49 / 71
29.5 ゴンザ
しおりを挟む
「人族を守るのが、人神さまのご意志であり、代理人である私の勤めだっておっしゃられてね」
「そうだったのか。高い薬なのに、お金は大丈夫だったのかな」
「あたしら庶民にはわからないけど、王さまやら領主さまに出させたみたいだよ」
「すごいな」
人神の神殿が持つ権威と政治力を利用したのだろう。
「ああ、すごいんだ。人神さま、使徒さま。ありがとうございます」
アンナは首に提げた人神の聖印を握ると、神殿に向かって頭を下げた。
「治った後はどうやって暮らしたの?」
ゴンザが無言のままなので、ゴンザが知りたいであろうことを俺は尋ねる。
両親を亡くした幼子が、生きていくのは大変なことだ。
「その後は人神さまの神殿が運営している親のない子のための施設に入ったんだ」
「苦労した?」
「まったく。神官さまもみな良くしてくれたよ」
そのとき、金属細工屋から、男が顔を出す。
「アンナ、トムさんから依頼された…… えっ、どうした?」
アンナが泣いているのを見て、男が慌てて飛び出して、俺を睨み付ける。
「お前、アンナに何を――」
怒鳴りかけた男をアンナは止めた。
「あんた、違うんだよ。フィルは父さんの形見を届けてくれたんだ。あ、フィル。これがあたしの旦那」
アンナは俺がした説明を旦那にした。
「すまない。折角形見を持ってきてくれたっていうのに、怒鳴るような真似を」
「いや、気にしないでくれ。妻を泣かしているように見えただろうし」
「すまない。俺はダンという。フィル。アンナの父さんの形見を届けてくれてありがとう」
再び謝りながら、ダンは自己紹介してくれた。
「おかあたん?」
店から小さな男の子が顔を出す。三歳ぐらいの年齢だろうか。
その子は走ってきて、アンナに抱きつく
「おかあたん、泣いてるの? 痛い?」
「痛くないよ。嬉しいことがあったんだよ」
アンナはその子を抱き上げる。
「嬉しいのに泣くって、へんなの」
そう言いながら、子供はアンナの涙を拭いてあげていた。
「アンナとダンは、一緒に金属細工師をしているの?」
「うん、父さんと同じ金属細工師になったんだ。十五歳で施設を出たあと金属細工師の徒弟になって、最近やっと独立できたんだよ」
「アンナとは、同じ工房で修行した仲さ」
「姉弟弟子か。いいね」
そのとき、無言で泣いていたゴンザが尋ねた。
『アンナ。幸せか?』
俺がゴンザの代わりに尋ねる前に、アンナが言う。
「もし、そのダンジョンにもう一回行くことがあったら、父さんに伝えておくれ、あたしは幸せだって」
「……わかった。伝えておくよ」
そのとき、ゴンザがぼそっと呟いた。
『…………俺のしたことは無駄だったんだ』
法を犯し、命を懸けて、治療薬を手に入れた。
だが、そんなことしなくても、アンナは死ななかったし、幸せになれたことがわかってしまった。
つまり、無駄死にだったと、わかってしまったのである。
それを知ったゴンザはどう思うのだろうか。
俺はゴンザが心配になって、その顔を見た。
『……よかったなぁ。アンナが幸せで。孫まで見れた。本当によかった』
だが、ゴンザは本当に嬉しそうに微笑んでいた。
『使徒さま、ありがとう、本当にありがとう』
ゴンザの魂は笑顔で天に還った。
それは本当にあっさりとしたものだった。
ゴンザの未練は薬を届けることではなかった。
アンナを健康で幸せにしたいということが、未練だったのだろう。
『未練がなくなれば、魂は綺麗に天へと還れるのじゃ。それが魂にとっての幸せじゃ』
フレキが、さっきまでゴンザのいた場所を見つめながら呟いた。
「そうだったのか。高い薬なのに、お金は大丈夫だったのかな」
「あたしら庶民にはわからないけど、王さまやら領主さまに出させたみたいだよ」
「すごいな」
人神の神殿が持つ権威と政治力を利用したのだろう。
「ああ、すごいんだ。人神さま、使徒さま。ありがとうございます」
アンナは首に提げた人神の聖印を握ると、神殿に向かって頭を下げた。
「治った後はどうやって暮らしたの?」
ゴンザが無言のままなので、ゴンザが知りたいであろうことを俺は尋ねる。
両親を亡くした幼子が、生きていくのは大変なことだ。
「その後は人神さまの神殿が運営している親のない子のための施設に入ったんだ」
「苦労した?」
「まったく。神官さまもみな良くしてくれたよ」
そのとき、金属細工屋から、男が顔を出す。
「アンナ、トムさんから依頼された…… えっ、どうした?」
アンナが泣いているのを見て、男が慌てて飛び出して、俺を睨み付ける。
「お前、アンナに何を――」
怒鳴りかけた男をアンナは止めた。
「あんた、違うんだよ。フィルは父さんの形見を届けてくれたんだ。あ、フィル。これがあたしの旦那」
アンナは俺がした説明を旦那にした。
「すまない。折角形見を持ってきてくれたっていうのに、怒鳴るような真似を」
「いや、気にしないでくれ。妻を泣かしているように見えただろうし」
「すまない。俺はダンという。フィル。アンナの父さんの形見を届けてくれてありがとう」
再び謝りながら、ダンは自己紹介してくれた。
「おかあたん?」
店から小さな男の子が顔を出す。三歳ぐらいの年齢だろうか。
その子は走ってきて、アンナに抱きつく
「おかあたん、泣いてるの? 痛い?」
「痛くないよ。嬉しいことがあったんだよ」
アンナはその子を抱き上げる。
「嬉しいのに泣くって、へんなの」
そう言いながら、子供はアンナの涙を拭いてあげていた。
「アンナとダンは、一緒に金属細工師をしているの?」
「うん、父さんと同じ金属細工師になったんだ。十五歳で施設を出たあと金属細工師の徒弟になって、最近やっと独立できたんだよ」
「アンナとは、同じ工房で修行した仲さ」
「姉弟弟子か。いいね」
そのとき、無言で泣いていたゴンザが尋ねた。
『アンナ。幸せか?』
俺がゴンザの代わりに尋ねる前に、アンナが言う。
「もし、そのダンジョンにもう一回行くことがあったら、父さんに伝えておくれ、あたしは幸せだって」
「……わかった。伝えておくよ」
そのとき、ゴンザがぼそっと呟いた。
『…………俺のしたことは無駄だったんだ』
法を犯し、命を懸けて、治療薬を手に入れた。
だが、そんなことしなくても、アンナは死ななかったし、幸せになれたことがわかってしまった。
つまり、無駄死にだったと、わかってしまったのである。
それを知ったゴンザはどう思うのだろうか。
俺はゴンザが心配になって、その顔を見た。
『……よかったなぁ。アンナが幸せで。孫まで見れた。本当によかった』
だが、ゴンザは本当に嬉しそうに微笑んでいた。
『使徒さま、ありがとう、本当にありがとう』
ゴンザの魂は笑顔で天に還った。
それは本当にあっさりとしたものだった。
ゴンザの未練は薬を届けることではなかった。
アンナを健康で幸せにしたいということが、未練だったのだろう。
『未練がなくなれば、魂は綺麗に天へと還れるのじゃ。それが魂にとっての幸せじゃ』
フレキが、さっきまでゴンザのいた場所を見つめながら呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる