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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!
第33章 アリーシャ、桃幻を説得する
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「……あぁ。そう言えば私、月黄泉様の甘酒をお毒見したのでした」
茶穂が、今思い出したというように呟く。
……って、ことは……
「実は茶穂さんからもフェロモン出てるってことじゃん!」
毒見という少量だったため、今までは鬼姫のフェロモンに隠れて分からなかったのかな……。
「まぁ、それは困りましたね。郷の男たちが、今度は私をめぐって争い合うなど……」
少しも困っていなさそうな……むしろ、ちょっと嬉しそうな顔でそう言った後、茶穂はおもむろに紫夏に歩み寄っていった。そして……
「え!? えぇえぇぇっ!? サ、茶穂さん、それでいいの!?」
皆に「回れ右」を告げることもなく、茶穂は堂々と紫夏の首に腕を回し、つま先立ちしてその唇にキスした。
「茶穂殿……っ、私の気持ちを受け入れてくれるのか!?」
鼻息荒く詰め寄る紫夏。その眼前に人差し指を突き出し、茶穂は首を横に振る。
「勘違いしないでください。私は、あなたが私を愛することを許しただけです。私があなたを愛するかどうかは、あなたの今後の態度次第ですよ」
意味が分かっていなさそうな顔で立ち尽くす紫夏をその場に残し、茶穂はスタスタとこちらに戻って来る。
「良いのか、茶穂!今度はお前が彼奴に、しつこくつきまとわれることになるのじゃぞ!」
「どの道、誰か一人は選ばねばならない状況ですし……こうすれば、今後あの男が月黄泉様のお邪魔になることはないでしょう」
茶穂は笑ってそう言う。
「それに……脳筋男子は趣味ではありませんが、私に夢中で、私以外眼中にないという殿方を、一から躾けていくというのは、なかなか愉しいのではないかと」
茶穂のその微笑みを、ジェラルドたち男性陣が凍りついたように凝視する。
鬼姫も一瞬「意外な一面を知ってしまった」という顔で茶穂を見ていたが……すぐに気を取り直し、満面の笑みを見せた。
「……何はともあれ、これで一件落着じゃな!桃幻もこれでやっと、予のものに……」
「そのことですが、姫様……僕はやはり、あなたと結婚することはできません。僕の存在は秘すべきもの。表に出て、まして長たるあなたと結ばれるなど……」
「しつこい!まだそれを言うか!?」
「これは、この郷の掟です。この郷と長を守るため、何千年も前から引き継がれてきた仕来りです。我が一族は、あくまで "陰" 。"光" であるあなたと交わるわけにはいかないのです」
「駄目じゃ!聞かぬ!お主はもう予のものじゃ!もう接吻まで交わしたと言うに、今さら予から逃げられると思うな!」
鬼姫は必死に食い下がるが、桃幻の方も頑なだ。
このままだと、また平行線になりそうだったので、私は思いきって口を出してみる。
「ねぇ、掟って、変えちゃダメなものなの?」
二人とも、驚いたような顔で私を見る。
「何千年も前から続いてるようなものだと、今の時代や状況に合わなくなってる部分もあるんじゃないの?そういうのって、改善していったらダメなものなの?」
「それは……その……守り続けることが "伝統" ですので」
桃幻は言い訳がましくゴニョゴニョ言う。だが鬼姫の方は、もうすっかりその気だ。
「いいや!ヒトを苦しめる伝統など、廃した方が世のためじゃ!予は、掟を改める!鬼族の長は、今後一切 "謎の死" などという恐怖でヒトを支配したりなどせぬ!」
だが、鬼姫のその発言に、桃幻はショックを受けた顔になる。
「それでは、我が家の存在意義が失くなります。僕は、あなたを守るためだけに、ずっとこの力を磨いてきたんです。要らないと言われてしまったら……僕はこれから、どう生きれば良いのですか?」
「予の夫として、巫医として生きれば良いではないか!お主の医術は、この郷に無くてはならぬものじゃ!」
「ですが、巫医は仮初の姿……。偽りの、仮の姿と思えばこそ、僕はどんな屈辱にも耐えて来られたんです。今さら、巫医としてのみ生きるなど……」
暗く沈んだ桃幻の表情に、私は何となく、彼が鬼姫を拒む "本当の理由" が見えた気がした。
「桃幻さんは、変わってしまうのが怖いの?」
桃幻がハッとしたように私を見る。
「黄泉ちゃんのために手を汚し続ける人生は、"罪" で "引け目" で……だけど同時に、"生きる指針" で "アイデンティティー" でもあったんだね。それを失くしたら、自分が空っぽになっちゃうみたいで、怖かったりする?」
「どうして……?」
どうやら "当たり" だったようだ。
桃幻の疑問の声に、私は少し考えてから答えを返す。
「私も、似たようなこと、思ったことがあるから。自分の今の状況が最悪で、周りに迷惑ばかりかけてるって分かってたのに……心のどこかで、変わってしまうのが怖かった。今さら普通の人生なんて歩めるのかって、不安だったから」
人間、一度レールに乗ってしまうと、それが明らかに "普通より悪い人生" だったとしても、レールから降りるのが不安になったりするものだ。
何だかんだ、レールのままに走るのはラクだし、自分で考えて人生を進んで、それが今までよりも酷い失敗人生だったらと思うと、足がすくむ。でも……
「それまでの生き方に囚われないで。幸せになれる可能性を棄ててしまわないで。今、目の前にいる一人の女の子のことを考えてあげてよ」
