偽り姫はもう逃げない

木野

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7話

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「さて、初めまして、だな千代殿。私が悠を呼び寄せた術師の阿部晴定である。こちらはこの屋敷の主、藤原充成だ」
「は、初めまして」

 大納言家から助けだされた次の日、ようやく千代はこの状況を説明してくれるらしい人物に出会った。ひとりは陰陽師といういわゆる術師、もうひとりはかなり高位の貴族だ。

 千代がこちらに来てすでに一ヶ月は経とうとしている。命を危険に晒すことを避け、寝食のある大納言別邸に留まって錦から生活を、わずかだが中将から宮中についての指南を受けてはいたが、本当のところは何も知らないままだった。

「まず、そなたは大納言家の姫として入内させる、と言われていたというがまことか?」

 千代は頷く。
 この一ヶ月の間、入内ということがどういうことかようやく実感として分かってきたのだった。
 帝の後宮に入り、そこで帝の子を成すことまでが大納言の計画なのだろう。日本史や古典の参考書があったおかげで自分の立場がかなり危ういことは理解していた。
 しかし真冬に逃げ出しては命が危ない。まずは気候が暖かくなるまでは大人しくしているつもりだった。

「恐らく、そなたと悠、ふたりは古代の秘術によって召喚された巫女とその従者である。かつて神と人、妖がまだまじりあって暮らしていた頃、贄が必要となる儀式や術が数多く生まれた。より強い術、より大規模な効果を期待して」
「贄……」
「代償、代価、いかようにも言い換えられようが、しょせん生贄じゃ。それに、その頃人は最弱であったからな。神や妖たちの儀式において贄という立場になってしまうことも仕方なかったのであろう」

 攫われたり、脅されたりして贄となることがおそらく多々あったのだろう、と晴定は言う。種として最弱の人は、圧倒的力を持つ神や妖、精霊たちに敵うはずもなく、されるがままなのは千代にも想像できた。

「そこで人は自分たちでない誰かを差し出すために『未来人の召喚』を思いついたのでは、というのがわたしの推論だ」
「未来人……私だって人なのに」
「その場凌ぎであることは確かだが、近しい者が攫われる恐怖からは逃れられよう。それに、人が他の種を呼出すには能力が足りないのだ。足りない分を補うには呼出す同等の神通力や妖力が必要になる。それを用意できなかった」
「……」
「そうして出来上がったのが未来人召喚の術だ」
「どうして二人なの?」
「もとは巫女、贄として捧げられるのが最初に召喚されたもの、そして次に召喚されたものはその巫女を護る立場として呼ばれたのだ」
「護る?」
「生贄を呼出すような状況なのだ、おそらく世情は不安定。贄を召喚したと知れば他にも狙う者がいる。それらから守るために従者をも呼出している」
「それくらい、自分たちでなんとかできないものなの?未来人に頼りすぎじゃない?それに巫女が生贄になったあと、その従者は?」
「従者は元の時代に戻されたのではないか、と考えている。こちらに残っても禍根しかない。かといって自分たちで亡き者にするのも良心が咎めよう。そのため帰還できるようにしたのでは、と考えている。実際、帰還までの術を施こしてこその術は完成だ。時の砂が触れると、あるべき場所へと飛んでいく。まあ、術を作ったのは私ではないからなあ。理由はただの憶測だが」

 千代は頬を膨らませた。なんて身勝手な古代人だ。巫女と呼びながら生贄として差し出し、従者は帰還できてしまうのはあまりに不公平ではないだろうか。

「だが、そのような術も今はずいぶんと廃れた。なぜなら分かるように、今は人の方が多いであろう?興味を失くした神は高天原に戻ったり、人の生活の場が広がって住みにくくなってきたのだ。今この術を知るものは、私の他いないはずだった」
「え?そうなの?錦は知っていたけど……呪術師から聞いたのかな」
「錦?」
「大納言家で私の世話をしてくれた半人?もとは妖だか精霊だったそうだけど、今は人寄りになっているって。その人が『古の儀式』って言ってたよ」
「半人……。その者がこれは古代の秘術であることは確かだが、何よりも口伝でしか伝わって来なかったもの。その半人が知っていたとするなら、人以外の種族は知っている者がいるのだろうか……。私以外に知るものがいて驚いているところだ。まあその者を見つけ出さねばまたそなたたちのように召喚されてしまうからな。なんとしても今回で終わりにしたい」

 千代を呼出したであろうあの呪術師とは違う、決意のある瞳に圧倒されてしまった。
 こちらに来れば単純に帰れると思っていたらそういうわけではないらしい。この術を実行した者を見つけ出し、そして術を封じるまでが晴定のやるべきことなのだ。

「それと、これは月食の際にしか使えない術でな。悠によると夏になる見込みだ」
「夏ぅ!?」

 こうしてやっと合流したところでいよいよ帰れる、と思っていた千代はあまりに先にある予定に叫ぶしかなかった。

「今が三月だから、四か月くらい先になる。そこまで月食がないからな」

 涼しい顔で悠が言った。

「その間、加賀野は気をつけろよ。追手があるのは確実だろうし」
「それをどうにかするのが『従者』なんじゃないの」
「俺は別に運動神経とかはないからな」

 まるでやる気の感じない従者の言葉に千代はかあっと苛立ちが募る。
 帰還できると思っていた期待を削がれ、立場の不安定さを分かち合えるはずの悠の真逆な態度に千代は一気に疲労困憊だ。何か言ってやりたいがはっきりと言葉にできるものがない。苛立ちをだけをどうにかやり込め、千代は庭を見る。

 すると、ちち、と羽多が千代の肩に舞い降りた。

「羽多。あんたはかわいいよね~」

 千代がほおずりして羽多に触れる。

「そう言えば、あの雀、しばらく見てないね。どこかいっちゃったのかな」
「雀?」
「うん、羽多を呼ぶ度に雀も来てたの。人に慣れてるってわけでもなさそうで、羽多が好きだったみたいだけど。そうかあ。こっちのお邸にいるの、あの雀さんは知りようもないから分からないのかもね」

 羽多が柔らかい羽毛に触れる千代の指を味わうかのようにゆったり体を寄せていた。









 大納言家別邸には大納言と中将、呪術師である橘、そして錦が顔を突き合わせていた。

「まさか、偽り姫が連れ去られるとは……」

 大納言が怒りをあらわにしている。わざわざよく分からない男に頼み、おなごを手配させたというのに計画が全て灰塵と帰しそうな
のだ。

「父上、あの女は何者なんですか?髪が短く、所作もおかしい。とても入内など」
「だから急ぎ教えこむ予定だったのだ。入内さえさせてしまえばよかったのだ。それをまさか連れ去られるなど、どういうことなのだ」
「……それにこちらに来た男とは旧知だったようですよ。非常に簡易でしたが式も使えました」
「陰陽師か……」
「門のところで怪我したのは、頭中将である藤原充成でした」
「なんと、内大臣の息子か!」
「恐らく充成が何等かのかかわりがあるのだと思います」
「どのみち、目論見は明らかになってしまった……あの娘を入内させることはもう叶わぬ」
「では放っておきますか?」
「なんとか消すしかあるまい。お前の知る秘術でなんとかならんのか」
「私が知る最高の秘術があの未来からの召喚だったんですよ。他は秘術と呼ばれるものであっても、すでに術式自体が封印されていたりするものです。その筆頭が呪殺の術」

 橘は策などない、と大納言の懇願をはねつける。

「だが、あの娘を連れ去ってどうすると言うのだ。連れ去ったのであれば何か理由があるのだろう」
「……阿部晴定が、何かするのでしょう」

 表情を変えないまま、橘が遠くを見て言う。その先に映るものがまるで分からない不気味さが橘にはあった。

「秘術の類は口伝が多いのです。当然ですよ、知られては困るから秘術であり、記録には残さない。そして口伝ということは、おそらく一子相伝やそれに匹敵するものかと思われます。実際、私は阿部晴定が元服時の祝いの時、そのような話を聞いて初めて秘術というものの存在を知りました」
「では知りようがないではないか」
「噂、程度には残っていたりするのですよ」
「噂?」
「例えば、ある導師が時を止めることができる、という話を知っておりますか?」
「ああ、聞いたことはある。時を止めて金品を盗む、というものだったか」
「またある祠には自らの命を差し出すことで願いを叶える精霊が降りるとも」
「どれも子供でも知っているおとぎ話の類ではないか」
「全部本当なのですよ」

