盲目的な献身

耽読者

文字の大きさ
1 / 28
死而不亡

0. 殉死

しおりを挟む
遠くで、無数の叫び声が渦を巻いていた。
壁の向こうではすでに火が回り、焦げた木材と布の臭いが、礼拝堂へと忍び込んでくる。
熱は石壁を伝い、空気を歪ませ、正面に鎮座する女神像の輪郭さえも、陽炎のように揺らしていた。

人影のない礼拝堂、その壇上。
久世くぜはじめのこめかみに、冷たい銃口が押し当てられている。引き金にかかった指の、かすかな震えが、皮膚越しにはっきりと伝わった。

「……久世くぜ教祖きょうそ

背後の男は、縋るようでいて、ひび割れた声を絞り出す。

「どうか、お許しください。私は、あの人に命じられていて……貴方を殺さなければなりません。
もし失敗すれば、妻と子供が殺される。……それだけではない。故郷ごと、火の海にすると」

言葉はそこで途切れ、荒い呼吸音だけが残った。

「教祖様……どうか。どうか、衆生しゅじょうをお救いください」

久世くぜはじめは、目を閉じ、沈黙を選んだ。

思考の底で、男を冷ややかに見下ろす自分がいる。
彼が編纂した教典に、仏など存在しない。衆生しゅじょう済度という語句も、最初から一文字も記されてはいなかった。
ましてや、教祖が誰かを救う義理など、どこにも存在しない。

だが、こめかみに銃を突きつけられている以上、先がないことだけは事実だった。

銃口の冷たさを受け入れながら、久世くぜはじめは、自身の人生を走馬灯そうまとうのように辿る。
抗いはした。だが結果は、呆れるほどに救いようのない、欺瞞に満ちた二十八年だった。

沈黙に耐えきれなくなったのだろう。
男はしばらくしてから、弱々しく問いかけた。

「……何か、言い残す言葉はありますか?」

恐れる必要はない。
最期まで、久世くぜはじめという役を演じきると、すでに決めていた。

彼はわずかに口角を上げ、静かに首を横に振る。
ゆっくりと手を持ち上げ、天を仰いだ。その指先の延長線上に、女神像が立っている。何も知らぬまま、慈悲深い微笑みを湛えて。

瞳を細めた、その瞬間。

――乾いた銃声が、礼拝堂を引き裂いた。

衝撃が貫き、視界が白く弾ける。
身体は前のめりに崩れ、壇上から石床へと落ちた。

床の冷たさは、意識の混濁とともに、次第に遠のいていく。
燃え盛る炎の音。遠ざかる悲鳴。

こうして、白苑会はくえんかいの主、久世くぜ教祖きょうその物語は、幕を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...