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引きこもり王女ですが、口説かれています

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 カチカチカチ。
 一定の早さで流れる時計の音。わたしは、静かにそれを聞いていた。

 カチッ。

 確かに、一定。一定なはずなのだが、その一瞬だけは、時が止まったかのように長く感じる。わたしは、大きくため息をつくときのように、言葉を吐き出した。
 喋ったのは一年ぶりか。

「誕生日おめでとう、わたし」

 もっとも、で誕生日なんてものを迎えるのがどれほど矛盾し、バカなことなのかはわかっている。
 ここは、死者の国。
 死者の王がおさめる、死者による、死者のための王国。
 なぜ、わたしがこんなところにいるのかと言うとーーまぁ、養女というやつだ。

 死者の国では、生者が国を治めている。そちらのほうが安定した国になるからだ。いきなり王様が転生したらパニックどころの話ではない。
 そこで、生者の中から百年に一度、死者の国にいても耐えれるほどの魔法の天才を養子、もしくは養女として迎えるのだ。この国では出産もできないため、こうするほかなかったのだろうが。

 でも。
 養子、養女なんていう言葉は正鵠を射ていない。
 正しくは。ーー生け贄。

「まぁ、別にいいんだけど」

 自分の魔力のみで懲り固めたわたしの城は、窓や扉はおろか、隙間さえない。大きさにしてみれば、豪邸ほどのサイズで、城というにはいささか小さいがーーわたしは、そこで一人、完璧に自給自足の生活をおくっている。

 まぁ、そうありたいと願ったのはわたしだし、ものすごく満足している。

 このまま、面倒くさいことにも巻き込まれずに城の中で生きて、城の中で死ねばいい。女王になっても、引きこもりながら統治すればいい。容易だとは思わないが、不可能だとも思わない。

「うんうん、誕生日おめでとう、アンフィサ」

 ……?
 わたし、回想していただけだよね?
 妄想とかはしていないよね?

 柔らかそうな桃色の髪、淡い水色の瞳。一言で言うなら可憐。だが、その上等そうな服や、金色の冠がわたしの推測を裏付けるかのように存在している。いや、しちゃっている。

 なにより。
 いくぶん大きくなってはいるものの、わたしの記憶と合致するのだ。

 その、中性的な顔立ちの中に広がるたちの悪い悪戯っ子のような笑み。
 すらりとした細身の体でありながら、常に威圧されているような感覚。

「なぜ、あなたがここに」

「うん、来たかったから」

 あぁ。なるほど。来たかったら来るわな。
 ……じゃなくて。

「ふざけんじゃないわよおおおおおおっ、わたしの完璧な城をどうやって入ってきたっていうのよ!」

「あは、ノリツッコミが上手いね……んー、瞬間移動?」

 そんな可愛らしく首をかしげられても。
 瞬間移動なんて普通できないよ。わたしみたいな天才でもなきゃ。

「だいたい、あなたは生者の国の王子だったはずよね!?どうやって死者の国にきたの?」

 嫌な予感。
 生者が死者の国にくるためには、二つの道がある。

 一つ目はわたしのように、生け贄になること。
 二つ目は死ぬこと。

「まさかっ、死んで……っ」

「残念でしたー生きてますー」

 ……心配して損したわね。

「まぁ、そうだな。単刀直入に言うとな」

 うん。

「結婚しようアンフィサ」

「とりあえずぶん殴っていい?」

 ぶん殴るだけじゃすまないかもしれないけど。

「まぁ、そうぶん殴るな」

 まだぶん殴ってないですね。
 こいつ大丈夫か。
 10年の間に更におばかになっていってる気がするんだけど。

 わたしとこの生者の王子は、幼馴染みというやつだ。
 生まれたときから生け贄になることが決まっていたわたしは、その身柄の安全のため、生者の国で一番安全な場所ーー城にいただけなのだ。

 そこで引きこもりライフを送るつもりが、このバカ王子に邪魔されたのだ。

「ここに来るのは苦労したよ……なんせ、死者の国だからな。10年も待たせてしまった」

 ……待ってないっす。

「もう大丈夫だよアンフィサ。君がここの女王になる必要はない」

 ……え?
 そういえば。
 死者の国に存在し続けるためには、魔力を消費し続けなければならない。魔法の天才であるわたしにとってはなんともないことだがーー。
 これは、凡才だったはずだ。

「ちょ、あんた大丈夫なのっ!?」

「あぁ。あれから10年、それこそ死ぬ気で魔法の特訓をしたんだよーーアンフィサを生け贄から解放するために」

 ーーなに、それ。

「もう、君を越えた」

 ーー。

「だからもう、君が死者の国こんなところにいる必要はないんだ」

 ーー。

「僕が王になるんだからーー君はもう、いいんだ」

 ーー。
 どっと、冷や汗が沸いてくる。

「君のことだから、寂しかったろう?ほら、僕が君が引きこもるのを止められなかったときに、君は泣いていたじゃないか」

 それはーー。

「ね、聞いて。それはーー」

「僕が王になればいい。結婚しようなんて言ったのは冗談だよ。君が好きなのは事実だ。そうでもなけりゃ、こんなことはしない。君が生者の国に帰りたけば帰るといい。ここで引きこもりたければ引きこもればいい。結婚なんて、強制するもんじゃない」

「……だから、聞けっていってんだろーが!」

 必殺・引きこもり王女チョーップ!

