瞳の奥に潜む野獣 

果汁さん

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 冒険者ギルド《貴乃里》では圧倒的な人達で溢れていた。
 昨夜の遠吠えを聞いていた冒険者が野獣の危機が迫っていると報告しに来た。一人は頭を抱え、一人は立ち向かう姿勢を崩さず、また一人は神に祈りを捧げるなど、混乱状態に陥っていた。
「ですから」
 受付嬢のマリア・クリエンテ・ダリルは仕事に追われ処理する時間を欲しがっている。紺藤色のツインテールに葵色の眼。《貴乃里》と刻まれたバッジを胸ポケットに付けていた。普段はジャケットとズボンを着て帽子のコレクションを作るのが趣味。嫌いな物は加齢臭漂う伯父さんと年齢は秘密。
 野獣を一匹だけ狩ったとの噂が広がって以降、楽に仕事が出来ない。恐らくバモスが余計な噂を流して困らせたのだろう。俺の友人であり野獣の正体は明かせていない。彼女は一人で居るのが好きで周囲の眼を気にしやすく臆病な性格だ。
 明け方、手入れしたお自慢の紺藤色のツインテールも落ち込み垂れ下がっている。乙女の絶体絶命のピンチ。
「ちょっと待ったー!」
 ドン! 大きな物音がギルド内に響く。《貴乃里》の鋼鉄素材で造られた扉は並の人間だったら絶対に開かない仕組みになっている。
「普段は関係者の許可がないと入れない扉を開けたの? ・・・ちょっと! 困るんですけど!! あー、上司になんと言えば・・」
「野獣の件ならおいらに任せて!みんな、野獣で来ているんでしょ?」
「なんだ? こんな一大事に子供の声なんか聞きたくねぇーよ。家に帰ってな」
 冒険者の癖に生意気な。バモスはムッと頬を膨らませる。
「野獣は本当に居る可能性が出てきたんだ。少年が一人で敵う相手じゃない。引っ込んでろ」
「これを見ても」
 自分の野獣の尻尾を生え際から取り、見せつけるバモスは正体を隠しながら自慢する。尻尾を見た瞬間、彼らの目は変わった。
「お、おい。それ本物か」
「信じられない。野獣の尻尾なの」
「おいおい。騙されるな、偽物に決まっている」
「少年一人に狩れたら苦労はしないっつーの」
 鑑定士の眼がさっきから気になっていたバモスは、その尻尾を悟られずに渡しに行く。銀髪のショートカットに藍色の眼、脚は長く両腕は短い。時にリスクを楽しむ傾向があり無茶好きな人。
 鑑定士チサトは、驚いた顔で正気に戻った。
「野獣を斃せる人が本当に居たなんて。貴方こそが勇者」
「勇者はよく分からないけど、相棒のクロとならどんな困難でも乗り越えれるさ!!」
 真っ直ぐな意見を省みながら尊重の意を込めるバモスの声は動かざる者たちへのメッセージとなり心に火を点かせる。
 受付嬢マリアも注目していた。バモスの揺るぎない精神は周りを魅了し野獣である事実を隠しながら堂々と立っている。
 受付嬢マリアに良い所を見せたいだけの見栄っ張りだ。
「野獣の尻尾は《貴乃里》でお預かりしてもよろしいですか。色々と調べたいです」
「鑑定士さんでも駄目。これは『俺の』だから誰にも譲れないよ」
「そんなー。じゃあ一つだけお願いしても」
 相棒のクロも顔を傾げて鑑定士さんを見つめる。
「見つめても尻尾の件は忘れませんからねー。貴方、隠し事してますね」
「あ、用事があるからもう行かなくちゃ。さよならー!」
 《貴乃里》冒険者ギルドの外に出て逃げるバモスはそのまま衛兵の列にぶつかり《死者の森》へ向かう途中で俺は目撃した。少年が一方的に当たる姿を。その背後から迫るのは銀髪の女。どんな悪戯をすれば気が済むんだ。次は受付嬢が追い掛けてくる。列に並んでいる俺はその様子を疑いもなく素通りする。『悠久の鯨通り』は、時代背景を基に、海の都を再現し『悠久の鯨通り』の由来には古来の鮫が絡んでいる。詳細は最高峰インディア王国の中央掲示板か城のものなら『嫁華紅芽』図書館に行けば情報を得られる。