 橘の言葉に、中将も大納言も言葉を詰まらせ、しん、と場が鎮まる。錦も、人間に伝わっている伝承やなどが実は本当のことであることをよく知っている。橘という術師はふらふらとあてもないことをしてるのかと思うと、時折鋭利なほどに鋭い勘を発揮する。

「時を止めることができるのは時の神にたいして相応の捧げものをすれば可能です。相応、というのがとても準備できるものではないのですが」

「ど、どのくらいなのだ」
「人の子の心の臓を、集落ひとつぶんほど」

 大納言と中将が息をのんだ。町ひとつ。その集落の規模は分からないにしても、数多の心の臓が必要であるということがありありと分かる。

「そして願いを叶える方は、目撃者によれば願いはかなうらしいのですが、結局は強い呪いと同じであるために呪によって命が尽きる。そうなると願った本人はかなったかどうかは分からないまま死ぬ」
「どこで、そのような」
「街の呪術師から妖たち、山へ行ってそこの精霊たちにも話を聞きました」

 なんてことないように橘は語った。自分と違う種族と話をするなど普通は思いつくはずもない。だが、恐らくは――主従か、支配の呪を使って言わせているのではないだろうか、と錦は思っている。
 まさに今錦が自由にこの屋敷を出ていけないという状態をこの橘が作っている。そしてその呪は神通力の弱くなった錦ではどうすることもできない。精霊である錦よりもか弱い存在の妖や精霊は山ほどいる。そういった者たちをもしくは脅迫すれば情報を集めることは難しいことではないように思えるのだった。

「これだから術使いは気味が悪い。なぜそのような異形の者と話をしようなどと思うのか」
「そもそもこれら術はそういった異形の者たちのものでした。それを古代の人の子が真似をするようになり、様々な信仰や祭祀、大陸からもたらされた情報やあらたな術と融合して今の術体系が出来上がったのです。異形の者たちこそ術の始祖とも言うべき者たちですよ」
「父上はなぜこのような呪術師を囲っているのです?」

 中将が気味の悪いものを見るように橘を見る。それは半人となった錦も同様だ。橘は少し人としては逸脱している。

「私が庇護をお願いしているのですよ、中将殿。今回は長年の庇護に感謝する意味であの娘を召喚したのです」
「……どんな弱みを握られているのですか……」

 大納言は息子にその弱みを言うことはせずにふん、とそっぽを向いた。

「中将殿、気にしなくてよいのです。私はこの先、阿部晴定があの娘をどうするのか非常に興味があります。それにこちら来たよく分からない男。……錦、その男のことを娘は知っていたのだな?」

「確かにみなせ、と言っておりました。男の名、なのでしょう」
「場所は阿部晴定と藤原充成の関係する場所だろうから、それで探せばいいでしょう。まあ時間はかかるかもしれませんが」
「しかし、鬼も関わっておりました。そうなると、捜索範囲もかなり広く考えなければなりません」

 錦は結界で何一つできなかったことを思い出し唇を噛む。千代姫自身がまさか敵方と通じていたことなど思いもしなかったのだ。ひと月も日々共に手習いをし、時に他愛無い話もしていたために裏切られた気持ちが拭えなかった。

「なんと!阿部晴定は鬼まで使役していると言うのか」

 橘が錦の言葉に勢いよく食いつく。鬼を使役するなど、聞いたことがない話だ。術師として非常に興味がそそられることだった。

「使役しているかどうかは分かりません。何かしら約定などがあって協力関係かもしれませんし」
「鬼が人と協力などするものか。元は精霊であったそなたが最もよくわかっているだろう」
「ですが、使役の証とされる鎖が見えませんでした」
「鎖?」

 人が妖などの人外を使役するとき、そこには強力な主従関係が生まれる。それは術によって施されるためだ。その術が錦のような人でない者には見えるのである。

「あの鬼は、使役されているものではありません」
「……では、あの鬼はなぜ阿部晴定と共にいるのだろう」
「喰らうのではないですか。あの偽り姫を。鬼は人を喰らうのでしょう?」
「未来人など得体の知れぬ人を喰らおうなどと思えるものだろうか」
「人ではありませんからね。我らの理とは相いれない。だが、そうか……使役の術、確かにあるにはあるな」

 橘はあまり変わらない表情をにやりと歪める。中将と大納言は薄気味悪い男に背筋が凍った。

「では私はこれで失礼します。ちょっと調べたいことがありまして」
「さっさとどこかへ行ってしまえ」

 大納言は悪びれもせずにそう言った。
 いろいろと不満がある大納言は大きくため息をつくと、どかどかと横柄に部屋を出る。
 静かになった室内には錦と中将、ふたりになった。

「……あの橘とか言う術師、本当に薄気味悪いというか、常人とは別のところで生きているよね」
「その通りでしょうね。でなければ、私はここにおりませんし」
「……そうであったな」


 錦は三年ほど前に半分人となってしまった。その頃におきた妖大量死事件の被害者のひとりである。
 当時半人となって以降、足りない神通力を元に戻すことはできないことをやっと受け入れたが、神通力が弱まってから錦はどうも体調がすぐれない。もともと病などない種族であったため、錦には知識がなく、人の病なのかどうかも分からなかった。

 しかし命とも言える魂魄に罅はない。それをしっかり感じるとかたわらにある自らが宿る木を見つめる。
 それはどこかみずみずしさがなく、生命力が弱っているようだった。錦は自分が人の病なのか、依り代である木の方の病なのか、どのどちらかなど区別はつかない。

(あの男、生きているなら、話を聞いてくれるだろうか)

 三年前、死にかけた時に自らの霊力を持って錦を蘇生させたあの陰陽師。あの人間だけは錦にとって頼ることができると感じた。
 一緒にいた鬼がいたことも思い出す。
ぼんやりとあの陰陽師の邸を思い出す。確かあのあたりだったろうか。目を閉じて記憶を引っ張りだしていると、突然口元に強烈な勢いで札が張り付く。

「これは、……あの時の精霊ではないか」

 男は錦に詰め寄る。

「ずいぶんと体がだるそうだが……、しかし、こんな不可思議な存在があるとは」

 錦がぞわり、と感じたのは恐怖だった。三年前この男に髪を切られ、血を抜き取られたのである。その時のことに錦は体が固まってしまい、動かせない。
 最も怖いのは札によって言葉が出せないことではない。明らかに錦に「興味」があるのだ。たいていの人間は錦を見れば驚いて去っていく。多少妖慣れしているような人間でも、どれにも属さない錦のことはどう扱っていいのか分からずにいる。
 そんな人間ばかりだと思っていた。

 悪意があっても、それを行使できるほどの悪人は多くはない。誰もが理性で踏みとどまるし、敵わない相手だと分かれば方法を変えて来る。
 だが目の前の男は問答無用に口を封じた。

「……あんたには、俺の下で働いてもらおう」

 どういう意味だ、と問おうにも札で塞がれた口では何も言えない。すでに変化くらいしか扱えなくなっているため、走って逃げるくらいしかできることはなかった。
 走ろうとすると、突然手足が札によって拘束される。

「!!」

 だるい体は思うように動かせず、されるがままだった。抵抗は意味をなさず、服従のために呪が施され、結果男の言う通りとなった。その男が、橘、である。

 橘に連れてこられたのが貴人の屋敷ということは分かったが、そこで女房として仕える、ということになっており、人として暮らせ、ということだった。
 これまで山で暮らしてきた錦に人間の真似事、まして貴人の女房などどういうつもりなのか術師橘の意図は全く分からなかった。