失敗する可能性がゼロじゃないのに、こんなことを言うのは無責任なのかも知れない。
だけど、自分で生き方を選べるだけ、まだマシだと思うのだ。
……愛理咲には、選択の余地も何も無かったから。
茶穂が、今思い出したというように呟く。
……って、ことは……
「実は茶穂さんからもフェロモン出てるってことじゃん!」
毒見という少量だったため、今までは鬼姫のフェロモンに隠れて分からなかったのかな……。
「まぁ、それは困りましたね。郷の男たちが、今度は私をめぐって争い合うなど……」
少しも困っていなさそうな……むしろ、ちょっと嬉しそうな顔でそう言った後、茶穂はおもむろに紫夏に歩み寄っていった。そして……
「え!? えぇえぇぇっ!? サ、茶穂さん、それでいいの!?」
皆に「回れ右」を告げることもなく、茶穂は堂々と紫夏の首に腕を回し、つま先立ちしてその唇にキスした。
「茶穂殿……っ、私の気持ちを受け入れてくれるのか!?」
鼻息荒く詰め寄る紫夏。その眼前に人差し指を突き出し、茶穂は首を横に振る。
「勘違いしないでください。私は、あなたが私を愛することを許しただけです。私があなたを愛するかどうかは、あなたの今後の態度次第ですよ」
意味が分かっていなさそうな顔で立ち尽くす紫夏をその場に残し、茶穂はスタスタとこちらに戻って来る。
「良いのか、茶穂!今度はお前が彼奴に、しつこくつきまとわれることになるのじゃぞ!」
「どの道、誰か一人は選ばねばならない状況ですし……こうすれば、今後あの男が月黄泉様のお邪魔になることはないでしょう」
茶穂は笑ってそう言う。
「それに……脳筋男子は趣味ではありませんが、私に夢中で、私以外眼中にないという殿方を、一から躾けていくというのは、なかなか愉しいのではないかと」
茶穂のその微笑みを、ジェラルドたち男性陣が凍りついたように凝視する。
鬼姫も一瞬「意外な一面を知ってしまった」という顔で茶穂を見ていたが……すぐに気を取り直し、満面の笑みを見せた。
「……何はともあれ、これで一件落着じゃな!桃幻もこれでやっと、予のものに……」
「そのことですが、姫様……僕はやはり、あなたと結婚することはできません。僕の存在は秘すべきもの。表に出て、まして長たるあなたと結ばれるなど……」
「しつこい!まだそれを言うか!?」
「これは、この郷の掟です。この郷と長を守るため、何千年も前から引き継がれてきた仕来りです。我が一族は、あくまで "陰" 。"光" であるあなたと交わるわけにはいかないのです」
「駄目じゃ!聞かぬ!お主はもう予のものじゃ!もう接吻まで交わしたと言うに、今さら予から逃げられると思うな!」
鬼姫は必死に食い下がるが、桃幻の方も頑なだ。
このままだと、また平行線になりそうだったので、私は思いきって口を出してみる。
「ねぇ、掟って、変えちゃダメなものなの?」
二人とも、驚いたような顔で私を見る。
「何千年も前から続いてるようなものだと、今の時代や状況に合わなくなってる部分もあるんじゃないの?そういうのって、改善していったらダメなものなの?」
「それは……その……守り続けることが "伝統" ですので」
桃幻は言い訳がましくゴニョゴニョ言う。だが鬼姫の方は、もうすっかりその気だ。
「いいや!ヒトを苦しめる伝統など、廃した方が世のためじゃ!予は、掟を改める!鬼族の長は、今後一切 "謎の死" などという恐怖でヒトを支配したりなどせぬ!」
だが、鬼姫のその発言に、桃幻はショックを受けた顔になる。
「それでは、我が家の存在意義が失くなります。僕は、あなたを守るためだけに、ずっとこの力を磨いてきたんです。要らないと言われてしまったら……僕はこれから、どう生きれば良いのですか?」
「予の夫として、巫医として生きれば良いではないか!お主の医術は、この郷に無くてはならぬものじゃ!」
「ですが、巫医は仮初の姿……。偽りの、仮の姿と思えばこそ、僕はどんな屈辱にも耐えて来られたんです。今さら、巫医としてのみ生きるなど……」
暗く沈んだ桃幻の表情に、私は何となく、彼が鬼姫を拒む "本当の理由" が見えた気がした。
「桃幻さんは、変わってしまうのが怖いの?」
桃幻がハッとしたように私を見る。
「黄泉ちゃんのために手を汚し続ける人生は、"罪" で "引け目" で……だけど同時に、"生きる指針" で "アイデンティティー" でもあったんだね。それを失くしたら、自分が空っぽになっちゃうみたいで、怖かったりする?」
「どうして……?」
どうやら "当たり" だったようだ。
桃幻の疑問の声に、私は少し考えてから答えを返す。
「私も、似たようなこと、思ったことがあるから。自分の今の状況が最悪で、周りに迷惑ばかりかけてるって分かってたのに……心のどこかで、変わってしまうのが怖かった。今さら普通の人生なんて歩めるのかって、不安だったから」
人間、一度レールに乗ってしまうと、それが明らかに "普通より悪い人生" だったとしても、レールから降りるのが不安になったりするものだ。
何だかんだ、レールのままに走るのはラクだし、自分で考えて人生を進んで、それが今までよりも酷い失敗人生だったらと思うと、足がすくむ。でも……
「それまでの生き方に囚われないで。幸せになれる可能性を棄ててしまわないで。今、目の前にいる一人の女の子のことを考えてあげてよ」
失敗する可能性がゼロじゃないのに、こんなことを言うのは無責任なのかも知れない。
だけど、自分で生き方を選べるだけ、まだマシだと思うのだ。
……愛理咲には、選択の余地も何も無かったから。
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