 樽から顔を出す蛮族が人間には見えない能力でスペル騎士団長を青い閃光で眼差す、死者の森の噂を聞きつけたそうだ。顔は鹿の形をして眼は百獣。バモスと同じ身長で低い。頭を使って先回りする彼等蛮族の名は『グモーリー』。この国の金銭の表面のモデルでもある。裏面は百獣、蛇、虎、鷹などの複数の動物が刻まれている。
 蛮族の名は『魔物図鑑』で歴代の冒険者が出版している本に記されている。戦う者にとって必要な知識だ。
『噂の騎士団か。ヒッヒッヒ! 獲物発見、獲物発見!! 親方様に報告だー』
 『グモーリー』は【運命の羅針盤】を狙うスペル騎士団長との対決に備えて親方様に伝える。咎められた耳から電波を発信し仲間に合図を送る。野獣の気配を気にしない『グモーリー』は遊び半分で騎士を襲った。野獣の力を最大限に生かして蛮族共を懲らしめよう。
 《八咫烏の舞》太陽の光で攻撃し、お得意の幻術を掛けた。騎士達に致命傷はない。配慮している。地べたに寝転んで眼を押さえる蛮族共は黒い塵となる。青い閃光を出せるということは別の魔物が裏で意図を引いている。野獣の中では《死者の森》は最弱。弱い魔物が昇格しやすく上の立場になれる場所。親方様が居るなら別の島からあるいは追放され居場所を失った者だろう。心当たりはある。『幻獣の屋敷』からの刺客だな。『グモーリー』が倒れた黒い塵の跡、僅かだけど龍の匂いがする。売人共が好きそうな『トゥンク』の香り。いわば妖精。間違いない《奴が裏で手を引いている!!》。

『トゥンク』
 かつて『バーチェスの森』を裏切った妖精の名だ。
 龍型の妖精、別名『悪魔』。触覚は4本生えて蛇の外見をしている。紅色の鱗に覆われ、細長い刺々しい尻尾。体長は最初の1ミリから成長し蛮族の新鮮な稀血を吸う事で人間程の大きさになる。
 蛇の見た目からは想像も出来ないが火炎放射を得意とする。非常に厄介な相手だ。野獣は毛皮だから火に弱い。人間に化けて居られる間は無敵と言っても過言ではない。

「なあ『嫁華紅芽』で『魔物図鑑』予習したか。俺は5割、覚えた」
「俺は6割。生還出来ればまた学習できるさ。仕事に集中しろ」
 衛兵はうなずき蛮族共を懲らしめてやったのに悠長な。野獣に助けてもらった恩は返さず気楽だな。他人にバレないように牙を出すと先ほど逃げていたバモスが兵士に化けて隣から止めてくる。
 野獣の総力でここら一帯を壊滅させても良いのに。
 
 帝国軍城砦都市ダリアスは野獣程の戦力はないが最高峰インディア王国から南方『黒雲の護り通り』を抜けて『イグニスの槍峠』という異界の地を通らなければ辿り着かない。異次元の空間が出来ており半端者が入れば生き物の形をして戻ってくることは不可能だ。
「『イグニスの槍峠』は、行ったことあるか? 『嫁華紅芽』で読んだ事がある。なにやら神話の時代に暴れ回った魔物やこれまでの冒険者が挑んでも敵わない最強のモンスターが居るんだとよ。歴代の冒険者でも勝てない強者、討伐出来たら出世できると思わないか?」
 情けない話だ。彼処は俺の親類がいる場所。野獣でも無ければ喰われて死ぬか特殊能力で異界の姿に変えられ、人間としての理性が喪失する。人と化物は見え方が違う。動物と人間の種族が別のようにな。   前衛の列に居るカグラ聖騎士様も後ろの騒がしさに呆れていた。
 周りの兵士は香水の匂いでもう瀕死状態だが気にしないでおこう。今は西方『悠久の鯨通り』から街を出るのが先決。
 人魚族の長『パームルン』が城内の出口まで送ってくれた。相変わらず手は河童みたいだな。脚は魚だけど。走行しているうちに西門が見えてくる。此処を出たら森を通って下流の橋を渡り猛獣と格闘しながら危険な道を覚悟しなければならない。
 【運命の羅針盤】が手に入るまでは誰も死なせない。スペル騎士団長を支配から解放する間、俺は全力を尽くす。受付嬢と銀髪の女がバモスを追って探し回っている。モテ期到来か。視線を合わせようとしないが兎の召喚獣ことクロは主人から離れて受付嬢達に近づく。
 表情が焦るバモスは俺の顔を見てSOSサインを出してきた。これは無視だ。時間が解決する。人間関係は面倒だ。受付嬢がクロと接触した。頭を撫でられると嬉しそうに寄っている。気に入らない相手なら容赦なく唾を吐くのに。居ても立ってもいられないバモスはタイミングを図って光の速さで抜け出す。
 西門の警備隊に先頭の者が事情を話し出ると、木々から聴こえる雀の囀りや動物の形跡やらで沢山。餌を檻に入れて捕獲しようと企む密売人や遠くの街からやってきた阿呆な連中。名誉欲しさに騎士の道を目指す命知らずがあてもなく来たのだ。太陽の光が眩しい天候でお散歩だけにしとけばいいものを。およそ千人の兵士が列を成してスペル騎士団長のもと、移動するにあたって密売人共も愕然とする。決して力では勝てない強者の逆鱗に触れれば命はない。この世は腐っている。人間ってのは自分たちの習慣が叶えば優しさなど幾らでも売れる。
 『記憶屋』選ばれた者だけが辿り着ける異界限定の店がある。そこはいかなる罪も笑ってくれる別名『悪夢の宿』とも呼ばれ人間の醜い素性や経緯はもちろん、犯罪の動向もチェックされてる。神の領域に近いが異界だ。野獣である俺も着いていけない。
 この世界の真理はそんな『記憶屋』から『時計館』という方針を司る守り神に転生や償いの新生をして人間だったり悪者にならぬ様、生まれ変わる権利を与えられ再び息を吹き返す。生まれ変わるのは人間とは限らないけど、、、。野獣の俺は落ちこぼれだ。例外らしい。
「下流の橋を渡るがそっから先は魔物との戦闘だ。用心するように。前衛から拳を挙げ後衛のものに伝えろ。ここが勝負所だ」
 一斉に拳を上げる前衛、俺も参加して真似る。魔物の棲処に飛び込むのは正式に認められた団体しかいないだろう。腕が鳴る。他人の目を盗んで暫し狩るか。ストレス発散も時には必要。
「イグニスの槍峠もこの辺にあるのか。討伐したら・・・」
「まだ諦めてないのか。集中しろ」
 橋を越えた。目つきの悪いドブネズミが人間を睨んでいる。
「構えー!! 戦闘開始!!」
 スペル騎士団長の合図と同時に片っ端から総員、戦闘態勢に入る。
 怒号で叫びながら剣に誓い振り被る若き強者達。命を捧げ魔物を狩りにいく姿は勇者そのものだ。前衛で戦っているカグラ聖騎士も華麗な剣技を見せる。辺りを一掃する技は妖精の加護を使い自身を守りながら剣術を披露する。身のこなしも大胆に軽やかで地上に脚が付かない程の身軽さで敵を圧倒する。野獣の力は控えよう。カグラ聖騎士様のご活躍を奪ってはならない。野獣は言わば負の感情。人間の感覚など知らなくていい。次々と倒されていく魔物と兵士。戦いの行く末、陣形を崩さず前進し死者の森へと重い足を運ぶ彼等は覚悟していた死を間近で見ている。運が良ければ精霊に助けてもらえるが武装している危ない連中に差し伸べる手段はなさそうだ。
「怯むな! 拳を上げろ、目的地はもう直ぐだ」
 全員が重い拳を上げ戦う途中、門番らしき影が此方を覗かしている。奴だ。
「『トゥンク』やっとお出ましか」
「『トゥンク』は私がやろう。此処で無駄死には許さない」
「待て、新米!」
 俺はとっさに前衛へ出た。スペル騎士団長も動かしているのに、だ。野獣だと悟られず列から距離を取って爪を立てる。光速で刃を使わず牙や幻術を掛けながら一網打尽にする。魔物を喰った形跡は人目のない所へ隠し、人間の力では強敵に成り得る『トゥンク』は木っ端微塵に引き裂く。
