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宿業と執念
13. 刺客
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猟銃の再装填音が、間を置いて響いた。
沈慈恩は久世はじめを背後に引き、視界を遮る位置へ押し込む。
「動くな」
短く言い切り、沈慈恩は自ら前へ出た。
刺客の姿は木立の向こうにある。距離は二十メートルに満たない。狙撃には十分、しかし接近戦に移行するには中途半端な間合いだった。
沈慈恩は斜面を利用し、あえて大きく音を立てて動いた。
視線と銃口を引き寄せるための、明確な囮だった。
次の発砲。
弾道を読む暇はない。
沈慈恩は久世はじめを庇うように体を捻り、肩口を掠めさせた。衝撃の直後、脚に異変が走る。
右脚。
着地と同時に、骨が耐え切れなかった。
鈍い感触とともに、大腿部が沈み込む。
沈慈恩は声を出さず、そのまま前へ転がった。
倒れ込む直前、落ちていた石を掴み、全力で投擲する。
石は刺客の側頭部を掠め、血を散らした。
刺客が一瞬だけ動きを止める。
「今すぐ通報を」
沈慈恩は地面に片膝をついたまま、久世はじめに合図を送る。
久世はじめは頷き、震える指で携帯端末を取り出した。
画面を見ずに、番号を押す。
「……発砲事件です。場所は――」
言葉を選ぶ余裕はない。
位置情報を送信し、通話を切る。
その間にも、沈慈恩は距離を詰めてきた刺客と組み合った。
猟銃の銃身を押さえ込み、至近距離で体重をぶつける。折れた脚が悲鳴を上げるが、意識は切らさない。
刺客の脇腹に、肘が入った。
鈍い音とともに、相手が息を吐く。
さらに一撃。
今度は確実に、深く。
刺客は後退し、体勢を立て直そうとする。
沈慈恩は追わなかった。
二人は斜面を下り、樹木の切れた先へ走った。
視界が急に開ける。
川だった。
昨夜の雨で水量が増しているらしく、濁った流れが低く唸っている。
足元は苔に覆われ、踏み固められていない。
沈慈恩が進路を示そうとした、その刹那――
久世はじめの足が滑った。
制動が利かない。
身体が前へ投げ出され、次の瞬間、重い水音が響いた。
沈慈恩の思考が、即座に切り替わる。
「――教祖様!」
躊躇はなかった。
沈慈恩は地面を蹴り、久世はじめの落ちた地点へ飛び込む。
冷水が全身を打ち、視界が一瞬で暗転する。
折れた大腿部が、水中で無理に引き延ばされ、鋭い痛覚が走った。
沈慈恩は歯を食いしばり、流れに抗って腕を伸ばす。
久世はじめの衣服を掴み、抱え込む。
水中で久世はじめの身体が一度、強く痙攣した。
口が開き、空気と一緒に水を飲み込んだのが分かる。
沈慈恩は腕力だけで方向を修正し、岸へ向かった。
脚は使えない。上半身と水流だけが頼りだった。
ようやく浅瀬に辿り着き、沈慈恩は久世はじめを引き上げる。
二人とも、泥と水にまみれていた。
背後で、足音が止まる。
川岸に、刺客が立っている。
猟銃を構え直そうとした、その時――
遠くで、サイレンの音が重なった。
一台ではない。複数だ。
刺客は一瞬だけ状況を計り、そのまま銃を下ろした。
次の瞬間、身を翻し、森の奥へ消える。
沈慈恩は視線を外さず、完全に気配が断たれるまで動かなかった。
それから、久世はじめを抱き寄せる。
身体は冷え切り、呼吸が浅い。
胸が、規則的に上下していない。
沈慈恩は即座に久世はじめの顎を持ち上げ、喉の角度を整えた。
その動きに、一瞬の躊躇もなかった。
視界の端で、久世はじめの 睫毛 が、かすかに震えている。
沈慈恩は呼吸を整える暇もなく、口元へ身をかがめた。
冷えた空気の中で触れた唇は、驚くほど柔らかい。
水を含み、力を失ったそれに、自分の唇を深く重ねる。
肺へ空気を送り込むたび、久世はじめの胸がわずかに持ち上がる。
それでも、戻らない。
二度目。
唇が離れる一瞬、睫毛が微かに揺れた。
三度目。
次の瞬間、喉が大きく鳴り、身体が強く跳ねた。
水を吐き出し、荒い咳が続く。
呼吸が――戻った。
沈慈恩は息を吐くことも忘れ、久世はじめを引き寄せた。
濡れた髪が胸元に触れ、身体の震えがそのまま伝わってくる。
抱き締める腕に、意識的な力を込める。
久世はじめの呼吸が整うまで、沈慈恩はその体温を離さなかった。
やがて、川向こうの林道に赤色灯が滲んだ。
サイレンの音が近づくにつれ、沈慈恩はようやく周囲を認識した。
警察官が複数名、斜面を慎重に下りてくる。
沈慈恩は片腕を上げ、久世はじめを抱いたまま意思表示をした。
状況確認を手短にする。
ほどなくして、救急隊が到着した。
重症を負った二人は担架で運ばれ、最寄りの救急指定病院へ向かった。
