて、貴方はゆっくり寝ていなさいな。わたくしを差し置いて活躍しすぎだもの」

 マーガレットはギルバートの頭を撫でて片目を瞑った。

 そして、部屋を出て向かうのは、兄の元である。

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