「なん、なんだ・・・。これは・・」
 後からやってきた兵士は活躍振りに震える。しかし一つだけ疑問に思える箇所があった。
「あまりに無惨すぎる。これは誰が、、」
 『トゥンク』の姿が確認出来なくなるほど、理屈では考えられない死を前に衛兵は唖然とした。
「この戦闘技術は、カグラ聖騎士と同等に並ぶ。まさか、彼奴か」
「私は此処だ。上を見ろ」
 物陰からひっそりと現れる今は女性の姿に化けている俺は優雅に門番の首を手に取り、勇ましさを披露した。スペル騎士団長は瞑想をやめず褒めの言葉を出せない。一人二役はきつい。
「馬鹿者、私より目立つな。評価が落ちるではないか」
「早い者勝ち」
 ニヤッと笑うと気分が落ち着いた。門番を倒せばもう目的地は目と鼻の先だ。後衛の者が追いつくまで待機する。
 その間、家から持ってきたおにぎりを口にする衛兵、およそ千人もの団体となれば空き時間も絶えない。前衛よりかは後衛の方が地獄を見る事になる。命は助かるが生き残った側が嫌になる程の傷、死体、血。これらは精神に関わる。大量に吐く兵士や病気を患い後遺症を発生させる物は珍しくない。最悪、薬に手を出す盆暗は山程いる。この国では治療法が備わっているが限られている。
「お前、騎士の素質があるのではないか? 今度、馬の使い方を教えてやっても、、、」
「遠慮します」
 早速、振られたカグラは断られたショックで涙目になる。女性として活動しているけど野獣の事実は変わらない。なるべく距離を置くのがベストだ。木影で落ち込むカグラは俺の視界に態とらしく入り、構って欲しがっていた。溜息を吐く俺は開き直り「今度、馬の乗り方を教えてくださらない。気になってたのよ。乗馬」と宥めた。
「はぁ、その代わり遠慮しない。足の骨が折れても知らないからな」
「はい。御姫様」
「世話が焼ける」
 頑固な性格だから表情が素直じゃない。
「『トゥンク』の討伐は見事だった。流石は・・・・いや、言わないでおこう。元は敵だった筈のお前が味方なら兆しがあるかもしれない。ありがとう、感謝する」
「・・・照れてないからな。勘違いするなよ」
「照れているな。彼の地に赴いた先、変わらずに居ろよ。約束だ」
「なんの話?」
「本心を言った方が楽だぞ」
 微笑する俺は戸惑っている聖騎士を前に大事な事を忘れていた。バモスの行方が分からない。受付嬢達とはあの後、上手く行ったのだろうか。彼奴、身長が足りない所為で折角モテても可愛がられるだけなんだよな。後衛の陣形が追いついてきた。休憩が終わり座っていた衛兵は立ち上がる。その栄誉たる道筋に希望を持つ彼等の身に蛮族が襲ってくる事は誰も知らなかった。
「スペル騎士団長。御命令を」
「後衛の物を休ませろ。前衛は辺りを見張れ。話はそれからだ」
「はっ! 承知致しました」
 これより北方に位置する《死者の森》には門番が居ない。
 大量の『トゥンク』の群れが上空から舞い降りてきた。野獣は知っていた。此処で多くの犠牲者が出る事実を。野獣の本質、それは死を予知できる。掟でこうある。《死ぬ者は生前から決まっている。その小さき経緯でも救うことは許されない》と、。こうなる事はカグラ聖騎士の爺様も勘付いている筈だ。女神の器は悪者になる相手を選ばない。
 力が抜けた無様な物腰は全てを悟った。様子が変だ。野獣も見ても見ぬ振りをする。こんな非常事態に、、、。次々と倒されていく兵士達。魂が抜けている騎士も抵抗しない。奇妙な現実に野獣の罠だと疑うカグラ聖騎士は周りの状況に把握しきれなかった。《死者の森》は必要最低限の人数を超えると刺客が襲ってくる。この世界のルールだ。