「……痛い」

 でしょうね。
 痛くなかったらもっとしてあげるわ。
 瞬間移動したということは、こいつの言ったことは事実なのだろう。

「あなたは勘違いしてるわ」

「ねぇアンフィサ、その手、痛くない?」

 痛いわ。
 ……そうじゃなくて。

「わたしはね、引きこもって寂しくて泣いてたわけじゃないの。実はね……あれ、あくびしてたの。わたしの記憶力は絶対だから、覚えてるわ」

 ……だから。

「わたしは、ここで引きこもり続けることに不満はないの。あなたには悪いけど……単刀直入に言うわね。帰れや」

「うわぁ、ストレート」

 えへへ。わたしめっちゃストレートに言ったげたわ。
 いやなにこれ。

「アンフィサは僕に帰れって言うんだね?」

 その通り。わたしは大きく頷く。

「それは、引きこもりたいからなんだね?」

 その通り。わたしは大きく頷く。

「結婚しようアンフィサ」

 その通り。わたしは大きく頷く。

 ……ん?

 わたしは、ピタリと固まる。
 そこにあったのは、光っている契約書。それは、いわゆる婚姻届というやつでは。

「よし、これでいい」

 は?

「ねぇ、待ってよ。なにやってんの!?結婚なんて強制するものじゃないって」

 わたしの自由を保証するみたいなこと言ってたよね。
 そんな騙すみたいに……。

「だからさぁ。アンフィサ。言ったよね?」

 フッと不敵に笑う王子。こんな表情、見たことない。

「もう、君を越えたって」

 ーーどういうこと?

「君よりも賢い子供はいなかった。こうして、駒を自在に動かし、詐欺師のように操る。だから、それを越えるには、僕は計画を練れなければいけなかった。油断を誘い、バカだと思わせて噛みつく」

 越えたのは、魔法だけではないっていうことか。

「ねぇ、王子。わたしが十年間、何もしなかったと思う?」

 わたしは、クスリと笑う。
 ここまで、騙されてしまったーーコロリと。
 人間と接することが減ったせいか、そういうものが消えているのだ。

 これがなければ、危なかった。

 カチリ。
 スイッチが入る。

 ーーやっぱり、時計をセットしておいて、良かった。

 城中にはらいめぐらされたからくりが動き出す。
 そう。わたしが十年間かけたのは、魔法や話術ではなくーーこの引きこもり場所の強化。

 科学を駆使した、強化。

「わぁっ」

 王子に降りかかる様々なワナ。
 勿論、フェイクもある。これをかわすのは不可能だ。

「くそっ……うまくやったと思ったのに」

 案の定、数分たらずで王子は動けなくなっていた。
 五分ごとに城をチェックし、怪しいものがいた場合は即座に排除。

 さっき。
 本当にさっき。
 十五歳の誕生日を迎えたときに完成したものだ。

「じゃあこれは、破り捨てるわね」

 婚姻届を破り捨て、わたしは勝ち誇る。
 さて、この王子をどうしたものか。

「やっぱり、結婚しようねアンフィサ」

 は?

「それは偽物だよ。僕が君をなめて、そこらへんに婚姻届を浮かばせておくわけないだろ」

 ……。

「よくあるトリックだけどーーこの騙しあいは僕の勝ち、かな」

 ……わたしは、大きくため息をつく。
 負けてしまった。

「でも、本物の婚姻届、破ってもいいよ」

 え?

「この拘束を解いてくれるならね。約束するよ」

 そう言って、婚姻届と拘束を解くことの交換という、契約書を出された。
 ……いやになるほど準備がいい。
 わたしはそれにサインし、本物の婚姻届を破り捨てた。

「でも、これでよかったの?もう騙してないわよね?」

「あぁ、勿論。これからするのはーー地道に、君を口説くこと。もう、賢い君なら僕の成長がこの騙しあいでわかっているはずだ。今の僕なら君に釣り合うと証明するための計画だったんだよーー全ては」

 騙して騙して騙して。
 最後は、そんななんでもないことのために十年をかけたと言いのける。

「なんでそんな」

「それは勿論、君が好きだから。結婚は強制するものじゃないって、そう言ったろ?」

 そう言うと、優雅な仕草でわたしの手をとり、口づけする。

「僕を好きにならせてみせる」





 
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みんなの感想(1件)

*牡丹*
2019.04.08 *牡丹*

とりあえず好きです。

真咲
2019.05.27 真咲

感想ありがとうございます。(* ´ ▽ ` *)

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