「これからこの屋敷に、大納言の姫君となる方をお迎えする予定だから、その娘の世話を頼みたい」

 この屋敷が大納言のものだということにも驚いたが、まさか姫君を世話するなど錦の想像を超えている。まして自分は半人なのだ。

「姫君?そのような大事な方ならちゃんとした女房をつけるべきでは」
「そうなんだけど、姫っていうか、まあまだちょっと先の話だから話半分で。それに大納言様自身が俺に女房を見つけてこいって無理言うし」
「……」
「まあ嫌、とは言えないよね。主従の呪を施したから」
 否、という言葉がきつく閉じられていることに錦は憤りを覚える。だがそれを感じたところで主となってしまったこの男に何もできるはずもなかった。

 仕方なく屋敷で女房として過ごしていると、身近な人を喪い、出仕すらままならなくなった中将が静養としてやってきたのだった。
 始めはただ身の回りの世話をしていただけである。それが少しずつ気安い会話をするようになったのだ。きっかけなど単純で、庭の花が咲いた、少し暑くなった、などの他愛無いものだった。

 ある時、錦の髪に紅葉の葉がひらりと落ちたことがあった。
 錦は戯れにその紅葉の葉に息を吹きかけ、風を起こすと一枚だった紅葉が何枚にもなって風に舞ったのだ。
 中将はその風の真ん中におり、舞う紅葉の中心で舞い落ちる紅葉を見ていた。

「悲しい時はたくさん悲しむ方がいいかと思います。悲しむ顔を見られたくないのであればまたこうして紅葉を風に乗せましょう」

 近しい者を喪い、ふさぎ込んでいた中将がふと救われた瞬間だった。
 錦のことはうすうす人ではないのでは、中将は思っていたが、もうそれはどうでもいいことだった。
 誰も一緒に悲しみを分かち合えないまま気鬱がちになり、出仕すらままならなくなり、父親から厄介払いされるようにしてこの屋敷に来たのだ。
もはや元のような暮らしはできないだろうと思っていたが、生きているのも悪くはない、と思えたのだ。

「そうだな、私が悲しい時は、そなたに紅葉を風に乗せてもらおう」

 二人の穏やかな日々は、ゆっくりと過ぎて行った。






「あの男の呪とやらは、まだ?」

 大納言と中将が使っていた杯を下げさせると、錦と中将はひっそりと語り合っている。

「……解けませんね。人の術を破るには神通力が足りないようです。ためたり、練ったりと工夫はしてみたのですが」
「まったく術師とは道理を無視する」
「だから、術が封じられるのだと、私も分かりました」
「封じる?」
「あの姫様を召喚した術は『秘術』だそうです。そうしたものの多くは人の理とは相いれないために封じられていてほとんどが使えない、と」
「ならどうしてあの偽り姫が」
「おそらくは封じられてない秘術だったのでしょう。どちらにしても、秘術を扱うような術師は人の道をはずしております。姫様は攫われた方がよかったのかもしれません」
「だが、阿部晴定とて陰陽師。術を使うのは同じであろう」
「阿部晴定はそのようなことはしないと考えます」
「その根拠は?」
「……三年前、私を助けたのは阿部晴定と、……姫様をさらいに来た不鬼という鬼です。あの状態の私を助けるような人が、果たして姫様をないがしろにするでしょうか」

 錦は自分が助けられたあの三年前のことをはっきり覚えているわけではなかった。
 意識がないうちに霊力が注がれ、目覚めた頃にはすでに半人となってしまっていたのだ。その時の衝撃は今でも忘れられない。魂魄に罅がないことに安堵はしたが、他のことは不安を増大させるものしかなかった。
 結局、体が動くようになると早々に逃げ出したのだ。そして自らの宿る木に身を寄せ、ただただ眠って回復を待っていたのだ。
 それから橘に拾われるまで、なくなった神通力をなんとかしようと、霊山と言われる場所に向かったり、他の霊木に宿る神に聞いたりと錦が思いつくことはやってみた。だがしかし、今の今まで神通力の回復は叶っていない。
「……僕も少し充成のこと、調べてみるよ。元々充成と阿部晴定は友人だったはずだ。何か分かるかもしれない」
「無理をなさいませんよう」
「ああ、錦も」

 中将は美しい錦の髪をなでると、名残惜しそうに屋敷を出て行った。

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