 代わりに痛みはない。俺は野獣の姿に変わりこの隙に逃げた。本能には逆らえない。八岐大蛇を復活させる本能が目覚めたのだ。《死者の森》へ侵入した。野獣は誰の味方にもなれない孤独な生き物。カグラの視線を省みながら眼を遮る野獣の俺。人数調整されれば再び正気を取り戻し陣形を立て直すだろう。
「カーボン! 名前を教えてくれたお前が危害を加えないことを祈っている。直ぐ追いつくからなー、後で合流しよう」
 死者の森へ突っ込む俺は不思議と微笑んでいた。親方様を倒して【運命の羅針盤】を手に入れる。
 カーボンと言われた俺の正体。あの寝ていたのは嘘だったようだ。
 赤い粉が獣道に撒いてある。死者の森で赤い粉があるのは親方様の特徴の一つだ。ちょいと厄介な敵になりそうだ。
 叢から浮き出てくる影は音を立てず近づいてくる。カグラだった。虫を見つけたらしく怯えていた。
「なあカーボン、野獣はもう一人居るな。あれから妙に虫が現れ易くて困ってるんだ」
「そりゃあ災難。他の兵士はどうした。迷子か」
「迷子になった」
 素直過ぎて嘘が苦手なのは十分、伝わった。
「スペル騎士団長は谷の向こう端に居るな。仕方ない。着いてこい、途中まで行ってやる」
「谷の向こう端なら私に任せろ。野獣は人間に戻れ。死者の森は初めてじゃないんだ。幼い頃、本当に迷子だったから覚えてる。爺が居なければ帰れなかった」
「お前の匂いに覚えがあるのはそういうことか」
「野獣どうした、浮かない顔をして」
「蛮族に襲われていた子供か。稀に聞く香水の匂いが嗅覚を唆るから気になってたんだ。野獣は途方に暮れる。話すことはない」
「そんな記憶はない。スペル騎士団長を翻弄するのは分かるが私の眼は騙されない」
「参ったな。野獣の本質を見抜いた。流石は国が誇る騎士様だ。王家の血筋はこれだから敵わない。野獣はお前みたいな勘の良い奴は嫌いだよ。失せな。団長の居場所は教えた。あとは自分でなんとかするんだな。話は終わりだ」
「なら、問おう。野獣よ、彼の地に赴いた先で私はお前の事情を最後まで守り抜くと誓ったのはどうなる。足手纏いか、私はお前を見捨てない。孤独のお前が約束を破るのは馬鹿げている。優しさの中に眠る悲劇、改善されればきっといつか人の役に立つ。私と共に行こう」
 揺るぎない精神は弱者である野獣を覆し真っ当な考えを語る上で馴染めなくなっている。優しい姫君、人間が獣を信頼するのはリスクを伴う。彼女の頂は女神の器を遥かに超えている。『信頼』それがカグラ聖騎士の長所なのだろう。まるで昔を見ているようだ。俺は道を踏み外した。野獣である俺の待遇は『仲間』を欲している。近衛騎士団『月花の冬化粧』かつて騎士を生業にしている時期があった。野獣を殲滅する為だけに造られた『白塵の荒野』を訪れたその日から出会いの風が吹いていたそうな。「新人の割には身のこなしを弁えている。令嬢か?」と噂されるほどだった。彼女と出逢ったのなら恐らくその時だ。
「強者が弱者をリスペクトするならそれも一環。なんだか今日は血が熱い。お前と居ると飽きないのは『繋がり』か」
「その通りだ」
「『繋がり』なら《我の一部となればいい》」
 野獣の声が取り憑かれて嘲笑う音と苦の印象が混ざりカグラ聖騎士の眼を確信へと変えた。
「やはりな。お前の中には《八岐大蛇》が連動しているそうだな。なら話は早い。首を長くして待っていろ。この化物が」
「《地上に出させろ 仙人があー! 憎い!!!!》」
「暴走したらこの聖騎士が成敗してやる。野獣と、な」
 白塵の荒野を制圧する思いがこの世の終わりを予言している。
「スペル騎士団長の元へ急ごう。勝利を手にする為【運命の羅針盤】を探すんだ。勿論、協力するよな」
「敵を仲間と思うお前の神経はイカれている。敵だろうと構わない、か。気に入った。過信せざる負えない。しかしこれだけは忠告しよう。八岐大蛇は復活する。残念だったな」