病院へ搬送後、二人はそれぞれ処置を受け、そのまま入院となった。
沈慈恩は久世はじめを背後に引き、視界を遮る位置へ押し込む。
「動くな」
短く言い切り、沈慈恩は自ら前へ出た。
刺客の姿は木立の向こうにある。距離は二十メートルに満たない。狙撃には十分、しかし接近戦に移行するには中途半端な間合いだった。
沈慈恩は斜面を利用し、あえて大きく音を立てて動いた。
視線と銃口を引き寄せるための、明確な囮だった。
次の発砲。
弾道を読む暇はない。
沈慈恩は久世はじめを庇うように体を捻り、肩口を掠めさせた。衝撃の直後、脚に異変が走る。
右脚。
着地と同時に、骨が耐え切れなかった。
鈍い感触とともに、大腿部が沈み込む。
沈慈恩は声を出さず、そのまま前へ転がった。
倒れ込む直前、落ちていた石を掴み、全力で投擲する。
石は刺客の側頭部を掠め、血を散らした。
刺客が一瞬だけ動きを止める。
「今すぐ通報を」
沈慈恩は地面に片膝をついたまま、久世はじめに合図を送る。
久世はじめは頷き、震える指で携帯端末を取り出した。
画面を見ずに、番号を押す。
「……発砲事件です。場所は――」
言葉を選ぶ余裕はない。
位置情報を送信し、通話を切る。
その間にも、沈慈恩は距離を詰めてきた刺客と組み合った。
猟銃の銃身を押さえ込み、至近距離で体重をぶつける。折れた脚が悲鳴を上げるが、意識は切らさない。
刺客の脇腹に、肘が入った。
鈍い音とともに、相手が息を吐く。
さらに一撃。
今度は確実に、深く。
刺客は後退し、体勢を立て直そうとする。
沈慈恩は追わなかった。
二人は斜面を下り、樹木の切れた先へ走った。
視界が急に開ける。
川だった。
昨夜の雨で水量が増しているらしく、濁った流れが低く唸っている。
足元は苔に覆われ、踏み固められていない。
沈慈恩が進路を示そうとした、その刹那――
久世はじめの足が滑った。
制動が利かない。
身体が前へ投げ出され、次の瞬間、重い水音が響いた。
沈慈恩の思考が、即座に切り替わる。
「――教祖様!」
躊躇はなかった。
沈慈恩は地面を蹴り、久世はじめの落ちた地点へ飛び込む。
冷水が全身を打ち、視界が一瞬で暗転する。
折れた大腿部が、水中で無理に引き延ばされ、鋭い痛覚が走った。
沈慈恩は歯を食いしばり、流れに抗って腕を伸ばす。
久世はじめの衣服を掴み、抱え込む。
水中で久世はじめの身体が一度、強く痙攣した。
口が開き、空気と一緒に水を飲み込んだのが分かる。
沈慈恩は腕力だけで方向を修正し、岸へ向かった。
脚は使えない。上半身と水流だけが頼りだった。
ようやく浅瀬に辿り着き、沈慈恩は久世はじめを引き上げる。
二人とも、泥と水にまみれていた。
背後で、足音が止まる。
川岸に、刺客が立っている。
猟銃を構え直そうとした、その時――
遠くで、サイレンの音が重なった。
一台ではない。複数だ。
刺客は一瞬だけ状況を計り、そのまま銃を下ろした。
次の瞬間、身を翻し、森の奥へ消える。
沈慈恩は視線を外さず、完全に気配が断たれるまで動かなかった。
それから、久世はじめを抱き寄せる。
身体は冷え切り、呼吸が浅い。
胸が、規則的に上下していない。
沈慈恩は即座に久世はじめの顎を持ち上げ、喉の角度を整えた。
その動きに、一瞬の躊躇もなかった。
視界の端で、久世はじめの 睫毛 が、かすかに震えている。
沈慈恩は呼吸を整える暇もなく、口元へ身をかがめた。
冷えた空気の中で触れた唇は、驚くほど柔らかい。
水を含み、力を失ったそれに、自分の唇を深く重ねる。
肺へ空気を送り込むたび、久世はじめの胸がわずかに持ち上がる。
それでも、戻らない。
二度目。
唇が離れる一瞬、睫毛が微かに揺れた。
三度目。
次の瞬間、喉が大きく鳴り、身体が強く跳ねた。
水を吐き出し、荒い咳が続く。
呼吸が――戻った。
沈慈恩は息を吐くことも忘れ、久世はじめを引き寄せた。
濡れた髪が胸元に触れ、身体の震えがそのまま伝わってくる。
抱き締める腕に、意識的な力を込める。
久世はじめの呼吸が整うまで、沈慈恩はその体温を離さなかった。
やがて、川向こうの林道に赤色灯が滲んだ。
サイレンの音が近づくにつれ、沈慈恩はようやく周囲を認識した。
警察官が複数名、斜面を慎重に下りてくる。
沈慈恩は片腕を上げ、久世はじめを抱いたまま意思表示をした。
状況確認を手短にする。
ほどなくして、救急隊が到着した。
重症を負った二人は担架で運ばれ、最寄りの救急指定病院へ向かった。
病院へ搬送後、二人はそれぞれ処置を受け、そのまま入院となった。
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