私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

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終章・女神

……なったらよかったのに、とうとう国の中心へ。本編終了。

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 一家勢揃いで集まる穏やかな朝食どき。
せっかく用意してくれた芳しいスープを前に、家長であるヴィクリス様が、開口一番に発した。

「皆、わかっていると思うが。
 王家の継承権が我が家に移った」

 ポカーン、としている子供たち。
いや、長男長女はなんとなくわかっていたんだろう、訳知り顔で静かに聞き入っている。
 私は事前に知らされていて、「王妃は嫌かな?」と尋ねられた。
そりゃあできれば拒否したい、と心底思ったし、急に何を言い出すんだろうと混乱したが、真顔で見続けてくるヴィクリス様に、あ、これは断れない話か、と会得がいった。
 旧アネモネス国の王家の血筋で一番華やかで人数が多いのは我が家だ。
長男はヴィクリス様そっくりに成長し、隣国へ行って何やら大冒険してきたみたいで大魔法とやらを発明してきたし、長女は商団をヴィクリス様より引き継いでさらなる成長を遂げて一番の稼ぎ頭だし、次男と三男はまだまだ学生の身分なれども文武両道。父の薫陶を受けて王城へ研究施設に一緒に遊びに行ったり未知なるものに興味ありすぎて帰宅することは滅多になく、部屋に篭るよりも外へと意識が向かっている。ついて回る護衛が一番大変そう。
 母としては寂しいけれども、全員やや個性が強いが、伸びやかに育っているのでそこは嬉しい。

「ダフォーディル魔法立国はいまだ王位が続いている。
 このまま消滅しても、とは思ったがな……、
 ……嫌がる人が多いから、仕方ない」

軽くため息ついてる王族のヴィクリス様だが、内容が内容である。
面倒臭そうにしている父へ長男が質問する。

「それは、隣国からの要請もありますか?」
「ああ、それはある」

同盟国からの希望もあったらしい。
夫は頷きながら、答える。

「魔法使いたちは自由奔放な面があるから、
 それをまとめ上げる存在が必要らしい」

魔法使いとは我が国ダフォーディルの民たちのことだ。奔放……? そうかな、と他国の感想は海外だから価値観が違うんだろう、不思議だなと思ったが、そういえば……魔法と運命は切り離せないものだと教わった。運命教が魔法教に変化したから、いずれにしろ情熱的な部分が気になるのかしら、と私はその筆頭に目をやる。あ、目が合った。
ニコ、と微笑むヴィクリス様は我が夫ながら、朝っぱらからやけに爽やかで後光が差していた。

「ある程度の権力もそれなりに復活させるし、
 無駄なことはさせないから、心配しなくていいよ」

(それなら大丈夫そう)
夫が言うなら間違いない。
子供たちが、あーあ、みたいな顔をしているけれど。



 有言実行さながらダフォーディル魔法立国は、ヴィクリス様を中心とする王を擁し、私は傍に王妃として存在することになり……、のんびりと生活させてもらっている。かつては大商人として多忙だったけれど、こうしてのほほんとしていられるのは三度目の人生において、初めてといっていい。とにかくどの人生においても、仕事、仕事、仕事、そればかりで自分のことは後回し。楽しくなかった、とわけじゃないが、自分のために時間を作るという優雅な日々を過ごせるのはすごいこと。私は本当に王族になったが、時たま疑問を感じる……。式典は大変だったけれど。
 でも、幸せ、だからいいんだろう。
ごく一般的な家庭、とは逸脱した日々。前よりも豪華になった生活様式。もともと派手だったのに。
もはや雲の上人扱いされないと国としての格が下がる、とか言われている。何をするにしても人の手が入るので、そこは不便だが、確かにそこは夫の言う通り仕方ない。仕事は奪う訳にはいかないし、アネモネスの長い歴史が地味にがんじがらめになっている。私はただの一般人だが、子供たちは王子王女。ヴィクリス様に似た面立ちは確かに王族を加味している……。

 不意に、私は思い返した。

 私は、運命と結婚している、と。
もし第三王子と結婚していたら、王子様と結婚することになる。
あの当時は王位継承権はあってないようなものだったので、臣籍降下していただろう。
(そうであれば、きっと……穏やかな日々を過ごしていただろうに)
いずれにしろ当時の事情が事情なだけに、意味もなければ無駄な想像だ。
 ただ……ここまで派手な一家にはならなかっただろう、と子供たちを眺めては考える。

 時折、ヴィクリス様は第三王子とご自分を比較することがある。
夫婦水入らずの時間にのみ、そういった行動をとられるが……不安なのかもしれない。
 
 あの時、あの瞬間の運命を私は知っているし、納得のいく人生ではないかもしれなかったけれど、でも、あの子の人生はああして終わった。満足はしてないかもしれないが、不足はしていなかっただろう。苦しかったけど、でも。

 結局、第三王子に見つけてもらい、愛されたのだから。
3回も生まれ変わり、ようやく私は愛されていたことを知った。

 だから、私の人生はこれで終わり。
それでいいと思う。
 ヴィクリス様は……どうお考えなのか。
国も、宗教も、王族すら変えてしまって……運命を忘れるようなことばかりしている。
(肝心のご本人が、運命を捨てられないでいるけれど)
 また私を見つけるために記憶を持って生まれるのだろうか。
それとも新しい人と……?

「お婆ちゃんになったら、冥土の土産に聞いてみようかな……」

 ふふ。
どちらにしても、第三王子の元に行きたい、と願ったら。
この人は、慌てふためいて私から離れないかも。
どちらも同じ魂だけれど……。

「どうした?」
「ううん、なんでも」

玉座に座す彼は、そうか、と前に視線を向き直る。
何度も人生を送ったせいか、彼は賢王と呼ばれている。
まるで手慣れたように政治を動かすのだから、他国はおろか同盟国にすら恐れられている。
私はきっと、彼の伴侶となるために生まれたのだろう。
寂しく生きてきた、彼のために。
手元に視線を落とせば、皺が目立ち始めていた。
どれだけ綺麗に手入れをしたとしても、年輪だけは誤魔化せない。
(マドロラも無事に年齢を経て、私と同じように死んでいったかしら)
可憐なあの娘の結婚式を見ることができて、嬉しかったなあ。

「……愛おしい」

たくさん生きてくれて、ありがとう。
私もあなたのために、生きるからね。







※完結です。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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