「茶番はいい。着いてこい」
「お前を《呪ってやる》だってよ」



               ※


 俺達はスペル騎士団長の合流を果たすべく《死者の森》の谷側へ進行する。辺りは枯れ木で丸見えだけど俺の姿は女性だ。問題はない。
「急ごう。犠牲者が増える前に身の安全を確保させなければ羅針盤を見つける前に全滅だ。私が迷子になった所為で野獣にまで迷惑を掛けてしまうとは」
「『グモーリー』の巣窟を抜けた方が谷は直ぐなのだが。あんな雑魚モンスター相手に人々は苦戦し死ぬと思うとぞっとする。人間は弱いんだな」
「野獣という理由で人間を判別するのはやめんか。皆、訓練を受けて励んでいる。『トゥンク』だって弱点を渾身の一撃で決めれたら苦労はしない。「焼き傷に肝」という言葉を知らないか。諺だ。野獣の世界にもあるだろ。自分の母国の言葉が、、。私の眼をみろ。怯える必要はない」
 僅かな感触が当たっている。今は細い腕も温かさを感じる。野獣は孤独な生き物。最初から素直じゃない性格と身勝手な行動は幼い頃からの話だ。野獣は『姑息』。身体はどの角度から視察しても化物の姿。毛深くて黒い毛は優しさも隠す程の獰猛。餌は獣と同じく狩りに出る。人間の愛情等と浮かれてる暇は無い。血筋は伝統。自由に生きるのは勝手だが人間にも国が決めた法則がある。それを破れば罰に値するのは平等に存在する。何事もなく暮らせるのなら民主でいい。女神の器、自由の在り方への象徴。《八岐大蛇》はそれを許さない。
 溜息を吐く俺の姿は彼女の視覚にどう写ったか。遠くを見渡すカグラの心境が気になる。体力にも限界が来てもう倒れそう。人間の肉体はまだ慣れない所為で倦怠感が蔓延る。敵が全く現れない理由は俺の気配か姫様の香水の効力かもしれない。大切な話は後で取っておこう。
「妙だな。一向に敵が現れない。『グモーリー』がこんな静かな筈はありえん。きっと何処ぞの騎士団が倒したのだろう。まあ、今動かしているのは紛れもない『俺』だがな」
 マキノの居所は把握済み。紅蓮の屋敷からの刺客は考えなしに飛び出してくるほど、無能じゃない。『奴等』は普段から目立つのを嫌い、龍の種族でありながら表に顔を出さない。顔は天狗だ。『トゥンク』の強化版と言えば納得できる。胴体に埋め込まれた三角型の弱点を破壊しなければ倒せない。しかし面倒なのは視線を感知すると皮膚で覆い隠す習性がある。大きさは刻まれた痕の色で判断できる。元の身体を隠すのはいざという時の囮だ。
「『流れ馬の如し蜜に蜂』野獣本家の言葉を思い出した。大昔、可笑しな事に流れ着いた一匹の馬は村人に助けられ大事に保護されていたがある日、凶暴化が進行し馬の形が巨大なコウモリに化けた。その原因とされるのは流れ着く前、何かに寄生され症状が一変したそうだ。得体の知れない悪魔の種族にでも取り憑かれたかその馬は、、」
「もうやめんか。縁起でもない。さっさと合流するぞ。野獣の本家、私には想像もつかない」
「折角、良い所だったのに。じゃあこの『死者の森』が終われば一杯呑むか? 機嫌取りじゃない。互いの意思を尊重し合う場を作るんだ」
「機嫌取りだろ。話し相手は必須だ。女性に化けられる能力で癒してくれ。頼む」
「元は男」
「う、五月蝿い」
「ともかく私は羅針盤を手に入れたら一先ず、退散という事で。後はあのスペル騎士団長が動いてくれる。私は独断行動が好きなの」
「野獣さん。貴方の行動は国の兵士の眼を誤魔化せても私の眼から逃れる事は出来ません。やはり、本当の本当に野獣が実在するなんて。それもカグラ様と並んでいる。微笑ましい光景だわ」
 紺藤のツインテールに葵色の眼、裏では野獣を狩ったとの噂が広まり仕事に集中出来ないあの受付嬢だ。バモスには後できつくお説教だな。
「仕事を放棄してまで来てる訳じゃないのよ。バモスを追ってたら死者の森へ来てた。それだけよ。こんな猛獣を置いていって逃げる必要ないじゃない。無我夢中で追いかけてたら遭遇しただけよ」
 マリアの肩から召喚獣のクロも顔を出していた。それよりも俺の正体を見破り死者の森までやってくる腕。此奴、裏がありそうだ。
「『記憶怪石』の力を借りて辿り着いた。カグラ様と最近、出逢ったばかりの女の影が写っていたから野獣の特徴と似ているなと思ったら」
「その『記憶怪石』とやらで貴方の記憶も読み取れば同じ結果になるのでしょう?」
 すると焦りを見せる。図星か。
 しかし受付嬢は態々、言いに来たと思いきや立ち去る。
 その彼女の後姿には『動揺』とまるで取り憑かれたような『依存』があった。我等野獣本家と何らかの意図を引いて俺の存在を敵対している可能性がある。マリア受付嬢の正体に確信は無いが『忘却の狼』との関係が野獣の勘を働かせていた。狼疑惑が生まれこのまま野放しには出来ない。野獣の技は狼相手に通じない。なら策を練る必要がある。腕利きのスパイを用意しよう。尾行は慎重に。
 野獣の眼、第五条 嵐の様に疾風の如く。
 黒い覇気を纏い遠く離れる彼女の首筋に痣を付けた。これは一種の『呪い』だ。鏡で見ても本人が人間なら気づく事は有り得ない。小手調だ。『忘却の狼』だと判明したら生かすか検討しよう。情報を聞き出して抹殺、或いは受付嬢の成りで俺と共に行動してもらうか。状況は分析しなくてはならない。野獣であっても力技で解決しないのが俺の長所だ。話し合えばわかる。つまらない殴り合い以外ならな。あの『記憶怪石』は見覚えがある。『死者の森』が片付いたら俺の中で今、流行している店へ行こう。
『幻の発掘梅 絨毯屋』
 絨毯を中心に買取や売り捌く店は巧妙で専門且つ情報屋も営んでいる事から多くの客が足取る。有名な絨毯の聖地から店を出しに来た職人が遥々、売りに来るのだ。しかし値段は高く、安くても質は平凡な物ばかりだ。店前の隅の庭には季節になると梅の花が咲く。
 最高峰クラスと謳われるインディア王国、この国全体が社会を物語っている。

 情報屋で彼女について聞いてみよう。
 受付嬢マリア、情報が確定次第、俺は御前を追い詰める。先手を取られる前に。
 谷の方へ向かう筈が騎士団は今『死者の森』の心臓部である『百合根 本滝』と呼ばれる場所へ辿り着いていた。俺の指導の元、連れられた兵士は皆、鍛えられた足腰のお陰で体力の底はつかないが流石はスペル騎士団だ。心臓部までに数え切れない量の屍人や『グモーリ』を相手にした事だろう。《運命の羅針盤》のボス部屋の広い敷地で天狗顔の野郎がお待ちかねだ。
 野獣の力で瞬殺したい所だが手柄は横取りしないのがルール。
 謂わばボス戦。他所から転がり込んだ害虫一匹を駆除すれば羅針盤は手に入れられるさ。
 『百合根 本滝』の心臓部は野獣の鼓動と呼ばれる技で瞬時に移動できる。実際は自分の足で行きたいが足場が悪い泥沼を越えなければならない。『死者の森』みたいなエリア内には必ず心臓部が存在する。野獣本家はその鼓動を駆使して敵側に回れる様になっている。野獣は敵。襲う側だから人間の感覚で見てはならない。野獣本家の初代長が魔物の住処を与え人間共を懲らしめる為に己の心臓を分解した。
 その心臓が各エリアに散らばりボス部屋の主を撃退すればその敷地は豊かな土地となる。俺は立派な裏切り者。野獣の連鎖を断ち切る為の行為。野獣のやり方はもう懲り懲りだ。
 御伽噺を思い出す。『白虎の都』の街に古い書斎がある。今は『忘却の狼』に乗っ取られたが俺なら行ける。野獣だからな。例え『忘却の狼』と会えた所で支障はない。
「俺は力に溺れた。害虫扱いを受けて馴染めず毛だらけの怪物と言われた。元は人間だった。皆の眼には野獣と見られていた。母を失い街は崩壊。逃げ惑う民達は俺を置き去りにし、涙を流していた先で黒い太陽を口に入れた」
「どうした。らしくないな、過去を語るのはいいが時間がない。居場所を教えろ」
 暫く沈黙が流れる。カグラお嬢様の眼は真剣だった。心臓を使えば移動できるのに俺は、、、。
「だ、大丈夫か」
「心臓、分けろ」
「・・・・」
「合流するからと言っている」
 野獣の本家の力を発動する。
 黒太陽が心臓を染め自我を保てないが我慢してもらう。
 俺は御嬢様の心臓と己の分を同調させ瞬間移動させた。
 『百合根 本滝』の心臓部だけ嵐が降っている。ボスの特徴を活かすためでもその需要は誇らしく相手を待ち侘びている。スペル騎士団を追い込ませるには野獣の力が必要だ。

 心臓部通称、BOSS部屋の手前まで転移した。
 このダンジョンを一言で例えるなら『水没』だ。
 構造は足場の無い大波の猛襲。水中に潜む魔物。何層の階段を登っても行手を阻む古来の時代で造られた『巨樹』と呼ばれる兵器が襲ってくる。

 BOSS部屋の扉を開いた先で俺達は更なる試練を潜るのだ。
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ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
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おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜

青波良夜
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魔法と、魔導科学が進んだ強大な国、グランダメリス大帝国。 俺は、この国を陰からコントロールする秘密組織でエージェントとして働いている。 今回の任務は、豪華客船で行われる密売の現場を探ることだった。 その任務の途中、俺は第三継王家の王女『メリーナ・サンダーブロンド』と出会うことになる。 メリーナ王女は婚約しようとしていたのだが、俺の軽はずみな行動が彼女の運命を変えてしまった。 その後、なんやかんやあり、俺はメリーナ王女に惚れられることに……。 こんなことは、エージェントとしては絶対にあってはならないことだ。 というわけで、俺はメリーナ王女と別れ、二度と会わないよう工作をした。 それなのに、まさか再び出会うハメになるなんて……。 しかも次の任務は、メリーナを大帝王に即位させることだって!? ――これは最強のエージェントが、乙女の恋心に翻弄されながら、過去最難関のミッションに挑む物語である。 ※『ノベルアップ+』、『ネオページ』にも投稿してます。 ※『小説家になろう』『カクヨム』に投稿し、一度完結済みとなった作品です。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
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 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

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ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

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